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101話 アガーシャの質問

 

 侍女に通されたのは、屋敷の南側に位置する部屋だった。太陽が出ている日ならば、この寒い『レビオル』でも、比較的温かくなりやすい部屋と言えるだろう。


 先に席に着いているアガーシャは、今日も今日とて美しく、色気もダダ漏れで……って、それはさておき。


「陛下、この度はお招きいただきありがとうございます。あの、この部屋に飾られている、沢山のお花は一体……」


 カーテシーを終えたドロテアは、部屋中を見渡す。

 花瓶に挿された黄色やピンク色の花、植木から生えた淡い紫の花やオレンジの花。

 とても美しく、その数は膨大だ。更に、その花々の全てが、大変珍しいものだ。

 どれもレザナードでは生産されておらず、隣国から取り寄せなければならない。


 しかも、テーブルの上にある、水色の薔薇。

 あれを取り扱っている国は少なく、輸入もそう簡単ではないはず。萎れた様子がないことからも、丁寧に保管され、今日この場所にあるのは間違いなかった。


「事前の調べでは、貴女、可愛らしいものが好きなのでしょう?」

「! 私のために、希少で美しい花々を用意してくださったのですか?」

「…………別に、大した労力ではなかったわ」


 僅かに頬を染め、目を逸らしてぽつりと呟いたアガーシャに、ドロテアの胸はぐわんっと揺れ動いた。


(ヴィンス様のお母様って、お優しいのはもちろん、実はとても可愛いお方なのでは……!?)


 これら花々を準備するのは、どう考えても昨日の今日では無理だ。数週間はかかるだろう。


 つまり、かなり前から準備してくれていたことになる。全ては、ドロテアを喜ばせるために。


(〜〜っ! このお方は、絶対に冷たいお方なんかじゃないわ。誰かを喜ばせるために手間を惜しまない……なんてお優しいお方。あと、行動とは裏腹にそっけないお言葉や表情が可愛らしい……!)


 ドロテアは深々と頭を下げて、何度もお礼を伝えた。こうやって話をする時間を設けてもらうだけでもありがたいのに、こんなふうにもてなされたら、胸が暖かくなる。


 もしかしたら、昨夜ドロテアが話がしたいと言ったのを断ったのは、花を飾る準備があったからなのか。

 もしくは、昨日は森に行って雪崩から逃げたりと疲れているだろうからという、配慮だったのか。


「お礼は良いわ。早く座りなさい」

「は、はい! 失礼いたします」


 そのどちらも、自分の都合のいいように考えすぎかもしれない。けれど、きっとそんな気がする。なんとなくアガーシャは話してくれない気がするけれど。


 ドロテアはアガーシャの向かいの席に腰を下ろす。

 プシュは当たり前かのようにドロテアの膝の上だ。色取り取りの花々を見るのが楽しいのか、キョロキョロしている。


 侍女が手早く入れてくれたお茶をアガーシャが飲んだのを確認し、ドロテアも味わう。今日のフレーバーもとても美味しい。


 侍女が一礼してから部屋を出ていくと、アガーシャが見計らったように口を開いた。


「ドロテアさん、何か話があるよね?」

「……はい、その通りです。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「良いのよ。私も話したいことがあったから」

「陛下が私に、ですか……?」


 まさか、アガーシャも話があるとは思わなかった。

「先に私から良いかしら?」と問いかけてくるアガーシャに、ドロテアはもちろんですと答えた。


「昨日、ヴィンスに遮られて貴女の意見が聞けなかったら、もう一度質問するわね。……王妃というのは、国を背負う覚悟を持たなければいけないわ。ドロテアさん、貴女は本当に大丈夫かしら?」


 先程までの可愛いもの好きの心を擽るような表情ではない。王族として、前王妃としての真剣な眼差しに、ドロテアは一瞬息を呑んだ。


「……っ」


 幾多の困難を超えてきたのだろうアガーシャに、その場限りの言葉なんて通じない。

 何より、人として、ヴィンスの婚約者として、取り繕うためだけの言葉を口にしたくない。


 そんなことを思ったドロテアは、緊張で震えそうになる声を必死に落ち着かせて、アガーシャの金色の瞳を見つめ返した。


「ヴィンス様とともに国を背負う……。私なりに、その覚悟はできているつもりです」

「……そう」

「けれど、昨日ヴィンス様が仰ったように、実際に王妃という立場になったら、その重圧に押し潰されてしまいそうになることもあるかもしれません」

「…………」


 国内のこと、国外のこと、考えることは沢山ある。

 跡継ぎの話だって、きっと近いうちに出てくるだろう。

 王族との結婚は、王妃になるというのは、ドロテアが今想像しているよりも、過酷な道なのかもしれない。


 国を、民の生活を背負うというのは、きっと恐怖との戦いでもあるのだろう。


「……けれど私は、ヴィンス様と一緒ならどんな困難でも乗り越えられる気がするのです」

「……!」


 ヴィンスのことを思い浮かべたら、不思議と未来に恐怖はなかった。


「ヴィンス様は、聡明で、思慮深くて、仲間思いで……少しだけ嫉妬深いけれど、誰よりも優しいお方です。そんなヴィンス様が作るこの国を、あの方の隣でお支えしたい」

「…………」

「政が綺麗事だけでは成り立たないことは分かっています。よりよい国にするためヴィンス様と意見が対立することもあるかもしれません。……でも」


 頭に過るのは、「ドロテア」と優しく呼ぶヴィンスの声。彼の大きな手に、少し高い体温。そして、愛おしそうに零す彼の笑顔だった。


「何があっても心だけはヴィンス様の味方でありたいと、そう思っています」


 覚悟はあるのかと聞かれただけなのに、余計なことまで話してしまった。ヴィンスのことを思い浮かべたら、言葉が止まらなかったのだ。


(呆れられてしまっているかしら……)


 アガーシャの表情は、大きく変わらない。


 けれど、少しだけ……ほんの少しだけ。


「……ドロテアさんの思いは伝わったわ。……ヴィンスは貴女のような人と出会えて、幸せね」


 目に薄っすらと涙を浮かべながら、幸せを噛み締めるように笑っているように見えた。

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