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117話 やれることをやりましょう

 

 ヴィンスたちの帰りを待つ間、屋敷内はかなりバタついていた。


「ラビン様、手が空いている方がいたら、調合師であるバーフ様を手伝うよう伝えてください。薬草の洗浄や、解毒剤の数の確認などに当たらせてください」

「かしこまりました!」


 アガーシャのために作った解毒剤の残りは、既に屋敷の者の手によって重症の住民たちに配られ始めている。

 残りの者たちにはこれからだ。バーフが解毒剤を調合でき次第、屋敷の者たち一同で配布していく。

『レビオル』の街はそれほど大きくなく、体調不調者の人数や住まいの場所を事前に把握していたこともあって、かなりスムーズに進んだ。


 懸念だったミレオンも足りそうだ。

 後日、毒症状が現れる者がいることも想定してミレオンの追加輸入は急がれるが、既にクヌキの木を薪として使用するのを禁ずる旨は住民たちに伝達してあるため、今後はそれほど被害は拡大しないだろう。


(解毒剤については屋敷の皆さんにお任せして大丈夫そうね。それに、ラビン様がいらっしゃるもの)


 ラビンは普段、ヴィンスに誂われたり、徹夜のせいで書類に埋もれたりなど頼りなさげな姿を見ることが多い。

 だが彼は元来とても優秀な人なのだ。なんだかんだヴィンスがラビンを頼りにしているのがその証拠である。


(……それなら、私はクヌキの木に代わる木材燃料の手配を)


 『レビオル』の地で、暖が取れないのは命の危機にすらなり得る。早急に対処しなければならない。


(さあ、急ぎましょう)


 ヴィンスに屋敷のこと、民のことを託されたドロテアは、一心不乱に屋敷の中を動き回り、働いたのだった。



 ◇◇◇



 ドロテアが自室に戻ったのは、日付が変わる頃だった。

 ヴィンスが去ってからプシュのことはナッツに任せてあったのだが、彼は既にベッドで眠りについていた。ドロテアの匂いが付いたシーツを体に巻き付けている姿が、とんでもなく可愛らしい。


「プシュくん、ただいま……。ああ、可愛過ぎる……。もふもふしたいけれど、触ったら起こしてしまうわよね」


 プシュに伸ばした手をひゅっと引っ込めたドロテアは、ふかふかのソファに深く腰掛けた。


「ドロテア様、お疲れ様でございます」


 ルナが急いでお茶の準備し始める。

 そういえば、しばらく食事はおろか、水分も摂っていなかった。


「お疲れ様でございますっ! すぐにお食事の準備をいたしますね!」


 同時にナッツがサラダやサンドイッチなどの軽食を手早くテーブルに並べてくれた。

 ドロテアが仕事に切りをつけたタイミングで、ナッツは厨房を借り、自らで作ってくれたようだ。


「二人とも、お疲れ様。それにごめんね。貴女たちまで、こんなに夜遅くまで働かせてしまって」

「何を仰いますかっ! ドロテア様が頑張っていらしている中、私たちだけ休憩するわけにはまいりません! ね、ルナ!」

「ええ、その通りですわ。ドロテア様が大変な時こそ、私たちは貴女様のお傍に。……専属メイド、バンザイ」


(ん? 何か言ったかしら?)


 最後の方がはっきり聞こえなかったけれど、ルナが笑顔だからまあ良いか……。


 ドロテアはルナが淹れてくれた紅茶で喉を潤してから、ナッツが作ってくれたサンドイッチを口に運んだ。

 もぐもぐ、もぐもぐ。

 若干マスタードの存在感が強めだが、ナッツが手ずから作ってくれたのだと思うと、それは小事だ。気を抜くと涙が出そうになるのは、感動しているからであって、マスタードの辛味が鼻にツンときたからではない。……決して。


「ふぅ……。美味しかったわ。二人ともありがとう」


 それからドロテアは湯浴みを済ませ、亜麻色の夜着に着替えると二人を下がらせた。

 あまりの疲労からか、部屋を去る際の二人の尻尾に無意識に手を伸ばしていた自身には、心底引いたものだ。


(あ、危なかったわ……。癒やしを求めて勝手に手が……。変態だわ……)


 それに、ヴィンスに俺以外の尻尾や耳を触るなど言われているのに、約束を破ってしまうところだった。

 厳密に言うと、ナッツの尻尾に顔を埋めたこともあるし、プシュのことはベタベタ触っているのだが、それはさておき……。



「ヴィンス様、まだお帰りになられていないのかしら……」


 ドロテアは夜着の上にコートを羽織ると、窓を開いてバルコニーに出た。

 この部屋は屋敷の正面入口の真上にあるため、ヴィンスが帰ってきた際にはいち早く気付けると思ったからだ。

 風の向きのせいか、バルコニーにはそれほど雪が積もっていないのは、幸いだった。


 昼間の吹雪とは打って変わって、雲一つない空だ。

 満天の星と美しい月のおかげで、漆黒がぼんやりと照らされている。


 肌を突き刺すような冷気は、湯浴みで火照った体にはちょうど良かった。


(スムーズに誤解が解けたなら、そろそろヴィンス様たちが帰ってきても良い頃だと思うのだけれど……)


 話し合いが難航しているのか、そもそも聞く耳を持ってもらっていないのか。


(それとも、まさか)


 いくら『レビオル』とはいえ、強靭な肉体を持つ獣人──それもヴィンスとデズモンド相手に強硬手段は取らないとは思うが、万が一ということもある。


(ヴィンス様……)


 体も脳みそも疲れているのに、心配で眠れそうにない。

 屋敷の者たちと働いていた時はヴィンスのことをあまり考えずに済んだけれど、一人になると彼のことが頭から離れなかった。


「お願い……早く帰ってきて……」


 両手をぎゅっと顔の前で絡ませて、強く願ったその瞬間だった。


「ドロテア」


 名前を呼ばれたと思ったら、柵の少しだけ積もった雪の一部がポトンと落ちたのが視界に入った。


「えっ」


 顔を上げれば、その人はバルコニーの上にしゃがみこむようにしてこちらを見つめている。

 月と見紛うほどの美しい金色の瞳に、夜空に溶けてしまいそうな漆黒の髪と耳と尻尾。


「ヴィンス様……!」

「ただいま、ドロテア」


 柵から下りたヴィンスに、ドロテアは堪らず抱き着いた。


「おかえりなさいませ……っ」


 背中に回されたヴィンスの力強い腕に、ドロテアは身を預けた。

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