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106話 アガーシャの異変

 

 現在、アガーシャは頭の下に枕を挟み、大きなベッドに横になっていた。

 先程の部屋と寝室がかなり近接した位置にあったため、デズモンドが横抱きをして運んできたのだ。


 既に部屋の外に待機している騎士に、屋敷に常駐している医師を呼ぶよう連絡してある。

 医療の心得のないドロテアたちは、今か今かと医師の到着を待っていた。


「……っ、あた、まが、いたい……」

「アガーシャ! 大丈夫か……!」


 アガーシャの表情は苦痛に歪み、奥歯を噛み締めて痛みに耐えている。

 デズモンドは床に膝をつけ、アガーシャの手をギュッと握り締めた。


 ドロテアとヴィンスもアガーシャの側に寄っており、騒ぎを聞きつけてこの部屋に集まったアガーシャの侍女二人も同様だ。

 全員が心配げな表情で、アガーシャを見つめている。


 眠っていたプシュも、周りの仰々しい雰囲気に目を覚まし、ドロテアの肩の上にちょこんと乗っている。


 ドロテアはプシュを安心させるため、顔周りを撫でながらポツリと呟いた。


「一体何が……」

「俺にも分からない。父上曰く、母上は持病を持っていないようなんだが……」


 つい先刻、アガーシャ頭を押さえて苦しみ始めた。

 一般的な頭痛とは思えないほどアガーシャの顔が歪んでいたため、一同はただことではないとすぐさま理解したが、未だ原因は分からなかった。


「母上は普段から、このように頭痛で苦しんでいるのか」


 デズモンドがアガーシャを心配して取り乱しているため、ヴィンスが母の侍女の一人にそう尋ねた。

 ハムスターの獣人であるサリーは、一瞬考える素振りを見せてから口を開いた。


「陛下はこれまで、風邪や寝不足などの状況以外で、頭痛を訴えたことはございませんでした……! しかし、ここ二週間ほど、時折頭痛が起こると仰り、お医者様に頭痛に効くお薬を処方していただいておりました。本日も既に服用済みです。お医者様からは、副作用が強く出るような薬ではないと伺っております」


 サリーの話からして、アガーシャの頭痛は体調不良によるものなのだろうか。

 薬が効かず、頭痛の症状が悪化した……と考えるのが、妥当なのかもしれないのだけれど……。


(本当に?)


 アガーシャをよく見ると、体が小刻みに震えている。

 寒いのかと思ったが、この部屋は暖炉のおかげで温かいため、気温のせいとは考えづらかった。


 ドロテアはアガーシャに断りを入れてから、彼女の額や首筋を触る。 

 熱はない。高熱からくる頭痛や悪寒の震えの可能性は低いみたいだ。


「きも、ち、わるい……っ、吐きそう……」

「……っ、アガーシャ、背中を擦るから、体を横にするぞ」


 吐き気を訴えるアガーシャの体を、デズモンドが優しく横に向ける。

 もしも嘔吐した際に仰向けの状態だと窒息のおそれがあるため、正しい判断だろう。

 アガーシャの顔は化粧の上からでも分かるくらいに真っ青で、症状の重さが伝わってくる。


(一体、アガーシャ様の体に何が起きているの……? 頭痛に体の震え、そして吐き気。熱はなく、持病や頭痛持ちでもない……とすると)


 ドロテアは一つ考えが浮かんだが、直ぐには口にできなかった。

 医者でもない自分がこれを口にしてもいいものか、余計な不安や、疑心暗鬼を生んでしまうだけではないのかと考えたからだ。


 発言するべきかと迷っていると、年配の女性医師がようやく来てくれた。彼女の名前はシャーリィー。鹿の獣人で、大きな円縁のメガネがとても良く似合っている。


「早く妻を診てくれ……!」

「承知いたしました。診察のため、一旦皆様はお部屋の外で待機してください」


 アガーシャが心配でたまらないのだろう。部屋から出るのを躊躇うデズモンドにヴィンスが声をかけ、一同は部屋の外で待機をした。



 約十五分後。

 一同が寝室に戻ると、アガーシャは未だに悶絶の表情で横たわっていた。


 そして、診察を終えたシャーリィーに告げられたのは、ドロテアが予想していたものと同じだった。


「おそらくアガーシャ様の症状は、毒によるものかと……」

「「「……!」」」


 皆が目を見開き、驚いている中、ドロテアだけは冷静だった。


(やはり……)


 様々なことに興味を抱くドロテアは、以前毒に関する本も読んだことがあった。

 毒の種類、症状、身近なもので解毒薬になる薬草はなんなのか、どのように扱えばいいのか、などが書かれているものだ。

 そのため、アガーシャの症状から、もしかしたら何かしらの毒かもしれないというところまでは推察できていた。


「頭痛に吐き気、体の震え……全身の血色が悪く、口紅を拭うと唇が真っ青だったこと。これらは毒を接種した時に起こり得る症状と全て当てはまります」

「つまり……妻は何者かに毒を盛られたのか……?」

「確証のないことは言えませんが、その可能性はあるかと……。二週間前から頭痛を訴えておられましたので、その時から微量の毒を徐々に盛られていたか、もしくは遅延性の毒を盛られていたのではないかと……」

「……っ」


 デズモンドは目を尖らせ、体を震わせる。

 彼の金色の瞳には、アガーシャに毒を盛ったもであろう人物に対する怒りと、不安が滲んでいた。


「それで、解毒剤はあるのか」


 ヴィンスは落ちついてというように、デズモンドの肩にポンと手を置いてから、シャーリィーに問いかける。

 ヴィンスも自身の母が毒を盛られて苦しむ姿を見るのは辛いだろう。それなのに気丈に振る舞うその姿に、ドロテアは感服した。


 すると、シャーリィーは言いづらそうに口を開いた。


「大変申し上げにくいのですが、どの解毒薬を使えばいいのかが、分からないのです……」

「……! もう少し詳しく話せ」


 ヴィンスが低い声で、シャーリィーに説明を促した。


「は、はい! アガーシャ様が現在の症状の原因が毒であることは、十中八九間違いないかと思われます。……しかし、今の症状は大多数の毒で出るものばかりで……原因となる毒の特定が難しいのです」


 シャーリィーが言うことは正しかった。

 毒の中には体に発疹を作ったり、口内から独特な匂いがしたりなど、毒を特定しやすい症状が出るものがある。

 だが、アガーシャの症状は毒全般に現れるものだったため、情報が足りなかったのだ。


 更に、シャーリィーは診察の際にアガーシャに質問を投げかけたようだ。

 最近珍しいものを食べたか、ここ三日、毎日決まって食べたものはあるか、または毒を持つ生物と触れ合う機会はあったか、などだ。

 しかし、答えはどれも否で、毒に関わる情報は得られなかったらしい。


「……そもそも、毒が確定しなければ解毒薬は使えないのか? とりあえず手当たり次第使ってみるのも手ではないか?」


 ヴィンスの問いかけに、シャーリィーはあまり良い顔をしなかった。


「可能ですが……中には危険が伴うものもがあります。動物性の毒に植物性の毒に対する解毒剤などをつかうと……最悪の場合、アガーシャ様のお命が……。ですから、できるだけ毒を特定してから解毒剤を使うほうがよろしいかと。検査をして毒の特定を急ぎますので、それまでお待ちください」

「……っ、だが、何もしないでアガーシャは平気なのか?」


 シャーリィーとヴィンスの話を聞いていたデズモンドは、堪らずそう投げかける。声はとても弱々しい。

 希望だった医師が来たというのに、アガーシャの症状が改善される兆候がないことに焦り、絶望しているのだろう。


「アガーシャ様は現在、水分を少しずつなら摂れる状況です。根本的な解決にはなりませんが、頻繁に水分を与えていれば、直ぐに命の危機に陥ることはないかと思います。ただ、これから食事が摂れず、もしも嘔吐を繰り返すようならば、脱水症状になりかねませんし、少しずつ衰弱されていくかと思います……」

「……分かった。毒の特定を急いでくれ」

「かしこまりました……!」


 それからシャーリィーは、カバンから注射やその他器具を取り出し、検査の準備を始めた。



 気が散ってはいけないからと、今度は一同が自発的に部屋の外に出た。


「誰がアガーシャをこんな目に……っ」


 重々しい空気がその場を包む中、デズモンドの弱々しい声が廊下に響く。


 ヴィンスでさえ何も言えないでいると、デズモンドは何かを思い付いたのか、突然ハッと瞠目した。


「もしかして……『アスナータ』の刺客がこの屋敷に忍び込み、アガーシャの暗殺を企てたのか……?」

「「「……!」」」


 その場にいたデズモンド以外が、息を呑んだ。

 デズモンドの発言には何の証拠もない。

 けれど、家族や仲間をとても大切にする獣人がアガーシャに危害を加えるとは考えづらい。

 更に、『アスナータ』国民が獣人たちを嫌っていることは周知の事実がであるため、ありえない話ではなかった。


(けれど、まさか……)


 不穏な空気がその場に流れた、そんな時だった。


「ドロテア様……! 陛下……! ハリウェル・ロワード、帰還しました!」


 国境付近から戻って来たハリウェルが、唐突に現れたのだった。

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