36話 カクカクシカジカでスットコドッコイのドッコイショ
う~~ん、また気絶してしまったか。
ぷかぷかと宙に浮いているような不思議な感覚……こう何度も経験しているとさすがに慣れてくるよね。
しかし、今回はかなりヤバかった。
あれは一体何だったんだろうか。
ハクの助言通りにモミジとキスをしたら、黒髪の美女が出現したのだ。
久しぶりに見た彼女は、強くて、美しくて、たまにかわいくって……ってそうじゃない。何か気になることを言っていたはず。
『今回は仕方なかったかもしれんが、『???』は使ってはならぬ。それは理の外へと近づく力じゃ』
『理の外へと近づく』……これが裏鬼門の話で出てきた、『理から外された者達』に関連することは想像がつく。ここで気になるのが、『理から外された者達』という表現が受動的なのに対して、『理の外へ近づく』という表現は能動的だということだ。
ということは、今のモミジは理の内におり、スキル『???』を使うことで理の外へと引っ張られていくということだろうか。契約前の殺戮マシーンが理の外だとすれば、スキル『???』は大きな爆弾を抱えていることになる。
俺は感情豊かなモミジが好きだ。泣いて、笑って、時には怒って……そんな普通の子供みたいなモミジが大好きなんだ。
だから、あのスキルは使わないようにしよう。
モミジの笑顔を守るために。
……ん?
もしかして……モミジとのキス禁止令?
そんな! い、いや、幼女モミジとキスできないことが残念というわけじゃなくて! 禁止ってなったら、それはそれで、こう、なんか違うじゃん!
――ああ! 気絶から覚める感覚が!?
まだ脳内会議が終了していないんだから、ちょっと待っ――――。
「む、起きたようじゃのォ」
俺の制止の声も空しく、やはり意識が覚醒してしまったようだ。
ぼやける視線の先に誰かの顔が見える。頭の下には冷たくてゴツゴツした感触と、それに漂う強烈な加齢臭……デジャヴのデジャヴ……これは……。
「ジジイの膝枕かよォ!」
背筋をフル稼働させて慌てて起き上がる。
そう。今回はマキビさんでもハクでもモミジでもなく、まさかのジジイの膝枕。晴明史上で最悪の目覚めだった。
無駄に筋肉質なゴツゴツした足で寝ていたからか、ものすごく首が凝っている。精神的にも肉体的にも大ダメージだ。
「なにしやがるジジイ! テメェの膝で寝るくらいなら、そこらへんの岩で寝た方がマシだわ!」
「じゃってぇ……みんな膝枕してたから、ワシもしてみたくなったんじゃもん……」
じゃもんって……いまだかつて、ここまで可愛くない『もん』を聞いたことがあるだろうか? いや、ない!
「ジジイ、ふざけてるな?」
「モチのロンじゃ」
ダブルピースして答えるジジイに渾身の右ストレートをお見舞いしてやる。
俺の拳とジジイの手の平が衝突し、剛速球をキャッチャーミットで受け止めたような、とても小気味よい音が鳴った。
「おお?」
いつのまにか、身体が動くようになってるじゃん。しかも今のストレート、かなりいいパンチだった気がする。ゲーセンのパンチングマシーンで今すぐ試したい。
その証拠に、ジジイは受け止めた手をヒラヒラさせて痛がっている。顔もちょっとだけ悔しそうだ。ザマーミロ!
「アイタタ……坊主、筋力がかなり上がったんじゃないかのォ? レベルも上がったんじゃろ?」
「あ、ああ」
そういえば、美女モミジがサーベルベアを倒した瞬間、壊れたCDみたいにレベルアップのファンファーレが鳴り続けていた。
あの時は俺の首と股間がピンチだったため、気にしている余裕もなかったが……めちゃくちゃ気になる。私、気になります!
「ス、スス、ステータシュ!」
緊張しながらステータスを開く。ほんのちょっとだけ噛んでしまったが、音声認識は優秀だったようで、きちんと認識してステータスを表示してくれた。
それが、これだァ。
ワン。
トゥー。
スリー。
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:17
種 族:人間族(天風人)
職 業:陰陽師
H P:261(+22)
S P:157(+10)
M P:368(+2)
攻撃力:209(+24)
守備力:185(+54)
魔攻力:240(+4)
魔守力:229(+15)
敏 捷:131(+6)
器 用:142(+2)
運命力:270(+4)
スキル:式神召喚(不可)
式神契約(1/1)
魔 法:朱雀の印 火雨
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ええ…………。
なんかもう、ドン引き。
信じられますか? 俺の戦闘歴、まだ1戦0勝0負の無効試合1なんですよ?
どういう理屈か分からないが、上がりにくいと言われているレベル10台を全力で駆け抜けている。
「レベル……17まで上がってました……」
「ええ…………」
ジジイが俺の心の声と全く同じ反応をしていた。いまだけはジジイの気持ちがよくわかる。1から17にひとっ飛びとか、チートを使ったとしか思えない。運営に通報されて、アカウント削除されたりしないよね?
パチパチと、夜闇に焚火の火が跳ねる音が響く。俺とジジイは、しばらく無言で焚火の火が揺れるのをボーっと見続けた。
どうしてこんなに火を見ていると落ち着くんだろう。前世は放火魔だったのかな。ジジイは今世が犯罪者みたいなものだし、放火の一つや二つくらいしてそうだ。
……ん?
そういえば、俺はなんでナチュラルにジジイと会話できているんだろう。ジジイは無様にもサーベルベアに敗北して、コアトルビーの操り人形に成り果てていた。救出して解毒はしたものの、重症だったはずだが……。
「獣人はジョウブなんじゃ。HPは放っとけばドンドン回復しよるからのォ」
チッ! 死にぞこないが!
あんなに青い顔をしていたのに、ピンピンしてやがる。お腹の傷も完全に塞がっているようで、コアトルビーの針で空いた服の穴からは、傷一つない肌が見えている。ジジイの腹チラとか需要ないからすぐにしまって欲しい。
「じゃが、毒は自然に治らん。晴明のおかげで助かった……ありがとうなァ」
「あ、ああ」
なんだよ。普段は憎まれ口ばっか叩く癖に。
まるで親しい友にでも向けるような、穏やかな笑みをたたえて俺を見てくるジジイ。真面目に感謝されると、こう、むずがゆい。いつもは『坊主』と呼んでくる癖に、名前で呼んでくるところもムズムズポイントだ。
しかし、改めて実感した。
俺達は、ダグラスを守ることができたんだ。
最後は美女モミジ頼みだったわけだが……それでも、ダグラスを死なせずに済んだ。この事実は変わらない。
そう考えると、なんだかたまらない気持ちになって、俺はいつのまにかジジイに抱きついて泣いてしまっていた。人生で初めて、声をあげて泣いた。
そんな俺をいつものように馬鹿にするでもなく、ダグラスは何も言わずに頭を撫で続けてくれた。
やっぱり、俺はダグラスのことが好きなんだ。いつも憎まれ口を叩くし、顔を合わせる度に喧嘩しているが、それすらもどこか楽しく感じている。なんでも明け透けに言いあうことができる、俺が想像していた『親友』とも言うべき、そんな大切な存在にダグラスはなっていたようだ。
「どうじゃ、ワシは『人を見る目はある』と言ったじゃろう?」
顎を上げて自信満々に言い放つジジイ。クソッ、なんて腹の立つ顔と仕草と顔と顔だ。俺が織田信長なら即座に首を刎ねている。
「ヘッ、ぬかせ。今度は熊を見る目も鍛えておくんだな」
「赤い目をして皮肉を言われても、痛くも痒くもないのォ~」
うるせえ。新しく取得したスキル『邪気眼』だよ。
「そういえば、ここはどこだ?」
俺は恥ずかしさをごまかすために、話題を変えることにした。
ジジイの膝枕事件とステータス爆上げ事件で周りを気にする余裕がなかったが、俺達がいるのは山の中ではなく、草原のような開けた場所だ。気絶していたから全く状況が分からない。助かったことは理解できるが……。
「ここは『はじまりの平原北』じゃなァ。『モナクス』に行く途中にも一回通ったじゃろう」
いまいち暗くて見えづらいが、そう言われると見たことある気もしてくる……まあ、別にどこでもいいや。覚えておく平原はハクの胸だけで十分だ。
「そうか……山を抜けられたのか……」
「モミジちゃんはともかく、坊主を運ぶのには苦労したわい」
どうしてだろう? 俺の髪の毛と鎧が砂まみれなんだよね?
「それはモチロン、引き摺ってきたからじゃなァ」
●す。
「まあ待て。モミジちゃんをだっこしておったのじゃ、坊主まで抱えては歩けんじゃろ」
「それはしかたない」
何事もレディーファーストだ。これは母さんの教えでもある。
「――そういえば、モミジは!?」
やべえ、完全に忘れていた。今回のMVPだというのに。モミジの謎の寝言を最後に、俺も気絶してしまったため、モミジがどうなったのか把握できていない。
「モミジちゃんなら、テントの中に寝かせておるよ」
ジジイの指差す先に、小さいテントが張ってあるのが見えた。あれは以前の山登りの際に組み立てを強要された、ジジイのテントだ。近づいて中を見てみると、モミジが安らかな顔でスヤスヤと眠っていた。
やっぱり、ロリモミジに戻っている。
あ、そういえば。モミジのステータスも見ておこう。
---ステータス---
名 前:モミジ
レベル:13
種 族:コオニ
H P:79(+10)
S P:88
M P:321(+60)
攻撃力:100(+45)
守備力:83(+45)
魔攻力:304(+65)
魔守力:308(+65)
敏 捷:177(+20)
器 用:248(+35)
運命力:75
スキル:???
魔 法:なし
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俺とレベルの上がり幅が違うが、ステータスは依然として高い。レベルが上がったことで魔法も覚えることができるはずだし、これは優秀な後衛職として働いてくれそうだ。
「ふぅ……」
HPもちゃんと残っているし、状態異常もない。ジジイとの話の流れ的に無事であることは分かっていたが、自分の目で見て、本当の意味で安心ができた。
俺もモミジもダグラスも、誰一人として欠けることがなかった。これは大勝利と言ってもいいだろう。
「ワシが起きた時には敵がいなくなり、坊主とモミジちゃんが倒れておったんじゃが……いったい何があったんじゃ?」
そういえば、ジジイに経緯を話していなかったな。仕方ない、俺の英雄的な活躍と、サーベルベアとの死闘を語ってやろうじゃないか。
「カクカクシカジカでスットコドッコイのドッコイショ」
「なるほどのォ」
俺が簡単に説明してやると、ジジイは理解できたようだ。ウンウンと腕を組んでしきりに頷いている。
「つまり、すべてモミジちゃんのおかげってことじゃのォ」
まるで理解していなかった。
「ついに脳まで腐ったかジジイ? 俺だってコアトルビーと互角に立ち回ったんだぞ! それにモミジが強くなったのだって、俺がキスをしたから――」
「キス、じゃとォ?」
あ、やべ。絶対にめんどくさくなると思って、さっきはボカしたことを勢いで言ってしまった。
ジジイの背後から、爪を鋭く研いで鬼の形相をしたタヌキのオーラが立ち上がっている。絶妙に弱そうだ。
「ワシが瀕死で苦しんでいる間に、ず~いぶんと楽しんだようじゃのォ?」
「ダ、ダグラス御爺様? 目が笑っておりませんことよ!?」
あー、ダメだ。完全にあれはブチギレてる。これはもう何を言っても藪蛇ならぬ藪狸になってしまう気がする。
「もう一度……いや、永久に眠っておれェ! このロリコン坊主がァ!」
ジジイがマサカリを振りかぶって、俺の頭へと振り下ろした。せっかく助けてやったというのに、なんて理不尽な。解毒草の代金を100倍にして返して欲しい。あわよくば、壊れた装備も全部新調して欲しい。もちろんオーダーメイドで。
そんなことを考えながら、額にマサカリの柄がクリーンヒットした俺は、何度目かも分からない気絶世界へと華麗に旅立っていくのだった。
ぷかぷか~。
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次話でついに第一章も完結です。




