13話 ただの侍女……じゃありません!?
『良いだろう。侍女として、側で俺を見極めるといい。……どれだけ俺が、ドロテアのことを本気で愛しているか』
──そう、ヴィンスに言われてから三日後の現在。
ドロテアは、机に置かれた書類を目に止まらぬ速さで処理していた。
「もはや侍女ではなく文官では……!?」
瞬く間に溜まった書類を正確に処理していくドロテアの様子に、目をキラキラさせながらそう言ったのはラビンである。
執務室の一番奥。ヴィンスの席の隣に即席で作ってもらったドロテアの机の上に積み上げられていた書類は、いつの間にやら処理と仕分けを終え、ヴィンスの前へと置かれていたのだった。
「ヴィンス様、書類関係の仕事は一旦終わりましたので、今からお茶を入れてまいります。それと、午後からお調べになるとおっしゃっていた本についてですが、今朝のうちに必要事項を纏めておきましたので、またお持ちしますね」
「ああ、ありがとう、ドロテア。本当に優秀だな」
「いえ、私はただの侍女でございます」
用件を告げると、軽く頭を下げて執務室から出て行くドロテア。
そんなドロテアを信じられないような目で追いかけるのは、何もラビンだけではなかった。
「「「あれでただの侍女なわけ無いだろ!?」」」
猫、犬、虎に鼠などの獣人の文官たちが一同に声を揃えたのは、ドロテアの仕事ぶりに対する率直な感想だった。
ラビンも激しく首を縦に振って同意すると、ヴィンスは筆の動きを止めて文官たちにちらりと視線を寄越す。
「だから言ったろ、優秀過ぎるって。まあ、俺も直に目にすると驚いたが……ちょっと頭が良いなんて次元は完全に逸脱しているな」
驚いてはいるが、どこか楽しそうに話すヴィンス。
そんな彼を横目に、ラビンはうさぎ特有の長い耳をぴしっと立てて、声を震わせたのだった。
「もしかしたら、いえ、もしかしなくとも彼女は、私たち文官の救世主なのでは……!!」
──話は二日前に遡る。
それは、ドロテアがヴィンス付きの侍女として働き始めた初日のことだった。
まずドロテアは王城内を把握するために、その日はヴィンスに許可を取ってナッツに城内を案内してもらっていた。広大な王城内を回り切るのは一日かかったものの、ドロテアは持ち前の頭の良さで、一度で殆どの場所を覚えた。
流石に王城に勤める獣人たちを一度で覚えるのは無理だったので、ロレンヌの侍女だったときに使っていた手帳と羽ペンでメモを取りつつ、その日の夜は今日得たことを復習することで終わりを迎えた。
そして二日目、ドロテアは正式にヴィンスの侍女として仕え始める。
とはいえ、周りの獣人たちからすればドロテアは王の未来の妻なので、いくら優秀かもしれなくても気を使うなぁ、なんて思っていたのだけれど。
(((侍女だ! 紛うことなきただの侍女だ……!)))
これが、文官の概ねの感想であった。
というのも、ドロテアはいくらヴィンスに許可を得ているとしても、自身の立場でヴィンスの側に仕えては、周りの家臣たちにプレッシャーを与えてしまう可能性を予期していた。
だから、ナッツが楽しそうにドレスを選ぶのに水を差して、彼女と同じお仕着せを用意してもらったのだ。
執務室では出来るだけ気配を消し、ヴィンスの身の回りのサポートに徹したのも、家臣たちに可能な限りプレッシャーを与えたくない、邪魔になりたくないという思いからだった。
──の、だけれど。
それは同日の午後。ドロテアがただの侍女に徹しながらヴィンスのことを観察していたときのこと。
偶然視界に入ったヴィンスの手元にある書類に小さなミスを、ドロテアは見つけてしまったのである。
『失礼ながらヴィンス様、サフィール王国への納品書の三段落目の数ですが、おそらく間違っております』
『……! 良く気づいたな』
主人のミスをカバーするのも侍女の勤め。これくらいの発言ならば許されるだろうと口にしたものの、ヴィンスが驚いた直後に楽しそうに口角を上げる姿に、何故かドロテアの背筋はゾクリと粟立った。
『ドロテア、お前そろそろ限界だろう』
『と、言いますと』
『母国とは違った文化、特産物、他国との貿易の情報──ここ執務室にはそれが溢れているからな。知的好奇心の塊のお前が、我慢出来るはずがない』
『うっ…………』
そう、実際ドロテアは我慢していた。ここは新たな知識の宝庫だというのに、ヴィンスの後ろに控えているだけでは物足りなかったのだ。
しかしドロテアは未だに、自身の能力が桁違いに優れているということを自覚していない。
それに、一応まだ婚約者未満の間柄の自分が他国の情勢を教えてもらえるとは思わなかったし、知ることも嫌がられると思って言えなかった、のだけれど。
『俺が許可する。……好きなだけこの国の知識を身に着ければ良い。分からないところは俺が教えてやろう』
『よ、宜しいのですか……!?』
知的好奇心を抑えきれなかったドロテアは最低限の獣人国ならではの事情をヴィンスに教えてもらうと、直ぐ様それを自身の手帳にメモし、脳内にインプットをした。
それから過去の資料などを確認しながら、いくつかヴィンスに任せられた書類を処理すると、その正確さと速さにヴィンスや周りの文官たちは驚かされたものだ。
そんな彼らをよそに、ドロテアの表情は頗る明るい。仕事というよりは趣味の勉強をさせてもらっている、新たな知識が手に入る機会を与えてもらっているという感覚だったので、幸福でしかなかったのである。
『もっと沢山のことが知りたいです! 私にできることであれば、何でもさせてください……!』
──そうして、話は現在に戻る。
ヴィンスや文官たちから割り当てられた大量の書類を捌いたドロテアは、城の北側にある厨房へと足を進めていた。
(ヴィンス様だけでなく、文官の皆さんにも沢山お世話になったから、お茶を準備するくらいは良いわよね)
出しゃばり過ぎかとも思ったが、お茶を飲む程度の休憩を挟む方が効率は良いだろう。皆の好みを知らないため、茶葉はいくつか用意するのが最善だろうか。
そんなふうに考えながら歩いていたドロテアだったが、背後からタタタッと聞こえる足音におもむろに振り返った。
「こんにちは……! お義姉様……!!」
「姫様……! ………………お義姉様!?」
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