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102話 ドロテア、本格始動です!

 

(ああ、やっぱり……)


 アガーシャの表情と、彼女の瞳に安堵が含まれているのを見て、ドロテアは確信した。

 昨日、アガーシャの質問を聞いた時、前王妃としてドロテアを見定めようかとしているのかとも思った。

 けれど、それは違ったようだ。 


(おそらく、母として、ヴィンス様の妻になる私がどのような人間なのか、考えを持っているか、知りたかったのね)


 ──ヴィンス様のことを、息子として深く愛しているから。


「私の質問は終わり。次は貴女の番よ、ドロテアさん」


 アガーシャがそう話しかけてくる。

 笑みを解いているが、表情は少し柔らかい。そんなアガーシャを目にし、ドロテアは一瞬息を呑んだ。


(本当は、予定を聞くだけのつもりだったのだけれど)


 そして、ヴィンスと両親の予定が合う時間に上手く引き合わせ、少しずつ仲を深めてもらえるよう様々な作戦を立てるつもりだった。


(でも、そうじゃない……)


 今ヴィンスとアガーシャたちに必要なのは、そんな遠回しなことではない。


(私が、できることは──……)


 ドロテアは「キュウ?」と上目遣いでこちらを見てくるプシュの頭を優しく撫でてから、意を決して口を開いた。


「私はヴィンス様が人化されることも狼化される姿も、この目で見ました。もちろん、秘密事項であることは重々承知しております」

「…………。ヴィンスは、貴女にそれらの話をどこまでしたの?」

「……おそらく全てかと。昨日、初めて狼化した時のこと──両陛下に三ヶ月程部屋に軟禁されていた話もお聞きしました」


 アガーシャの唇がふるふると震えている。

 その様子は、ドロテアがヴィンスの変化を知っていることについての動揺でも、憤怒でもなかった。


 ──罪悪感。そう、アガーシャの表情から窺えるのは、ヴィンスに対する罪悪感だ。


「ヴィンス様は、両陛下の判断には不満を持っていらっしゃいません。むしろ、国を統べる者として、民を不安にさせるかもしれない状況の者を軟禁したことは正しかったと、ヴィンス様は仰っていました」

「…………」

「しかし……」


 ドロテアは切なげに眉を顰めてから、再び口を開いた。


「両陛下にもう少し寄り添ってほしかったと、一言大丈夫だと──息子としての自分に声を掛けてほしかったのだと……。愛されていると信じたかったのだと、そうも仰っていました」

「……! ヴィンスが……そう言っていたの……?」

「はい。……しかし、王族として生まれたヴィンス様は、お二人にそこまで望んではいけないと口には出せなかったようです」

「そんな……っ」


 アガーシャは手で口元を覆い、信じられないというように目を見開いている。

 ヴィンスがそんなふうに思っていたなんて、夢にも思ってもいなかったのだろうか。ヴィンスの素っ気ない態度からして、嫌われていると思っていたのかもしれない。


「……けれど、私には両陛下がヴィンス様のことを愛してやまないように見えるのです。この屋敷に来た時に出迎えてくださったり、ヴィンス様と話が続かないと悲しそうだったり、雪崩の際に心配してくださったり、晩餐会の時だって……」

「……貴女、良く見ているのね」 

「いえ、そんなことは……」


 ドロテアは無意識に人を細かく観察してしまう。侍女時代に培った能力の一つであった。


 ドロテアは力強い瞳で、アガーシャを見つめた。


「ヴィンス様は今もずっと心が傷付いておられます。おそらくその傷は、このままだと一生癒えることはないでしょう」

「…………」

「ヴィンス様の婚約者として、無礼を承知でお願い申し上げます」


 ドロテアは深く頭を下げ、息を吸った。


「どうか……ヴィンス様と向き合っていただけませんか」


 ドロテアができるのは、ただきっかけを作ることだけだ。


「……ドロテアさん、頭を上げなさい」

「……はい」


 ドロテアはゆっくりと顔を上げる。

 ヴィンスのことが大好きだからこそ、アガーシャの反応を見るのは少し怖かったというのに。


「主人のことなら私に任せてちょうだい。主人は、息子と向き合うよりも仕事を優先するような人ではないから」


 アガーシャがあまりにも穏やかな瞳でこちらを見つめるものだから、恐怖なんてどこかに飛んでいった。


「ドロテアさんは昼食の後に、ヴィンスをこの部屋に呼んできてほしいの。お願いできるかしら?」

「……っ、はい!」


 ドロテアの笑顔に呼応するように、プシュが「キュウ!」と嬉しそうに鳴いたのだった。



 ◇◇◇



(この部屋か)


 昼食をとった後、ヴィンスはドロテアに指定された部屋の前まで来ていた。

 デズモンドとの仕事に一旦切りがついた頃、ドロテアに話があるから昼食の後に来てほしいと言われていたのだ。


(ドロテアの話とは何だ? まあ、入れば分かる話か)


 午後からは自由だったため、ドロテアとともに過ごそうと思っていた。

 それがこの部屋になっただけのことだからと、ヴィンスはあまり気にすることなく部屋に足を踏み入れた。


 ──至る所にある、花、花、花。

 しかし、ヴィンスはそれよりも、ドロテア以外の姿に瞠目した。


「何故ここに、父上と母上が」

「キュウキュウキュウ!」

「プシュ……お前もか」


 忘れるんじゃない! と言わんばかりに鳴くプシュは、我が物顔でドロテアの肩の上に乗っている。

 ドロテアはというと、わざわざ着替えたのか、普段王城で着ているお仕着せに身を包んで立っている。まさかこの屋敷にまで持ってきているとは思わなかった。


 両親──デズモンドとアガーシャは既に椅子にかけており、どうやら全員ヴィンスを待っているらしかった。


「ヴィンス様、お越しいただきありがとうございます。こちらにお座りください」


 ドロテアが、アガーシャたちの向かいの席の椅子を引く。

 ヴィンスはそんなドロテアに近付くと、訝しげな声色で問いかけた。


「ドロテア、どういうことだ。ここに父上たちが来るとは聞いていないが」

「……先にお伝えせずに申し訳ありません。どうしても、この場に来ていただきたくて」


 この状況が一体何なのか、ヴィンスはまだ読めない。

 ただ、ドロテアの言葉から察するに、おそらく両親のことを言わなかったのは、ヴィンスと両親に蟠りがあることを知っているからだろう。

 どうしてもヴィンスに、この部屋に来てほしかったみたいだ。


(ドロテアのことだ。何か事情があるのだろう)


 ヴィンスは「構わん」とだけ言うと、両親の向かいの席に腰を下ろした。


 ドロテアも腰を下ろすかと思ったら、彼女はテキパキとお茶の支度を始める。尚更意味が分からなかった。


「ドロテア、何か話があるから俺たちをここに呼んだんだろう? お茶の支度は別の侍女を呼べばいいから、早く座れ」

「いえ。今の私はただの侍女でございます。精一杯おもてなしさせていただきたく存じます」

「……なに? どういうことだ?」


 ヴィンスから低い声が漏れる。


 すると、次に口を開いたのはアガーシャだった。


「ヴィンス、私がドロテアさんに頼んだのよ。貴方をここに連れてきてちょうだいって」

「母上がですか? 父上もこの場にいるということは、お二人で俺に用があるのでしょうか」


 ヴィンスは、ドロテアに向けていたものとは違う、冷たい視線をアガーシャとデズモンドに向ける。

 アガーシャが緊張の面持ちで肩を小さく揺らすと、ドロテアが紅茶をテーブルに並べた。


「本日の紅茶は『テアリン』と言って、緊張感を和らげる効果がございます。両陛下、それにヴィンス様、是非一口味わってみてください。お好みでミルクもございます」

「……いただこう」


 重たい口を開いたのはデズモンドだ。彼に続いて、ヴィンスとアガーシャも紅茶で喉を潤す。

 体がホカホカし、張り詰めていた緊張の糸が緩んだ気がした。


「ヴィンス、ここに貴方を呼んだのは大切な話があるからなの」


 ソーサーにティーカップに戻したアガーシャに合わせて、ヴィンスもティーカップを置いた。


「ドロテアさんから聞いたわ。私たちがヴィンスを軟禁した際、貴方が深く傷付いていたその理由」

「……! ドロテア」


 ヴィンスは、自身の斜め後方に控えるドロテアの方を振り返る。

 ドロテアが何故その話を両親にしたのだろう。

 訝しげな視線を向ければ、ドロテアは再び深々と頭を下げた。


「勝手に話したこと、心からお詫び申し上げます。申し訳ありません……。けれど」


 ドロテアは顔を上げる。切なげに眉尻を下げた彼女の表情に、ヴィンスは目を奪われた。


「私を、信じていただけませんか」

「…………」

「ヴィンス様……」


 こんなふうに縋るように名前を呼ばれて、ドロテアの気持ちを無碍にできるわけがない。


(我ながら、俺は本当にドロテアに弱い)


 ヴィンスは「分かった」とだけ呟くと、再び両親たちの方を向き直った。


「今日私たちがヴィンスをここに呼んだのは……あの時の言い訳を、させてもらいたかったの」

「言い訳?」


 デズモンドはコクリと頷いて、頭を下げた。


「聞きたくもないかもしれないが、聞いてくれヴィンス」

「お願い、ヴィンス……」


 自分に頭を下げる両親を見たのはいつぶりだろう。もしかすると、初めてかもしれない。 


「…………。分かりました」


 あの時のことは、あまり思い出したくなかった。

 けれど、両親が、何よりドロテアがこの状況を望むならば、とヴィンスはアガーシャの言葉に耳を傾けた。

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