17話 魅力的につきご用心
頭の中をヴィンスで埋め尽くされて始まったデートだったが、ドロテアの知的好奇心により、思いのほか早く様々なことで上書きされていった。
「ヴィンス様あちらに参りましょう……!! レザナード近海でしか捕れない魚が売っています! ああっ! あちらにはまた珍しいものが……!」
「分かったから落ち着け」
ドロテアは知的好奇心の塊だ。レザナードの大都市『アスマン』は来国時に一度軽く見ているものの、市場の品は日に日に変わるため新たな刺激があるのだろう。
ヴィンスと繋いだ手の恥ずかしさよりも好奇心が勝ったようで、普段の落ち着いた様子とは比べ物にならないはしゃぎようである。
対してヴィンスは、国の内情を知るために良く街を見て周るため、別に新鮮味はなかった。ただ、いつもと同じ街だというのに、今日が今までで一番輝いて見えるのは、まあ、そういうことなのだろう。
ヴィンスは楽しそうにあちこちを見ては知識を手に入れていくドロテアを見ながら、ポツリと呟く。
「……はしゃいでいる姿も、可愛いな」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「ああ。俺の未来の妻が可愛過ぎて困ると言っただけだ」
「……!?」
特殊な扉の隔たりがない外では、ヴィンスの甘い言葉はその場にいる獣人全員に聞こえたらしい。
ヴィンスは大して変装をしていないが、流石にこんなに堂々と街に王がいるだなんて民たちも誰も思わないらしく「ひゅーひゅー!!」「外でお熱いねー!!」なんてからかう声を掛けられてしまう。
「……っ、こ、ここはもう見ましたから次に! 次に参りましょう!!」
「……ククッ、分かった分かった」
いくら可愛くて仕方がない獣人たちに囲まれているとはいえ、流石にドロテアも恥ずかしさがピークに達したのか、ヴィンスに繋がれた手を引っ張ることで、その場を後にした。
ヴィンスがときおり、周りの男たちに牽制するように鋭い目つきを向けていることには、気づかなかったけれど。
それから二人は軽食を摂ると、再び街を見て周る。
熊の獣人が子供の獣人たちに紙芝居をしているところや、猿の獣人が大道芸をしているところ、パンダの獣人が人間と手を繋いで歩いているところ。
男性の虎の獣人からは、いきなり花を渡されて驚いたものの、嬉しかったなぁ、なんて。まあ、何故かヴィンスが睨み付けたことで受け取れなかったのだが。
とにかく、そんな何気ない日常を思い出していると、ドロテアの心は幸せで溢れていく。
大通りから一本入った道の木陰にある、二人がけのベンチに腰を下ろしたドロテアは、隣のヴィンスに話しかけた。
「本当に、皆穏やかで良い国ですね……」
「ああ、俺たちでこの国を、この幸せを守ってやらないとな」
近い将来、ドロテアはヴィンスの正式な婚約者となり、妻となる。つまりこの国を統べる王の伴侶になるということだ。
(私は、立派な妃になれるかしら。いえ、そうじゃないわね……)
──ドロテアは、なりたいと思った。ヴィンスと共に、この国をより豊かに、そして、ずっとこんなふうに穏やかな国でいられるように、出来る限りのことをしたいと。
「私……頑張ります。ヴィンス様の隣に並んでも恥ずかしくない女性になって、堂々と貴方の妻と名乗れるように」
「ドロテアなら問題ないだろう。……それよりまず、俺の愛を受け取って欲しいんだが?」
「そ、それは……っ」
くつくつと喉を震わせるヴィンスは、おそらくドロテアの反応を見てからかうつもりなのだろう。ヴィンスの声色がいつもより跳ねているのも又、その証拠だった。
けれど反対に、ドロテアの眉尻は僅かに下がっていく。というのも、それがヴィンスの優しさだということに気付いてしまったから。
「あの、ヴィンス様」
「どうした?」
かれこれヴィンスと共に過ごして一週間が経つ。
侍女として、多くの時間をともにしてきたドロテアはヴィンスからの愛情をこれでもかと感じているが、求婚に対しての明確な返事をしたことはなかった。
ヴィンスも、惚れさせるとは言いつつも、ドロテアに答えを求めたりはしなかった。ドロテアが困ってしまうことを予期していたのだろう。
(いつまでも甘えていちゃ、いけないわよね)
ドロテアは太ももの上に置いた手をギュッと握り締めて拳を作ると、おもむろに口を開く。
「今更ですが……私に、求婚してくださったこと、本当にありがとうございました。……とても驚きましたが、本当に……本当に嬉しかったです」
「…………ああ」
「今日のデートもとても楽しくて、その……いろんな知識に触れられたことだったり、獣人の皆さんの姿を見られたこともそうですが、何より」
ドロテアは震えそうになる声で、一生懸命言葉を紡いだ。
「ヴィンス様と一緒に色んなことを見たり、話したり、食べたり……手を繋いだことも、とても幸せだと思いました。……それに、ヴィンス様からの愛は、ちゃんと伝わっています」
「…………!」
「けれど、まだ、自信がなくて。完全にはヴィンス様の想いを受け入れるのは難しいので、もう少しだけ待って──」
くださると……と、続くはずのドロテアの言葉が彼女の口から聞こえてくることはなかった。
ヴィンスの大きな手がずいと伸びてきたと思ったら、突然ドロテアの口元を覆ったからである。
(……!? 私は何か失言を……!?)
瞠目して驚くドロテアは、必死に鼻で呼吸をしながらやや俯いたヴィンスを見やる。
その表情は窺い知ることは出来ないが、耳が小刻みにぴくぴくと動いていることだけは確認できた。その様子に内心可愛い……なんて思っていると、そんなヴィンスは空いている方の手で自身の目の辺りを覆うと、ハァと溜息を漏らした。
「……不意打ちはやめろと言ったろ」
「……?」
いまいち理解ができず、かと言って聞き返すことも叶わないドロテアが目を素早く瞬かせると、ヴィンスは顔を上げて黄金の瞳で彼女を射抜いた。
「……聞くが、ドロテアの言う自信がないというのは、見た目のことか?」
コクコクと頷くと、「悪い、喋れないな」と言ってヴィンスの手が引いていく。
ほんの少し名残惜しさのようなものを感じたドロテアだったが、まだその感情にしっかりと気付くことはなかった。
「まあ、サフィール王国での、特に家族からの扱いを思えば自信を無くすのは不思議じゃないが──」
いくらドロテアが聡明過ぎて男性に求められなかったとはいえ、彼女がそれを知ったのはつい最近のことだ。ドロテアの心を一番に傷付けているのは見た目に関することだということに、ヴィンスは気付いていた。
「……?」
「今日のお前に対する視線、気づかなかったのか。まあ、気付かないか、俺が牽制していたしな」
「申し訳ありませんヴィンス様。いまいち話が……」
読解力にはそれなりに自信があったドロテアだったが、ヴィンスが何を言わんとしているのかさっぱりだ。
そんなドロテアに、ヴィンスは「あまり言いたくなかったが仕方がない」と低い声色で囁いてから、道の脇に咲いている一輪の花を見つめて話を始めた。
「今日、虎の獣人がお前に花を渡しに来ただろう」
「はい」
「あれは、『可愛い貴方と話すチャンスをください』という意味だ。因みに受け取ったら承諾したと取られるから、俺が邪魔をしたわけだが」
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