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第2話・サラマンダーは感動している。

「咲空ちゃん、私ね人にあだ名を付けるの得意なの。良かったら咲空ちゃんのあだ名付けても良い?」



 ホームルームの後一時間目の授業が終わり、担任の教師が教室を退出すると。咲空は五人の女生徒に囲まれ質問責めを食らった。


 前居た学校はどんな所だったのか。

 家族構成は、趣味は、勉強の成績はどうなのか、運動は得意なのか。

 様々な質問が飛び、今までこんなにも構って貰う事が無かった咲空は矢継ぎ早に繰り出される質問に目を回しながらも。嬉々として答えた。


 そんな中、一人の女生徒が問い掛けを投げ掛けてきた。

 ホームルームの時、いの一番に咲空の言葉に反応してくれた。

 先程自己紹介をして貰い室丘むろおか乙己いつみと名乗った子だった。


 乙己の言葉が無ければその後の和やかな空気も生まれ無かっただろう。

 その感謝もあり、今まであだ名など付けられる程仲良くなった人間などいなかった為。普通の子がどんなあだ名を付けるのか興味もあり。



「う、うん、是非お願いします」



 咲空は二つ返事で彼女の提案を了承した。



「ホント? じゃー咲空ちゃんには飛びっきりの付けてあげるわね!」



 咲空の返答を聞くと乙己は満面の笑みを浮かべそう力強く告げると、咲空の前の机。彼女の席から徐に紙とシャーペンを取り出し。

 何やら文字を書き綴り始めた。



「ちょっ、ちょっと乙己、あんた又そうやって勝手に人にあだ名付けようとして……。先生にやめなさいって言われてるよね?」



 そんな乙己の行動を見て、咲空を取り巻いていた一人の少女が慌てたように彼女の行動を諌めた。



「何よオン子、勝手じゃないわよ。咲空ちゃんが良いって言ったもん」



 少女の注意を聞くと乙己は心外だとばかりに頬を膨らませ、咲空が了承した事を強調した。



「オン子って呼ぶな! 私の名前は温子あつこよ!」



 乙己の返答を聞くと、オン子と呼ばれた少女はそう強く自分の名前を主張した。

 温子がオン子……。文字通り音読みでオン子……。


 先程自己紹介をして貰い彼女が飯田いいだ温子あつこと云う名前なのは知っていた。

 安直なネーミング……。そう言ってしまえばそれまでだが、そのセンスから鑑みるにそこまで酷いあだ名は付けられないように感じられ。

 咲空はただどんなあだ名を付けてくれるのかと期待に胸を踊らせていた。



「全くオン子は口煩いわね……。咲空ちゃんにはオン子何かよりずっと良いあだ名を付けてあげるからね」



 オン子の不満を聞くと、乙己は面倒くさそうにそう言った後。咲空に向き直り満面の笑みを浮かべそう言い、自分の机から持ってきた紙に何やら文字を書き始めた。

 アナグラム……、なのかどうなのか。咲空の名字と名前を色んな組み合わせで書き記しているのが見えた。



「サクラ……じゃそのままだし面白くない。サラミ……じゃそもそもの名前がもったい無い。サラ・ミツタ……。サラ・マンタ……。サラ・マンダ……」



 音読み、訓読み、名前と名字。様々な組み合わせをボソボソと呟きながら、後半に行けば行く程段々と不穏な空気が立ち込め始めた。

 このまま放置しておくと不味い。非常に不味いあだ名が出来上がってしまう。

 そう感じた周囲に居た女生徒は乙己が取り返しのつかない閃きをする前に止めようとした。



「サラマンダー……、そうよサラマンダーよ! 今日から咲空ちゃんのあだ名はサラマンダーで決定ね!」



 だが、他の女子生徒が乙己を制止する前に

乙己は突然閃きそう高らかに告げた。

 その瞬間場の空気が凍り付いた。


 咲空の回りにいた四人は元より、教室に居た生徒全員が余りにも酷すぎる乙己のネーミングセンスに言葉を失った。

 無論乙己本人に悪気は無い。その証拠に良いあだ名が出来上がったと屈託の無い笑みを浮かべ胸を張っている。


 そのあだ名が上手いか下手かで言えば100点満点だっただろう。

 姓と名を入れ替え音読みを織り混ぜる事により、サラマンダーと彼女の漢字を読む等。他には真似の出来ない発想力だった。


 だが、問題は咲空が女子だと云う事だ。

 中二病を患っている男子ならサラマンダーと名付けられれば喜びもしただろうが。

 咲空は中二病でも無ければ男子でも無く。

 ちょっと見た目がアレなだけの女子なのだ。


 喜ぶ筈が無い。

 きっとそんなあだ名を突然付けられ傷付いているに違いない。


 余りにも突然の事に言葉を失っていた四人の女生徒は、そんなあだ名を付けられた咲空の内心を悟り。恐る恐る彼女の反応を伺った。



「うぅ……」



 すると咲空は頬を真っ赤に赤らめ、目を見開き、唇を尖らせながら低い呻き声を上げて小刻みに震えていた。


 不味い怒ってる……。

 そりゃそんなあだ名嫌だろう……。


 咲空の常人とは掛け離れた容姿も相まってその様は激怒しているようにしか見えず。

 咲空の反応を見た他の四人はそう察し、慌てて最悪なあだ名を付けた乙己を咎めようとしたが。



「ありがとう室丘さん、そんなに素敵なあだ名付けて貰ったの初めて! カッコいい……、凄くカッコいいよ! 余りにもカッコ良すぎて私感動したわ!」



 四人の懸念とは裏腹に、彼女達がフォローを入れる前に告げられた咲空の感想は全員の想像を逸していた。


 あ……、感動してたんだ……。


 うら若き乙女がサラマンダーなどと呼ばれようものなら、普通ショックでも受けようものだが。

 咲空の感性は残念ながら普通では無かった。


 初めて同級生にあだ名を付けて貰ったと云う感動も相まって、彼女は歓喜していたのだ。

 常人には信じられない事に……。



「ホント? 我ながら良いあだ名を思い付いたと思ったんだ。咲空ちゃんが喜んでくれてホントに良かった」



 咲空の信じられない返答を聞くと、乙己は自慢気にそう語り。

 心の底から自己満足も甚だしく快活に笑った。



「うん、とっても素敵なあだ名だよ! 本当にありがとう乙己さん!」


「やだなぁサラマンダー、もう私達友達でしょ? さん付け何て他人行儀な呼び方しなくても良いよ」


「うん……、分かった乙己ちゃん。私達もう友達だね!」



 余りにも想像を絶する展開に置いてけぼりを食らった周囲を更に置き去りにするように。

 二人はそう会話を重ねると、言葉の終わりで熱い握手を交わし友情を確かめ合った。


 その一連のやり取りを見て、聞いて、目の前に居た四人も、教室に居た全生徒も心の中でこう思った。


 この子は絶対に詐欺に掛かる子だ……。

 守ってあげないと絶対酷い目に合わされる……。


 そう思い、ズレた二人だけの世界に埋没していく二人を冷めた視線で見つめながら。

 純粋無垢な咲空を守ってあげる事を心に誓った。


 こうして、顔は強面だが心は優しいサラマンダーの転校初日は終わりを向かえた。

 今まで少女らしからぬ容姿のせいで体験した事の無い普通の学生生活が始まりを告げた。


 とんでも無いあだ名と共に……。


 

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