30話 いま俺の隣にいるのは
『モナクス』を後にした俺達は、来た道を辿って『はじまりの町』へと戻っている。特に問題もなく『深い闇の森』を抜けて『はじまりの山』を登り始め、今はもうすぐ山頂というところだ。今日は山頂付近で一泊し、明日の昼頃には『はじまりの町』につくだろうとのこと。
来た時とは違い、鉄の鎧を全身に纏っているのだが、登山ペースはむしろ早かった。おそらく転職と装備の補正によって、ステータスが上がっていることが関係しているのだろう。
「きょうはたのしいハイキング~♪ ワイワイみんなでやまのぼる~♪」
モミジがまた自作ソングを歌っている。子供って歌うのが好きだよな。式神でもそこは同じようで、楽しくなるとモミジはよく歌い始める。
ここで、以前から気になっていたことがある。
あまりにも子供過ぎるということだ。
完全に証明されたわけではないが、黒髪の美女とモミジは同一人物だということは、ほとんど確定だろう。
しかし、それにしては性格が違いすぎないだろうか?
あの黒髪の美女が山を歩きながら自作の歌を披露するなんて想像ができないし、おそらくはしないのだろう。逆にモミジが黒髪の美女のように、嗜虐的な目で見下ろしながら股間を踏みつけることはしない……しないよね?
ここ最近モミジを観察していて、俺が至った結論はコレだ。
式神の外見年齢と精神年齢はリンクしているのではないか?
式神はAFOの住人達とは違って食事を必要としない。それはもちろんモンスターだからだ。食事で筋肉が作られることはないし、時間経過で身体が成長することもない。娯楽として食事を楽しむことはできるようだが、つまり無くても死にはしないということだ。
それでは、式神は何で成長するのか?
これはマキビさんが以前言っていた、『拾魂数』だ。生物を殺めた数……ゲーム的な言い方をすれば、『ラストアタック数』。これによって式神は成長していき、例えば一般的なコオニだったら最終的にキシンになる。
ここで問題になるのが、『拾魂数』は式神契約時にリセットされるということだ。人間にしてみれば、食べてきた食事や生まれてからの経過時間をリセットされるようなもの。記憶が残っていたとしても、果たして同じ存在と言えるのだろうか? モミジはあの黒髪の美女と同じ姿になると言い切れるのか?
人間だったら食事が変われば体格も変わるし、経験が変われば性格も変わる。同じ20歳まで育ったとして、全く別の人間になっているはずだ。
それが式神……モンスターであれば、全く別の存在へと変わってもおかしくないだろう。ただでさえ裏鬼門の召還というイレギュラーな存在なのだ。朝起きたらキシンルートに入っていて、外見がゴブリンみたいになっているという可能性も無いとは言い切れない。
つまり、俺が何を言いたいかと言うと……。
「同じ存在とは言い切れないから、ハクとのキスは浮気にならない!」
「最低じゃなァ、クソ坊主」
うるさいやい。
俺はいまだに心が揺れていた。黒髪の美女に抱いている憧れの気持ちは依然として存在しているし、今のモミジに彼女の面影を覚えて心惹かれることもある。
それでも、あのハクがキスをしてきたという事実に強い衝撃を受け、自分の中の『好き』という気持ちが混乱してしまっているのだ。恋愛経験0の俺にとって、このゲームの中で体験してきたことは刺激が強すぎる。こんなことならホットドッ●プレスをもっと読み込んでおけばよかった。
なんでキスをした? 俺のこと好きなのかな? モミジと俺って恋人? それともハクが恋人? キスって浮気に入る? それとも一回きりのお遊びの関係? 忘れないでってどういうこと? 忘れることなんてできるわけないよね? 女の子の唇ってどうしてあんなに柔らかいの? あんな瞳で見つめられたら拒否できるわけないじゃん! ああ、助けて母さん!
こんな具合にワケの分からない思考がループしてしまい、答えのない一問一答にひたすら挑み続けた俺の脳は、もうショート寸前だった。
「浮気者って言われても……」
「たしかにモミジちゃんは、坊主を恋愛的な意味で好いとるわけではないじゃろう。どっちかってと、父親や兄への愛情と似ている気はするしのォ」
「そ、そうだよな」
なんだかジジイの視線がチクチクと刺さる。
「じゃがのォ、それでも坊主との間に特別な絆を持っているのも事実じゃ。恋愛でも家族愛でも、些細な問題じゃてのォ。モミジちゃんのことは好きじゃろう?」
「……ああ、好きだけど」
恋愛感情なのかは自分でも分かっていないが、好きだという気持ちに嘘はない。それは考えるまでもないのだが、いま重要なのは恋愛感情があるかどうかで……。
「それならゴチャゴチャと考えず、モミジちゃんのことをもっと考えてあげることじゃ。いま坊主の隣にいるのは、モミジちゃんなのじゃからのォ」
『いま俺の隣にいるのはモミジ』。
ジジイの言葉に、自分の中でしっくりとくるものを感じた。我ながら単純で笑ってしまう。
普通に考えてみたら、それはそうだよな。ハクはマキビさんの式神なのだから。次にいつ会えるかも分からない。
そしてモミジは俺の式神……言うなればパートナーだ。今までもそうだし、これからも俺の隣に居続けてくれるだろう。
だというのに、あんなに俺のことを好きでいてくれるモミジのことを、ちゃんと考えてあげたことがあっただろうか?
モナクスを出てからここまで、ロクに向き合って話もしていない。今だって楽しそうに歌っているが、それも全て俺を気遣ってのことだろう。彼女なりに雰囲気を悪くしないようにしてくれているに違いない。
「そんなところだけ、大人ぶらなくていいのにな……」
「女の子はマセてるからのォ。それでも、まだまだ子供じゃ」
ジジイに言われてよく見てみると、歌いながらチラチラとコッチを見ている。こんなに分かりやすい演技に気づかなかったとは、ジジイが言うように俺は鈍感の最低野郎だ。
しかし、どう声をかければいいか……。
……って、またゴチャゴチャと考えても仕方ない。どうせ俺は口下手なんだ。思っていることを、そのまま言葉にするしかないよな。
「モミジ」
「!」
声をかけた瞬間にビクンと肩が跳ね、分かりやすく固まってしまった。スキップしながら歌っていたため、片足だけ上げた状態で器用にストップしている。
「ごめん」
「……」
「突然ハクにキスされて舞い上がってた。モミジのこと、ちゃんと考えてやれてなかった」
「……」
俺はモミジに近づき、両手を取って真っすぐに見つめる。モミジは何も言わず、真剣な表情で見つめ返してきてくれた。
「もしかしたら、これからも同じようなことがあるかもしれない。最低だってことは分かってる。でも俺ってああいうことの経験がないから、どうしていいか分からなくなっちまうんだ」
「……」
「俺が勝手に召還して契約したのに、こんな都合のいいこと言うのはバカだと思うけど……俺にとってのパートナーは、モミジだけだ。これからも、俺の傍にいてくれないか?」
「……」
モミジは依然として黙っている。我ながら無茶苦茶なことを言っていることは分かっているつもりだ。
やっぱり、嫌われたかな……。
「……どっちがよかったのじゃ」
「え?」
しばらく見つめあったまま黙っていたモミジが、突拍子もなく質問を投げかけてきた。
「きす、どっちがよかったのじゃ」
「え、それは……黒髪の美女……モミジ、だな」
式神召喚陣でのキス、あれはいま思い出してもすごかった。ファーストキスだったということもあるかもしれないが、あれほど興奮したことは人生で一度もない。し、しし、しかも、おっぱい揉んじゃったし。
ハクとのキスも興奮したが、それよりも突然で驚いたというのが率直な感想だ。どちらがよかったと聞かれれば、言うまでもない。
「ならば、よし! なのじゃ!」
「よしなのじゃろか!?」
あっさりと許されてしまって変な声が出てしまった。逆になぜか俺が不完全燃焼だ。もっと悲しまれたり、罵倒されたり、泣かれたり、怒られたり、罵倒されたりすると思っていたのに!
「だって……わらわは、ぱーとなーなんじゃろ?」
「え? あ、ああ」
それはそうだ。陰陽師と式神という意味だけではなく、俺はモミジのことをパートナーとして認めている。
「ぱーとなー。つまり、はんりょ……『よめ』なのじゃ!」
「ああ、そうだな……そうだなじゃないな!?」
「フテーをゆるすも、よきつまのアカシなのじゃ」
なにこの幼女。めちゃくちゃ理解のある良妻なんだけど。
もう幼女でもいい気がしてきた。今すぐ婚姻届けを取りに行かないと。
「坊主はロリコンじゃなァ……」
「マテコラジジイコラ! 俺はロリコンじゃねぇ!」
「アンシンするのじゃ、晴明! すぐにバインバインのボインボインになるのじゃ!」
無い胸を張って言うモミジ。大丈夫だろうか。あのAAAカップが、黒髪の美女と同じGカップまで育つのか……それだけが唯一の懸念事項だ。あまりにも乖離が大きすぎて、どうしても巨乳モミジの未来が想像できない。
胡乱げな瞳でモミジの薄い胸部装甲を眺めていると、視界の端に小さい何かが見えた。
「なんだ、蜂か」
一瞬ビビったが、その蜂は丸っこくてずんぐり型。リアルのミツバチとは少し違うが、見た目的にその仲間だろう。ミツバチは穏やかな性格であるため、こちらから刺激しない限りは攻撃をしてこない。それに毒もスズメバチほど強力ではなく、刺されまくってアナフィラキシーショックでも起こさない限りは大丈夫だ。
蜂を利用したイジメを想定し、しっかりとインターネットで生態を調べたことがある。小学校6年生の時、夏休みの自由研究で作成した蜂対策マニュアルは、地域の展示会で銀賞を取ったほどだ。蜂博士って呼んでもいいのよ?
「……ん?」
おかしいな、羽音が遠くに聞こえる。しかもだんだんと蜂が巨大化していないか?
「伏せろ、坊主!」
初めてのマジックを見せられて混乱の泥沼へと嵌まっていた俺だったが、後ろから聞こえたジジイの大声に反応して咄嗟に身を伏せることができた。耳がでっかくなっちゃうマジックとは比べ物にならないくらい、ワケが分からないよ!?
俺の頭上を越え、更には小さいモミジの頭の上を越えて、見覚えのあるマサカリが物凄いスピードで飛んでいくのが見える。
そのマサカリは投擲された勢いのまま、蜂をキレイに上下に両断し、遠くにある木の幹へと刺さってようやく止まった。
「え、遠近法だと!?」
そう。俺が小さい蜂だと思っていたのは、遥か遠くに見えていた巨大蜂だったのだ。ジジイのマサカリジェット(俺が勝手に命名)によってHPが全損したようで、巨大蜂の姿は消えてしまったが……おそらくは人の頭くらいの大きさはあっただろう。想像しただけで鳥肌がヤバイ。巨大な虫って生理的に受け付けないよね。
「コアトルビーじゃなァ。攻撃性が強く、猛毒を持っているから危険なモンスターじゃ。ま、レベルは20ほどじゃからたいしたことないがのォ」
なにそれ全然違うじゃん。ミツバチっぽいずんぐり型だったのに、その実はスズメバチタイプとかどんな罠だよ!
「俺とモミジにとってはたいしたことなんですけどネ……」
依然としてレベル1の俺達。針を使われるまでもなく、羽の風圧で死にそうだ。
「しかし、おかしいのォ。聖水を使っておるから、コアトルビーなんぞ近づいてくるはずないんじゃが……それにドロップも見当たらん……」
「聖水と間違えて小便でも振りかけたんじゃないか?」
「さぁて、モミジちゃん。小便が大好きな変態坊主は置いて先に行くかのォ」
ワイの小粋なボケをスルーするとは何事や! お笑いも分からん片田舎のジジイが調子乗ってんちゃうぞ! ワイを誰や思うてんねん! 西のお笑いスピードスター、安倍晴明やぞ!
「そういえば、この前もサーベルベアが襲ってきよった……山頂で一泊する予定じゃったが、危ないかもしれんのォ」
「おじいちゃん、山の様子がおかしいのじゃ」
モミジさんも完全にスルーですね!
ええ、分かりました! 分かりましたとも!
もう晴明君、拗ねちゃったもんね。
シクシク。
どうせボクチンのことなんてミンナどーでもいいんだ。
ボクチンはいつでも一人なのサ。
グスン。
「坊主! 遊んどる場合じゃないぞ!」
「おじいちゃん、マズイのじゃ! このままだと囲まれるのじゃ!」
「え? え!? どういうこと!?」
俺が拗ねている間に何があったの!?
意識を集中すると、姿は見えないが、そこら中からあの巨大蜂……コアトルビーの羽音らしきものが聞こえてきた。もしかして、だいぶマズくない!?
「じゃからマズイといっておるじゃろうがァ! ワシの後ろを付いてこい! 遅れたら毒つきハリセンボンの出来上がりじゃぞ!」
「うえぇ!? クソッ! ジジイの癖にメチャクチャ足がはえぇ!」
陸上短距離選手ばりのクラウチングスタートを見せたジジイに度肝を抜かれつつ、俺も置いていかれないように追いかける。
ジジイも早いけど、モミジもメチャクチャ速い。
ジジイと幼女にぶっちぎられる高校生ってどういうことよ!?
「ハリセンボンになってたまるかぁ!」
人間vs巨大蜂。
捕まったら即死のリアルオニゴッコが、ここに開幕したのだった。
VRランキングで月間89位に入っていました!
ついに月間ランキング入りです!
ブックマークも200件を超えました;ω;
ブックマークや評価(★)で応援いただき本当にありがとうございますm(__)m
これからも投稿がんばります(`・ω・´)
いよいよ長かった第一章もラストスパート。
どうか最後まで晴明達の冒険を見守ってあげてください。




