109話 さあ、紐解きましょう
◇◇◇
ドロテアがハリウェルとナッツ、アガーシャの侍女二人とともにアガーシャの部屋の前に到着した頃、ちょうどデズモンドが部屋の中に入ろうとしているところだった。
デズモンドに話しかけると、どうやらアガーシャの検査結果が出たため、シャーリィーに入室を促されたらしい。
「陛下、私たちも入室をしても構いませんでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
アガーシャの侍女はもちろん、ハリウェルとナッツの入室許可も得たドロテアたちは、デズモンドに続いて部屋に入る。
すると、最後尾のハリウェルが扉が閉める寸前、聞き慣れた声が聞こえた。
「──父上、ドロテア」
「ヴィンス様……!」
ドロテアが振り向くと、急いできたのか、肩を上下させるヴィンスの姿が見えた。よほどアガーシャのことが心配だったのだろう。
ヴィンスが入室すると、ハリウェルが扉を閉める。
そして、ハリウェルやナッツたち、アガーシャの侍女たちは部屋の壁際に待機した。
「ヴィンス、もう側近たちとの話し合いは終わったのか」
「諸々の説明と指示はしておきましたので、問題ないかと」
「……そうか。ありがとう」
それからデズモンドはベッドに横になっているアガーシャのもとに行った。床に膝をつき、大丈夫か? と声をかけている。
アガーシャは相変わらず苦しそうで、前髪がべったり張り付くくらいに額にはたっぷりの汗をかいていた。
表情は未だ苦痛に歪んでおり、「貴方……」と囁いた声は消え入るほどに小さい。
ヴィンスはというと、アガーシャに心配の眼差しを向けてから、ドロテアの隣にまで歩いた。
「ヴィンス様、お疲れ様でございました」
「ああ、ドロテアもな。……その表情からして、おおよその目星はついたのか?」
「はい」
ドロテアがコクリと頷くと、シャーリィーがまずは検査結果を説明するからと話し始めた。
「アガーシャ様の血液を採取し、検査を行った結果、植物性の毒であることが分かりました。……しかし、その詳細まで確定するには至りませんでした。新種の毒なのかもしれません」
シャーリィーは申し訳なさげに告げる。しかし、それはドロテアの考えを裏付けるのに、とても大きなものだった。
植物、そして新種の毒。そのどちらも、ドロテアが今頭に思い浮かべているものと一致するのだ。
(お医者様の検査で結果が出るようなら、口出しはしないつもりだったのだけれど)
どうにか毒の特定ができないのか、または現時点で使える解毒剤はないのかと、切羽詰まった様子でシャーリィーに話すデズモンドに、ドロテアは声をかけた。
「陛下、アガーシャ様の毒について私からもお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
デズモンドは、まさかと言わんばかりに目を見開いて、ドロテアを凝視した。
「アガーシャの体を蝕む毒の特定を試みると言っていたが、まさか……できたのか?」
「確証はありませんが、確信はあります」
事前の調べで、デズモンドはドロテアが優秀であることを知っていた。しかし、ドロテアは毒の専門家でも、医者でもない。
そのため、ドロテアの発言にどれほど信憑性があるのかを正確に図ることはできなかったのだけれど、デズモンドは今、藁にも縋る思いだった。
「父上、ドロテアは優秀な女性です。母上を救えるかもしれません。話を聞いてください」
「…………。分かった。話してくれ」
更に、息子であるヴィンスの後押しもあって、デズモンドはドロテアの発言を許可した。
ドロテアはデズモンドとヴィンスの両者に礼を伝える。
シャーリィーや部屋の隅にいるナッツたちが固唾を呑んで見守る中、ドロテアは語り始めた。
「おそらく、アガーシャ様を苦しませている原因は、クヌキの木だと思われます」
「なっ、クヌキの木だと……!?」
レザナードでは『レビオル』にのみ生えるクヌキの木。その存在を知るデズモンドは声を張り上げた。
シャーリィーは顎に手をやって考え込んでおり、部屋の壁際に待機しているハリウェルたちは分からないと言いたげな顔をしている。
「ドロテア、そう考えた理由を説明しろ」
「もちろんです、ヴィンス様。まずは、クヌキの木について簡単に説明申し上げます」
それからドロテアは、クヌキの木に蜜を出す特性があること、クヌキの蜜は大切な資源であることから、クヌキの木を不必要に伐採することは禁じられていたことを話した。
「しかし、数ヶ月前、採蜜してから約十年ほどすると、クヌキの木が新たに蜜が作られないことが立証されました」
「ああ。だから、蜜が採れなくなったクヌキの木は伐採し、木材や薪として利用することが認められた」
ヴィンスの補足に、ドロテアは首を縦に振った。
「待ってくれ。そのクヌキの木が、毒とどう関係しているんだ?」
「順を追って説明致します。まずは、暖炉をご覧ください」
デズモンドの質問に対し、ドロテアは寝室にある暖炉に視線を移した。
皆も同じように、食い入るように暖炉を見つめる。
アガーシャの部屋では暖炉に対して威嚇していたプシュだが、この部屋ではドロテアの肩でリラックス中だ。
「今まで暖炉には、ベナという木が使われていました。しかし今年の冬季から、この屋敷と『レビオル』の住民の一部、そして『アスナータ』でも暖炉の薪にクヌキの木が使われていることを、ナッツが確認してくれました。『アスナータ』でも、ほぼ同時期にクヌキの木が薪として使用されることになったようです」
「……! そういうことか……!」
ドロテアが何を言わんとしているか、ヴィンスはどうやら、気付いたようだ。
「クヌキの木は、燃やすと毒が発生する──」
「おそらくは」
「「「……!」」」
皆が驚く中、最も暖炉の近くにいたナッツは「うひゃぁ!?」と言いながら、暖炉から即座に離れた。
暖炉から最も離れた壁にへばりつく彼女の顔は、真っ青になっている。
「大丈夫よナッツ。この部屋は安全だから。暖炉の近くにいても平気よ」
「そ、そうなのですか!?」
「ええ、だから安心してね」
ドロテアは優しく声をかけると、ナッツは安堵したのか、へばりついていた壁から離れた。
それから、再びデズモンドの方に向き直ると、彼は深刻な面持ちをしていた。
「確かに木の中には燃やすと毒が発生するものがあることは知っているが……クヌキの木がそうであると確信を持ったのは何故だ?」
「理由はいくつかありますが……一つ目は、クヌキの木の種類です。説明しますと──」
『落葉高木』という種類の一部の木には、加熱すると毒が発生するという性質を持ったものがある。
そして、クヌキの木は『落葉高木』というものに分類されているのだ。
「とはいえ、『落葉高木』といっても、ほとんどは燃やしても無害なものです。加えて、有害なものが発見された場合は、山火事など際に毒が発生するのを危惧して伐採されるものが多く、現在ではほとんど生えていません。そのため、クヌキの木は薪としても使用されたのだと思います」
実際ドロテアも、この事態が起きるまではクヌキの木に危険が隠れているかもしれないなんて考えていなかった。
クヌキの木が木材や薪としても利用できることに、正直浮かれていたのだ。
「ドロテア、他にも理由があるのか?」
「はい。それは……」
ドロテアは肩に乗っているプシュのほっぺを指先とツンツンと押す。それから、プシュを自身の両手のひらに乗るように促した。
「確信を持てたのは、プシュくんのおかげなのですわ」