異世界、2日目
コンコンと扉をノックする音で目を覚ました。フカフカのベッドに見慣れない天井。
ここはどこだと若干、混乱したがすぐに思い出す。
「夢じゃ、なかったのか。」
思わず溜め息がもれる。その間も、コンコンとノックが続いていることに気づき、慌てて返事をする。
「す、すみません。どうぞ。」
「失礼します。朝食をお持ちしました。」
扉が開き入って来たのは、昨日この部屋に案内してくれた、眼鏡をかけた知的な雰囲気の執事だった。
部屋に置かれたテーブルに運ばれた朝食は、俺が食べていいのか悩む程、豪華なものだった。
「食べ終わりましたら、そちらのベルでお呼び下さい。片付けに参りますので。」
「えっと、ありがとうございます。」
「では、失礼します。」
一礼し去って行くの見送り、スープを飲もうとスプーンを持った時に気づいた。あの執事の名前を聞いていないことに。
その後、片付けに来てくれた執事さんに名前を聞くと、感情の無い声でカミールだと名乗ってくれた。
・・・俺、嫌われている?えー、嫌われる程のことした?やっぱり、弱いからかな・・・。
その後、することも無く、どうしたもんかと思っていたら思い出した。RPGという言葉が妙に気になっていることに。
真剣に考えようとすると、コンコンとノックの音がする。
まただ。RPGについて考えようとすると、邪魔が入る。・・・偶然だよな?とりあえず、返事をすると、カミールが「王様がお呼びです。」と言い、昨日の謁見の間まで案内してくれた。
行けば昨日と同じく、玉座にエイダン陛下、隣にシャルロッテ王女がいた。
違うのは、同い年くらいの美少女が2人と、イケメンが1人。
なんだろう、初めて見たはずなのに見覚えがある気がする。
どうしていいかわからず、黙っていると陛下が口を開いた。
「おはよう。朝早くからすまないが、貴殿に話がある。昨日、臣下達と話し合い、貴殿を王立ナスタチウム学院に入学してもらうことにした。」
「王立ナスタチウム学院?」
「ああ、魔法や剣、戦術などを学ぶ全寮制の学院だ。その学院で貴殿には力をつけてもらいたい。」
「俺なんかが入学できるんですか?」
「普通なら出来ん。だが、特例として私が入学を許可した。入学は1週間後だ。それまでに、この世界の最低限の知識を身に着けてもらう。」
「1週間、ですか…。」
そんな短期間で学べるものなのか?自信はないが、頑張るしかないか…。
「そして、学院では貴殿が勇者だということは、秘密にしてもらう。混乱を招きかねんからな。だが、1人では限界もあるだろうから、5人には正体を明かしておくことにした。その5人がここにいる者達だ。」
「5人ですか?初めて見る方は3人しかいないのですが・・・。」
「順番に紹介していこう。シャルロッテ。」
明らかに俺に対してとは違う優しい声で呼び、優しい眼差しを向ける。
「はい、お父様。わたくしはシャルロッテ・アメリ。ご存知でしょうけど、この国の王女ですわ。わたくしも学院に通います。まあ、わたくしは貴方とは違い、優秀ですけどね。」
「王女様まで、通うんですか?」
「当然ですわ。わたくしは、この国のために学ばねばならないことが、多いのですから。」
「ご立派なんですね。」
「将来、この国を背負う者として当たり前のことですわね。」
偉そうだと思っていたが、すごく自国を想う立派な人だったんだな。
「次は私でもいいかしら?」
その声の方を見ると、美少女の1人が控えめに手を上げていた。
腰までの真っ直ぐな銀髪、アメジストのような薄紫の瞳。花の飾りのついたヘアピンを付けている。似ている、と思った。けれど、すぐに頭から追い出す。思い出す必要なんてない。
「リリアーナ・フリントと申します。フリント公爵の娘で、母が王妃様の妹になります。つまり、シャルロッテ王女の従姉妹になりますね。不束者ですが、よろしくお願いします。」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
「そんなに緊張せずに、気軽にリリーと呼んでください。」
丁寧に挨拶してくれたけど、公爵の娘で王妃の妹の娘でもあるって、王族ってことか?
リリーなんて、あだ名で呼んでいいのか?
「リリー!駄目ですわ!この様な方に、そんな呼ばれ方!貴方、アキラでしたわね。リリーなんて呼ぶのは許しませんわ!リリアーナ様とお呼びなさい!」
キッと、こちらを睨みながらシャルロッテ様が声を上げる。どうやら、相当リリアーナ様を大事にしているらしい。
「もちろん、リリアーナ様と呼ばせてもらいます!リリーだなんて、恐れ多いですから。」
「ええ、それでいいのですわ。」
シャルロッテ様は満足気に頷いた。
その様子を見て、密かに肩を震わせている人がいた。
思わず、視線をそちらに向けると、イケメンと目が合った。
「次は俺ですかね。どーも、勇者様。伯爵家の次男、マーヴィン・ルイスです。寮では、貴方と同室になります。仲良くして下さいねー。」
ヘラリと笑った、緑の髪と目をした、チャラく感じるイケメン。堅苦しいタイプではなさそうなので、ルームメイトとして仲良くできそうだ。
「あ、カミールも同室ですからね。3人一部屋なんで。」
「え!?カミールは執事なんじゃ・・・」
「学院では、世話役を連れてけるんです。カミールは俺と貴方の世話役ですよ。」
驚いてカミールを見ると、カミールもこちらを見ていた。
「私は陛下に貴方様の世話役を命じられましたので、学院にも着いていくことになります。」
「そうなんですね、迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。」
「貴方様の方が私よりも立場が上なのですから、敬語など不用です。なんでも好きに、命じて下さい。」
「そうなんですか。あ、いや、そうか。よろしくな。」
今の俺の立場は世話役が付く程なのか・・・。
最後の1人の美少女は、メイド服を着た亜麻色のボブカットにピンクの目。蝶の飾りがついたカチューシャをつけた子。その子を見ると、にっこりと笑ってくれた。うん、可愛い。
「はじめまして、勇者様!シャルロッテ様の専属メイド兼護衛のエミリー・ウェルズです!私はシャルロッテ様とリリアーナ様の世話役として、学院に着いていきます。よろしくお願いしますね!」
明るい子のようだ。女の子の中にも、親しみやすい子がいてよかった。
紹介された全員をぐるりと見回す。すると、頭の中でパチンと音がして、モヤモヤした霧が晴れた。
そして、思い出す。なぜ、RPGという言葉が気になったか、初めてなのに見覚えがあったのか。
《キミと世界を》俺の元の世界のゲーム。
RPGでありながら、RPGはおまけと言われるほど、恋愛要素が強いゲーム。ここは、その世界だ。
嘘だろ・・・。確かに異世界転生とかの小説は人気だ。
でも、あれはフィクションだ。それに、そういう小説は女の子が悪役令嬢として転生して、最悪な未来を回避する。そういうものだろ。
いやだ、俺はただの大学生だ。剣なんて握ったことがない。殴り合いの喧嘩すらした事がないくらい、弱いやつだ。魔王なんて、倒せない。
「ちょ、どうしたんですか、勇者様?顔、真っ青ですよ!」
「俺は、俺は。」
帰りたい。帰してくれ。こんな世界、いやだ!!
力が抜け、座り込んでしまう。頭を抱え、ひたすら帰りたいと願った。
その様子に、周囲は困惑してるのがわかる。
でも、気にする余裕はない。
これ以上、話は出来ないと判断したらしく、カミールとマーヴィンに支えられ部屋へと戻る。
ベッドの上で頭まで布団に潜り丸くなる。
震える体を抱きしめ、目を閉じる。
昼食も夕食も食べず、ひたすら現実から目をそらす。
明日、起きたら俺はこの現実と戦わなければならない。
だから、今だけは、現実から逃げさせてくれ。
学院名は現実の花の名前です。
ネーミングセンスが無いので、花言葉に逃げました。