8話 甘い誘いには裏がある?
あれからしばらくジジイの指さす方向に歩き続け、目的地に到着したのはクエストの残り時間が5分を切った辺りであった。20分以上かかるのがすぐそこだって? 田舎のコンビニ感覚で話すんじゃないよ!
「ほっほっほっ、ここでよいぞい」
そう言うと俺が背負った荷物の上から飛び降り、キレイに三回転して着地するジジイ。中●雑技団かなにかですか?
100キロオーバーの荷物とジジイを20分以上も背負って歩かされた俺は、力なく地面に倒れこむ。
もう……動けない……。
――そのまま数秒ほど意識が飛んでしまった。
このAFOにはSPが存在する。普通に歩く分には消費されないが、全力で走ったり、剣を振り回したり激しい運動することで消費されていく仕様だ。毎秒単位で自然回復するためそこまで気にする必要もないが、SPが切れると今の俺のように気絶状態になる。数秒間は意識が飛んで行動不能となってしまうのだ。
気絶状態で意識が飛ぶと言っても、現実のように「気が付いたら時間が経っていた!」みたいなことはなく、意識だけが別空間に飛ばされる感じだ。こうやって普通に思考は出来るし、ある程度のSPが回復すれば自動的に覚醒する。
しかし、極限の戦闘状態で気絶状態になることは、すなわち死を意味するだろう。このSPを管理しつつの回避や攻撃が難しく、プレイヤースキルが直結するAFOの面白い部分でもあるのだ。
まさか初めてSP切れの気絶状態になるのがジジイの荷物運びとは思わなかったけど……ここは実戦前に経験することができてよかったと思っておこう。そうでもしないと、久しぶりにキレちまいそうだ。屋上へ行こうぜ……。
「さて、ちょっと待っておいてくれるかのォ」
そういうと、目の前の建物に消えていくジジイ。よく見ると農具を売っているお店らしい。店先にはクワやナタなど農業に使う道具が立てかけてあった。クワの値札を見ると2000G。400スライムか。クワって結構高いんだな……。
しばらくボーっと待っていると、中から40歳くらいの筋骨隆々の男が出てきた。男は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに俺を睨んだ後、特に何も言わず俺が背負っていた荷物をざっと確認し、片手で軽々と持ち上げて建物に戻っていった。
の、農具店の店員鬼強ェ……。
「それじゃあ帰るかのォ」
店員が消えて数分後、ジジイが軽い足取りで店から出てきた。
どうやら用事が済んだようで、すぐにどこかへと歩き出そうとするジジイ。
ちょっと待て。
「オイ、報酬を払えジジイ」
「はて、なんの話かのォ?」
そう言いながら惚けた顔で振り返るジジイ。こいつ、いい度胸してやがるぜ。今更ボケ老人で押し通せると思っているのか?
「『助けてくれたらお礼を弾む』って最初に言ってただろうが!」
「そういえばそうだったかのォ」
そういって渋々と懐を探り出すジジイ。
「ふむ、これでいいかのォ?」
「最初からつべこべ言わずに出せば……」
巾着にもいれずゲンナマ。
手のひらにチョコンと重なる5枚のコイン。
どう見ても5Gである。
【『労働クエスト:お年寄りは大切に』を完了しました!】
【報酬:5G】
達成されてしまった。しかも通知を見る限り、本当に報酬は5Gらしい。
「こんだけ苦労して1スライムかよォォォ!」
ガキのお使いじゃないんだぞ!? こんなハシタ金じゃ、う●い棒ですら買えない!
思わず膝をつき涙を流す。AFOで初めて流した涙は、リアルと同様にしょっぱかった。こんなところまでリアルに再現しないで欲しい。みじめな気分になるじゃないか。
「なんじゃ、不満なのかえェ?」
「不満も不満! 大不満じゃ!」
SPが切れるまで働かされて5Gじゃ釣り合わない。
どう考えてもこのジジイは悪徳老人だ。ボケ老人のフリをして若者を騙しこみ、老い先が短いのをいいことにやりたい放題のわがまま三昧で若者を困らせ、助けたところでその本性を現して飛び跳ねて笑う。キレて暴力を振るえば若者が悪、無視をしても若者が悪、助けても若者が損をするだけの袋小路だ。関わった時点で若者の負け。こんな社会、腐ってやがるぜ。
「……ジジイ、ジャンプしろ」
「こうかの?」
言われたままに飛ぶジジイ。
ジャララン! と大量の金属が擦れあう重めの音がジジイの懐から聞こえた。
「テメェ!」
「ほっほっほっ、農具が高く売れて懐があたたかいのォ」
「その金を寄越せ!」
懐の金を奪おうとすると、ジジイと取っ組み合いになった。これ幸いと俺の方が身長が高いことを利用し、上から覆いかぶさるように全体重をかけて押し込もうとするが――ジジイは1ミリも動かない。
こ、このジジイ……なんて体幹をしていやがる!?
力を受け流すように体重を移動する柔軟性。組んだ腕にこもる力も決して俺に劣るものではない。いや、むしろまだ力を余しているように見える。
コイツ、本当にジジイか!?
「ほっほっほっ、落ち着け若者よ」
そう言いながら素早く体を潜り込ませ、柔道の山嵐のような技をキメて華麗に俺を投げ飛ばすジジイ。ジジイを圧し潰そうとしていた力ごと、思い切り俺は地面へと叩きこまれてしまった。
い、息が……できない……!?
「なぜワシが強いか。その秘密を知りたければ、最後まで手伝うことじゃ」
「か……関係ないね……俺は、冒険者ギルドに……行くんだ……」
俺は冒険者ギルドで冒険者となり、メインストーリーを進めていくと決めているのだ。こんなワケのわからないジジイの強さの秘訣とか探っている場合ではない。
さっきはジジイの詐欺師的な話術に騙されてしまったが、もう手口も分かっているんだ。何を言われても絶対に手伝わないぞ!
「今度こそ、報酬を弾むんじゃがのォ」
「ふん、その手が2度も通用するほど俺はアホじゃないぜ。一昨日来やがれクソジジイ」
【『特殊クエスト:もっともっとお年寄りは大切に』が発注されました】
【報酬:5000G】
「――我が師匠。その強さの秘訣を不肖、安倍晴明めにご教授ください」
【『労働クエスト:もっともっとお年寄りは大切に』を受注しました】
5000Gは見逃せないよね。レナードさんのクエストの10倍、ジジイのさっきのクエストに比べれば1000倍の報酬額である。一気にお金持ちだ。
……そういえば、以前テレビでやっていた詐欺特集で『一度無茶な要求をしておいて断らせた後、本当に通したい要求を通しやすくする』みたいな手口が紹介されていた。5Gというゴミ報酬でハードルを下げた後、5000Gと一気に値段をつり上げることで俺の判断能力を奪う手口の可能性も……?
いや、考えすぎか。このボケジジイがそんなに頭イイわけがない。
「ほっほっほっ、いいじゃろう。では、その荷物を持ってついてまいれ」
そういうジジイの前には、さっきより一回りほど小さい荷物が目の前に置かれていた。中身はどうやら野菜らしい。おいしそうなネギがカバンからはみ出ている。
持ってみると確かに重いものの、さっきの100キロ(推定)を経験した後では羽毛のように軽く感じた。これを運ぶだけで5000Gとは、なんともオイシイクエストじゃないか。さっさと終わらせて報酬を分捕り、今度こそ冒険者ギルドに行こう。
「それで、師匠。これをどこまで運べばいいんですか?」
俺は心の中でなんとか納得すると、先導して歩き始めたジジイに声をかける。
スタスタと歩き始めていたジジイは、俺の声を聞くと立ち止まってゆっくり振り返り……ニタリといやらしい笑みを浮かべた。
「山の向こうじゃ」
『オイシイ話には気を付けなさい』。
そういえば小さい頃からよく言い聞かされてたっけ。
母さん、やっぱり貴女は正しかったよ。
「ふざけんなああああああ!」
俺のAFOライフはまだはじまったばかりだ……。