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115話  『アスナータ』が獣人を嫌う理由

 

「話してみろ、ハリウェル」


 ヴィンスに許可を得たハリウェルは、ありがとうございますと頭を下げてから、気まずそうに口を開いた。


「実は国境付近に滞在している時に、『アスナータ』の者たちが一方的に獣人を嫌っている理由を聞いてしまいまして……」

「……! それは本当ですか、ハリウェル様」

「はい。『アスナータ』を救うか否かを判断をされるのでしたら、この話は聞いていただくべきかと思いました」


 ヴィンスとデズモンドがパッと目を合わせる。

 ハリウェルの言い方からして、おそらく『アスナータ』側に何かしらの事情があるのだろう。


「それで、理由は何だ」


 落ち着いた声色でデズモンドが話を促した。


「事件が起こったのは、今から約十五年前です」


 当時の『アスナータ』と獣人国は、今のように不仲ではなかった。

 友好国ではなかったものの、互いに許可なく領土を侵さない、民を傷付けないという条約が結ばれていた。


 どちらの国も、家族や仲間を大切にするという思いが強かった。考え方が似た両国の者たちは、この条約が半永久的に続くと信じて疑わなかった、のだけれど。


「当時八歳だった『アスナータ』の王太子が、両国の国境がある森で、我々獣人に誘拐されそうになったのです」

「「……!?」」

「森……だと……」


 ドロテアとヴィンスが言葉を失う一方で、デズモンドがぽつりと呟く。


「信じがたい話ではあるのですが、獣人が王太子の腕を掴み、無理やり連れて行こうとするところを見たという複数の目撃者がいたようで……」


 ハリウェルの言葉が、ドロテアの思考に重たくのしかかる。


(信じられない。……ううん、信じたくない……)


 確かに獣人にも色々な性格の者がいる。

 セグレイ侯爵やフローレンスとのことで、そんなことは重々分かっている。


 けれど、まだ幼い子を誘拐しようとするなんて、人の心を持ったもののする所業じゃない。


 ヴィンスも同じように思っているのだろう。眉を顰めたその表情がそれを物語る。


 デズモンドは訳が分からないと言った困惑の表情を浮かべていた。


「その目撃者たちが王太子に駆け寄ると、同時にその獣人は立ち去ったようです。……この王太子誘拐未遂事件のことは、直ぐに『アスナータ』内に広まりました。そして、結果的に『アスナータ』側から一方的に条約を破棄された、ということです」


 ハリウェルの言っていることが真実ならば、『アスナータ』側が条約を破棄することも、獣人たちを嫌うことも理解できる。

 しかし、ドロテアは不可解だと言いたげな眼差しでハリウェルを見つめた。


「……けれど、何故その理由をヴィンス様たちがご存じないのでしょう? 一方的な条約の破棄を呑むとしても、最低限の説明くらいは求めたのではないですか?」

「ドロテア様、申し訳ありません……。それは私にも分かりかねます」


 ハリウェルが申し訳無さげにそう告げた直後のことだった。


「ドロテア嬢、ここからは当時国王の席にあった私から話そう」


 デズモンドは低く、けれど弱々しい声で話し始めた。


「『アスナータ』から届いた条約を破棄したいという旨の書状には、その理由が書かれていなかった。思い当たることもなかった私は、『アスナータ』の国王に謁見の申請をした」


 しかし、その許可は下りなかった。

『アスナータ』の国王は獣人が遥かに人間よりも腕力などが勝ることを知っていたため、直接会うことを拒んだのだと、当時のデズモンドは判断した。


 しかし、その代わりにもう一通の書状が届いたという。


「その手紙には、『獣人などという野蛮で腐った生き物と結ぶ条約はない』と書かれていた。獣人全体を冒涜されたこと、この国の方が『アスナータ』より大きく国力が勝っており、争いになってもこちらの被害はほとんどないことが分かっていたから、私はそれ以上歩み寄ることはしなかった」


(なるほど……。そういうことだったのね……)


 当時のデズモンドの判断は間違っていないとドロテアは思う。

 条約破棄の理由を伏せ、獣人を冒涜してくるような『アスナータ』側に対して、獣人国側が下手に出る必要なんてない。


(けれど、まさか獣人のどなたかが『アスナータ』の王太子を誘拐しようとしたなんて……。これが本当ならば、条約を破棄させるような原因を作ったのはこちら側だわ……)


『アスナータ』は、怒りのあまり理由を言わなかったのか。己たちで気付けと、そう思ったのか。

 もしくは、それを言葉にしてしまえば、怒りが増幅して戦争になってしまうと思ったからなのか。直接対面しなかったのも、そう思ったからなのかもしれない……。


(でも、やっぱり信じられない。他国の王太子を誘拐しようとするなんて……)


 それに、もしもそれが本当だったとして、何が目的だったのだろうか。

 考えられるのは身代金だが、そんなにお金に困った者が、どのようにして他国の王太子の顔や居場所を知ったというのだろう。そもそも、当時幼かった王太子が国境に跨る森に来ていたことも引っかかる。


(何か、ある気がするのだけれど……)


 ドロテアは必死に頭を回転させた時、デズモンドがおもむろに口を開いた。


「だが……今思えば、どのような手を使っても、その理由を問いただせば良かったと思っている。……そうすれば、こんな関係になる前に誤解は解けたというのに」


瞬きを忘れ、ドロテアたちはデズモンドを凝視する。


「父上、それはどういう──」

「あの日起こったことは、誘拐未遂などではない。森の探索に夢中になって国境を超えてしまった王太子を、『アスナータ』の領土に入るところまで送り届けた姿を、誤解されてしまったんだな……」


 まるでその場を見ていたかのように語るデズモンドに、ドロテアたちは「まさか……」と唇を震わせた。


「王太子を領土まで送り届けたのは……当時『レビオル』に視察にやってきていた、私だ」

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