32話 冷静に考えても詐欺ジジイだよな
「ふぅ……撒けたか」
「ちょうどよいところに、アナがあってよかったのじゃ」
あれからも全力疾走、火雨、全力疾走、だっこ、全力疾走、火雨、全力疾走のループを続け、なんとか追いつかれずに逃げ続けることができた。
そしてもう少しで日が落ちるという時に、ちょうどよく人が入れそうな洞穴を見つけ、そこに駆け込んだところだ。
「夜になって完全に日が落ちれば、きっと俺達を見つけづらくなるはずだ。蜂は夜目が効かないからな。それまで隠れていよう」
「わかったのじゃ!」
手を挙げて元気よく返事をするモミジちゃん。
「音は聞こえるから、大声を出さないようにな」
「……わかったのじゃっ」
慌てて自分の口を塞いでコアトルビーの羽音がしないことをキョロキョロと確認し、安堵の息を吐いてからコショコショと小声になるモミジちゃん。とても微笑ましい。
頭を撫でてやると、猫のように目を細めて体を揺らす。うーん、少しだけロリコンの気持ちが分かった気がする。あくまで少しだけな。あくまで少しだけ、婚姻届けに印鑑を押そうと思っただけだ。
「おじいちゃん、しんぱいなのじゃ」
「ジジイなら大丈夫だろう。無駄に頑丈だしな」
改めて考えると、モミジはダグラスとそれほど長く時を過ごしたわけではない。それなのにこれだけ懐いているのは、ジジイが人誑しなのか、モミジが人懐っこいのか……どう考えても後者だな。あのジジイは人誑しとは対極の位置にいる存在だ。
どっちにしろ日が沈むまではここから動けない。せっかく時間があることだし、あのジジイの極悪非道さを、あることないこと吹きこんでやろう。
一流の詐欺師は9割の真実に1割の嘘を混ぜるとも言う。俺の磨き抜かれた話術にかかれば、モミジも話を聞いた後には立派なジジイアンチへと育っていることだろう。
俺は胡坐の上にモミジを配置し、ジジイの極悪非道ヒストリーを語ってやることにした。
「あのジジイ、初めて会った時に――――」
まずは出会いの詐欺行為、これはまごうことなき真実だ。
「あのジジイ、俺が苦労して荷物とジジイを運んでやったのに――――」
次に5Gとかいう詐欺行為、これもまごうことなき真実だ。
「あのジジイ、疲労困憊な俺にテントを張らせるだけ張らせて自分だけ――――」
次に山登りでテントを張った時の意地悪行為、これもまごうことなき真実だ。
「あのジジイ、俺ごと熊を叩き切ろうと――――」
そして山登り中にマサカリを投げつけてきた危険行為、これもまごうことなき真実だ。
……。
…………。
ちょっと待て。
改めて思い返してみると、1割の嘘を混ぜるまでもなく極悪非道の権化じゃないか?
「晴明はウソツキなのじゃ」
あれ? まだ本当のことしか言っていないのに、なぜか俺はウソツキになってしまったぞ?
どうして真実を語っただけなのに、俺が白い目で見られなければいけないのか。どう考えてもあのジジイの日頃の行いが悪い所為だ。おのれジジイ、許すまじ!
結果、俺のジジイアンチメーターが更に振り切れて300回転しただけだった。あのジジイ、いつか絶対に●す。
「さて、そろそろ大丈夫だろ」
「まっくらけっけなのじゃっ」
ジジイアンチトークをしている内に、気付けば完全に日は沈んでいた。夜の山なんて危険以外の何物でもないが、あの蜂畜生の目を欺くためには、今のうちに山を下りてしまうしかない。
幸運にも俺は田舎育ちであるため、街灯のない道を歩くことには慣れている。月明りも十分だし、これなら特に危険もないだろう。
「オニはヨルにつよいのじゃ」
モミジさんもこう言っている。チャッチャと山を下りてしまおう。
洞穴から出てしばらく歩いたが、コアトルビーの気配もサーベルベアの気配もしない。不気味なほどに山は静かだった。さすがに諦めて寝に帰ったのかもしれないな。
熊は基本的にビビりであり、山里に降りてきた時も、人間との接触を避けるために夜に行動する。このことで夜行性の動物と勘違いされがちだが、本来は昼行性の生き物なのだ。そしてここは人間のいない山である。サーベルベアも昼行性の可能性が高いだろう。
しかし、安心はできない。夜行性の他のモンスターが襲ってくる可能性だってあるのだ。山から脱出するまでは気を抜かずに行動しなければいけない。
「晴明、まえからナニカがくるのじゃっ」
「……戦わなくて済むのが一番だ。隠れてやり過ごそう」
言っているそばからこれだ。
俺は気がつかなかったが、モミジの言うことを信じて茂みに隠れていると、前方から何かが近づいてくる気配を感じた。
小さめの足音と、草をかき分けるようなガサガサという音。足音があるということはコアトルビーではないし、サーベルベアならもっと音が大きいはず。そうなると、危惧していた第三者か……!?
「……ん?」
息を潜めて待っていると、遠くにシルエットが浮かび上がってきた。小柄な体躯にゴボウのような足、そして頭にチョコンとついた不似合いな――タヌキ耳。
「ジジイかよ!」
緊張して損したぜ。なんてことはない、ジジイがサーベルベアを倒して追いついてきただけだった。「危惧していた第三者か……!?」とか、大げさに心の声で実況してしまった俺が恥ずかしいじゃないか。
「……!」
「あん?」
ジジイもこっちを認識したようだ。何かを言っているが、遠いこともあってイマイチ聞こえない。いつもは無駄に声がデカいのに……まあ、大声を出して魔物に気づかれたらめんどくさいしな。
「晴明、なにかようすがおかしいのじゃ」
「ジジイの様子がおかしいのはいつものことじゃないか」
さっさと合流して下山しよう。これだけ苦労させやがったんだから、町に着いたら飯でも奢ってもらわなければ割に合わない。
……ジジイに近づいていくと、何か得体のしれない不気味さを感じた。モミジが言うように、確かになにか様子がおかしい。
月明りに照らされて姿が見えるようになるにつれて、その不気味さはどんどん増していった。
人間ってあんな風に、地面をスベるように歩くものだったか?
サーベルベアを倒してきたなら、どうしてあんなに全身がボロボロなんだ?
なぜジジイに近づくごとに――――羽音が聞こえてくるんだ?
「……坊主……にげ……ろ……!」
「え?」
「――晴明ッ!」
突然後ろから強い力で引っ張られて、抵抗できずに尻もちをついてしまった。状況的にモミジがやったことだろうが、悠長に後ろを振り返って確認している余裕もない。
なぜなら――――。
「――ゴフッ!」
ダグラスの腹を貫通して、大きな針が突き出ていたからだ。
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ジジイの運命や如何に……ッ!?