14話 建前と、本音と、不意打ちと
ディアナにいきなり『お義姉様』と呼ばれるなんて思わず、ドロテアはやや吊り上がった目を見開くと、素早く否定を口にした。
「姫様、私はヴィンス様の配偶者どころか、正式な婚約者でもございません。そのような呼び方は──」
「ええ、それは分かっています。けれど……お兄様ってね、今まで何十もの縁談を一切迷わずに断ってきましたの。そんなお兄様があんなふうに妻にすると言ったのなら……もうお義姉様に逃げ道はないと思いますわ」
(に、逃げ道……)
まるでそこに花が咲いたかのような美少女から飛び出す言葉にしてはやや過激だが、ドロテアはそれを指摘することはなかった。
「ね? だからお義姉様と呼ばせてほしいのです。私のことは是非ディアナと!」
「ディ、ディアナ様……?」
「はい! 何でしょうお義姉様っ!」
(か、可愛い〜〜!!!!)
男だったら確実に惚れていただろう。可愛いもの全般に目がないドロテアは、ディアナの小首を傾げた破壊力に心臓がぎゅん! と音を立てた。
それに、ドロテアがディアナのあまりの可愛さに悶絶しそうになったのは彼女の仕草だけではなかった。
「ディアナ様……大変お似合いなのですが、どうして城内で帽子を被っていらっしゃるかお聞きしても……?」
先日、謝罪に来た時にお詫びの品としてドロテアが持ってきた帽子を被っているディアナは「うふふっ」と嬉しそうに笑みを零す。
そして、ディアナはその場でくるりと回ると、白い歯を見せるように無邪気に笑ってみせた。
「とーっても気に入ってしまって、つい毎日城内でも身に着けてしまうのですわ!」
「うっ……」
「お義姉様? どうされたのですか?」
「申し訳ありません、……ディアナ様のあまりの可愛さに心臓が潰れるかと思いました……」
ドロテアとしては本気でそれくらい心臓を鷲掴みにされたのだが、「お義姉様ったら面白いですわ〜」と穏やかに笑っているディアナは、どうやら自身の可愛さに気付いていないらしい。
ディアナに惚れた人は大変だろうなとドロテアが思っていると、そんなディアナはやや眉尻を下げて、ぽつりと呟いた。
「けれど、もし叶うなら、あの人にも可愛いって言ってもらいたいです……」
「え……」
(ディアナ様、もしかして好きなお方が……? あ、そういえば帽子を差し上げたとき、一番に見せに行っていたのって……)
確か──と頭にその人物を思い浮かべると、それを遮るように「ドロテア」と耳に響くような良い声で名前を呼ばれたドロテアは、くるりと振り向いた。
「ヴィンス様。どうしてこちらに?」
「お前のことだから全員分の茶を準備するだろうと思ってな。大変だろうから手伝いに来た」
「……! どうして考えていることが分かるのですか……?」
「きゃーー! 愛だわ……!」なんて騒ぐディアナを他所に、ドロテアは本気の声色でヴィンスに問いかける。
侍女として、主人に気を遣わせるようでは半人前だと思っていたため、是が非でもその理由を聞きたかったのである。
「簡単な話だ。ドロテアが侍女として俺を見ているように、俺もお前のことを側で見ているから。だからドロテアの表情の変化や思考を読むのは案外簡単だった」
「…………っ」
つまりは、それほどに見られていたということ。
(聞かなければ良かった……!)
みるみるうちに顔が赤くなっていくのが分かるドロテアは、俯きながら「そうなのですね……」とポツポツと返すことで精一杯だった。
「邪魔者は退散しますわ〜! ごきげんよう」と言って颯爽と駆けていくディアナに対して、内心行かないで! と思うだけでろくな挨拶もできず、ドロテアが黒目をキョロキョロと泳がせていると。
「まあ、手伝いというのは建前なんだが」
「はい……?」
ぐいと腰を折った整った顔のヴィンスが、口元に弧を描いて覗き込んでくる。
突然のことにドロテアの体がピクと小さく跳ねると、愉快そうに「ふっ」と笑みを零したのはヴィンスだった。
「本当はこれを伝えたかった。──ドロテアのお陰で皆、今日は早く仕事が終われると喜んでいる。中にはお前を救世主だと呼ぶ者もいるな。……それに俺も、とても助かった。ありがとう、ドロテア」
「……っ、い、いえ、私は……そんな……お礼を言うのは、私の方でして……」
「ははっ。知識を学べたからだろう? お前は本当に面白くて、良い女だな」
珍しくくしゃりと笑ったヴィンス。そんな彼に大きな手でよしよしと頭を撫でられて、ドロテアはこの上なく恥ずかしいのに、何故か形容し難いほどの幸福感に包まれた。
(私の知識って、本当に皆さんの、ヴィンス様のお役に立てるんだ……)
ロレンヌにも褒められていた筈なのに、やっぱりヴィンスに言われると、それは特別なものへと変わる。
認められた嬉しさと、自信が湧いてきたせいだろうか。ぽわぽわと胸の辺りが温かくなり、ずっと味わっていたいような感覚だ。
(それに、陛下という立場で、わざわざ伝えに来てくださるだなんて)
ドロテアは、どうしてもこの言葉を伝えたくなって、ゆっくりと顔を上げる。薄っすらと目を細め、頬を綻ばせるようにして笑みを浮かべたのだった。
「ヴィンス様、こちらこそありがとうございます……! 私、これからも皆さんの……ヴィンス様のお役に立ちたいです……!」
「……っ」
ヴィンスの黒い耳が、僅かにピクリと動く。
そんなヴィンスは自身の口元あたりを手で隠すと、窓から見える景色へと、そろりと視線を移したのだった。
「不意打ちはやめろ……」
「はい?」
「──いや、何でもない」
獣人ではないドロテアにはヴィンスの呟きは聞こえなかったけれど、表情からして不快にさせたわけではないだろう。
ほんのりと赤くなった彼の耳を見て単純に、耳が可愛い!! という思考に染まったドロテアに、ヴィンスは咳払いをしてから話を切り出した。
「そういえばさっきディアナを見たときから、一つ聞きたいことがあったんだが」
「……? はい、何でございましょう」
「催促して言っているわけではないことだけは念頭に置け」
「……は、はい」
前置きされるので何かと思ったが、次のヴィンスの言葉は、至極当たり前の疑問だった。
「先日のお前の妹の件、ディアナには帽子があったが、俺への謝罪の品は準備していなかったのか?」
「あっ、そのことなのですが──」
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