12話 至福のもふもふタイム
突然現れたヴィンスはナッツに向かって手を上げ、部屋から出るよう指示をすると、長い脚でスタスタと歩いてソファに座るドロテアの隣に腰を下ろした。
(待ってナッツ……! やっともふもふ出来ると思ったのに……!!)
礼をして退室するナッツに対してドロテアはそう思ったものの、ヴィンスの前ということもあって表情には出さず、居住まいを正した。
「お、おはようございます陛下」
「おはようドロテア、よく眠れたか? そのドレス、良く似合っている」
流れるように褒めてくるヴィンスに、ドロテアは羞恥で口をパクパクとさせてから、よく眠れたかという質問に対してだけ「おかげさまで……」とぽつりと答えた。
「それは良かった。もし何か不便があるなら気にせずに言え。──で、さっきのは何だ?」
足を組み、覗き込むようにして問い掛けてくるヴィンス。甘くて低い声が、ドロテアの耳に届く。
「俺の耳と尻尾は好きに触って良いと言ってあるのに、他の者を触ろうとするとは、どういうことだ?」
「……っ、そ、それは、そう言われましたが、他の獣人の皆さんの耳や尻尾を触ってはいけないとは言われておりませんので……」
何故言い訳がましく話しているんだろうと思いつつ、ドロテアはちらりとヴィンスの顔を見やる。
薄っすらと細められた黄金の瞳はどこか意地悪そうだが、それでいてとても優しいので、ドロテアの頬は気恥ずかしさで朱色に染まったのだった。
「……なら今から駄目だ。俺以外の者の耳と尻尾に触れるのは許さん。良いな」
どうしてそんなことを言うのかは分からなかったけれど、あまりに優しい声色で言うものだから、ドロテアはコクリと頷いた。
「っ、かしこまりました」
「ああ、良い子だな、ドロテア」
よしよしと撫でられて、体中がかあっと熱くなってくる。両親にだって、こんなふうに褒められたことはなかった。
ロレンヌは頻繁に褒めてくれていたが、彼女の褒め言葉は軽く流すことが出来たというのに。
「………っ、あの、部屋やドレス等、色々と気遣ってくださってありがとうございます!」
何故かヴィンスに褒められるとムズムズして、頭が上手く働かない。
そんなドロテアが脈絡なしに礼を言うと、ヴィンスは一瞬だけ瞠目してから「当たり前だろう」と小さく笑ってみせた。
「ドロテアは、もう少ししたら俺の妻になるのだから」
「…………っ」
「それに言ったろ。俺は欲しいものは絶対に手に入れる。……だから、早く俺に惚れるようにドロテアに尽くすのは当然だと思うが?」
「〜〜っ!!!」
(このお方は……! 本当にもう……っ)
昨日、求婚されたときからそうだ。ヴィンスはずっと、惜しげなく思いを伝えてくれる。
行動も、言葉も、表情も、声色も、嫌というほど伝わってくるのに、ドロテアは家族から売れ残りだと言われ続けたせいで、心のどこかでまだヴィンスの気持ちを疑ってしまうのだ。
──本当に私のことが好きなの? と。
「ドロテア、どうした?」
「あっ、いえ。何でもありません」
ボーっとしていたせいか、どうやら心配されてしまったらしい。
ドロテアはヴィンスの真っ直ぐな思いをそのまま受け取れないことに罪悪感を持ったまま、可能な限り綺麗な笑顔を作る。
そして手を振って何もないことを示せば、ヴィンスの大きな手で手首を捕えられていた。
「陛下……?」
「大方、まだ俺の気持ちを信じられていないんだろう? だが、そのことに関して罪悪感を持っていて苦しんでいる、違うか?」
「……! そう、です。良くお分かりになりますね……」
驚いた様子のドロテアを見つつ、ヴィンスは掴んだ彼女の手を少しずつ自身の身体に引き寄せていく。
「好きな女の考えていることくらい分かる」
「……っ」
「それに言っただろう? 突然求婚されて、何も思わない方がおかしい。ドロテアの境遇なら尚更な。だからそんなことは気にしなくて良い。今はただ──」
ヴィンスに掴まれたドロテアの手が、彼の髪にさらりと触れる。
そして、ややしっかりとした髪質からひょっこりと見える、細やかな毛のふわふわの耳の元へと誘われていた。
「いくらでも、好きなように触ると良い」
「えっ、本当に? 本当に良いのですか?」
「構わん」
現金と言われてもいい。可愛いものの前では罪悪感など不要である。それが欲しくて欲しくてたまらなかったものなら、尚更。
「では、失礼します!」
「ああ」
意気込むと、獣耳へと誘ってくれていたヴィンスの手は離れ、もうその場はドロテアの独壇場だ。
溢れ出す興奮を必死に抑えて、先ずは先端に優しく触れる。擽ったいのか、ピクリと揺れる耳がまた可愛くて堪らない。
「柔らかいです……ああ……ずっと触ってたい……」
「それは良かったな」
「付け根も触っても宜しいですか?」
「ああ、好きにしろ」
付け根には少し長めのふわふわとした毛があり、ドロテアは優しく、それを摘むようにふにふにと触る。
温かくて、柔らかくて、ふわふわとして獣耳に好き勝手触れられるなんて、まさに至福のときとはこのことだろう。
「ふわふわ……もふもふ……可愛い……ああ、もふもふ……たまりません……」
「本当に好きなんだな。……それなら、尾も触るか?」
「良いのですか……!?」
ヴィンスは少し斜めに体をずらし、ドロテアに尻尾を向ける。
真っ直ぐに生えた凛々しい尻尾だが、ふわふわとした毛を纏っているからか、なんとも可愛らしく、ドロテアは失礼しますとだけ告げると、直ぐ様両手でもふもふし始めた。
「お、お耳とは段違いのもふもふ、ふわふわです……! お耳のピクピクとした動きと繊細な毛も捨てがたいですが、ふんわりとしたこの尻尾……! ずっと触っていたいです……ああ、幸せです……」
まるでお日様のもとで干した布団に触れるような幸福感、いや、それ以上の多幸感にドロテアは恍惚とした表情を浮かべる。
しかし、近くから聞こえる喉をくつくつと震わせる音に気が付いたドロテアは、窺うようにちらりとヴィンスへ視線を寄越した。
「いや、済まん。あまりに一生懸命触るから、ついな」
「わっ、私ったら夢中で……! 申し訳ありません……! それと、ありがとうございます……!」
流石にやり過ぎてしまったと、ドロテアがヴィンスの尻尾から手を離すと、再びその手は彼に捕われた。
今度は手首ではなく、手のひら同士がふに、とくっつくようにしっかりと、それは触れ合った。
「謝罪も礼もいらん。それに、もっと触ってても構わない」
「えっ」
「──その代わり、ヴィンスと。名前で呼べ、ドロテア」
「〜〜っ!?」
ヴィンスの、トパーズを埋め込んだような瞳にはどこか切なさが滲む。
命令口調なのに、どこか懇願するように言われたら、そんなの。
「ヴィンス、様……」
「ああ、何だドロテア」
蠱惑的な表情と、少年のような嬉しそうな表情が入り混じるヴィンス。
尻尾が揺れていることからも、一つだけ確かなことは名前を呼ばれて喜んでいるということだ。
──名前で呼んだだけ。それだけなのに、こうも嬉しそうな反応をされては、胸の奥がきゅうっと疼く。
それなのに、自身の中で再びヴィンスに対する疑いの心が邪魔をするのが、ドロテアには嫌で仕方がなかった。
(このお方を信じたい……疑ったりせずに、ヴィンス様の愛を受け入れたい)
ヴィンスから好かれていることを信じたいのに信じられないのは、決してドロテアだけのせいではない。
家族から売れ残りだと言われ続け、自身が異性から恋愛対象として求められることはないのだと、思い込んでしまったこと。そして、サフィール国の独自の考え方の弊害によるところが大きい。
しかしこれを、根本的に、かつ直ぐに解決するのは至難の業だろう。
(どうしたら良いだろう。どうしたら、ヴィンス様のことを信じられるように……あっ、そうだわ!)
そこで、ドロテアは思考を巡らせてとある答えに辿り着く。
力強い瞳でヴィンスを見つめると、あの、と話し始めた。
「私は貴方様のお気持ちをまだ信じきれていません。……ヴィンス様が良くても、私はそれが嫌なのです。ですから、ヴィンス様のお気持ちを心の底から信じられるように……一つ頼みを聞いていただけませんでしょうか?」
「それは願ってもないことだが、一体何だ?」
ドロテアは、愛情を向けてくれるヴィンスに対して誠実でありたいと願った。
自身の中に根付いた心の傷──疑いの心はすぐに消せなくとも、身分の差は変えられなくとも、出来ることはやりたいと思ったのだ。
「ヴィンス様のことをもっとちゃんと知れば……私は貴方様の気持ちを本当に信じられるかもしれません! ですから、お側に置いてほしいのです。けれど私の今の立場は正式な婚約者ですらありません。……ですので、私を侍女としてヴィンス様のお側で仕えさせていただけませんか……!?」
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