第3話・サラマンダーは困惑している。
「おい、お前が2組に転校してきた満田か?」
咲空の眼前に立ち、そう問い詰めるのは三年一組の男子生徒だった。
学ランのボタンを一切止めず、その下に着る筈のカッターは無く。
その代わりに着こんだ派手なプリントが為されたTシャツを見せつけるような、だらしない出で立ちの男子生徒四人に彼女は囲まれていた。
場所は校舎裏。咲空は校舎を背に不良達に呼び出され取り囲まれていたのだ。
転校の翌日、下駄箱に「校舎裏で待つ」と端的に用件だけ書かれた手紙が入っていたのを見た時。
ま、正か告白ッ!
そう胸をときめかせていざ校舎裏に来たらこれである。
前日クラスメート達と無事打ち解けられたと思えばこの始末。
嫌になる……。
「そ、そうです……、私が二組の満田です……」
こんな輩にも、こんな境遇にも慣れっこだ。
自分でも容姿に難があるのは分かってる。
普通の顔をしていても四白眼のせいで睨み付けているように見られ。
機嫌が良い時でも怒っているように捉えられ。
誰よりもこの容姿で困って来たのだ、嫌な思いをしてきたのだ。
目を引くのは重々承知していた。
「お前さ、目付きが気に入らないんだよ。昨日俺等の事睨み付けてたろ?」
ほらこの通り、別に睨んでもいないのにこんな難癖を付けられる。
正直目の前の学生達の顔に覚えは無かった。
学内の何処かでたまたますれ違っただけなのだろう。
たまたますれ違っただけでこれなのだ。
慣れているとは云え毎度毎度同じ展開を引き起こしてしまう自分の顔が嫌で仕方がなかった。
「そんな……私は別に睨んでる訳じゃ……」
「そう言いながらメチャクチャ睨んでるじゃねーかよ! 俺等の事見下してるんだろ?」
誰が悪いと言われれば、そりゃ難癖を付けて来る不良達が悪い訳だが。
如何せん咲空はこの容姿で長い間不遇を囲って来た為に自嘲気味になってしまっている。
自分の正当性を疎かにし、不良達の言い分が正しいと決めつけ。
全ては誤解を招く自分の容姿が悪いと曲解してしまう。
折角同級生達と打ち解けられたと思ったのに……。
折角普通の学生生活が送れると思ったのに……。
「私の……バカー!」
自分が許せなかった。自分に腹が立って仕方なかった。
だから咲空は自分に対する憤りを叫ぶと、思わず背後に聳え立っていた校舎の壁を力一杯殴り付けた。
――ベキベキッ――
すると、彼女が殴り付けた壁にはそんな乾いた音を立て皹が入った。
コンクリートで作られた壁がである。
常人ではまず破壊など不可能な硬い壁に皹が入ったのである。
不良達はそれを見た瞬間それまで弱者をいたぶっていた虚勢が何処へやら、急激に顔を青ざめさせた。
そして、人伝に聞いた彼女が二組で呼ばれているあだ名を思い出した。
サラマンダー……。
最初そのあだ名を聞いた時何の冗談だと彼等は笑った。
実際に咲空を見た時、その異様な容姿と重なりちょっかいを出さずにはいられなかった。
そして、ちょっかいを出した結果これなのだ。
我が目を疑う程の腕力。その容姿とあだ名と相まって不良達に得体の知れない恐怖を抱かせた。
そう言った意味でのサラマンダーでは無かったのだが……。
彼女が人目を引く強面の容姿をしながらも、今まで特に目立った苛めも無く過ごせて来た理由がこれである。
平たく言えば人並み外れた腕力を有していたのだ。
彼女が本気で拳を握り振るえば人体など一溜まりも無い。
肉を断ち、骨を砕く事など雑作も無かった。
無論咲空が人を殴った事など無い。
人を殴るには彼女は優しすぎたのだ。
こうやって不良達に絡まれる事は今まで幾度もあったが、その度に彼女は自分に責任転嫁し。
その度に手近にある壁などを殴り自分を責めた。
彼女の怪力に掛かれば物言わぬ無機物など一溜まりも無く砕け散り。
それを見せ付けられた不良達は決まって同じ行動を取る。
「ご、ごめんなさい! 私決して見下してるとかそんな事は無いんです!」
咲空は壁を殴った後必死に弁明しようとした。
今までがそうだった。
彼等のように咲空の人となりを誤解し絡んできた相手にも話し合いで解決しようと試みて来た。
彼女は誤解を解くべく、必死にそう言いながら背を向けていた不良達に向き直ると。
そこには正座して俯く四人の不良達が居た。
「あ、あの……、何で正座してるんですか……?」
先程までの威勢が何処へやら、不良達の突然の変わり用を見て思わず困惑しそう問い掛けた咲空だったが。
本当は今まで何度も見て来た光景だ。
彼女に絡んできた不良達は何故だか態度を一変させ、皆彼女に平伏してしまう。
勿論この後に彼等がどんな行動を取るのかも分かっている。
今まで幾度も見せられて来た。
「調子に乗ってすいませんでした!」
唐突にそう叫ぶと、四人一斉に土下座する不良達。
彼等の中で咲空と云う存在はその容姿とあだ名、そして今正に見せられたコンクリートに皹を入れる程の怪力と相まって。
怪物にすら感じるようになり。
別段彼女に恫喝された訳でも、手を上げられた訳でも無いと云うのに。
得体の知れない恐怖だけが先行してしまい、勝手な妄想を加速させていった。
その結果彼等は全面降伏を選び土下座して謝罪する道を選んだのだった。
「い、いきなり何してるんですか! やめてください!」
それは咲空にとって見慣れた光景だった。
彼女が意図した訳でも無く、そうなる事を願った訳でも無く。
今までも、今回も、勘違いが折り重なり彼女に絡んだ人間が勝手に咲空を畏怖して取った行動だったのだが。
それを咲空本人が望んでいる訳もなく。
意図していないと云う事は彼女には突然不良達が土下座した理由が分かる訳もなく。
ただただ、余りにも突然の不良達の変わり 様に困惑し。彼等の行動を諌めようとした。
「ひぃー! すいませんすいません! もう二度と調子に乗った事しませんから!」
だが、困惑した咲空の表情を見た不良達は更に怯え。
額を必死に地面に擦り付け、まるで命乞いするように謝り続けた。
その時の咲空の表情はと言えば、本人はただ驚いた顔をしていたつもりだが。
ただでさえ小さな黒目が更に際立つように目を見開いていた為、彼女の顔を見慣れない者にとっては激怒しているようにしか見えず。
不良達の勘違いを助長させてしまった。
「だ、だからやめてください! 別に私怒ってませんから!」
自分の言葉とは裏腹に怯えきる不良達の態度に咲空は困り果て、必死に彼等の誤解を解こうとした。
土下座する不良に手を伸ばし、優しく肩に手を置き彼等を宥めようとした。
「うわぁーー! 殴らないで下さい!」
だが、咲空が不良達に手を伸ばすと。最早恐怖で彼女の言葉が耳に入らない彼等には、烈火の如く怒り狂っているようにしか見えず。
今正に彼女が殴り掛かろうとしているように受け取り、恐怖の余りそう叫ぶや否や蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げて行った。
必然的にその場にただ一人取り残された咲空。
彼女はただ呆然と不良達が逃げ去った方を見つめる事しか出来なかった。
一体何だったのか……。
何故こうなってしまったのか……。
誤解が誤解を生んだ結末に彼女は立ち尽くすのみだった。
この後学校中の不良達にこの噂が広まり、彼女が預り知らぬ所でサラマンダーの悪評が立ってしまうのだが。
それは又別のお話。