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15話 今宵は意地悪な黒狼陛下

 

 その日の夜。いつもならばまだ多くの家臣たちが机に向かっている時間のはずが、今日の執務室はガラリとしていた。

 その理由は昼間のドロテアの活躍に他ならず、今日はいったい何人に感謝されただろう。ヴィンスと夕食を共に摂れたのも、ドロテアが数多くの書類を捌いたおかげである。


 そんな中で、ドロテアは夕食後、一旦自室に戻るとあるものを腕に抱えて、再び廊下へと繰り出していた。


 目的の部屋をノックすれば、出迎えてくれる人物に深々と頭を下げた。


「ヴィンス様お待たせしました……こちらが謝罪の品のワインです。お渡しするのが遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした」

「俺は催促するために聞いたわけではないと言ったろ」


 実はドロテアは、事前にヴィンスが大のワイン好きであることを調べ上げていた。そのため、懐が寂しい中でも出来る限り上等なものを用意したのだが、突然の求婚により気が動転して渡すタイミングを無くしてしまっていたのだ。


 だから、日中にこの話が出たので夕食後にワインを持ってきたのだが──。


「まあ良い。とりあえず入れ。せっかくだから一緒に飲むぞ」

「えっ、一緒にですか?」


(正式な婚約者でもないのに、夜に密室で二人きりは……)


 扉を開けたまま悩む様子のドロテアに、ヴィンスはもしや、と問いかけた。


「酒が飲めないか?」

「いえ、お酒は物凄く好きなのですが……」

「なら何を渋って──…………」


 そろりと、ドロテアが斜め下へと視線を落とした。


 頬を赤く染め、眉尻を少し下げたドロテアの表情は酷く扇情的だ。

 ヴィンスはなるほどと察すると、ドロテアの頬をぷにっと掴む。


 ドロテアは「ぶえっ」と素っ頓狂な声を漏らしながら、頭一つ分以上は優に高いヴィンスの顔を見上げた。


「出会って数日で、まだ正式な婚約者でもないんだ。絶対に襲わないと約束するから安心しろ」

「お、おそ、おそ……っ!?」

「何だ? 違うのか? ……ああ、もしかして──」


(いや、そうですけど! 言い方の問題です……!)


 動揺からか、何やら胸の前で変な動きをしているドロテアの手に、ヴィンスはゆっくりと触れる。


 一本一本丁寧に指を絡めながら顔を近付ければ、ドロテアの顔は熟した苺のように色付いた。


「少し期待していたか? 手を出しても良いなら、いつでも出すが」

「……っ、ち、違います今日は失礼いたしますおやすみなさいませ……!!」


 一息でそう言い切ったドロテアは、深く頭を下げてから脱兎の如く廊下を駆けて行く。

 淑女としてあるまじき行動ではあったが、致し方ないだろう。暗闇が月夜の光に照らされている雰囲気もあってか、ヴィンスの蠱惑的な声色や表情に、ついうっかり頷いてしまいそうになったのだから。


(で、でもヴィンス様と結婚したら本当にあんなことやこんなことを……!?)


 結婚に憧れを持っていたドロテアは、貴族教育として受けた、営みの授業についてもそりゃあもう熱心に学んだものだ。

 貴族令嬢は夫の子供を産むことを一番に求められる事が多いため、もしもの将来のために覚えなければと、当時は意気込んでいたのだけれど。


(っ、無理!! 行為中に緊張で息が止まる自信しかないわ……!!) 


 ──バタン! 


 部屋に入ると、激しい音を立てて扉を閉める。そのまま扉の前でずるずると座り込んだドロテアの顔は、暗闇でも分かってしまいそうな程に赤い。


「ハァ……しっかりしなさい私……」 


 明日の朝も早い。侍女として、ヴィンスよりも早く起きて色々と整えておかなければいけないのだから。 


 ドロテアは少しだけ冷静さを取り戻すと、呼吸を整えて着替えを始める。……のだけれど、気付かない方が良かったことに気付いてしまうのは、ドロテアの優秀さ故だろうか。


「あっ……さっき、扉開いて……ってことは、あの会話は……全員に……!!!!」


「なんてこと……!」と悶絶するドロテア。

 明日、周りから生温かい目を向けられるのは想像に容易かった。



 ◇◇◇



 獣人国に来てからちょうど一週間が経った頃。


 ドロテアは相変わらずヴィンスの侍女として過ごしながら、少しずつ彼のことを知っていった。

 悩み事があると少し尻尾が下がるところや、本当にときおりくしゃりと笑う笑顔が、少し幼く見えること。ラビンには少し口調が強いところや、他にも沢山のこと。


「ドロテア様、お手紙が届いています」

「あら、私に?」


 正午過ぎ。朝から働き詰めだったからか、ヴィンスに「休憩しろ」と念押しされたドロテアは、自室で読書をしていた。彼女にとって読書は知識を得る手段であるため、つまり趣味──休憩なのである。


「ありがとう、ナッツ」


 ヴィンスの侍女として働いているため、ナッツがドロテアの世話をできる時間はそう多くない。

 そのため、今のように部屋でドロテアのために働けることが嬉しいナッツは、無意識にブンブンと尻尾を揺らしていた。

 その様子をドロテアはとろんとした目で見つめてしまう。


「可愛過ぎるわ……。ナッツの尻尾触りたい……」

「ど、どうぞ構いませんよ?」

「それがだめなのよ……! ああ、そこに可愛いが存在するのに……!!」


 本音はさておき。誘惑に負けそうになりつつも、ヴィンスとの約束があるため、ドロテアは首を振ることで煩悩を何処かにやる。


 それから上質な手紙から鼻を掠めるその香りから人物の特定は出来たものの、一応裏側を見て、差出人を確認すると。


(やはり、ロレンヌ様から……)


 サフィール王国では封筒や便箋に香りがついている物が流行っている。

 ロレンヌも随分気に入っていたことを覚えていたドロテアは、やや懐かしみながら、封を開いて中身を見やる。


(…………ロレンヌ様、なんてお優しいの)


 手紙の中身は、ドロテアの身を案じる内容のものばかりだった。


 尻拭いの条件としての婚姻ならば、酷い目にあっていないか、ドロテアも望んだ婚約なのか、もしそうであったなら幸せになって欲しい、と。

 侍女を突然辞めることに対しても、気にしなくても良いからと、いざというときは戻っておいでと、歓迎するからとも。


 ドロテアを責めるようなことは一切書かれておらず、慈愛に満ち溢れていた。


(これ以上心配をかけないよう、私は十分幸せだとお伝えしないと)


 以前の手紙にもロレンヌを心配かけさせまいと言葉を選んだつもりだったが、やはり求婚された当日ということもあって不安が滲んでいたのかもしれない。


 だから、もう一度手紙を書こう。可愛くて優しいメイドをつけてもらい、文官たちからは様々なことを学ばせてもらい、ディアナも頻繁に話しに来てくれて、ヴィンスからは、惜しげもなく愛をもらっているから大丈夫だと、幸せだと。


(……っ、文字にするのは、何だか恥ずかしいわね)


 けれど、ヴィンスが愛してくれていることは事実だと、ドロテア自身が思うのだ。あとはドロテアがその愛を受け入れるだけなのだが、彼女の境遇からするとそれはそう簡単にはいかないだけで。


(……けど、私の趣味だと思っていた勉強が、それで得た知識が、少しだけ頭が良い程度じゃないってことは、ヴィンス様や皆さんの反応で少しずつ分かってきたわ)


 これは、ドロテアにとって大きな自信になる。連日の残業から解放されて喜ぶ文官たちの顔を思い浮かべて、ドロテアは「ふふっ」と息を漏らした。


「ドロテア様? 何か嬉しいことでも書いてありましたか?」

「まあ、そんなところね」


 それからドロテアはナッツに頼んで便箋や封筒を用意してもらうよう頼むと、ロレンヌの手紙の一文に目を向けながら、一人になった部屋でポツリと呟いた。


「正式な婚約者になったら、サフィール王国の建国祭には出席できるのか、か……」


 同盟国になって以来、獣人国からは毎年誰かが建国祭に出席している。王であるヴィンスに婚約者が出来たともなれば、今後のことも考えてヴィンスとドロテアが出席する可能性は比較的高いが。


「まあ、これは私が決めることではないしね……婚約誓約書も、いつ返信が来るか分からないし」


 ローテーブルにバサリと手紙を置いたドロテアは、さき程ナッツが入れてくれた紅茶の残りをゴクリと飲み干す。


 コンコンというノックの音にナッツだと思い、何気なく「どうぞ」と返事すれば、振り返ったときに見えた美しい漆黒に、「えっ」と声を漏らした。


「ドロテア。突然で悪いが、今からデートに行くぞ」

「デート……!?」

読了ありがとうございました! 


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