7話 お年寄りは大切に
初めてのクエストを達成し、500Gという大金と『紅葉石』という換金アイテムを手に入れてウハウハな俺。
鼻歌を歌いながら大通りを進んでいると、醤油を七輪で焼いたような香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
このゲームには空腹などのステータスは存在せず、食事は一定時間のステータスアップや嗜好品の意味合いが強い。これから魔物を狩りに行くわけでもないため、いまは特に必要ないのだが……。
「でもやっぱり食べちゃうよね~」
この世界で初めての食事であり、しかも今は臨時収入で懐は暖かい。
何事も経験してみないとね!
匂いに誘われるように歩みを進め、大通りの隅っこにポツンと立っている屋台を発見した。看板を見るに、焼きおにぎりのお店らしい。焼きおにぎり一個で20G。つまり4スライムだ。意外と安いのかな?
しかし、このゲームの世界観がいまいち分からん。中世ファンタジー風の街並みと焼きおにぎりの屋台。完全にミスマッチである。
「おっちゃん! 焼きおにぎり一個ちょうだい!」
「あいよ! すぐできるからちょっと待ってな!」
店員に注文をすると威勢のいい声が返ってくる。どうでもいいけど、レナードさん含めこの町のオッサンはみんな声がデカイな。表情も明るいし景気がいいのだろうか?
「へい、お待ちどうさん! 20Gだよ!」
「これでお願い」
「ちょうどだね、どうも!」
インベントリから20Gだけ取り出し、オッサンに手渡す。自分の稼いだお金で、そしてこの世界で食べる初めての食事は……。
「――う、うめえ!」
なんだこれ!? おいしすぎる!
醤油を塗って七輪で焼いた表面はパリっとしていて、ところどころおこげになりつつもコゲ臭くはない絶妙な焼き加減。そして一口かじるとふわふわの白ご飯が登場だ。炊き立てのように一粒一粒がつぶだっており、噛めば噛むほど米粒の組織が破壊され、中からお米本来の甘みが滲み出して醤油の旨味を引き立てていく。
こ、これは……お米の宝石箱や!
自分で言っていて意味わからないけど!
太陽の光を反射してキラキラ輝くご飯粒がドンドン食欲を増進させていく。一心不乱にかぶりつき、気が付いた時には手から焼きおにぎりが消失していた……。
「お、おっちゃん! もう1個……いや、もう3個くれ!」
「あいよ!」
思わず追加で注文してしまった。えーっと、合計4個で80G。16スライムだ。つまりスライムを16匹狩れば取り戻せる。
「へい、お待ち! 坊主はうまそうに食ってくれるから、1個おまけしといたぜ」
「ありがとうオッチャン! いままで食べてきた中で、二番目にオイシイ焼きおにぎりだよ!」
「一番じゃないんだな……」
オッチャンが微妙な顔をしているが、そこは譲れない。もちろん一番は母さんが作った焼きおにぎりである。母さんの愛情、プライスレス。
しかし4スライムも得をしてしまった。見た感じNPCのはずなんだけど、こんな人情味あふれるNPCもいるんだな。レナードさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ。
焼きおにぎりの効果を確認してみると、【SP:+20 守備力:+10% [効果時間:00:59:50]】となっている。1つ食べても2つ食べても変わらなかったから、ひとまず同種の重ね掛けはできないようだ。1時間の時間制限があるとはいえ、焼きおにぎりを食べるだけで守備力が10%もアップし、SPも回復するとはかなりオイシイ。二重の意味で。
俺は焼きおにぎりを食べつつ、ギルドに向かっての歩みを再開した。
しばらく歩くと、先ほどレナードさんに誘拐された地点まで帰ってきた。道の反対側に見える火を吹くドラゴンの看板を掲げた建物が冒険者ギルドだったはず。これでやっとメインストーリーを進められるぜ。
反対側にどうやって渡ろうかと考えていると、遠くに道路を横切る白と黒の縞縞模様が見えた。どうやら横断歩道があるらしい。ファンタジーとは……。
横断歩道では旗を持ったプレイヤーが誘導を行っていた。胸には冒険者ギルドの看板と同じマークのバッジをつけているが、あれもクエストなんだろうか?
プレイヤーとノンプレイヤーキャラクターの見分けについては、頭の上に表示されているアイコンで可能だ。プレイヤーは頭の上にキャラクター名が表示される仕様になっている。
対して管理AIを除くNPCには名前が表示されず、直接聞くまで分からないし、聞いても答えてくれるとは限らない。これもまた自分でストーリーを進めていって欲しいという運営からのメッセージであろう。
ひとまず横断歩道まで行き、馬車の流れが止まるのを待つ。すると隣に大きな荷物を背負った爺さんが並んできた。爺さんの体は俺の半分くらいなのに、荷物が俺の2倍くらい大きいんだけど……あ、めっちゃハァハァ言ってる。これは確実にキャパシティーオーバーだ。
しかし、これも経験である。今回あれだけの大荷物を持って苦労した爺さんは、次回はもっと少なくしようと学ぶだろう。そうして身を持って学んでいくのが人生だ。心苦しいがこれも爺さんのため。ここで俺が助けてしまうと、次もきっと誰かが助けてくれるだろうと同じ事を繰り返し、他人の助けなしでは生活できない廃老人の完成である。つまり、ここは助けないのがベターだ。なにより厄介事の予感しかしない。
あばよ、爺さん! 来世では半分の荷物で挑戦するんだな!
ちょうど横切る馬車が一段落し、誘導係のプレイヤーが旗を振って歩行者の誘導をはじめた。俺は心を鬼にして爺さんを無視。冒険者ギルドに向かって横断歩道を渡り始める。
「ア――――! 鬼辛いのォ! 老人にこの荷物は無理じゃのォ!」
なんか後ろで爺さんが喚き始めた。しかも荷物を地面に降ろしており、完全に渡る気がなさそうだ。
【『労働クエスト:お年寄りは大切に』が発注されました】
「誰か手伝ってはくれんかのォ! イタタタ、腰がイタイ! ワシ、死んじゃうかも!」
嘘つけジジイ。死にそうなヤツがそんな大声で叫べるわけがない。
俺は無視して横断歩道をズンズン進んでいく。
何を言われても絶対に助けないぞ!
「ア――――! 助けてくれたらたんまりお礼も弾むのにのォ!」
「大丈夫ですかご老人? 私が手伝いましょう」
やっぱり人生の先輩は敬わなきゃね!
【『労働クエスト:お年寄りは大切に』を受注しました】
「おー、ほうかほうかァ。助かるのォ」
「いえいえ、これも何かの縁です。それに人間、助け合って生きていかなければ!」
「とてもよい心がけじゃのォ。ほれじゃあ、これとこれと、これを頼むぞい」
そうしてポンポンと俺の背中に荷物を乗せてくる爺さん。
「お、重ッ! ――って待てジジイ! 全部運ばせる気かよ!」
「最近は耳も遠くてのォ……いやァ、助かった助かった……」
露骨にボケ老人のフリをして横断歩道を先に進んでいくジジイ。重い荷物から解放された足取りは軽く……あのジジイ、軽くスキップしてないか?
「ク、クソ……! 横断歩道渡った先で絶対に殺してやる……!」
クエストを受けた手前、捨てることも出来ず、大量の荷物を背負って俺も横断歩道を渡り始める。
しかし、これがあまりにも重い。100kgくらいあるんじゃないかこれ。あのジジイ、さては相当体力あるな?
「馬車詰まってるんで、早く渡ってくれません?」
「は、はい。すみません……」
誘導用の旗を肩でトントンするプレイヤーに急かされつつ、えっちらおっちら横断歩道を渡る。
いや、あなたも一部始終を見てたでしょう。どう考えても俺は悪くない。そんなに文句言うなら手伝ってくれたっていいのに!
「アンタさっきクエスト受理してたでしょ。パーティーメンバー以外は手伝えないんだわ」
「しょ、しょーゆーこと……」
そういえばさっきクエスト受理の通知があった気がする。どうやらクエストにはいろいろな制約があるみたいだ。ギルドに着いたらちゃんと説明を聞かないとな。
「俺が手伝ったらクエスト失敗になるかもしれないけど、手伝うか?」
「結構です……」
くそ! ニヤニヤしながら見やがって! お前もお年寄りは大切にしろ!
しかしゲームの筋力補正が働いているのか、とても悔しいことに持てないということもない。壊れかけのロボットのようなガタガタな動きで横断歩道を渡っていく。
「や、やっと……渡れた……」
「ほっほっほっ、おつかれさんおつかれさん」
なんとか渡り切った俺は思わず道路に倒れこむ。ひさしぶりにお箸よりも重いものを持った気がするぜ。明日は全身筋肉痛になりそうだ。
しかし、これでクエストも達成。報酬をもらってジジイとはとっととオサラバし、冒険者ギルドに行くとしよう。
「ジジイ、報酬を……」
「それじゃあ、ついでにこのまま運んでもらおうかのォ」
ダメでした。クエスト達成の通知もないし、まだジジイに扱き使われなきゃいけないらしい。
……クエストの放棄ってどうやるんですかね?
「ほれ、さっさと立つんじゃ。目的地はすぐそこじゃから、もう一踏ん張りじゃ」
「クソジジイ! 絶対に殺してやる!」
「ほっほっほっ、余裕そうじゃなァ。それじゃあ、ワシもついでに運んでもらおうかのォ」
そう言うとジジイは軽々と俺の体を上り、荷物の上で胡坐をかく。いや、どう考えても余裕なのはジジイだろ。なめてんのか?
荷物を揺すったりしてどうにか落とそうとするも、体幹がいいのかまったくブレず、どっしりと腰を落ち着けている。
「ふむ。日暮れまでには着きたいのォ」
【『労働クエスト:お年寄りは大切に』に時間制限が設けられました】
【残り時間:30分】
「時間制限!? そんなのアリかよ!?」
「ほっほっほっ、夕飯は何にしようかのォ」
「チ、チクショウ!」
仕方ない。腹を括ろう。それにこれだけ苦労してるんだ、報酬もかなりイイはず。すべては報酬のため。よし、納得した。
あまりの重量に軋む体を強引に動かし、諦めてジジイの指さす方に向かって歩きはじめる。
「オヤ、こっちじゃなかったのォ。オオ、あっちじゃあっち」
「ふざけんな!」
やっぱり納得できない!