18話 俺のものをあまり見るなよ
「えっ」と蚊の鳴くような声を漏らしたドロテア。獣人国ならではの風習を知れた喜びよりも、今は驚きの方が勝った。
「か、かわいい? 私がですか?」
「だから求婚のときにも言ったろ。ドロテア、お前は聡明で、可愛らしくて、美しいんだ」
「それに、今日の出発の際にも、デートのときにも俺は伝えているはずだが」と言うヴィンスにじいっと見つめられ、ドロテアの眉尻はこれ以上ないくらいに下がり、頬が赤らんだ。
「俺のドロテアにちょっかいを出そうとするとは……あの虎め……もし睨んでも諦めないようなら手が出るところだった」
「……っ、冗談での行動では……?」
「そんなわけあるか。言っただろう、周りの視線に気付かなかったのか、って。結構な数の野郎共がお前のことを見ていたんだよ、隙きあらば声をかけようと思っていたのか、それとも見るだけで十分なのかは知らんがな」
「…………!?」
確かに、今日はナッツのお陰で普段よりも可愛くなった自覚はある。
それでもドロテアはドロテアだ。根本的に変わった部分はなく、それこそつり上がった目が垂れたわけでも、大きくなったわけでも、肩幅が華奢になったわけでも、身長がうんと縮んだ訳でもなかった。
聖女と崇められたシェリーとはまるで正反対の顔つきやこの体格に、好意を示されるだなんて、どうしても信じられなかったのだけれど。
「……ここはレザナードで、サフィール王国ではない。お前の妹のような顔つきや体つきが好きな男ばかりじゃないってことだ」
「…………!」
「それに、おそらくサフィール王国にもドロテアの容姿に惹かれた者はいただろう。ただ、ろくでもない考え方のせいで、そいつらはお前を避けただけだ。……ドロテア、お前は本当に綺麗なんだ。周りもそう思っていることが少し癪だがな」
ドロテアは昔から妹のシェリーと比べられてきた。誰からも可愛いだなんて、綺麗だなんて言われたことはなかった。
可愛い服を着てもお姉様には似合わないわと言われ、可愛いものが好きだと話したら、自分にないものを求めているのねと嘲笑われたことは記憶に新しい。
だから、レザナードに謝罪に来てヴィンスに美しいと言われたときも、彼の目が悪いのだと思って信じられなかった。自分の見た目に自信が持てなかった、けれど。
「ヴィンス様、私は……」
ヴィンスの言葉が正しいならば、ドロテアの容姿は複数の異性を魅了したことになる。
誠実なヴィンスが、ドロテアを慰めるだけにそんな嘘を言わないことは、この一週間で理解したし、何より花を渡されそうになったことは事実だった。
それこそ、知的好奇心が強いドロテアを認めてくれているヴィンスのことだ、花を渡す理由に嘘をつくとも考えづらい。
それに何より、この一週間で少しはヴィンスのことを知れたからだろうか。求婚のときに言われた綺麗よりも、今言われた綺麗という言葉は、酷く胸に響いた。
「本当に、綺麗なのですか? 私は、醜い容姿では、ないのですか……?」
「ああ、ドロテアは誰よりも可憐で美しい」
「華奢ではありませんし、背も高いですが、よろしいのですか……?」
「俺から見れば十分華奢だし、好みの話をすれば俺は背が高い女の方が好きだ。ちょうど、ドロテアくらいのな」
「……っ」
自分から聞いておきながら、こうも当たり前のように答えられると恥ずかしさが頬に浮かぶ。心臓も激しく脈打ち、どうしようもなく全身が熱い。
──けれど、嫌な感覚じゃない。どころか、何かで心が満たされていくような、そんな感覚すらあった。
「……ありがとうございます、ヴィンス様。私、自分の容姿を、今日初めて好きになれました」
照れ気味に微笑んでそう言うと、ヴィンスはふっと小さく笑う。
同時に、道の左側から歩いて来た男性の猫の獣人を視界に捉えたヴィンスはおもむろに立ち上がると、ベンチに腰を下ろしているドロテアの前まで行き彼女を見下ろした。
「ヴィンス様……? どうされ──」
そのまま大きな両手をドロテアの両サイドの背もたれに掛け、少しずつ肘を曲げて距離を詰める。
キョトンとしていたのに、徐々に緊張を浮かべて見上げるドロテアの顔。
口角を上げるだけで涼しく笑ったヴィンスは、真後ろから聞こえる猫の獣人の足音を聞きながら、そっと彼女の耳に唇を寄せた。
「ドロテアが自信を持つことは嬉しいが……あまり可愛くなりすぎるなよ」
「はいっ……?」
「余計な虫がついても困るんでな」
そう、ヴィンスが呟くと、通りすがりの猫の獣人はドロテアたちからパッと視線を逸らして足早に駆けて行く。
緊張のせいだろうか。ヴィンスの行動が何のためだったか分からなかったドロテアだったが、直後。
一瞬だけ頬に触れた、柔らかくて温かなそれに、全ての意識が奪われてしまったのだった。
◇◇◇
その頃、サフィール王国、ランビリス邸にて。
婚約者であるケビンの久々の来訪を待ち侘びていたシェリーは、エントランスまで駆けて行くと、彼の姿に思い切り抱き着いた。
「お待ちしておりましたわケビン様! もう! お忙しいとはいえ、とっても寂しかったですわ?」
「…………ああ」
(あら? 何だか様子が変ね?)
いつもならば抱きしめ返してくれるというのに、むしろ拒むように腕を押されたシェリーは内心混乱していた。
(え? こんなに可愛い私に抱き着かれたのに喜ばないの? どうして?)
思慮深いとは正反対に位置するシェリーにケビンの感情など分かるはずもなく、きっと照れ隠しよね! と自分の都合の良いように結び付けた。
それからシェリーは、ケビンを部屋に案内し、メイドにお茶を準備させる。メイドが下がったところで、シェリーが開口一番に口にしたのは、建国祭で着るドレスのことだった。
「ケビン様、もう建国祭まで一ヶ月を切ってしまったわ? 私、今回はフリルがたくさーんついた、赤いドレスが良いの! ふふっ! 楽しみにしていま──」
そのとき、シェリーの言葉を遮ったのは、ケビンが我慢ならないといった様子でテーブルをバン! と叩いた音だった。
「シェリー!! 君は自分が何をしでかしたかまだ理解していないのか!?」
「えっ…………?」
はて、一体。過去の過ちなんてすっかり頭にないシェリーがコテンと小首を傾げると、ケビンは苛立った口調で話し始めた。
「レザナード国王陛下から父に向けて書簡が届いてな……! ドロテア嬢が獣人国の王に嫁ぐことになったのは、シェリーが問題を起こし、その尻拭いをドロテア嬢に押し付けたことがきっかけだと書いてあった。二人の結婚を邪魔するようなら同盟を解くとも! 君は何をやってるんだ!!」
「で、殿下……? 何故そんなことで私が怒られていますの……?」
ドロテアから手紙があったため、姉が王に見初められたことは知っていた。
とはいえ、相手は獣だ。ドロテアは少し頭が良いだけで、見目の悪い売れ残りなので、獣とはいえ王に嫁ぐなんて出来すぎな話だとシェリーは思っていた。
きょとんとした様子のシェリーに、ケビンは重たい溜め息を吐く。
「……君はこの国の、女は男よりも優秀であってはならないという話を聞いたことはあるか?」
「はい、もちろんですわ?」
「こんな考え方が広まった理由は?」
「知りませんわ?」
にっこり。そんなシェリーの笑みは、ケビンをより苛つかせるのに十分だった。
「これはな、数代前の国王陛下が、当時の后が優秀だったことを妬んで広めさせた考え方なんだよ! だが一ヶ月後の建国祭で、王族自らその教えは間違いであったと公表するつもりだったんだ! 何故なら優秀な女を蔑ろにしたせいで、我が国が少しずつ衰えてきているからだ! 間違いだったと宣言するのは王族の恥だが……背に腹は代えられん」
「え? つまり? 全く話が読めませんわ?」
ぽかんと口を開けるシェリー。ここまで言っても分からないのかと、ケビンの苛立ちは最高潮に達したらしい。
眉をひそめ、シェリーに向かって指をさした。
「つまり! これからはお前みたいな顔だけの愚かな女じゃなくて、ドロテア嬢のような聡明な女性が求められるってことだ!! もっと言えば、ドロテア嬢が他国に嫁ぐのは我が国の大損失で、その原因は君の愚かな言動からだ! これだけ言えば分かるか!?」
ケビンの言葉は一応耳に入ってきたけれど、シェリーにはこれしか考えられなかった。
──美しい私より、売れ残りのお姉様が求められる……?
その事実に、信じられないと、シェリーは口をぽかんと開けることしか出来なかった。
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