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105話 訪れた幸福と、現実

 

(かっ、かわ……っ、可愛いぃ……!!)


 アガーシャの言動はもちろんのこと、耳がピクピクと小刻みに震えている姿も。恥ずかしいのか、隣のデズモンドをビシビシと叩くように揺れる細長い黒の尻尾も、とんでもなく可愛い。


(初めから好意を持っていてもらえただけでも嬉しいのに、こんなに可愛い姿を見てしまったら、手が伸びてしまいそうに……って、ダメよドロテア! それは絶対ダメ!)


 ついアガーシャの耳や尻尾に伸びてしまいそうになる自身の右手を、左手でパシンッと叩く。

 ジーンと響くほどに痛かったが、致し方あるまい。ヴィンスの母親に無礼を働いてしまうよりましである。


 ドロテアが自らを律していると、未だに納得いかないといった表情を浮かべたヴィンスが、アガーシャに次の質問を投げかけた。


「では、ドロテアの挨拶に対してろくな挨拶を返さず、さっさと屋敷に入ったのは何故なのですか?」

「この地は寒いでしょう? 外で長話をしたら風邪を引かせてしまうかもしれないと思ったのよ」

「……それにしては、母上と父上は俺たちの到着を屋敷の外で待っていたではないですか」


 アガーシャは僅かに眉尻を下げて、デズモンドに目配せをする。

 デズモンドはコクリと頷けば、アガーシャは意を決したように口を開いた。


「……それは別よ。私も主人も、一目でも早く、ヴィンスにもドロテアさんにも会いたかったのだから」

「……つまり、俺たちに会うのを心待ちにしていた、と」

「だから! さっきからずっとそう言っているでしょう!?」


 いつもは冷静なアガーシャが、堪らず声を張り上げる。

 耳まで真っ赤になったその様に、全く威圧感はない。どころか、怒っているのに可愛い。


「……そう、ですか」


 アガーシャの真っ直ぐな思いが恥ずかしいのか、ヴィンスはおもむろに窓の外に視線を向けた。どうやら、今はアガーシャの顔を見られないらしい。


(ああ……! ヴィンス様が照れていらっしゃるわ……! 真っ黒なお耳なのに、赤くなっているように見える……!)


 更に、ヴィンスの尻尾はぶりんぶりんと激しく揺れている。

 しかし、尻尾はいつもよりかなり下の位置だ。

 おそらく、向かいの席のアガーシャたちに、喜びの動きを見せないように下げているのだろう。


(ふふ、ヴィンス様はご両親に対しては照れやなのね。照れたお顔がアガーシャ様にそっくり)


 表情を崩してはいけないと思っても、可愛いが渋滞していて、つい頬が綻んでしまう。

 膝の上にいるプシュも「キュ……キュ……」と寝言を言いながら気持ち良さそうに眠っていて、ドロテアの昂る感情はかなり限界に近い。


「この際だ。……誤解がないよう、しっかり私からも話しておこう」


 だというのに、いつもは無口なデズモンドが突然饒舌に語り始めた内容といえば──。


「アガーシャだが、お前たちに会えたことやヴィンスの成長に感動して、お前たちの見えないところで頻繁に泣いている。因みに私もだ」

「ちょっと貴方何を……!? って、貴方もなの……!?」


 どうやらデズモンドが嬉し涙を流していることは、アガーシャも知らなかったらしい。自身が泣いていることを暴露された恥ずかしさと、驚きで困惑を浮かべている。


(なるほど。応接間で挨拶をさせていただいた後にアガーシャ様が退席する際に見えた涙も、そういうことだったのね……!)


 疑問が解けたことと、その答えがあまりに嬉しいことだった故に、ドロテアの感情はより一層昂る。


「それと、私たちが数日滞在するよう手紙で伝えたのは、少しでもお前たちと長く過ごしたかったからだ。仕事を理由にしたのは、その方が断られないと思ったからだ。仕事があるからとヴィンスを執務室に呼んだが、あれは半分建前だ。前国王としてヴィンスの成長を見たかった気持ちもあるが、基本的には父息子水入らずで過ごしたかった。アガーシャには狡いと責められたが、アガーシャだってドロテアさんと二人で茶を飲んでいたのだから、おあいこだ。ドロテア嬢、良ければまた、私たちの知らないヴィンスの話などを聞かせてくれないか」


 さもありなんと勇ましい顔で語るデズモンドだが、内容が表情と一致していない。

 それと、デズモンドは惜しげもなく尻尾をぶるるんっと振っており、喜びを隠す気はないようだ。


「……!? 貴方だけ狡いわ! ドロテアさん、是非私にも聞かせてちょうだい! それと、この屋敷に到着した時に被っていた可愛らしいお耳のついた帽子はどこに売っているの? ヴィンスや従者たちが皆揃って被っていたでしょう? 私もあれが欲しいのだけれど」

「私もだ」


『珍しい帽子』と言われたことについて気を揉んでいたが、なんと二人とも欲しがってくれていたようだ。

 ドロテアはパァッと溢れんばかりの笑顔を浮かべた。


「実はあの帽子、私が考案したものでして……! 両陛下の分も準備してまいりましたので、後でお届けしますね……!」

「あら、ありがとう、ドロテアさん」

「ありがとう。恩に着る」


 その瞬間、アガーシャとデズモンドの興奮で揺れる尻尾がポンッと、ハイタッチをするかのように触れ合った。


(何それ可愛い……。もふもふのタッチ……。素晴らしいわ……!)


 もう興奮が抑えられそうにない。ドロテアが溶けてしまいそうなほどの緩い笑顔を浮かべると、ヴィンスが小さく笑い始めた。


「ヴィンス、どうした」


 デズモンドが問いかければ、ヴィンスは笑いながらアガーシャ、デズモンド、ドロテアの順に視線を向けていく。


「……ははっ、いえ、こんなに色々な感情を露わにした母上と饒舌に語る父上を初めて見たのと、ドロテアがあまりに幸せそうに微笑んでいるので、つい笑ってしまっただけです」


 ヴィンスのその穏やかな笑みに、アガーシャとデズモンドも声を出して笑い始める。


「ふふ」

「……ふっ」


 その光景は、これ以上ないくらいに──。


「…………す」


 大好きな人と、大好きな人の両親が笑っている。

 その姿をこんなに近くで見ることができて、いや、一緒に笑い会えることができるなんて……。


「……幸せ、です」


 噛みしめるようにそう呟いたドロテアに、ヴィンスたちはコクリと頷く。


 ──ああ、こんな幸せな時間がもっともっと続けばいいのに。


 そう、皆が望んでいたというのに。


「……うっ」

「アガーシャ? どうし──」

「母上……!?」

「陛下……!」


 突然アガーシャが頭を押さえながら苦しみ始めるなんて、誰が予想できただろう。

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