1話 聖女の妹と侍女の姉
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「ねぇ、お姉様? この前の私の生誕祭でね? 獣人国のお姫様? に、獣臭いって言ったら、国際問題に発展しそうなの。だから、私の代わりに謝ってきてくれない?」
「シェリー、また問題を起こしたの? ……って、国際問題………!? 貴方いくらなんでもそれは」
悪びれた様子なんて一切なく、そう告げてきた妹のシェリーにドロテアは手に持っていた本を落としそうになるのを堪えるので必死だった。
獣人国は、ここサフィール王国の防衛を担ってくれている隣の同盟国である。
そんな国と姫君に対しての暴言。謝罪で済むなら安いものだというのに、それを理解していないシェリーに、ドロテアは頭を抱えたくなった。
「だって、獣人国って野蛮な者ばかりなんでしょう? そんなところに行くの、怖いもの! それにほら、私は聖女の一人なのよ? 危険な目に遭ったら大変だし。今までは何かあっても全部お姉様はどうにかしてくれたじゃない!」
こぼれ落ちてしまいそうなほど大きな翡翠の瞳に、ぷっくりとした唇。さらりとしたプラチナブロンド。守ってあげたくなるような小柄で華奢な体型のシェリー。
彼女はサフィール王国で三人しかいない聖女のうちの一人だ。
聖女と言っても、何か特別な能力を有しているわけではない。
この国で極めて見た目が整っている、美しいとされる女性が賜る称号のことである。生誕祭が行われるくらいだから、その重要性は言わずもがなだろう。
「確かに貴方は聖女だし、第三王子の婚約者でもあるから特別な存在だとは思うわ。……けれど、相手は獣人国の姫君でしょう? 流石に今回は私がどうこうできる問題じゃ……ここは素直に貴方が謝罪に──」
「だから! 獣になんて頭を下げたくないって言ってるのよ私は!」
キーンと耳に響くような高い声に、ドロテアは目をギュッと瞑る。
シェリーは昔から、自分の意見が通らないと気が済まない質だった。
その相手が、二十歳という貴族令嬢としては良い歳だというのに夫はおろか、婚約者もおらず、侍女として働いているドロテアならば尚更だった。
「お姉様、頭だけは多少良いのだから分かるでしょう? 今は我が家だけの問題で済んでいるけれど、放っておくと大変なのよ? 誰かが謝りに行くしかないの! もちろん、お父様もお母様もお姉様が行くことに賛成してくださったわ? ね? 嫁の貰い手がなくて、働くことしか能のない売れ残りのお姉様が家のために出来ることって、これくらいじゃないかしら?」
──嫁に行けるなら行くわよ私だって! と思ったものの、今それを言ったところで根本的な解決にはならないので、ドロテアは言葉を呑む。
シェリーがこうなったら絶対に自分の意見を変えないことを分かっているドロテアは、渋々コクリと頷いた。
「じゃあお願いね!! お父様が確か、旅費だけは出して下さるって言っていたから、後は全て任せたわ!」
もう明日になったらこの話題は忘れているのだろう。
そう感じるほどに無邪気に笑うシェリーに、ドロテアは小さく溜息を漏らす。
(仕方がないわね。貴族たるもの、民の生活に皺寄せが行くようなことはできないもの。それに、これで誰も謝りに行かないんじゃあ、あちらのお姫様にあまりに申し訳ないし……)
軽い足取りでドロテアの部屋から出ていくシェリーの後ろ姿を見つめながら、ドロテアはトランクに大量の本を詰め込み始める。
今日は久々に暇をもらったため、実家に残してきた本を整頓するつもりだったが、どうやらそんな暇はないらしい。
◇◇◇
──二十年前。
ランビリス子爵家の長女として生を受けたドロテアの顔を見た両親の顔は苦いものだった。
コバルトブルーの、きりりとした鋭い瞳に、薄い唇。隔世遺伝で引き継いだ老婆のようなグレーのうねった髪の毛。
しかし、赤子の顔は変わる。髪の毛の質だって変わる。だから、この姿は今だけで、愛らしい顔つきになると信じていたのだが、現実はそううまくいかなかった。
『ドロテアの顔では……売れ残るだろうなぁ』
そんな父の言葉は、ドロテアが三歳の頃に呟いたものだ。
悲しきかな。聡明だったドロテアには、父が言わんとしていることがなんとなく理解できた。
そんな折、ドロテアの誕生から三年後のこと。
まるで天使のような容姿で産まれたシェリーは、それは大層可愛がられた。それから両親はシェリーにかかりきりで、ドロテアは同じ屋敷に住んでいても両親と会話することは殆どなかった。
ここサフィール王国では、ドロテアのような顔つきは全く好まれなかったのだ。反対に、シェリーのような顔つきは大層好まれたのだった。
シェリーが聖女に選ばれてからなんて、両親の瞳にドロテアが映るのはシェリーの尻拭いをしろと命じるときくらいだった。
「ロレンヌ様。暇中ではありますが、急用が出来ましたので参りました。失礼してもよろしいでしょうか」
もうかれこれ五年は勤めているライラック公爵邸の一室──公爵夫人であるロレンヌの部屋を訪れたドロテアの足取りは軽い。実家に行くよりも幾分も、いや、比べ物にならないほど。
「ドロテア、入りなさい」
「失礼いたします。突然申し訳ありません。急ぎ伝えなければならないことがありまして」
「ああ、なんとなく察したわ」
呆れたように笑うロレンヌ。ぷっくりとしたハリのある肌は、もう今年で四十を迎えようとしているようには見えない。
数年前夫を亡くしたため、当主代理となった彼女は仕事をしていたのだろう。筆を走らせていたロレンヌの前まで歩いたドロテアは、彼女のテーブルの上に置かれている冷たくなった紅茶を見て、そっとそれを下げた。
「ロレンヌ様。今日は急ぎの用事がなかったと把握しておりますが、変わりありませんか?」
「ええ、そうよ」
「かしこまりました。でしたら、今から何か消化の良い軽食をご用意いたしますね。話はその後に。朝から何も食べていらっしゃらないのではありませんか?」
「あら、どうしてそう思ったの?」
顎に手をやって、目をキラキラさせながら問いかけてくるロレンヌ。
何とも楽しそうな声色に、ドロテアは当たり前かのように答えた。
「ロレンヌ様は紅茶を大層嗜まれますが、胃の調子が悪いときには紅茶は飲まれません。ですから冷めきった紅茶を見て、胃の調子が悪く、食欲はないのではと思った次第です」
「ふふふ、当たりよドロテア」
「ではただいまから、白湯と何か消化に良いもの、常備しておられるお薬を用意してまいりますので、お待ち下さい。……お薬が苦手で、胃痛のことを誰にも訴えなかったことは存じておりますが、主人の健康のため、きちんと飲むまでお側から離れませんからね」
「あら、それもバレちゃってるのね」
「おほほ」だなんて笑うロレンヌに、ドロテアは仕方がないなぁ、と頬を綻ばせる。
ロレンヌの少女のような可愛らしい笑みに、心をほっこりとさせながら出口へ向かうと、そういえばと足を止めた。
「ロレンヌ様。話は変わるのですが、一つだけよろしいですか?」
「ええ、なぁに?」
両手を臍あたりにもっていき、ぴしりと背筋を正したドロテアは、貴族令嬢としても侍女としても大変美しい所作の持ち主だ。
顔つきは、確かにこの国であまり求められていないものだし、思春期にぐんぐんと伸びた身長は、ときおり男性と同じか、または見下ろすこともあるが、それにしたって子爵家の長女で、所作も美しく、歳も二十歳。
十代で結婚し、子を産むのが貴族令嬢としての当たり前ではあっても、まだ二十歳程度ならばどうとでもなる。
それに、いくら好まれる顔つきがあろうとも、人の好みは千差万別だ。
ドロテアに惹かれる子息が一人や二人、それこそ後妻を探している貴族男性ならドロテアを妻にしたいとなってもおかしくはないのだが──。
「申し訳ありませんが、先程机に置かれている書類が偶然見えてしまいまして」
「ええ、それで、どうかしたの?」
ドロテアは今の今まで、一度も求婚をされたことがなかった。いや、正確に言うならば、男性に好かれたことがないと言ったほうが良いだろうか。
ドロテアが特段男性が嫌いなわけでも、結婚願望が皆無というわけでも……どころか、ドロテアはそれなりの相手と結婚し、その相手との子を産み、育て、貴族令嬢としては決して高くはない望みまで持っているというのに。
それほどまでにこの顔は、この国では受け入れられないのかと、ドロテアは何度落胆したことだろう。
「他国への輸出入のことですが、今年の温暖過ぎる気候のせいで、来年は漁業が芳しくないと思われます。今年と同じ数を輸出しては、ライラック領で魚が出回らなくなってしまうおそれがあります。反対に農業の方は概ね良好でしたので、来年は作物を軸にするのがよろしいかもしれません。作物の数や種類の詳細を纏めたものが部屋にありますので、必要であればお持ちしますが」
「ええ、お願い。ドロテアはいつも凄いわね」
ロレンヌの言葉にドロテアはふるふると首を振ってから、ゆっくりと頭を下げた。
「いえ。一介の侍女の戯言でございます」
──何故、男性から愛されないのか。
ドロテアはその本当の理由に、まだ気付いていない。
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