29話 アイルビーバック
「忘れ物はないかのォ?」
「ああ」
今はジジイの鍛冶屋を出て、村の出口へと向かっているところだ。ちなみに、ジジイは山越えまで見送ってくれるらしい。どう考えてもレベル1の俺達だけで山を越えられるわけないもんね。
なんだかんだ最後までジジイには世話になりっぱなしだ。敬老の日にでもプレゼントを贈ってやろうか。任せて欲しい、河原でキレイな石を見つけるの得意なんだ。
「晴明さま~またね~」
「またオニゴッコしような!」
「「晴明しゃま~! うえ~ん!」」
村を出ていくことを朝に伝えていたため、出口近くで待っていたようだ。幼児4人組が一斉に足へと抱き着いてきた。
双子姉妹は鼻をすする音までシンクロさせながら泣いている。この2人は出ていくって伝えた時も泣いていたからなぁ。まさか2日でここまで懐かれるとは思わなかったが、気持ちをストレートにぶつけてくる子供達の姿に、心の内側からあったかくなっていくような感覚を覚える。おいおい、モミジまでもらい泣きしちゃってるじゃないか。
ふと周りを見渡すと、村人達が外に出てきて遠巻きにこちらを眺めている。その視線からは余所者に対する警戒の色は無くなっていた。泣いている子供と戸惑う俺を微笑ましく見守って、視線を向けると笑顔で手を振ってくれる。なんとなく、薬草名人の「坊主は村の仲間だ」という言葉を思い出す。
リアルの世界では、俺は仲間外れにされてばかりだった。「お前はクラスメイトなんかじゃない」とか「友達になるヤツなんていねーよ」とか、まるで正反対のことを言われ続け、存在を否定され続けてきた人生だ。
俺を仲間と言ってくれる人達がいる。俺を友達だと思ってくれて、別れを悲しんでくれる人達がいる。ゲームだと分かってはいても、俺という存在を肯定されたような、そんな救われたような気持ちを感じたのだった。
……ふぅ、空は今日も快晴だ。
「次こそは絶対に捕まえるからな!」
「つかまらないもんね~」
「ビーストはセイチョーがはやいからな! はやくこないと、すぐオトナになって、もっとおいつけなくなるぜ!」
「「ぶっちぎってやる~」」
「ははは、今でも追いつけないのにもっと早くなるか」
今日の朝もオニゴッコをしたが、俺はついに一人も捕まえることはできなかった。この村で唯一の心残りとも言える。
「ほら、モミジも笑ってやれ。泣き顔の女の子で覚えられちゃうぞ」
「わ、わかっておるのじゃ」
モミジにとっても初めての友達みたいなものだ。悲しいと感じる気持ちも大切にしてほしいが、やっぱり分かれる時は笑顔で「またね」が我が家のルール。ほっぺたをつまんで口角を上げてやると、モミジはゴシゴシと袖で涙を拭った後、太陽のように輝く笑顔を見せてくれた。
「みんな……またね、なのじゃ!」
「また焼きおにぎり買ってきてやるからな!」
俺とモミジが笑顔でそう言うと、4人組は倍以上の笑顔で返してきた。
「ふふ~たのしみにしてる~」
「そうだ、いまからオニゴッコしようぜ! 晴明さまとモミジがオニだ! いつかぜったい、つかまえにこないとダメだからな!」
「「わ~い! にげろ~!」」
たまに振り向いて手を振りながら、みんなが笑顔で走っていった。もう誰もベソをかいてなどいない。あんなに泣いていた双子姉妹が、いの一番に逃げていったぞ? まさかウソ泣きじゃないだろうな?
「フフッ、あの子達も粋なことをしますね。これでは、また来ないわけにはいきません」
「晴明、泣き虫」
続いてマキビさんとハクが声をかけてきた。マキビさんはいつも柔らかい笑みをたたえているが、今日はさらに当社比100倍くらい優しく微笑んでいる。ハクはいつも通り感情が読み辛いが、声は柔らかい気がする。
「泣いてない」
「がんばってたえてた」
「泣いてない」
「えらいえらい」
そして相変わらずの子供扱いだ。ばぶぅ。
「マキビさん、お世話になりました」
「私は何もしていませんよ。こちらこそ、というやつです」
マキビさんには本当に感謝している。なんだかよく分からない内に出会い、よく分からない内に陰陽師へと転職させられ、よく分からない内にマキビさんの元で修行した日々。ゲーム内時間にしてもたった3日ほどだったが、今までの人生を振り返っても、特別に濃厚な時間だった。
「晴明さん、これを持っていきなさい」
「ありがとうございます?」
小さいお守りを渡された。赤い布地に陰陽太極図が刺繍された、日本の神社でお分けいただく御守りによく似たものだ。
【マキビの御守り……マキビお手製の御守り。『モナクス』への道を案内してくれる】
「招かれざる客を入れないため、この村には迷いの結界を張っています。その御守りを持っていれば迷うことはありません」
言葉にせずとも「また来てもいいですよ」と言われているようで、また俺は胸が熱くなった。帰ってくる場所というか、田舎のおじいちゃんの家というか、心の故郷ができたようで、あたたかい気持ちになったのだ。
「今度は陰陽師ではなく、マキビさん自身のことをもっと教えてください」
「ふふっ、そうですね。ダグラスに頼んで、美味しいお酒でも用意しておきましょう」
そう言いながら袖で口元を隠して笑うマキビさんからは、初めて会った時から変わらない優雅な雰囲気に加え、ダグラスとの間に感じていたようなフレンドリーさが混じっていた。少しは俺も認められたのかもしれない。
「モミジさんには、こちらを」
「おお? モミジの髪飾りなのじゃ!」
マキビさんが続いて懐から取り出したのは、赤く色づいた大きなカエデを装飾した髪飾りだった。なるほど、モミジの髪飾りか。なかなか趣深い。
【紅葉の髪飾り……マキビお手製の髪飾り。特別な術が施されている】
「特別な術ってなんですか?」
「ヒミツです」
ヒミツか。まあ、使っていればいずれ分かるだろう。
頭に装備できるみたいなので、モミジにさっそく装備させてみた。艶やかな黒髪に赤いカエデのワンポイントがとても映えていて、最初からそこにあったようにピッタリ似合っている。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
「いえいえ、モミジさんは私にとっても孫のような存在ですから」
「おじいさまなのじゃ!」
いまの一言でマキビさんの顔が完全にとろけた。どうやらモミジのかわいさは老人特効があるらしい。ダグラスがおじいちゃんでマキビさんがおじいさまって言うあたりも、モミジはよくわかっているね。
「また会いましょう、師匠」
「お待ちしておりますよ、お弟子さん」
ここには思い出がたくさんある。
マキビさんとの修行の思い出。ハクに甘やかされた思い出。子供達と遊んだ思い出。村の人達と触れ合った思い出。ジジイとの旅の思い出も含めておいてやるか。
ここから先、冒険の中でくじけることもあるだろう。辛くて逃げ出したくなることもあるだろう。ゲームをやめてしまいたくなることだってあるかもしれない。
その度に、ここで過ごしたことを思い出そう。
そうすれば前を向いて進めると思うから。
「よし、行くぞ! モミジ!」
「うむ!」
俺はモミジの手を握り、村の外へと踏み出した。
「――って、あれぇッ!?」
少年漫画っぽく走り出そうとしたら、袖を掴まれて進めなかった。なんだよ、微妙に恥ずかしいじゃないか。『俺達の冒険はこれからだ!』って終わったのに、次週から普通に冒険がスタートした感じだ。違う、そうじゃない。
「晴明」
袖を掴んでいたのは、ハクだった。珍しく真剣な目で俺を見上げている。
なんだろう? もしかして告白!? 卒業式に告白したくなる心理が働いたのか!?
「アホ。それより、気をつけて」
「気をつける? 何を?」
「……わからない。けど、イヤな予感がする」
旅の前になんと不穏な……だけど、何の根拠もなしに言っている訳でもなさそうだ。目がマジだぜ。
なぜかハクは両手で俺の頬を包み、真っすぐと見つめてきている。こんな近くに女の子の顔があると、とても緊張するから勘弁してほしい。大きな黄金色の瞳にかかる長い睫毛とか、淡いピンク色で不満げに突き出た唇とか、そして角度的に巫女服の衿の間から見えそうになる、慎ましい胸の膨らみが……。
「……ちゃんと聞いて」
「うっ、聞いてるよ」
アブナイ。これではタダの覗き魔じゃないか。俺は紳士なんだ。イエスロリータ、ノータッチ。
「……晴明」
「えっ……?」
なぜかただでさえ近いハクの顔が近づいてくる。ちょっと、マズいですよ!
「危険だと思ったら、これを思い出して」
唇が触れ合うような距離、吐息交じりの艶めかしい声で囁く白髪の美少女。黄金の瞳はまるでメデューサ。俺はその瞳に魅入られ、身動きができなくなってしまった。
そのまま少し傾けた顔が近づき、黄金色の瞳が閉じられて――――。
ちゅっ。
「~~~~~!?」
ロリータ!? ロリータナンデ!?
「な、なななななななにを!? なぜ!? なんのために!? なにゆえでござるか!?」
「んっ……いい? 忘れないで」
俺の唇を指で一撫でした後、そう言ってハクは去っていった。
え? 新手のヤリ逃げ?
なぜこの流れでキスをした?
忘れるなと言われても、こんなの忘れられるはずがない。マシュマロのように柔らかい唇の感触、桃のような甘い吐息はいまだ鼻腔に残っているし、黄金の瞳で石化された体は自由を取り戻せていない。
ハクのことはちょっとお節介な妹キャラみたいに思っていた。子供扱いされることが恥ずかしくもあり、少し嬉しくも感じたりした。だけどそこに恋愛感情は全くなかったし、持たれていないと思っていたのだが……。
アカン。胸のトキメキが止められない。
もしかして俺はハクのことが……。
「――痛っ!」
突然、爪先に鋭い痛みを感じた。視線を向けると、モミジが頬をぷっくりと膨らませて睨みながら、踵で爪先をグリグリと踏んでいた。ちょっと待って靴がありえない形になってるから。
「うわきものなのじゃ!」
「あっ、モミジ!」
完全に怒ってしまったようだ。肩を怒らせて村の出口へと歩いて行ってしまった。
確かに黒髪の美女……モミジに告白紛いのことをしたわけだから、浮気になるのか?
で、でも、あんな美少女にキスをされたら、心が揺らいでしまうのも仕方ないじゃないか! それにモミジとキスはしたけど、お付き合いをするって言ったわけではないし……。
ああ! 俺はどうすればいいんだ!
「いつまでもクネクネと気持ち悪いのォ。置いて行くぞロリコン」
「誰がロリコンだッ!」
あからさまに憐憫の目を向け、大きくため息を一つ吐いてモミジを追っていくジジイ。
俺は断じてロリコンではない。モミジとハクのどっちを好きなのかと真剣に……黒髪幼女のモミジと中学生くらいのハク……どっちが好きか迷う高校生の俺……。
「ロリコンじゃないか!」
ナンテコッタイ! 俺は気がつかない内にロリコンになっていたのか!?
ま、まだ、恋愛的に好きじゃない可能性もあるし? ロリコンだと一概に決めつけてしまうのも、早計かと愚考する次第で御座いまして、ハイ。考えてみればどっちも出会ったばかりだ。ここはゆっくりと見極めて答えを出していこう。そうしよう。
「あれ!? 二人とも、もう見えないんですけど! 待って! 一人じゃ帰れないからァ!」
二人は村から出たことでエリア外になったのか、目の前から消えてしまっていた。推奨レベル60の魔境に置いていかれたらマズイ!
「まったく、最後まで騒がしいですね」
マキビさんの呆れたような声を背に、俺も村の外へと駆け出すのだった。
最後はなんだかハチャメチャな感じになってしまったけど、いつか一人で来れるくらいレベルが上がった時は、必ずまた来よう。
マキビさんに「成長しましたね」と褒めてもらえるように頑張るぞ!
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