87話 ミカエル嬢の正体は……○○○!?
「……」
「……」
パチパチと火が跳ねる音を聞きながら、無言で焚火を眺める。
かれこれ2時間くらいはこうしているだろうか。
「……別に俺が起きてるから、眠かったら寝てもいいんだぞ?」
「ミーも起きてる、晴明サンが起きてるなら」
当然ですといった顔で答えるのは、向かい側に座っているミカエル嬢。
いったい何が面白いのか、俺が焚火の火を見続けているように、ミカエル嬢は俺の顔を見続けている。なんだろう、このカオスな空間は。
もちろん、俺達はただボーっとしているわけではない。
「しっかし、なかなかモンスターは来ないな」
「こないほうが助かる、デス」
いまはパプリコ村の外で焚火をしながら、はじまりの山から降りてくるだろう魔物の群れに備えているところである。
この場所にいるのは俺とミカエル嬢の二人きり。どうやってミカエル嬢とコミュニケーションを取ればいいのか、俺はいまだに掴めずにいた。コミュ障にこのシチュエーションは厳しいものがあるぞ。
「助けて、モミジマーン!」
「……? モミジチャン、リアンチャンと一緒デス」
……そう。俺の頼れる相棒であるモミジは、なかなか目が覚めないリアンちゃんについてもらっているのだ。
家康と子系子はもちろん王都にいるため、残った俺とミカエル嬢がはじまりの山の監視をすることになったのだが……。
「……」
「……」
ミカエル嬢は俺の話に反応してくれるものの、基本的に会話のラリーを続ける派じゃないらしい。俺が話を振らなければ、すぐに俺の顔を凝視する仕事に戻ってしまうのだった。
最初は掲示板でも眺めていようかと思っていたのだが、俺がウインドウを操作しても離れない熱い視線に集中できず、結局はユラユラと揺れる焚火の火を見て過ごすことにしたのだ。
うぅむ……しかし、ずっと火を見ているのも気まずいぞ……。
なにか話題を……。
「そういえば、会話は苦手なのにチャットでは日本語が喋れるんだよな」
「はい、デス」
せっかくだし、謎に包まれているミカエル嬢のパーソナルな部分を聞いてみよう。
「俺は喋るから、ミカエル嬢はチャットで返事してくれ」
『大和言葉は我ら魔の者には御し難い』
「めんどくさいから普通に喋ってくれない?」
『えっ、う、うん。わかった』
中二言語は意外と頭を使うのだ。めんどくさいのでダメ元で言ってみたワケだが、どうやら中二言語縛りではないらしい。
真剣な表情でウインドウを操作するミカエル嬢から、意外とかわいらしい口調でのチャットが返ってきた。
「どうしてチャットでは喋れるんだ? しかも、外国人には難しい中二言語を使えるし」
『ゲームを一緒にやってた人に教えてもらったの。自分でも勉強したんだけど』
「前に言ってた捜し人か?」
『うん』
外国人に日本語を教えて、あまつさえ中二言語を教え込むとは、親切な厄介者もいたものだ。
しかし、会話はカタコトで酷いものだが、チャットは日本人と言われても信じてしまえるほどにネイティブだった。きっとすごい努力したんだろうな。
そして捜し人の話をするときのミカエル嬢は、やはり嬉しそうな顔をしている。ウインドウを操作しながら思い出しているのか、口元が土砂崩れだ。全体的にふにゃふにゃしている。
『ニホンジンはイングリッシュ苦手だよね。ミーの出身はNYだけど、パパの仕事で数年前からトーキョーにいるの』
「なるほど」
『昔から本を読むの好きだから、文字の方はすぐに覚えられたんだ。でも会話が苦手だから、ニホンのゲームすると、みんな相手にしてくれなかった』
聞いていないのに勝手にパーソナルな部分まで話してくれている。もしかしたら、ミカエル嬢は会話が苦手なだけで、本当はおしゃべりな方なのかもしれない。
たしかに日本人は、英語が苦手な印象あるよな。俺も他のゲームでクランに外国人が入ってきて、コミュニケーションに苦労した思い出がある。
そういえば、ロブハンでもサタンに日本語を教えた記憶があったな。野良で狩りをしていたら英語で助けを求めているサタン(その時は名前が違ったが)を見つけ、英語検定準2級を取ったばかりで調子に乗っていた俺が、軽快に話しかけたのが出会いだったっけ。
あまりにも物覚えがよかったため、ノリで中二言語を教えたらサタンも面白がって使いはじめ、二人で中二言語縛りのロブスターハンターとかやったなぁ。まったくもって懐かしい。
……ん?
なんだろう、寒気が……。
『ずっとひとりでゲームしてたんだけど、やっぱり限界がきちゃって。そんな時にあの人が「なにか困っているのかいマドモワゼル? この英語堪能な私に任せたまえ!」って声をかけてくれたの』
「へ、へぇ……」
ど、どうしてかな。聞き覚えがあるセリフだ。
俺もサタンにそんなことを言って、「マドモワゼルはフランス語」とか言われた記憶がある。
よ、世の中には、似たことをしてるやつもいるもんだなぁ。
『イングリッシュはへたっぴだったけど、頑張ってミーと話そうとしてくれたのが嬉しくて。はじめてニホンジンでおともだちになったの』
「な、なるほどね」
『それからその人のクランにも入れてもらったんだけど、そこのみんなもすごく優しかった。ボイスチャットをしないクランだったから、会話が苦手なミーもすぐ馴染めたの』
「ボ、ボイスチャット無しクランとは、今時なかなか珍しいネ」
最近のゲーム機やパソコンには、標準でボイスチャット機能が搭載されており、ゲーム内でコミュニケーションをとるならボイスチャットが基本になっている。
数年前の大手ゲーム情報誌の統計では、クランの参加条件にボイスチャットを必須とするクランが9割という結果が乗っていたりするレベルだ。
そんな中でも頑なにボイスチャット禁止を唱え、チャットのみという古来よりのMMOスタイルを貫いていたのが、『アルベルトと愉快な仲間達』という俺達のクランであった。
単純に俺が話すのは緊張するからボイスチャット禁止にしてしまい、その条件を目当てにクランメンバーがどんどん入ってきた結果、後戻りできなくなっただけなんですけどね。今にして思えば、どう考えても効率悪いよね。よくアレでランキング上位に食い込めたものだ。
『みんなで楽しくゲームをやってたんだけど、あの人が急に「AFOをゲットした」って言いだして、ログインしなくなっちゃったの』
「ほ、ほう、急にね……」
急にAFOを手に入れてゲームをやめたヤツ……知ってるなぁ……。
『もともとゲームが好きだったんだけど、最近はあの人と一緒にいることが楽しくって。だからミーもパパに頼んで、すぐAFOを手に入れてもらったの』
「えっ、もともと持ってたんじゃないのか?」
『うん。ダメかなって思ったんだけど、パパが「かわいいミカの頼みなら、どうにかしてみせよう」って言って、数分後にはミーの家に届いたよ』
これってアレじゃない。ニュースでやってた、200万円で転売品を購入した外国の富豪じゃない。
家康の話を聞いた時から思っていたが、ミカエル嬢はかなりのお嬢様らしい。変なことを言ったら黒服のコワイ人が家にやってきたりしないよね。
『黒服? パパのところにはいるけど、ミーのところにはいないよ?』
パパのところにはいるらしい。かなりミカエル嬢を溺愛しているらしいし、ここで間違えたら人生が終わってしまう。なんてこったい、ココは地雷だらけだぜ。
『AFOをずっとやってるはずだから、ミーもやってたらきっと会えると思うの。でも、前のゲームと名前が違うみたいで……』
「へ、へぇ、名前が違うね……ち、ちなみに、前のゲームではなんてプレイヤーネームだったんだ?」
アルベルトじゃありませんように。アルベルトじゃありませんように。アルベルトじゃありませんように。アルベルトじゃありませんように。アルベルトじゃありませんように。
合掌して心の中で祈る俺を嘲笑うように、ふにゃりと顔面を崩したミカエル嬢が、捜し人の名前を嬉しそうに教えてくれた。
『あのね、アルベルトっていうの』
「サ、サ、ササ……」
サタンじゃねぇかあああああああああ!?
話の流れからそんな気はしていたが、ミカエル嬢はサタンだった。天使が悪魔とはどういうことなんだ。
サタンとルシフェルが同一視されたりするし、サタンとミカエルが兄弟だって伝説もある。あながち無関係ということもないのか?
いや、そんなことを言っている場合じゃない!
『サ?』
「サ!? サ、ササー……捜し人は、ア、ア、アルアルベルトって言うのネ! み、みつかるといいネ!」
『アルアルベルト? アルベルトだよ?』
クッ、動揺が隠せない!
いまのサタンから負のオーラは感じ取れないが、あのメンヘラメールを送った張本人だ。ここで俺がアルベルトだということがバレてしまえば、パプリコ村の防衛戦どころではなくなってしまうぞ。
きっと地の果てまで俺を追いかけてくるだろう。ってかたぶん殺されるよね、メールもスルーしてるし。
ここはどうにかアルベルトであることを隠し通さなければならない。
『晴明サン、だいじょうぶ? なんだか変だよ?』
「だ、大丈夫だ。オールグリーン!」
『……怪しい。やっぱり晴明サン、もしかしてアルのこと知ってる?』
「ファイ!? な、なんのことやら!?」
チャットを操作しつつ、どんどんジト目に変わっていくミカエル嬢。普段は感情が見えないだけに、なんだか俺の心が見透かされているように感じてしまう。
確かに俺はアルベルトを知っているどころか、本人なんですけれども。まさかこんな形でサタンと再開することになろうとは。ポチとの再開よりも衝撃的かもしれない。
『ずっと怪しいと思っていたんだけど、もしかして、晴明サンがアル――』
ピコン。
ミカエル嬢がついに真理へと到達しかけたその時、パーティーチャットの更新通知が届いた。投稿者は子系子であり、きっと王都側で何か動きがあったのだろう。
なんてベストタイミングなんだ!
ありがとう、救世主コケッコッコー様!
「お、おっとぉ!? パーティーチャットをチェックしなければぁ!? 残念だけど、この話はまた後でですねぇ!?」
「……」
ミカエル嬢が何かを言いたそうな顔をしているがスルーだ。いまはパプリコ村の危機だからね、仕方ないよね。どうにか命が繋がった。危ねぇ。
さてさて、救世主様の要件はいったいなんでしょうか。
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