6話 初クエスト達成!
『ユアストーリーシステム』。AFOに実装された数ある画期的なシステムの中でも、目玉システムの一つである。
『アダムス・フューチャーズ・オンライン』……通称『AFO』は、日本語訳で『征服されない未来』と題されたRPGゲームである。世界の大半を魔族が支配する世界で、いまだに抵抗を続ける大陸『アドイルシオン』。プレイヤーは迫りくる魔族の脅威を退けつつ被支配地域を開放しながら、魔族の親玉である魔王を倒すというメインストーリーが存在する。
このメインストーリーはストーリークエストを達成していくことで進んでいくのだが、プレイヤーの行動の結果によって枝分かれしていき、エンディングもすべてのプレイヤーで異なるとまで言われているマルチエンディング方式だ。それこそNPCとの会話一つ、選択一つでストーリーは無限に広がっていく。
レベルをあげてストーリーを進めていき、最終的には魔王を倒すという王道を抑えつつも、そのストーリーや結果は千差万別。王道勇者をロールプレイするもよし、どこかの国に仕官して騎士となるもよし、生産ジョブで異世界ライフを謳歌するもよしという、正に第二の人生がここにあるだ。この自由さこそ、AFOの魅力の最たるモノとも言えよう。
ゲーム配信も運営がOKしているらしく、ゲーム実況界隈でも最も注目されているゲームのようだ。ストーリーがみんな違うのだから、見る専門にとっても無数にストーリーが広がっていくようで心躍るものだろう。
アンナイシーノさんに教えてもらった冒険者ギルドへ行き、冒険者登録をすることで最初のストーリークエストが解放されるのだが……。
「おいガキ! 手が止まってるぞ! さっさとそっち片付けてこっちを手伝え!」
「はい!」
あれから俺は馬車のオッサンにドナドナされ、商会の倉庫で荷物整理の仕事を手伝わされていた。おかしい、俺が想像していたRPGと違う。
俺を連行したオッサン……レナードさんは、このはじまりの町の商業区の一角で『レナード商会』という、そこそこ大きい商会を構える商人であった。
俺が受理した『労働クエスト:商人の荷物整理』は、メインストーリーとはまったく関係のないサブストーリーだ。路銀を稼いだり、マーチャントのジョブについたプレイヤーであればレベル上げにも使ったりするクエストらしい。絶賛無職の俺には、もちろん経験値は欠片も入らない。お金もらえるのは嬉しいけどね。
――しかし、よくよく考えてみればこれは人生初のアルバイトではないか?
現実では最近までアルバイトができる年齢でもなかったし、高校生になってからは一歩も外に出ておらず、もちろんアルバイトなどしてはいない。そう思うと、汗水を流して労働に勤しむ自分の姿に感動を覚える。
母さん……貴女の息子は、いま立派に働いています……!
「レナードさん、働くって素晴らしいですね!」
「お、おう。なんだよ急に気持ち悪ぃな」
素直な感想を述べただけなのだが、レナードさんの顔が少しひきつっていた。でもそんなの関係ない。
俺はいま歯車の一部として、確かにこの世界に貢献しているんだ!
「薬草バラ売り50Gはコッチ。まとめ売り480Gはコッチ。ポーション類は全部バラ売りでコッチの棚。HPポーションは500G、MPポーションは800G。上位互換のハイポーションはそれぞれ1.5倍と……」
AFOの通貨単位はこれまた王道のゴールド。我々ゲーマーにとって、最も馴染みの深い通貨と言っても過言ではないだろう。
レナードさんが言うには、最弱の魔物である『スライム』を倒して手に入るのは5Gらしい。つまり薬草は10スライム、HPポーションは100スライム、MPポーションは160スライムである。
「なんだガキ。お前、意外と飲み込み早いじゃねえか」
「そうかな? よくよく考えたら物価とか知らないし、アルバイトついでに知識を増やせると考えれば意外とオイシイ気がして、ちょっとやる気出てきた」
「そうか。頑張ったら報酬も弾むからな」
「そんな簡単に乗せられたりなんてしないんだからね!」
「露骨にスピード上がったな……」
乗せられたわけじゃない。乗せられたわけじゃないけど、俺が持つすべての力を使って早く終わらせよう。はやく冒険者ギルドに行って冒険者登録もしないといけないしね!
そうして、もくもくと作業を進めること2時間。
「よし、これで最後だ!」
荷馬車の中はついに空となり、商品が入った木箱の中身もすべて陳列し終わった。
「お疲れさん。猫の手を借りるくらいの気でいたが、なかなか役に立ったぜガキ」
「社長あざっす! 勉強させていただきました!」
丁寧にペッコリ45度。完成された社畜の姿にレナードさんもニッコリだ。
「計算も早いし物覚えもイイ。商人に向いてるぜガキ。ジョブはマーチャントにしてウチの商会で働かねえか?」
「謹んでお断りさせていただきます」
丁寧にペッコリ90度。労働の楽しみを知ったさすがの俺も、剣と魔法のRPGの世界で商人になるつもりはない。血沸き肉躍る戦いの中で刹那的に生きていく。それが男ってもんだ。そうだろう、アンナイシーノさん?
頭の中でアンナイシーノさんがサムズアップしてくれた気がした。
「そうか。まあ、気が変わったら連絡してくれや」
本気で勧誘するつもりはなかったのか、サッパリとした対応をするレナードさん。すぐ諦められるのもそれはそれで癪だ。
そんなにアッサリと引かなくてもいいじゃない。女の子の大丈夫は、大丈夫じゃないんだから! 言わなくても気が付きなさいよ鈍感!
素直になれない令嬢よろしくハンカチを噛みながら睨みつけるが、どこ吹く風と商品を整理するレナードさん。
【『労働クエスト:商人の荷物整理』を完了しました!(高評価)】
【報酬:500G、レナードの紹介状】
【特別報酬:???】
「ほれ、報酬だ」
懐から巾着のようなものを取り出し、俺に渡してきた。見てみると金貨が入っており、500Gと表示されている。初めての労働の対価である。
そう、俺はお金を稼いだんだ。無機質な金属の塊のはずなのに、なんだかあたたかく感じる。フフッ、はじめてのバイト代で母さんに花でも買って帰ろうかな。
「それから、ウチで買い物する時はコレを見せな。3割引きで売ってやる」
ササッと紙に何か書くと、俺に渡してきた。
アイテム名は『レナードの紹介状』。どうやら割引券のようなモノらしい。はじまりの町のレナード商会限定だけど、序盤でアイテムを安く購入できるのはかなりオイシイのではないか?
「しゃ、社長……!」
なんていい人なんだ……!
この人にだったら抱かれても……いや、やっぱ無理だわ。あの分厚い唇と雑草のように生えた髭。完全にカタギじゃない顔に筋骨隆々な身体。ちょっと生理的に無理ッスわ。
「あん? なんだその目は気持ち悪ぃな」
「すみませんなんでもないです!」
意外と鋭いのもいただけない。俺はそっと心に決めた。買い物にはレナードさんが店番じゃない時に来よう。客で来たら足元を見られそうだし。
「それじゃあ、俺はこれで」
「待て、ガキ。これも持っていけ」
颯爽と去ろうとした俺を引き留めるレナードさん。そんなに引きとめて話をしたいなんて、俺に気があるのだろうか。
もう放っといてよ! 契約が終わった今、あたしは過去の女なんだから!
「その気持ち悪ぃ目はやめろ。言っただろ、頑張ったから特別報酬だ」
そう言って何かを放り投げてくるレナードさん。キャッチに失敗して拳大の何かがオデコできれいにポーンと跳ねた。
「アイタタ……」
床に転がった何かを追いかけ拾い上げる。まるで紅い葉をつけた大樹が大きく枝を伸ばしたような、キレイな模様が入った石だった。
そう、どう見てもただの石である。
え? 特別報酬が石ですか? イジメ?
もっと武器とか便利アイテムとか、石は石でも宝石とか欲しかったんですけど?
「不満そうな顔だな。まあ、ガキが何を考えているかは分かる」
レナードさんは軽く頷きながら俺からその石を奪うと、壁にかかったランタンにかざす。爛々と燃える火の明かりをその身に受け、枝枝の紅い葉がザワザワと風に揺れているように見えた。
「これは遠い異国で取れたっつー、『紅葉石』ってもんだ。その国では寒くなってくると木々が黄色や赤色に色づき、それを紅葉つって有難がって眺めるらしい。その紅葉が石に入り込んだような模様をしてるから『紅葉石』なんだと」
「へー」
「興味なさそうだなオイ。これでも珍しいモンだからな。同じ重さの金以上の値打ちがあるぜ」
「前前前世から趣味は石集めです!」
いやあ、よくよく見るとキレイな石じゃあないか。これは間違いなくそんじょそこらの宝石より価値があるね。な●でも鑑定団で培った俺の審美眼をなめてもらっちゃ困るぜ!
そそくさと『紅葉石』をイベントリに入れる俺。それを胡乱げな目つきでみているレナードさん。
「俺はそういう珍しいもんが好きでな。それも自分用に行商で手に入れたもんだが……俺よりガキが持ってた方が、なんだかその石も喜ぶ気がしてよ。商人の勘ってヤツだな」
「さっすが社長! 見る目がありますね!」
「気持ち悪ぃから媚るな」
まったく社長も素直じゃないんだから。そんなことを言いながらそっぽを向いて、ちょっとホッペが赤くなったり……とかはしていないようだけど、きっと悪い気はしていないはず。
なにはともあれ、クエストの正当な報酬としてもらうモノだし、ここはありがたくもらっておこう。お金に困ったら売ってもいいしね。
クエストの完了通知では、特別報酬が『???』ってなっていたけど、どういう基準で選ばれたんだろう? この不確実性もまたユアストーリーだったりするんだろうか。
う~~~ん、なかなか奥が深いぜAFO。
「それじゃあ今度こそ、ありがとうございました」
「おう! 今度は客として来いよガキ!」
しょうがないから、レナードさんが店番の時もたまには買いに来てやろう。
そうしてちょっぴり大人になった俺は、やっとこさ冒険者ギルドを目指して歩きはじめるのであった。




