27話 はじめてのまほう
「陰陽師の魔法は、大きく分けて4つあります。青龍の印、朱雀の印、玄武の印、白虎の印です」
あれからマキビさんの神社に帰還した俺は、陰陽師についていろいろと教えてもらうことにした。
モミジはハクと一緒に部屋の隅っこでお昼寝中だ。さっきハクに挨拶をしたら鼻を鳴らしてそっぽ向かれた。安倍晴明に500のダメージ。おお 安倍晴明! しんでしまうとは なにごとだ!
それからなんやかんやありつつ、まずは魔法についての講義を受けているところだった。
「まず、『青龍の印』は風を操る印です。風を纏うことで素早く動いたり、風の刃で切り付けて攻撃をすることができます」
風を操るのは便利そうだ。なにより、男のロマンであるスカートめくりができる!
「『朱雀の印』は火を操る印です。他の印と比べても、強力な攻撃魔法が多く存在します。私が昨日使用した紅雨も朱雀の印ですね」
火を使った攻撃もなかなか魅力的だ。なにより、気温を高くすることで女の子を薄着にすることができる!
「『玄武の印』は水を操る印です。相手の行動を阻害したり、水の結界を張ることで攻撃を防御することもできます」
水の結界とか絵面がカッコよすぎる。なにより、薄着の女の子に水をぶっかけることで下着を透けて見ることができる!
「『白虎の印』は光を操る印です。体力を回復したり、ステータスの上昇効果を付与する呪文などがあります」
回復やバフはRPGの基本である。なにより、水着の女の子に光をあてまくることでエロい水着跡をつけることができる!
「陰陽師ってなんてエロいんだ!」
「そこに正座しなさい」
メチャクチャ怒られた。
しょうがないじゃないか、エロい使い道しか思い浮かばないんだから。
「……とにかく、魔法は最大で10個までしか覚えることができません。攻撃魔法を主体にたちまわるのか、行動阻害や回復で仲間を援護するのか、またはどちらもできる汎用性を取るのか……これから契約していく式神のこともふまえて、魔法の構成を計画的に考えるとよいでしょう」
「物理攻撃主体の場合はどうすればいいですか?」
「そこに正座しなさい」
メチャクチャ怒られた。
スキルは式神関連のモノしか覚えないし、陰陽師というジョブはそもそもが後衛職だ。前衛は式神やパーティーメンバーに任せるのがセオリーなんだから、物理攻撃主体という考え方自体がおかしいとのこと。俺もそう思う。
「でも完全装備時のステータスが――――」
鉄シリーズを装備した時のステータスをマキビさんに教えると、肺の中の空気をすべて出し切るほどの、長くて大きい溜め息を吐いた。
「ダグラスはどうして止めなかったのか……いえ、陰陽師の事情など知る筈もありませんか……」
「前衛で剣を振り回す陰陽師がいてもいいじゃないですか」
「前代未聞です!」
「つまり、俺が世界初ってことですよね!」
またまた大きな溜め息を吐くマキビさん。もしかして肺の病気かな? どうみても高齢なのだから、お体には是非とも気をつかっていただきたい。
「はあ……まあ、防御力が高いのは悪いことではありません。契約した式神は術者の一部です。術者さえ無事であれば、式神が斃れたとしても、一日経てば再度召喚することもできますから」
もしも式神のHPが全損した場合、再召喚するには一日待たなければいけないのか。だとすれば、尚のこと自分自身の戦闘力も大事になってくる。俺の陰陽師戦士スタイルも悪くはないという可能性が微粒子レベルに存在している?
「術者が死んだ場合は?」
「式神もまた、死にます。先ほども言ったように、式神は術者の一部ですから。存在そのものが術者と供に世界から消え去ってしまうでしょう」
「存在が消える……!?」
ナ、ナンダッテー!? 俺が死んだら一発でゲームオーバー!? モミジとは永遠にお別れで最初からやり直し!?
まさか……セルフデスゲームが始まってしまうのか……?
「というのは、あくまでも通説です。私は死んだことがありませんし、一度死んでしまえばそこで終わりなので、確かめようがありません」
「あ……なるほど」
「晴明さんは『神からの遣い』ですから、式神も同じように復活する可能性は高いと思いますよ」
う、ううん……断定はできないということか。このゲームにちゃんとした説明書もないし、おそらくプレイヤーで陰陽師になっているのは俺だけだろう。一回試しに死んでみるか、みたいなこともデスペナルティを考えると得策ではない。
このゲームでパーティーが全滅した場合、セーブポイントへの強制転送、所持金額半減、経験値減少という3つのペナルティが課せられる。痛いのは経験値減少で、けっこうな経験値がレベル別の固定値で引かれてしまうらしい。
とにもかくにも、死なないように全力で頑張るしかないわけだ。
「それはそうとして、魔法を覚えてみませんか?」
「え? でも俺はまだレベルが……」
魔法は決められたレベルに到達したときに、はじめて習得が可能となるモノだ。覚えられる魔法の種類も、一定のレベルに応じて増えていくらしい。レベル1では、どの職業でも魔法を覚えることはできないはずだ。
「これを使います」
マキビさんが懐から取り出したのは、『猿でもわかる! マキビの魔法入門』という名前の古めかしい巻物だった。
まさかシリーズ化されているのか……!?
どうりでマキビさんが働くそぶりを見せないわけだ。いつも神社で座ってハクと遊んでるだけだから、どうやって生活費を稼いでいるのかずっと疑問だったが……ただ座っているだけで『猿でもわかる!』シリーズの印税収入が入ってくる不労所得者だったのか!
「陰陽師はレベル3で最初の魔法を覚えるのですが、これを使用することでレベルに関係なく、最初の魔法を一つ覚えることができます。レベル3になればもう一つ覚えることができますから、少しだけお得ですね」
「たしかにお得ですね。それでは遠慮なく」
さっそく『猿でもわかる! マキビの魔法入門』を使用する。巻物にいろいろ書いてあるが、これが覚えられる魔法の一覧か。
【青龍の印 風刃……刃のように鋭い風で斬りつけ敵単体に小ダメージを与える】
【青龍の印 舞風……風を纏って自分の敏捷値を一定時間少し上げる】
【朱雀の印 燐火……火の玉を放出して敵単体に小ダメージを与える】
【朱雀の印 火雨……敵全体の頭上から火の雨を降らせて小ダメージを与える】
【玄武の印 水泡……敵単体の視界に無数の泡を発生させて攻撃の命中率を一定時間下げる】
【玄武の印 水簾……自分の前方に水の簾を発生させて敵からの魔法攻撃を一定ダメージ軽減する】
【白虎の印 霊光……SPとMPを消費して単体のHPを小回復する】
【白虎の印 回光……単体のHP・SP・MP・運命力以外のステータスを一定時間1.2倍に上昇させる】
各印2種類ずつで8種類。効果もそれぞれ違うから迷うな……。
モミジの種族であるコオニは近距離特化型らしいが、裏鬼門の召還ともあってステータスは正反対の魔法攻撃型。コオニが覚える魔法は自身のステータスアップ系だと、マキビさんは言っていたけど……うぅん、あまり参考にはならないかもしれない。
回復は覚えない可能性が高いから霊光でもいいけど、マキビさんが使った紅雨が頭から離れない。あれはカッコよすぎた。
まだまだ序盤だしな。回復役って柄でもないし。自分が気に入ったヤツにしてもいいだろう。
「よし、火雨にします!」
巻物を見つめながら念じると、【★朱雀の印 火雨★ を習得しますか?】というポップアップが表示される。「はい」と更に念じることで巻物が発光し、拳大の光に収束して俺の体へと吸い込まれた。
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:1
種 族:人間族(天風人)
職 業:陰陽師
H P:27
S P:18
M P:25
攻撃力:15
守備力:9
魔攻力:12
魔守力:9
敏 捷:10
器 用:12
運命力:23
スキル:式神召喚(不可)
式神契約(1/1)
魔 法:朱雀の印 火雨
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「火雨は複数相手に火の力で攻撃する魔法です。最初から攻撃魔法にするのは、なんだか晴明さんらしいですね」
「マキビさんの弟子ですからね」
「ふふっ、私も確かに火雨を最初に覚えました。ああ、懐かしいですね」
からかったつもりだったんですけど。こう見えてマキビさんって好戦的なのかな? いつも温厚なキャラが戦闘になると豹変するのは、バトル漫画あるあるだからな。マキビさんには逆らわないようにしよう。
「どうでしょう、試しに使ってみませんか?」
「使ってみたいです!」
「ええ、外でやってみましょう」
マキビさんに続いて外に出ると、神社の境内の隅で足を止めた。よくよく見まわしてみると、この神社は意外と広いな。魔法の試し打ちをしても問題なさそうだ。
「この人形に向けて、魔法を使ってみてください」
マキビさんは、懐から取り出した数枚の紙を手のひらに置き、息を吹きかける。
紙は風に乗って空中に踊り出すと、複雑に絡み合いながら空中で3体の手のひら大の人形に変形。そして白石が敷き詰められた地面にふわりと着地してから、器用に紙の指を折り曲げてこちらにVサインしてきた。無駄に愛嬌のある紙人形だな。
「いざ!」
紙人形に意識を向ける。不思議な感覚だが、3体の人形をロックオンしたような気がする。
人差指と中指を体の前で立てるポーズを、マキビさんの見様見真似でやってみる。
「★朱雀の印 火雨★」
指の先から迸る炎で空中に『火雨』の字を描く。炎で描いた『火雨』は収束すると、美しい炎の鳥へと変化し、一鳴きして大空へと羽ばたいていった。そして紙人形ズの頭上で弾け飛ぶと、一斉に真っ赤な火の雨を降らせる。紅雨がゲリラ豪雨だとすれば、火雨は小雨って感じだな。
頭から火を被った紙人形ズは、全身を燃え上がらせながら「アチチ! アチチ!」と聞こえそうなジェスチャーでしばらく走り回った後、「やられた~」と地面に倒れこみ、やがて灰となって風に散っていった。最後まで愛嬌のある紙人形達だった。
マキビさんの使った紅雨より攻撃力は低いが、やはり全体攻撃は使いやすそうだ。なにより降り注ぐ火の雨がカッコイイ。
「手印の結び方も、教えていないのによく出来ましたね。こちらも形式的なものですが、正しく結ぶことで呪文の威力が高まるとも言われています」
召還術と同じで必須ではないということか。まあ威力が高くなるというなら、結ぶことが難しい状況でもなければやっといた方がイイだろう。
手印の結び方もそれぞれの印で異なるらしく、熱血教師スイッチの入ったマキビさんに指導され、俺はそれから腕が攣るまで素振りをやらされるのであった。
しかし、手印を結んで呪文を唱えるシチュエーションは男心を大変くすぐられ、3時間の練習と50体の紙人形の犠牲の甲斐もあって、ついに合格をもらうことができた。マキビさんに一人前として認められたようで嬉しかったし、修行自体も楽しかった……だが、なんだかモヤモヤする。
「陰陽師に転職したこと、まだ後悔していますか?」
気力を使い果たして突っ伏す俺の隣にやってきたマキビさんは、あまりにも自然に、脈絡なく問いかけてきた。しかし、それは俺の中に漠然と存在する違和感……その核心を突くような質問でもあった。
「……気づいていましたか」
「ええ」
上手く隠してきたつもりだったんだが……年の功とも言うべきか。俺が陰陽師にイイ印象を持っていないこと、マキビさんには気づかれていたようだ。
モミジとの出会いや魔法習得を通して、陰陽師に転職してよかったと思った気持ちに嘘はない。レアジョブに転職したことは、ゲーマーとして嬉しい限りだし、マキビさんやダグラスに感謝もしている。それでも過去のトラウマから、心のどこかで引っかかっている部分があったことも確かだ。
それは、俺がイジメられる原因となった映画。
『陰陽師』と『安倍晴明』……この言葉を聞く度に、生理的な嫌悪感を抱いていた。自分が最も憎むべき存在に、自分自身がなっているという矛盾。自分を自分で否定するという永久ループとも言える人格否定。隠し通せないほどに大きな違和感へと、俺が気づかない内に育ってしまっていたのかもしれない。
このゲームをキッカケに克服しようなんて考えていたが、そう簡単なものじゃないらしい。
こんなにマキビさんは親身に教えてくれているのに、教わっている本人が陰陽師をよく思っていないなんて、不快に思われても仕方がないだろう。
俺なんかが、陰陽師でいるのはやっぱりおかしいよな。
中途半端な気持ちでいるくらいなら、いっそ全部やめた方が……。
「納得しなくても、いいのではありませんか?」
「え……?」
「無理に好きになろうとする必要はないと思います」
まるで簡単な計算問題を解くように、マキビさんはそう言い放った。
なんでもないことのように言われて俺は呆然としてしまう。
「晴明さん、私のことは嫌いですか?」
立て続けに突拍子な質問をされ、話の関連性が分からずに困惑してしまう。今の話に関係があるのか? マキビさんが好きか嫌いかなんて考えたこともないが……。
「いいえ……尊敬していますし、好きですけど……」
「私は、『陰陽師』ですよ?」
そこでハッと気がつく。オセロで黒い石を一気にひっくり返したような、自分の内側から塗り替えられていくような、そんな不思議な感覚を覚えた。
「もしもダグラスが、ハクが、モミジさんが『陰陽師』になったら、晴明さんはみんなを嫌いになりますか?」
「……なりません」
「そうでしょうとも。『陰陽師』はあくまでもジョブです。その人を構成する『ほんの一部』であって、ジョブによってその人自身が大きく変わるようなことはありません」
そうか。そうだったんだ。
俺の人生を変えてしまった『陰陽師』というものを、無意識に強大な力を持つ悪魔的な存在だと思い込んでしまっていた。だからこそ恐れ、克服しようと必死にもがいた。
「そんな『ほんの一部』を無理して好きになる必要はないと思いますよ。モミジさんと一緒にいるために使っているだけ、生きていく上で多少便利だから使っているだけです。真正面から突破しようとするのではなく、ちょっと迂回してもいいじゃありませんか」
いまさら陰陽師をやめて、モミジとお別れするなんて選択肢はない。それならいつまでもウジウジと悩んでいても仕方ないよな。
「晴明さんは自分自身が『陰陽師』となったことに、大きな違和感と恐怖を持っていられるようですが……私達にはまるで関係のないことです。晴明さんは、晴明さんですから」
「俺は……俺……」
「『陰陽師』でも、そうでなかったとしても、私は……私達は『安倍晴明』さんが大好きですよ」
胸に言葉がスッと溶け、じんわり染み込んでいった。あたたかい言葉が、そのまま体をポカポカとあたためていく。大げさかもしれないが、これまでの人生が報われたような、そんな気がしたのだった。
ダグラスと出会えてよかった。
マキビさんと出会えてよかった。
ハクと出会えてよかった。
モミジと出会えてよかった。
俺とみんなを繋いだのは、皮肉にもこの『陰陽師』というジョブだ。数分前までの俺なら、もしかしたら受け入れられなかったかもしれない。性懲りもなく「このゲームやめようかな」なんて心の中で呟いたかもしれない。
でも、今なら言える。
「『陰陽師』にしてくれて、ありがとうございました」
「こちらこそ、『陰陽師』になってくれてありがとうございました」
マキビさんは少し驚いたように目を丸め、それから嬉しそうに笑った。
俺は『陰陽師』というもの全てを受け入れたわけではない。依然として、自分がイジメられる原因となった存在という意識は消えないし、恨んでいる気持ちも消えてなどいない。
でも、このAFOの中の『陰陽師』だったら、ちょっとだけ許してやってもいいかな。
だって俺は、『陰陽師』であるマキビさんのことが大好きなんだから。
「それでは、そろそろ戻りましょうか。きっとハクもモミジさんも起きていますよ」
「今日はありがとうございました、師匠」
「いえいえ。これからもよろしくお願いしますね、お弟子さん」
振り返って悪戯っぽく笑うマキビさん。生まれて初めて、心の底から『師匠』と呼びたい、この人に付いていきたいと思う人に出会えた。こんなに殊勝な気持ちを持っている人間だとは、自分で自分が笑えてくるけど。
これは確かにゲームだ。マキビさんもプログラムされた高性能なAIだと、理屈では分かっている。それでも、確かにこの世界でマキビさんは『生きている』んだ。この世界で経験を積み、いろいろな困難を乗り越えてきたのだろう。だからこそ言葉には説得力もあるし、心に響くのだ。
黒い和服の袖を風で揺らしながら戻っていく背中は、小柄なのにとても大きく、そしてとても遠くに見えた。
だが、俺もマキビさんと同じ『陰陽師』だ。遥か先と言えども、同じ道を進んでいることに変わりはない。いつか絶対に追いついてやるぜ。
心の中で決意を新たにし、俺はしっかりと前を向いて、マキビさんの後を追ったのだった。
VRの週間ランキング60位になりました。
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