16話 さあ、初めてのデートをしよう
ヴィンスにデートに誘われてから、まるでタイミングを読んだかのように部屋に入ってきたナッツは流石というべきだろうか。
ちょうど良い、と零したヴィンスが「デートをするから準備を頼む」とだけ告げて部屋を出ていくと、ナッツは何故かいつもよりも頬を膨らませ、興奮した様子で駆け寄って来たのだった。
「そういうことでしたら、ドロテア様をいつも以上に可愛くしなくては!!」
「ナッツ! 待ってナッツ……!! 尻尾が揺れ過ぎて風がすごっ……! けど可愛い尻尾が揺れた風ならだいかん、げい……ゴホゴホッ!!」
ナッツの目の前にいるドロテアに届くほどの風は、もはや災害レベルである。
しかしナッツの可愛さに目が眩んでいるドロテアは、まあ、いっかという結論に至り、その後落ち着いたナッツの手によって、あれよあれよと変化させられていくのだった。
そうして一時間後、鏡に映った自身の姿に、ドロテアは目を見開いた。
「な、ナッツ……これは私なの……?」
「はい! ドロテア様でございます!! 普段も素敵ですが、今日はいつもの数倍……いえ! 百倍素敵に仕上げました……!!」
ウェーブのかかった髪の毛は編み込んでアップスタイルにし、ヴィンスと同じ黄金色のリボンで束ねている。
つり目の目元には淡いピンクのアイシャドーを入れてぼかし、ほんのりと甘い雰囲気に。薄い口元も、何だかぷっくりしている。
(凄い……自分じゃないみたいだわ……)
ヴィンスから街に行くと聞かされていたため、服装はドレスではなく、獣人国独特のセパレートタイプのものだ。襟元に繊細なレースが施されている清楚な白のブラウスに、ところどころレースがあしらわれている、足首までのスカイブルーのスカート。
くるぶしの辺りまである編み上げのブーツを履けば、上品な町娘の完成だった。
「ありがとうナッツ。私、人にお化粧するのは得意なんだけど、自分にするのは苦手で。それにセパレートの服、ずっと、着てみたかったの」
「ドロテア様に快適に、そして幸せに過ごしていただくために私がいるのですから、当然です! ドロテア様、どうか陛下とのデート楽しんでくださいね!!」
首をこてん、と斜めに傾げてそんなふうに言ってくれるナッツに、ドロテアは口元を押さえると「あ、りが、とう……! 可愛い……!」と漏らしてから、王城の正門へと向かう。
事前に他のメイドに待ち合わせ時間と場所をヴィンスに通達するよう伝えてあったので、問題なく会えるはずなのに、ドロテアの足取りはどこか忙しなかった。
「あっ、ヴィンス様……。……!!」
すると、正門の前には壁にもたれ掛かって腕組みをするヴィンスの姿があった。……のだけれど、その姿にドロテアは一瞬息が止まりそうになった。
街へ出るためのラフな装いだからだろうか。普段は閉じている首元が開かれ、ヴィンスの色気の孕んだ鎖骨がちらりと覗いているからである。
「ドロテア、急に悪かったな」
「………………あ、あ、」
「ドロテア? どうかしたか? 顔が赤いが」
固まるドロテアに、少しずつ近付くヴィンス。
ドロテアは可愛いもの好きで、決して鎖骨フェチではないのだけれど、男性の鎖骨──それもヴィンスほどの美形の美しい鎖骨など見る機会がなかったので、つい食い入るように見つめてしまっていた。
するとヴィンスは、ドロテアの視線から大方のことを察したのか「フッ」と小さく笑うと、ドロテアの耳元に唇を寄せた。
「耳と尻尾以外にも、全身どこでも触っても良いという条件に変えてやろうか」
「……っ、け、結構ですわ……!」
「ははっ、そうか。それは残念」
耳まで真っ赤にしているドロテアに対し、余裕綽々の笑みでそう言ったヴィンスは、ドロテアの耳元に顔を寄せたまま、ちらりと横目で彼女を見る。
化粧をしていようがしていまいが、どんな服を着ていようが、ドロテアならばどんな姿でも美しく愛おしいことに変わりはない。けれど、これは。
「今日の服、良く似合っている。髪も化粧も、可愛いな」
「……っ、ナッツが頑張ってくれましたので」
「なるほど。だが、それも全て元が良いからだろ」
「〜〜っ!! と、とりあえず参りましょう! ここで立ち話をしていては、日が暮れてしまいます」
そう言って歩いていくドロテアの手を、ヴィンスは素早く掴む。
「これはデートなんだ。一人で行くな」
「……っ」
一般女性に比べると大きなドロテアは、ヴィンスの節ばった大きな手によってすっぽりと包み込まれる。
ドロテアはピクリと体を震わせると、薄っすらと細めた楽しそうな目でこちらを見てくるヴィンスに、おずおずと問いかけた。
「な、何故手を……?」
「デートなんだから当然だろ」
「では、どうして急にデートに誘っていただけたのでしょう……?」
「端的に言えば、ドロテアが実務を手伝ってくれるのと、適度に休憩を入れてくれる配慮のお陰で仕事が早く終わるようになって、時間ができたからだ」
(なるほど。もしかしたら、気分転換のために連れ出してくれたのかしら)
デートだからと多少身体を強張らせていたドロテアだったが、おそらく優しいヴィンスの気遣いなのだろう。
最近城内に引きこもってばかりだったのでそうに違いない。そう考えると、手を繋がれてもそれほど過剰に緊張せずに済むというもの。
「侍女として、当然のことをしたまでです。けれど」
──自分の能力をもう少し認めても良いのかもしれない。
そう思わせてくれたヴィンスに、ドロテアはゆっくりと口を開いた。
「嬉しいです。私の知識がお役に立てるのなら、いくらでもお手伝いいたします」
今までドロテアは家族に、少し頭が良い程度と言われ続けてきた。
売れ残りなのだから、せめてその頭を使ってシェリーや両親の尻拭いをするよう半ば強要されても、民や国のことを思って我慢してきた。
正義感が強く、優しいドロテアとはいえ、何も好き好んで貧乏くじを引いてきたわけではなかったというのに。
「……ああ、頼りにしている」
けれど、ヴィンスとの出会いが、彼の言葉が、ドロテアに自信を与えたのだ。
──当時は自分の知識の凄さに気づいていなかったドロテアだったが、今ならば、ロレンヌの感謝の言葉も素直に受け入れられるかもしれない。
今度国に戻るときには、今まで能力を認めてくれたのに素直に受け止められなくて申し訳なかったと、ありがとうと伝えよう。
ドロテアはそんなことを思いながら、これ以上ないくらいに晴れやかな気持ちでヴィンスの隣を歩いていたのだけれど。
「……今、俺以外のことを考えているだろう」
「えっ」
その瞬間、包み込まれていた大きな手が、指を絡ませるようにして形を変える。
そのままヴィンスの空いている方の手で腰を引き寄せられたドロテアは至近距離で見つめ合う形となり、体勢も、そして野外ということもあって、自然と頬が真っ赤に染まったのだった。
まるで今にでもキスをしようとしているのかと思わせるその距離に、ドロテアは震えた声で彼の名を呼んだ。
「ヴィンス様……っ、お戯れは……っ」
「妬けるな……俺とのデートの時間に余所事を考えているなど。時間ができたからデートに誘ったと言ったが、それだけなわけ無いだろう?」
「は、はい?」
動揺するドロテアに対して、ヴィンスはゆっくりと顔を近付けていく。
自身に釘付けになっているドロテアにニッと口角を上げたヴィンスは、そのまま恍惚とした表情で、彼女の鼻を優しく、かぷ、と甘噛みしたのだった。
「……!?」
「このデートは俺に惚れて貰うためのものだ。俺がドロテアをどれだけ愛しているか分からせてやるから、ずっと俺のことだけ考えていろ」
「…………っ」
(そんふうに言われて、鼻に甘噛みまでされたら……!」
狼の鼻への接触や甘噛みは、求愛行動である。そのことを知っていたドロテアは、この知識だけは知らないほうが良かったかもしれないと後悔した。
──だってもう、頭の中がヴィンス様のことで一杯で、困る。
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