5話 今度こそ初ログイン!
そんなこんなで、心の友たちに励まされた俺は、再びAFOの世界に舞い戻ってきた。
「ステータス!」
自分のステータスを脳裏に表示する。
これも不思議な感覚で、文字や数字が頭に自然と浮かぶような状態だ。意識してフォーカスをすれば自分が見たいステータスが浮かび上がり、さらに詳細に閲覧することもできる。
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:1
種 族:人間族
職 業:無職
H P:10
S P:8
M P:5
攻撃力:5
守備力:3
魔攻力:2
魔守力:2
敏 捷:5
器 用:3
運命力:10
スキル:なし
魔 法:なし
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キャラクターネームは何度見ても『安倍晴明』。俺の本名である。
ただし、『アベノセイメイ』ではない。『アベハルアキ』と読む。
これには、ミーハーな母さんが「せっかくだから有名人と同じ名前にしたい!」と言って『セイメイ』と名付けようとしたその時、いまさっきまで母親の腹の中にいた生後0ヵ月の俺が、「ハルアキ!」とキレイな産声を食い気味に上げたことで見事阻止したという逸話があったりする。信じるか信じないかは貴方次第です。
とはいえ、このAFOにはキャラクターネームのフリガナなんて存在しないため、いくら俺が「アベハルアキです」と言ったところで意味はないだろう。これは俺の15年間が保証している。最後の方はめんどくさくなって、ホームルームの出欠で『アベノセイメイ』って呼ばれても気持ちよく返事をしていた。諦めって肝心だよね。
それに『アベハルアキ』って名前より、『アベノセイメイ』って名乗ったほうがHNっぽい。このゲームをプレイすると決めたわけだし、やはりトラウマはあるけど『アベノセイメイ』と名乗ったほうがいいだろう。
そしてキャラクリ時、オペレーターに弄ばれた外見。
リアルの俺の容姿を残しつつも、どことなく陰陽師な俳優に寄せられている気がする。中性的な顔立ちと切れ長な瞳、色白の肌に華奢な体躯はアジアンビューティーを思わせる。遠目から見ればクールな美人に見えなくもないかもしれない。これぞゲームという超絶美化された姿だった。
しかし、そんなことよりも。
この顔になったからには、アレをやらずにはいられない!
「ややこしいや~、ややこしいや~」
首を傾け、右に左にゆっくりとステップ。不気味ながら、ちょっとだけ癖になるこのリズム。これを子供の頃に真似したら母さんは大爆笑していた。俺の鉄板ネタだ。
「おい! 道路のド真ん中に突っ立ってんじゃねえ! 轢いちまうぞ!」
「ヒィ! ごめんなさい!」
横っ飛びに身体を投げて緊急回避。ロブハンで培った回避技術がさっそくこのゲームでも活かされている。考え事をしていたら道路に出てしまっていたらしい。馬車を運転している御者のオッサンにめちゃくちゃ怒鳴られた。コワイ!
ここは『はじまりの町』。AFOにログインしたら一番最初に降り立つ、まさにこのゲームのはじまりの町である。大きさは東京ドーム3個分くらい? まあ、東京ドーム行ったことないんだけどね。
町を十字に切るように大通りが存在し、ざっくりと左上が商業地区、右上が農業地区、左下が歓楽地区、右下が住宅地区になっている。
AFOの舞台となる大陸『アドイルシオン』の西端に位置し、ここからどんどん東に進んでいくことでゲームも進んでいく。まず最初はこの『はじまりの町』周辺でレベルを上げ、街道を東に進んだ場所にある『第一の国 アルヒド王国』を目指すのが常道である。
――以上、すべて案内AIの受け売り!
馬車を避けて三回転ひねりで着地した道の端っこ。そこにはデカイ地図に手足をつけた不気味な物体が立っていた。頭の上にキャラクター名があったので確認すると、『チズデー・アンナイシーノ(案内AI)』と書いてある。どうやらこの不気味なキャラクターは案内AIらしい。ちょっと腰が引けつつも案内を頼んだところ、先ほどの情報をざっくりとカタコトなロボット言葉で教えてくれたのだった。
ちなみに、俺がさっきまで突っ立っていたのは、十字になっている大通りのまさにど真ん中。それは邪魔だよね。
「ワカッタカ?」
「なんとなく。それで、俺はまずどこに行けば?」
「オオドオリノ、チョウドハンタイ。アノ、ヒヲフクドラゴンノマーク。アレ、ボウケンシャギルド。アソコデ、チュートリアルウケロ。コノ、ウスノロ」
「は、はい! ごめんなさい!?」
なんか急に罵倒されたので咄嗟に謝ってしまったが、これは俺が悪いのか? なんだか俺に対してのアタリがキツくないかこの世界?
「ブキミナキャラクター、ッテイッタ。カンリAIハ、プレイヤーノイシ、ヨミトレル。ソロソロマナベ?」
そうだった! すいませんでしたアンナイシーノさん!
俺は反射的に地面に膝をつき、深々と土下座をする。
その俺の肩をポンポンと叩き、ニヒルに地図を歪めて笑いながら「ガンバレヨ、ルーキー」と声をかけ、後ろ手を振りながら去っていくアンナイシーノさん。
なんてデケェ背中なんだ、アンナイシーノさん。俺もいつかはアンナイシーノさんみたいなカッコイイ男になろう。そう俺は心に誓った。
ひとまず立ち上がり、膝とオデコについた砂を払う。そしてハタと気が付く。そういえばこれ、ゲームだったと。冷たい地面に額をつける感触や、風で舞う砂が肌に張り付く不快感。まったくもってリアルと同じだ。
いや、待て。
なぜこんな悲しい理由で技術の進歩を実感しなければいけないのか。
ふつうは現実世界と変わらない食べ物の美味しさや味覚の再現に感動したり、魔物との命のやり取りでこの世界の生を実感したり。
そうそう、ああやって全速力でコーナーを攻めてくる女の子とぶつかってラブロマンスがはじまったり――――。
「――ギャァァァアアア!」
「ふぎゅっ」
ちょうどよい位置にあった少女の頭が顎にクリーンヒットし、掬い上げるようにアッパーカット。俺はわけもわからず上空へと吹き飛び、そのまま受け身も取れずに頭から地面に垂直落下して犬●家(陸ver)を披露してしまった。
痛覚がないゲームでよかった。そして町の中でよかった。AFOの場合、闘技場や訓練場などの特殊な施設を除き、街中でダメージを負うことはない。もちろん今回もダメージを受けてはいなかった。
しかし、魔物の攻撃がどれほどのものかまだ知らないが、確実にこの少女の頭突きには遠く及ばないだろう。痛覚がないのに危うく意識が飛びかけた。
「ひ、ひたひ~……」
少女は頭を押さえてうずくまっている。俺よりも頭2つほど低い身長と、その舌足らずでハイトーンな声から察するに、おそらく幼女。
絹糸のような細く柔らかい金髪を腰まで伸ばし、純白のワンピースに身を包むその姿は正しく天使。これで頭に輪っかがついてたら……ん? よくみたら輪っか、ついてない?
「き、君はもしかして俺のエンジェル!?」
天使はいたんだ! 謎の魚雷天使美幼女転校生だ!
「ヘ、ヘヘッ……お嬢ちゃん、あそこの道の脇でオジサンとイイコトしないかい?」
「ひゃぁ! ぎょ、ぎょべんばぱい~~~!」
両手をワキワキ動かしながら近づいていくと、華麗なカットバックで俺の横をすり抜け、そのままはるか向こうの角へと消えていった。まさかアイ●ールド21の正体は幼女だったのか?
「なんだったんだいったい……」
俺は茫然と立ちつくしてしまった。それは晩夏にやってくる台風のよう。不意打ちのようにやってきて散々暴れまわった挙句、いつのまにか去っていき温帯低気圧へと変わってしまうのだ。
このゲームを開始してほんの数分でこのアクシデントの連続。既に心が折れそうである。
しかも、あろうことか……。
――母さん以外の異性にエンジェルという敬称を使ってしまった!
違うんだよ母さん! 俺が愛しているのは母さんだけで、浮気じゃないんだ!
だってしょうがないじゃん! 天使だったんだもん! 輪っかついてたんだもん!
ほんとだもん! ほんとにト●ロいたんだもん!
「おい! 道路のド真ん中に突っ立ってんじゃねえ! 轢いちまうぞ!」
「ヒィ! ごめんなさい!」
横っ飛びに身体を投げて緊急回避。考え事をしていたらまた道路に出てしまっていたらしい。馬車を運転している御者のオッサンにめちゃくちゃ怒鳴られた。コワイ!
ってかあれ同じオッサン? これってもしかして「ようこそ! ここは『はじまりの町』だよ!」みたいな、RPGによくいる定型文を垂れ流すNPCなんじゃないか?
「ちゃんと前見て運転しやがれオッサン!」
そう考え始めるとちょっと遊びたくなるのが俺という人間。進行方向を塞いで釘付けにしたり、わざとぶつかって当たり屋ごっこをしたり、NPCへのイタズラをしてきた経験は数知れず。
さあ、さっきと同じセリフを言ってみるがいい!
俺はもう道の真ん中には突っ立っていないぞ!
「いい度胸してるじゃねえかガキ」
あれ? さっきとセリフが違いますよ?
御者台から降りてきて目の前に立つオッサン。身長は俺よりも高く、筋骨隆々で雑草のように髭を蓄えているコワモテだ。
リアルに戻ったらパンツを洗わなきゃいけないかもしれない。
「よ~~~し、俺が根性を叩き直してやる」
そういって米俵のように俺を肩に担ぐオッサン。
「ちょっと待って! ごめんなさい! 出来心だったんです!」
「出来心で済んだら衛兵なんかいらねえよなあ?」
「たしかに」
出来心でもやっていいことと悪いことはあるよね。0と1には果てしない差がある。我々の住む日本は法治国家であり、法律を犯すことはすなわち悪なのだ。
「っつーことで、手伝ってもらうぜガキ。ちょうど人手が欲しかったんだわ」
めちゃくちゃいい笑顔ですねオッサン。
すごくイイ笑顔だけど、確実にヤとかマのつく組織の人間にしか見えないよオッサン。マリ●ァナとかの売人をやらされたりしないよね?
【『労働クエスト:商人の荷物整理』が発注されました】
「い、いやだ! 冒険者ギルドに行くんだ!」
俺はアンナイシーノさんの背中を追いかける。そしていつか、隣に並んで共に戦うって、そう誓ったんだ! 絶対にオッサンの脅しには屈しないぞ!
「手伝うか馬のエサになるか、選べ」
「ヒヒィィィン!」
「いやあ! ちょうど働いて汗を流したいなって思ってたところなんですよ! ほんとうに奇遇ですねえ!」
笑顔から一転して無表情になるオッサンと、めちゃくちゃタイミングよく嘶いた馬のコンビネーションに思わず即答していた。ちょっと、お馬様が大量のヨダレを垂らしてこっちを見つめているよ? 俺のことを完全にエサとして認識していない?
【『労働クエスト:商人の荷物整理』を受注しました】
「賢い選択だな」
俺は抵抗を諦め、そのままオッサンの肩に担がれる。
そうして馬車の御者台に適当に放り投げられた。
「いてぇなこの野郎! もっと優しく運べや!」
ゲームだから痛みはないものの、アクションゲームでダメージを食らうとつい「痛い!」と叫んでしまうあの現象。
それに労働者はもう少し丁寧に扱って欲しい。鞭で叩かれたり強制労働させられたイメージが付いている昔の奴隷も、意外と労働条件はよかったらしいとかネットニュースで見たぞ。
奴隷にも最低限の人権はあるはずだ! パワハラ、ダメゼッタイ!
「文句あるか?」
「ヒ、ヒヒィィィン! フンス……フンス……」
「ないです。絶対にないです」
お馬様のヨダレで大きな水溜りができ、鼻息で道の脇に植えられた木が大きく揺れている。
もはや抵抗はすまい。俺は人間、馬のエサではないのだ。馬のエサにならないだけ、最低限の人権は保障されている。
「とりあえず、着いたらこの馬車の荷台に積まれている商品の整理。馬車はもう2台あるからよろしく」
俺のAFOライフはまだはじまったばかりだ!