第1話・サラマンダーは緊張している。
「今日から皆さんのクラスメイトになる満田咲空さんです、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
「満田咲空です、よろしくお願いします」
梅雨が終わり夏の訪れが直ぐ間近に迫ったそんなある日、科川中学校三年二組に転校生がやってきた。
高校受験を控える最中、最も学生として重要な時期であり。
通常ならこんな時期にやって来た転校生に構ってる余裕などクラスメート達には無かったが。
三年二組の生徒はただ静かに戦慄していた。
顔が怖い……。
満田咲空と担任から紹介され、自身でもそう名乗った転校生の女生徒。
名前だけ聞けば実に今時の可愛らしい名前ではあったが、如何せんその顔立ちが怖かった。
髪は黒髪のストレート。前髪を目の直ぐ上まで伸ばし、綺麗に揃えていた。
その下にある両の目が凄まじい威圧感を放っている。
咲空本人は見開いているつもりは無く、普通の眼差しをしているのだが。
如何せん生まれつき黒目が小さく、中央に寄ってしまっている典型的な四白眼であり。
常に目を見開いているようにしか見えず、向き合った者は無条件で威圧されているように感じてしまう。
おまけに身長が女子としては高く170センチを越えていたのも顔付きと相まって彼女の印象を悪くしていた。
正か不良?
こんな大切な時期に傍迷惑な……。
彼女の人となりを知らぬ以上、その見た目から人間性を読み取るしか無く。
見た目=強烈な個性を感じた生徒達はそう危惧した。
無論見た目で人間性を図れる筈も無く、満田咲空はその容姿とは裏腹に純朴な乙女だった。
植物を愛し、動物を愛し、甘い物が好きで、恋愛物と付けば漫画でも小説でもドラマでも食い入るように見る普通の少女だった。
だが、如何せんその容姿のせいで今まで散々な目に合って来た。
目付きが悪い、ふてぶてしいだのといちゃもんを付けられ。女子にも男子にも頻繁に絡まれる始末。
普通に生きたいのに、普通に生きる事を許されない。
乙女らしく友達と恋の話に花を咲かせたいのに。
寄って来るのは喧嘩腰の輩ばかり。
うんざりだった。
憔悴しきっていた。
「あ、あの……!」
だからなのだろう。
彼女は促されてもいないのに突然口を開いた。
父の仕事の都合で突然転校する事になったが、今回の転校は神様がくれた絶好の機会なのだ。
今までこの容姿のせいで嫌な思いばかりをしてきた。
辛い思いばかりをしてきた。
環境が変わる、だから自分も変わらなければならない。
「私……、こんな容姿だから皆に怖い子だって思われる事が多いですけど。ほ、本当は普通の女の子何です! だ、だだ、だから仲良くしてください!」
口を閉ざし、自分の殻に閉じ籠っていても何も変えられる訳が無い。
だから彼女は勇気を振り絞って叫んだ。
言葉を詰まらせながらではあったが、断腸の思いで切実にそう告げた。
彼女の突然の告白を聞くと教室には暫しの沈黙が流れた。
生徒は元より、担任の教師まで口を閉ざす始末。
重苦しいとすら感じる空気が教室を包んでいた。
余計な事を言ってしまった……。
咲空自身は今までの自分と決別する為、決死の思いで口を開いたと言うのに。
教室に流れる空気が彼女の行動を愚策だと告げているようで、咲空にいたたまれない気持ちを植え付けた。
ああ、やっぱり私には孤独な日々しか待ち受けて居ないのか……。
「よろしくね咲空さん!」
そう咲空が絶望しかけた瞬間、突然一人の女生徒が彼女の言葉に答えた。
「これからよろしく」
「仲良くしてね」
一人の少女の言葉は波紋となり教室中に広がり、温かな言葉が次から次に生徒の口々から上がった。
先程までの重苦しい空気が嘘のように、教室には和やかな雰囲気が流れていた。
これから同級生となる彼等の、彼女等の反応に咲空はうっすらと瞳に涙を浮かべた。
「うぅ……、咲空さん良かったわね……」
そんな彼女に釣られるように何故か担任の教師まで涙ぐんでいたが……。
彼女は今心の底から安堵していた。
激しい緊張の中勇気を振り絞って言葉を発して良かったと。
これで普通の学生生活が送れるようになると。
心の底から安堵した。
無論こんな事で普通の学生生活を送れるようになるならこの物語は此処で終わってしまう。
これは始まりにしか過ぎない。
満田咲空、人並み外れて人相が悪い彼女の前途多難な日々が始まったに過ぎない。
これから訪れる日々の中で、彼女は常人達との価値観の違いに苦労する事になるのだが。
それを現時点で知っている者はただの一人も居なかった。