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中編

ちょこちょこ不快な部分があります。

 



 それからペスタル王国は騒然となった。

 異世界人ですらないと思われていたスザンヌ・ゴーボンが、かの有名な異世界人『エイコ・タムラ』の孫だったのだ。


 しかもゴーボン男爵が不当な裁判で親権を奪い、名前を奪い、嫌がるキリエに強制したと言うではないか。これが本当なら世界を揺るがす大問題だと騒ぎになった。


 エイコ・タムラはこの国、ペスタル王国の者ではない。他国の者だ。そして夫を亡くした後も国内外の有力者に寵愛されている。

 このことが世界に漏れればペスタルは糾弾されることは免れないだろう。



 頭を痛めた国の重鎮達は早速ゴーボン男爵を呼び寄せた。ことの次第を詳しく聞くためだ。


 王宮に現れたゴーボン男爵はキリエのお陰で肥え太った体をゆさゆささせながら歩いた。

 額は汗でテカっていてハンカチを何度も往復させている。その天辺には申し訳程度のくすんだ金髪が乗っているのだが度が過ぎたカツラのお陰で少しはマシだった。


 ただ、そのカツラを脱げばもう少し汗の量が抑えられるだろうが、それは彼の矜持に関わるので吹き出る汗を拭う選択しかない。

 そんな滑稽な姿を最初に見つけてしまったデタラメットルは顔をしかめながらも挨拶に応じた。


 ご機嫌伺いの言葉を聞き流したデタラメットルはスザンヌが何者なのか直球で聞いてみた。

 国王自ら問いただすだろうが自分で確認したかった。その内容によっては自分もシェルビーもただではすまない。


 だから栄子の勘違いだと言ってほしくて、スザンヌは異世界人の血が流れていないただの平民だと、そう信じている自分を肯定してほしくて命令口調で質問してしまった。



「スザンヌ?はて。そんな者は我が家にいませんが。

 ()()()()()()()()デタラメットル殿下。我が娘、三女なのですが側妃として召し上げていただけませんか?

 私に似て愛嬌があって可愛いですよ。なにより異世界人の血が入ってます。我が娘を娶れば王家は安泰でしょう!」


 ニタニタと手を揉みながら下卑た笑みを浮かべる男爵にデタラメットルは嫌悪を顔に出して「馬鹿馬鹿しい!」と吐き捨て足早に去って行った。


『緊急招集』くらいしか聞いていなかったゴーボンは押しが足りなかったか?程度にしか考えずデタラメットルを見送ったが、数十分後、げっそり痩せ細るほど恐ろしい目に遭った。



 緊急招集というくらいだからある程度予想を立てているものだが、ゴーボンは決議の票を入れるだけで、自分には関係ないことだと考えていた。


 だからまさか自分だけが王の前で尋問され、ねめつけられ、叱責を受けるなどこれっぽっちも考えていなかった。



「陛下。調べたところエイコ・タムラ様が言う通りゴーボン男爵はノズバル公国で訴訟を起こし、キリエ様の親権を勝ち取っています」


「ゴーボン男爵。これに相違ないか?」


「はい。その通りでございます」


 ギクリとしたが、『正式な』裁判で勝ち取ったのは確かだ。胸を張って答えれば王達が頭を押さえた。

 皆溜め息や「愚かな……」などと呟いているが私は間違ったことはしていない。


 丞相に言い忘れたことはないか?と問われたが、ないと返せば丞相に紙の束で殴られた。



「貴様はノズバル公国で起こったことをもう忘れたと申すか!!」



 痛さでよろめけばいつもは冷静な丞相にもう一度殴られた。

 ノズバル公国で起こった事件はペスタル王国でも大きく取り上げられていた。


 一晩のうちに裁判所ととある貴族の家が更地になったのだ。そしてその家の当主は全身骨折という奇病に?犯され、心を病み、逃げるように家督を譲ったという。


 それくらいならゴーボンも知っていた。それがどうかしたのかと返せば丞相は歯軋りが聞こえそうな形相で歯を食いしばり睨み付けたまま答えた。


「貴様は相手に金を握らせてそれで終わりだろうがな。その者は貴様の親権裁判をした時の裁判長だ。他にも書記などの裁判官も制裁を食らい隠居か入院している」


「そ、それはもしやすべてエイコの犯こ」


「憶測で口にするな!無礼者!!」



 誰もがわかっていたが、敢えて口にしなかった。

 栄子の信者はいたるところにいる。名前を知らなくても異世界人を慕う者は多いのだ。


 そのお陰であることないことが背びれも尾ひれもついて聖女や座敷童子のように扱われているが、そのほとんどは真実ではない。


 しかしそれを否定すれば信じている者達から要らぬやっかみを買うだろう。


 ペスタルは他の国と違わずスパイが紛れ込んでいる。その者に拾われないためにも最低限の会話で留めたかった。



「一番の問題はグウェナ国のキリエ・ウィステリアード()()()()をノズバルに誘導し裁判を起こしたことだ」


「ゴーボン男爵。まさかとは思うが裁判所に行った際も誘拐紛いなことをしていないだろうな?」


 またギクリとした。まさにその通りだったからだ。キリエを半ば誘拐するかのように無理矢理ノズバルに連れて行った。


 裁判を有利にするために栄子に過失があるかのように仕向け、弁護士に国籍の違いから世界の違い、諸々を上げ連ね養母として不適格だと信じこませた。


 キリエを探すために時間を割いていた栄子は裁判の準備が出来ず、弁護士も用意できなかった。

 そうやって勝ち取ったが肝心のキリエが嫌がって宥めるのにとても苦労した。


 最後は祖母の栄子はお前なんかお荷物で邪魔だと思っていてさっさと楽になりたいと、早くキリエに消えてほしいと言っていたと吹き込んでペスタルに連れ帰った。


 まさかそれもバレるのでは?冷や汗をかいた。



「ゴーボン男爵。なんてことをしてくれたんだ。他国の侯爵令嬢を、グウェナの許可もないまま連れ帰るとは。エイコ様もお怒りだったぞ」


「そんな今更です!エイコは喜んで私にスザンヌ、いえキリエを引き渡したんです!それに家族が増えるとスザンヌも喜んで私の家に来ました!」


 それを聞いたデタラメットルは丞相の隣で目が血走るほどゴーボンを睨んだ。

 さっきは知らぬ存ぜぬを通したくせにあっさり義娘だと吐いた。クズが、と内心吐き捨てたのは言うまでもない。



「男爵。なんとなく察しているがなぜウィステリアード嬢の名前を変えたのか正直に答えよ」


「貴様のことだ。エイコ様の目眩ましだけではなかろう」


「エイコ様には三…いや二週間後この国を『個人的に滅ぼしに来る』と予告されている。ここですべて吐かなければ貴様は未来永劫汚名を被ることになるぞ」


「そんな……!」



 そんなわけないと思ったが、そう口にしたのはゴーボンだけだった。誰もが神妙な顔つきでゴーボンを睨んでいる。


 キリエの名前を勝手に改名したのは栄子への目眩ましと、自分の庇護下にいるということを自覚させるためだ。


 貴様は天涯孤独で義親(わたしたち)がいなければ居場所がない弱者だと教え込ませた。

 そして義親を敬い服従させることで兄が侯爵家の跡取りになり、自分は男爵家に入婿になるしかなかった屈辱を兄の娘で晴らそうとした。


 そして異世界人を羨望し畏怖しながらもバカにしていた。濡れたような黒髪など雨の日の平民街に行けばいつでも見れると本気で思っていた。

 単に見分ける気も、その見る目もなかっただけだが巻き込まれたキリエはよく笑っていた笑顔がなくなるほどの迷惑を被った。



「で、ですが、あの者……スザンヌの親権は放棄しましたし、貴族籍も抜いたので私には関係なっ」


「愚か者が!!ウィステリアード嬢はもう成人されているから貴様の庇護も親権も必要ないわ!

 貴族籍とてこの国、ペスタルのものだ。生国であるグウェナでは未だ侯爵家として籍が残っているのだぞ!!」


「なんということをしてくれたのだ!未成年で他国の、よりにもよって高位貴族のご令嬢を拐かし、使用人以下の扱いをした挙げ句貴族籍を抜いて放逐しただと?!

 貴様はそれでも親か?!ペスタルを滅ぼしたい間者だったのか?!」


「いいいいえ!いいえ!私はペスタルのために尽くしてきた忠実な臣下です!!」


「尚のこと悪いわ!!」



 忠実な臣下が、他国の不興を買い、世界規模で敬われている異世界人を敵にするような行動をするわけがない。

 四方八方から叱責され殴られゴーボン男爵は床に這いつくばった。


 その際カツラがとれたがそれを被り直すことも許されず、涙目で国王にすがったが凍えるような怒りを含んだ形相に粗相をするほどおののいた。


 これ程の四面楚歌もないだろう、というくらい拷問のように責められた男爵は泣きながら最早ここまでか、と肩を落とした。


 先のノズバルの件もあったから多少想像できたが、話を聞きながら王達は周りを省みない幼稚な考えで国を傾けるどころか無意識に滅ぼそうとしてる愚かなゴーボンに青筋を浮かべながら、すべて吐けと睨み脅した。



 事情を粗方話したところでドアが荒々しく開いた。入ってきたのは王妃で、勇み足でやって来た彼女はゴーボンの目の前で立ち止まると扇子を持って腕を振り上げ、そのまま振り下ろした。


 その衝撃で尻餅をついたゴーボンは痛みが走る額を触ると手にはべっとりと血がついていた。

 おののき見上げれば怒りの形相で真っ赤なっている王妃がゴーボンを睨んでいた。



「なぜわたくしの許可を得ずにあの子を下げ渡したの?!あの子がデタラメットルと結婚すればペスタル王国は安泰だったものを!!」


「ええ?!スザンヌとデタラメットル殿下では年が離れてるのでは?わ、私はてっきり陛下の愛人か何かにするものと……」



 頭の痛い会話に王達は本格的に頭痛に悩まされた。

 キリエと王の年齢差はデタラメットル以上、親子ほど離れているというのにまるで王に幼女趣味でもあるかのような言い草に誰もが嘆息を漏らした。

 この勘違い男は臣下でありながら恐れ多くも王家の血筋に入り込もうとし、しかも自分勝手な思い込みで無意識に国王を愚弄している。そして気づかない。

 野心を持つ者は一定数いるが、中でもゴーボンは稚拙で無謀、そして臣下を驕ったとんでもない愚者だった。


「何年経ってもお手つきにならず陛下の好みではなかったのかと思い、長男夫婦の借金の肩代わりにゲロンディーロ男爵の元へ嫁がせたのですが……」


「ゲロンディーロだと?!」


 突然後ろから大声があがり一斉にそちらを見やると一人の伯爵が発言を求めたのでそれを許した。

 顔を上げた伯爵はシェルビーの父親だった。


 吐き気を我慢するかのように青白い顔でゲロンディーロがどんな人物か震えた声で話し始めた。その震えは恐怖からではなく、怒りから来るものだった。



 メルボルン伯爵には妹が居た。目に入れても痛くない可愛い妹を家族みんなで守り育てていた。

 そんな妹に友達ができたと聞いて、伯爵達は同性の令嬢だと信じていた。


 そんなある日、当時少年だった伯爵は裏庭にある小屋の前を通った。いつもなら素通りするが今日はなぜか気になった。

 こっそり覗くと中から啜り泣く声が聞こえドキリとしたという。


 ドアを開ければ妹が血だらけになって泣いていているではないか。その血もスカートを重点に真っ赤に染まっている。

 真っ青になった伯爵は泣いている妹を放置し親や使用人達全員を呼びに行ってしまった。


 その行為が後々まで妹に影を落とした原因になったと伯爵は悔やんだが、重傷だと思った傷はそこまで深くはなかった。

 しかし妹の心の傷は奥深く、物理的にも傷物になってしまった。


 その後、妹は部屋に引きこもって誰とも会わなくなり、ある日突然首を括り儚くなった。



「妹は最後まで相手の名前を言わなかったが犯人はゲロンディーロだと思っています。

 当時近い年代で一番仲良くしていましたし、家格も同じ伯爵位でしたから……そのせいで妹も信用してしまったのだと思います」


 己の伯母がそんなことになってるとは知らなかったシェルビーはあまりのことに卒倒した。



 その他にもゲロンディーロは国で禁止している奴隷を買いつけたり、夜な夜な怪しげなパーティーを開いていた。

 同じ趣味の者達と一緒に連れてきたうら若き乙女達を裸にして愛でたり、悪戯したり、下種(ゲス)なことをして乙女を泣かせては喜んでいたという。


 そういった事件と別件で婚約していない子爵令嬢を襲い傷物にしたことで刑罰と爵位を下げられたが、法を掻い潜り親の跡を継いでいた。

 そして借金の肩代わりに令嬢(キリエ)を求めていたとなると、ゲロンディーロの素行は直るどころか平行、悪化しているのだろう。


「ゴーボン男爵。私はあなたを軽蔑するぞ。

 いくら本当の我が子ではないとはいえ、借金の肩代わりに何も知らない、関係すらない十代の子供をあんな最低最悪の外道に売り渡すなんて。

 ……あなたみたいな鬼畜に貴族など名乗ってほしくない。同じ国の臣下なのかと思うと反吐が出る」


「………っ」



 伯爵の蔑む目はゴーボンを人とも思っていないものだった。それだけゲロンディーロへの恨みが根深いのだろう。

 あまりの恐ろしさに出し切ったはずの粗相をまたしてしまった。



「そんな者はこの国に不要です。処刑してしまいましょう」


 そんなゴーボンを不快だと言わんばかりに吐き出したのはデタラメットルだ。

 キリエを偽物だの平民だのと散々扱き下ろしたというのに自分のことは棚上げにして堂々と言いきった。


 そんなデタラメットルに大人達は白々しい目で見ていたが王は仕方なく溜め息混じりに切り出した。


「処刑してどうする。そんなことをしてもこの国が助かるわけではないのだぞ」


「ようはエイコ様のご機嫌が治ればよろしいのでは?

 スザンヌ……いえ、キリエでしたか?あの者を虐げた輩を悉く処刑すれば気分も晴れるでしょう。

 そこで悪者はすべて排除されたと訴えれば、エイコ様ならきっと許してくれます。エイコ様だってさすがにペスタル王国を本気で潰そうなんて考えてませんよ」



 男爵の話もシェルビーの父親の話も聞いているはずだがデタラメットルはどこまでも楽観的態度を崩さなかった。

 自分がしたことをすっかり忘れているのは勿論、どこまでも他人事のように見ている。


 実質キリエは他人だが、『異世界人』の縁者となるとそこまで楽観できる話でもない。それに気づいていないデタラメットルに王は諦めに似た嘆息を吐いた。


 『すべて』の中にデタラメットルも入っていることを本人だけが気づいていないことを教えるか否か。この国を背負うなら自力で気づいてほしいのだか。そんなことを王は考えていた。



「……なぜそう思う?」


「ペスタルにはエイコ様が認め、孫娘(キリエ)と同じように可愛がられたシェルビーがいます。それに異世界人の血筋もいますし、問題ないでしょう。そうだな、男爵」


「え?」


「さっき僕に異世界の血が入った娘がキリエ以外にもいると言っただろう?」



 メルボルン伯爵に罵倒されしょんぼりしていたが、デタラメットルに話しかけられると顔が引き吊った。適当に流さず覚えていたことに驚き、そしてその内容にギクリとした。


 ゴーボン家に異世界人の血などこれっぽっちも混じっていないのだ。それを今この場でつつかれれば誰だってバツが悪い顔をするだろう。


 最初はほんのちょっとの下心からだった。

 平民のような黒髪に興味ないが、異世界人という肩書きは欲しい。いるだけで幸せになれるという異世界人を我がゴーボン家にも取り込みたい、それだけだった。


 親権をもぎ取れたのはゴーボン男爵の兄がキリエの父親だからだ。

 親がいない子供を養ってやれば簡単に言うことを聞くようになるだろうし、喜んでゴーボン家に尽くしてくれるだろう。そこにキリエの気持ちも考えも含まれていない。



 家族に取り込めば異世界人の恩恵が与えられ、ゴーボン男爵家が繁栄するものと考えていた。

 だが想像以上の繁栄をもたらさなかったキリエにガッカリし、王宮をクビになったと同時に貴族籍を抜いて追い出してやった。

 あれは孫娘だし異世界人の恩恵は薄かったのだろう。そう思った。


 その代わり栄子と娘の遺品であるネックレスや指輪をゴーボン夫婦のそれぞれが持っている。

 これがあればゴーボン男爵家は未来永劫幸せになれると信じていた。


 それを差し出せば許されるだろうか?そう考えたが自分の家の安泰がなくなってしまうのは恐ろしく辛い。かといって嘘がバレるのはもっと怖い。


 どうしたら……と頭を回転させたが周りからのプレッシャーで答えは出なかった。



 否定を一切許さない王妃と王子に睨み付けられたゴーボンは滝のように流れ落ちる汗を拭うこともできないまま、是と答えるしかなかった。






 ◇◇◇





「ん~っ!!幸せだねぇ~っ!!」

「……おばあちゃんそれしか言ってないよね」


 昼下がりのカフェで栄子とキリエは向き合いお茶を楽しんでいた。


「だぁって、孫とお茶をするのが夢だったんだも~ん」

「おばあちゃんが〝も~ん〟て、違和感…プッ」


 ようやく笑ってくれた孫娘キリエを栄子は愛しそうに見つめた。


 ペスタルの王宮を出た栄子は裏道を通って隣国のテュルソスまで来ていた。通常なら馬車で十日はかかる距離だ。

 この国は魔法使いが多く住んでるので箒などで空を飛んで移動できるがそれはあくまで国内だけの話。

 国を跨いだ上にたった三日で辿り着いてしまった事実にキリエはおおいに驚いていた。


 それに食べ物も、高級なホテルのベッドも、着るものも、栄子にとって普通になっていたほとんどのものがキリエにとっては初めてのことが多かった。


 あのクズ野郎ことゴーボンは裁判をしてまでキリエを引き取ったのに、いざ手に入れたら異世界人の孫という事実もアタシが名付けた名前も全部奪い取った。


 それだけでも重罪だというのに貴族令嬢なら当然の権利である学園への入学もさせてもらえなかった。

 その理由も憤慨もので、子沢山でお金がないからお前にまで手が回らないと言われたそうだ。



 それから王妃だかに命令され王宮の下女として召し上げられたそうだ。しかも給料は全部あのクズに送金されるよう仕組まれていたと言うのだから業腹である。


 前の世界にもクズな親は居たけどこっちの世界にも存在していた上に、国の王妃までもが加担してアタシの可愛い孫を被害に遭わせるとは思っていなかった。


 そしてアタシが世界中を駆けずり回ってキリエを探している間に、アタシの可愛い可愛い孫が心無いクズ野郎達の手によって汚された。



 誘拐されてから九年も間が空いてしまった。その間もずっと探し続けたが見つけられなかったのはアタシの落ち度だ。

 いや、そもそも第三者の国と言いながら敵の土俵に上がってしまったのが過ちだった。


 キリエの未来を知らずに奪ってしまったことを土下座して謝れば、『もう過ぎたことだから』と手を取られた。出来た孫娘でおばあちゃんは嬉しくて悲しい。


 娘の大切な一人娘の成長が見れなくて悲しいがその分はこれから埋めていこう、そう誓った。



 それからもずっと王宮に働き詰めでろくに外に出てなかったキリエをいろんなところに連れ回した。

 話す度に酔っぱらいのように絡んでは大泣きしてキリエを困らせた。勿論甘やかしに甘やかしてだ。もう大人だから気にするなと言われてもおばあちゃんは気になるんだよ。


 最初は別々の部屋だったが、満席を理由に同じ部屋で寝てからは、ずっと同じ部屋で眠っている。

 なんならひとつのベッドで寝たことだってある。


 朝起きると目の前に娘そっくりな可愛い孫娘がいて、それだけで胸一杯になって泣いてしまう。

 それを見たキリエは少し困ったように笑って栄子の背中を擦った後濡れタオルを渡してくれるのだ。もう最高だなアタシの孫。



「三週間後ってそろそろじゃない?ペスタルから大分離れちゃったけど大丈夫なの?」


 短いスパンで国を越え、栄子達は港町に来ていた。

 大分日数を使っているためペスタルに戻るならそろそろか予定した日には間に合わない可能性が出てきた。


 今日も腕を組んで孫とデートを楽しんでいたから正直ペスタルに戻るのは億劫で面倒臭いと思った。

 やっと念願の生活が手に入ったのだ。このまま孫と楽しく暮らしたい。



 それはそれとして、キリエと旅をしながら要所要所でペスタル王国が異世界人に対して奴隷のような不当な扱いをしているという話をバラ撒いている。

 仲のいい友達には孫がやっと見つかったということと、誘拐犯はペスタルにいたと手紙などで教えた。


 栄子に寛容な友人と異世界人信者達はすぐにペスタルに圧力をかけてくれるだろう。態度によっては戦争だってあり得る。



 異世界人は稀有な能力スキルと、その人口の少なさ故に『異世界人保護法』なるものが世界規模で存在している。

 異世界人単体では国と戦えないが、異世界人の独占と貴族を奴隷のように扱うことは保護法に抵触している。

 だから間違いなくただでは済まない。栄子が手を下さなくてもペスタルはかなりの痛手を負うことになるだろう。


 だけどキリエはアタシの孫娘だ。その孫娘を傷つけた国をこのまま放置しておきたくはない。



「大丈夫!近くには飛行船があるからそれで戻ればあっという間さ」

「飛行船?!わたしも乗ってみたい!」


 子供のようにはしゃぐキリエに栄子は心底生きてて良かったと孫娘の若々しい張りのある頬を撫でた。


「おばあちゃん?」

「キリエちゃん。キリエちゃんはどんな特殊スキルなんだい?」


 娘は髪の色が旦那に似て黒髪じゃなかった。

 キリエは目は旦那の色を受け継いだが髪の毛は栄子と同じ色質感だった。

 だとすればきっと特殊能力も発現しているだろう。


 そう踏んで孫娘をニヤリとした顔で見つめれば、キリエもニヤリと笑って見せた。





 ◇◇◇





 栄子が予告した日にちの二週間前。

 既にゴーボン男爵は召集されたまま拘束され、安否がわからないままの夜に事件は起こった。


 そろそろ寝静まる頃に騒音が鳴り目が覚めた。家の者が総出で探したが音の出所も犯人もわからず仕舞いだった。

 しかし寝ようとしたところで騒音、寝ようとしたところで騒音、を繰り返されゴーボン家に居る者はその夜一睡も出来なかった。


 そしてその騒音被害は十日間みっちり続いた。中には体調を崩して寝込んだ者もいる。夫人もそうだ。寝ても覚めても聞こえる騒音に半ばノイローゼになっていた。


 なので仕方なく昼間に転寝しているとまたもや騒音が鳴り響き、ゴーボン家の女主人が飛び起きた。


 三女の娘は学園の寮に入っているためこの家には女主人と使用人しかいない。上の二人は無事嫁いで行った。

 長男夫婦は何処かに行ったまま帰ってこないがこちらはまたギャンブルに耽っているのだろう。



 主人が不在の間に何かあっては困ると思った夫人は音の出所を探るべく外へ躍り出た。


 そこで夫人は奇っ怪なものを見た。

 真っ赤な何かが目にも止まらない早さで、最近やっと改築がすんだ伯爵家と言っても問題ないくらい大きく豪華な邸の壁や屋根を縦横無尽に走っている。


 しかもその所々で窓を割ったり柱を折ったりしていた。その威力はとても大きく、あっという間に豪華絢爛なゴーボン家は瓦礫と化した。


「そんな……どういうこと?」


 どう考えても人の所業じゃない、と腰を抜かしていれば赤い何かが目の前に止まり悲鳴を上げた。



「煩いわね。これくらいでビビってんじゃねーよ」



 降り立ったのは一人の老婆だった。そう思ったのは皺と白髪を見ての判断だが、見た目の雰囲気は自分よりも若々しく見えた。

 そんな彼女に睨まれ口を閉じれば、地面についていた手を力任せに無理矢理引っ張られ痛いと叫んだ。


「黙れっつってんだろ?言うこと聞かないならその口縫うからね」


 手の平は砂利で傷つき血が出たし、無理矢理引っ張られたことで筋を痛めたみたいだ。けれど逆らったら後が怖いと本能で感じた夫人は涙目で恐々栄子を見つめた。



「っ~~!!!」

「あーあ。こんなに爪を伸ばしてるからだよ。家事する気がまったくない、綺麗な手だねぇ」


 栄子は夫人がしていた指輪をおもむろに掴むと思いきり引っ張った。そのせいで綺麗に伸ばし整え色づけていた爪先が剥がれてしまった。

 あまりの痛さに声にならない悲鳴が出たが、手を抱え蹲ろうとしたところを髪を乱暴に掴まれ引っ張り上げられた。


「痛い!痛いわ!髪が抜けてしまうじゃない!!」


「はじめましてゴーボン男爵夫人。アタシは田村栄子って言うんだ。アタシの孫娘が世話になったからお礼参りに来たんだけど……うへぇ。若作りにしてもあんた酷い化粧センスしてるわね。

 それにあんたのクズ旦那とそっくりでブクブク太って醜いったらありゃしない」


「へ?」


「あんた、他人の子なら何をしてもいいとか思ってるクチなんだねぇ。いやぁ、同じ母親として恥ずかしいよ。

 堂々と他国の侯爵令嬢(アタシの孫)を誘拐した上にキリエちゃんにあげた指輪も盗むとか、いい大人が恥ってものを知らないのかねぇ?こんなの持ってたところでなんの意味もないってのに。


 異世界人でもないクズな夫婦のあんたらが幸せになれるわけないのに、馬鹿みたいに縋って信じてさぁ。ドクズな夫婦もいたもんだよ」


「え?……あ、…まさか」



「ええ、そのまさかだよ。よくもアタシの可愛いキリエちゃんを苛めてくれたねぇ?たっぷりお返ししてやるから覚悟しな」


「ま、待って!あの、……ご、ごめんなさい!許して!!」



 栄子が誰か、なぜこんなことになったのか、その原因がキリエだとわかった夫人は真っ青になって慌てて謝ったが、栄子は躊躇なく夫人の頬を思いきりひっ叩いた。

 反動で地面に転がり夫人は頬に手を当て痛がっている。男に殴られるよりはマシだろうに貧弱だねぇ。呻きが泣き声に変わったがそんなことは知ったことじゃない。



「許す訳ねーだろ。キリエちゃんは拒否してもあんたらは許さなかったんだからさぁ」


「ヒィ!ごべ、んなざ!」


「それに謝る相手も間違えてんじゃねーよ。テメーが謝らなきゃなんないのはキリエちゃんだろうが」


「は、はぃいい……」


「生きてればいいってわけじゃねーんだよ。

 キリエちゃんはあんたらのしょーもなくてくっだらない、マジどうでもいいゴミカスのような夢のために輝かしい未来を汚されたんだ。

 家を繁栄させたい、だあ?そんなの自分等が真っ当にコツコツ働けばいいだけの話じゃねーか!!」


「ぴぎぃっ!」


「自分らの子供ぐらいの年齢(とし)の娘を働かせて、あんたらと実の子供は贅沢三昧。

 キリエちゃんが汗水垂らして一生懸命稼いだ金を吸い取ってテメーらだけ幸せになろうだなんて、マジで最悪だよあんたら。人間のクズだっつってんの。


 しかも異世界人の血が入ってるから幸せになれるだって?だったら直接アタシに言えば良かっただろうが!!

 アタシに言ってたら直ぐ様あんたらをボコボコにして家も何もかも全部潰してやったのに!!


 アタシの可愛い、大切な孫を傷つけたことがどれ程の罪か、思い知るがいいさ!」



 髪を引っ張り起こせば夫人は目と鼻から水を流し子供のように泣いて命乞いをした。


 アタシだって昔ケンカでこれくらいのケガをしてたし、もっと痛い思いもした。

 だから人の痛みはわかるつもりだが、孫娘の痛みを考えたら目の前が真っ赤に染まり手加減など出来なかった。

 だってキリエはこの女の見た目よりも心をたくさん傷つけられたのだ。許すなんてできない。


 戦意喪失している夫人を確認した栄子は、離れたところで震える使用人に医者を呼べと指示して立ち上がった。

 これで地獄が終わる、とホッと息をついた夫人だったが振り返った栄子に再び地獄に落とされた。


「これで終わりじゃないよ。キリエちゃんが苦しんだ年月はきっちり支払ってもらうからね」



 その後、夫人は何処にいても何処で寝ても騒音に悩まされた。

 ノイローゼになっても解決方法はなく耐えられなくなって自殺を図ったが未遂に終わり、助けられた。


 一命は取り留めたものの、半身不随のまま臭くて見目がおぞましい化物のような見ず知らずの男に、介護という名の恥辱を味わわせられ続けることになる。








読んでいただきありがとうございます。


捕捉

・奇病?……ペスタルでは全身骨折になった患者が今まで出たことがなかった。そのため奇病扱いとされた。

・ゴーボン家への嫌がらせ……事情を知った信者達の仕業。

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