26話 ばぶぅ!
「晴明さま~どこいくの~」
「晴明さま! さっきの! さんかくのウマいやつくれよ!」
「「さんかくさんかくぅ!」」
「わらわもほしいのじゃ~」
頭にモミジ。そして両肩と両脚に子供……それも獣人の子供を装備した俺は、マキビさんの神社に向かっているところだ。モミジヘルムは俺の式神だからいいとして、ビーストショルダーガードとビーストレガースについてはよく分からない。
ちなみに、ジジイのところでもらった鉄シリーズ装備はインベントリにしまっている。さすがにこの牧歌的な村で全身鉄鎧は浮きすぎるからね。
ジジイの鍛冶屋から出た俺達は、ひとまず『モナクス』の中を散策してみることにしたわけだが……俺が人間であることと、村の広場で怪しげな儀式をしていたことから、モナクスの村人達にメチャクチャ警戒されてしまっていた。
あからさまに目を合わせないようにするのはマシな方で、こちらをチラチラと見ながらヒソヒソ話をしていたり、酷いものでは毛を逆立てて威嚇してくる輩までいた始末。
これはさすがに散策どころではないと神社に帰還しようとしたところ、広場で遊んでいた6歳くらいの男女4人組に話しかけられた。子供特有の好奇心が為せる業か、怖いもの見たさで話かけてきたようだ。
動物と言えば、まずは餌付けだろう。獣人を動物に含むのかは謎だが、『はじまりの町』で購入した焼きおにぎりが余っていたので、餌付けをしてみたら変に懐かれてしまったのだ。ついでにヨダレを垂らして物欲しそうにしていたモミジにもあげたが、こっちも更に懐いた気がする。チョロイぜ。
みんなで半分こしたことで、同じ釜の飯を食った仲間意識のようなものが芽生えたのだろうか?
その結果がこの全身幼児装備である。
「焼きおにぎりはもう無い! 重いからさっさと離れろガキ共!」
「え~、もうないの~?」
「なんだぁ、つまんねーの!」
「「つまんないつまんない!」」
「つまんないのじゃ!」
モミジまで便乗するんじゃありません。
まさか焼きおにぎり半分で懐くとは……こいつらは野良猫か? ちょうど4人とも頭についているのは猫耳だし。品種はミケ、クロ、キジトラ、サバトラって感じ。ちなみに全員が幼馴染で、声が揃うキジトラとサバトラは双子の姉妹らしい。クロだけ男でハーレムじゃないか、妬ましい!
かなり焼きおにぎりを気に入ったようで、さっきから寄越せとギャーギャーうるさい。残念ながら焼きおにぎりのストックはなくなってしまったのだ。こうなったら他のことで注意をそらすしかないな。
「よし、腹ごなしに運動するか!」
「うんどう~?」
「オニゴッコしようぜ! オニは晴明さま!」
「「にげろにげろ~!」」
「逃げるのじゃ!」
うん、あの5人は連携がスゴイな。モミジなんか会ったばかりなのに完璧に馴染んでやがるぜ。俺の頭から華麗な前宙で飛び降りて、一番最初に逃げてったからな。
「くっくっくっ、俺から逃げられると思うなよ……俺は、オニゴッコマスターだぞ!」
エアーオニゴッコでは無敗だ。実戦は初めてだが。
まともに友達と遊んでこなかったから、もしかしたら幼少期ぶりのオニゴッコかもしれない。
あれ……なんだろう、頬に流れるこの水は……しょっぱいぜ。
もう、汗をかいちまったのかな……。
「晴明さま~こっちこっち~」
「いつまでつったってんだよ! つかまえてみろー!」
「「わたしたちは、さいきょうにして、さいそく!」」
「さいそくなのじゃ!」
へへっ、そんなに大声を出さなくったって分かってるやい。
「よっしゃ! お前ら覚悟しろよ!」
「「「「「わー! にげろー!!」」」」」
楽しいオニゴッコのはじまりだ!
「もうムリ!」
誰一人として捕まえられん。
あれから30分……必死に幼児のケツを追いかけ続けたわけだが、捕まえることは愚か、少しも追いつくことができなかったのだ。最近の幼児ってあんなに足が速いの?
最初の方は「まてまて~!」とか言いながら楽しく小走りで追いかけていたが、途中から「あれ? 追いつけなくね?」と全力疾走を始め、最後の方は「お願い! 待って! 頼むから捕まって!」と息も絶え絶えに懇願する始末だ。
しかし、子供は時にして非情なモノ。「しょうがないから捕まってやろう」という同情を持つこともなく、ワイワイキャッキャとはしゃぎながら、ついに30分も全力で逃げ続けやがった。6年間のイジメにも耐えた鉄の心も、さすがにポッキリと折れてしまったよ。オデノココロハドボドボダ……。
「晴明さま、なさけない~」
「もうへばっちまったのかよ! いいや、おれたちだけでやろうぜ!」
「「ししてしかばね、ひろうものなし!」」
「ならば! コオニのわらわがオニじゃ! シンのオニのチカラをみるがよい!」
広場の隅に大の字で転がった俺を放置して、幼児ーズだけのオニゴッコが再開された。もう、勝手にしてくれ……。
この村のヤツらはみんなレベルが高いことを忘れていた。レベルが高いということは、それだけ『敏捷』の値も高いわけで。モミジもレベル1だが、俺よりも『敏捷』の値は高い。最初から追いつくはずがなかったのだ。
ボーっと空を流れる雲を眺める。ゆったりと風に乗って流れる雲は、「ゲームですよ」と言われても信じられないほどに自然だ。目を閉じると、サワサワと揺れる木々のざわめきや、キャッキャと走り回る子供たちの声と足音が聞こえる。それは幼少期に遊んだ公園での記憶が思い起こされて、ちょっぴり懐かしくもなった。大地に四肢を投げてゆったりと自然を感じるこの時間が、なんだか無性に愛おしく感じた。
しばらくそうしていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。その足音は俺のすぐ傍で止まって、ゆっくりと地面に腰を下ろす。それから首の座っていない赤子の頭を扱うように、俺の頭を優しく持ち上げ、硬い地面からパンケーキみたいな柔らかいものに頭が乗せかえられる。ふわりと、桃のような甘い匂いがした。
「ハクの膝枕は落ち着くなぁ~」
「とうぜん」
目を閉じたまま話しかけると、思っていた通り、幼さの残る女の子の声が返ってきた。さすがに何度も膝枕されていれば覚えるものだ。昨日も別々の部屋で寝ていたにも関わらず、起きた時にはハクの膝の上だった。まるで意味が分からないけど、役得なのでモーマンタイです。
「晴明、子供すき? 楽しそうだった」
「見てたのか……ふつうだよ、ふつう。オニゴッコは、まあ楽しかったかな」
「まったく追いつけてなかった」
「うるさいやい。俺が本気を出したら3秒で捕まえられる。大人げないから手を抜いてやっただけだ」
幼児にぶっちぎられる男の図を見られていたとは……もうお外を歩けない……現実ではもともと引きこもってるけど。
「すねない。よしよし」
ハクは膝枕をしながら、母猫が子猫の毛繕いをするようにかいがいしく頭を撫でる。指で髪を梳くように撫でるのが、なんとも心地よくて安心するのだ。細くて柔らかい女の子の指って、どうしてこんなにキモチイイのだろう。キーボードとマウスを叩きすぎて硬くなった俺の指と交換してくれないかな。
「膝枕が好きなのか?」
「晴明以外、あんましたことない。だからわからない」
え? なにこいつ、俺に惚れてんの?
「惚れてはない。好きだけど」
「ほあ!?」
驚いて飛び起きそうになったが、額をはたかれて太ももに戻される。ぐぬぬぬ、でも太もも柔らかくてキモチイイ……。
なにこれモテ期?
黒髪の美女とはイイ雰囲気になるし、モミジとも……まあ、ここは同一人物だからいいか。レナードさんには勧誘されたし、ジジイにはなぜか気に入られているようだし、マキビさんにも2回膝枕された。それに加えてついにハクまで……いや、おかしい。なぜか男率が高い。俺はこのゲームでどこを目指しているんだ。
「晴明、ほっとけない。こうやってナデナデしてると、ハクも落ち着く。だから好き」
「ふむ」
なんだか想像していた好きとは違うかもしれない。この見た目が中学生な白狐は、なぜか俺に子供への愛情と似たものを持っているらしい。未発達なロリっ娘の母性本能まで、無意識にくすぐっちゃったのか……まったく罪な男だぜ。
「そういうとこ、ちょっとウザい」
「あいてっ」
また額をはたかれた。それから頬を2回ほどつついた後、頭ナデナデへと戻る。この雰囲気は、確かに恋人うんぬんより親子のようだ。ちょっと残念な気持ちもありつつ、なんだか嬉しい気持ちもありつつ。しかし、それなら俺にも考えがあるぜ。
「ママ~、晴明もママが好きでちゅ~」
「ん」
とことん母性本能をくすぐっていくスタイルに変更だ。いつの時代も、カワイイ男子に弱い女は一定数いるもの。こうやって甘えたカワイイ男子を演じつつ、いざという時に男らしい一面を見せてしまえば、母性本能強い系女子なんぞ一発でオチる。ホット●ッグ・プレスにそう書いてあった。
「ママ~、もっとナデナデしてほしいでちゅ~」
「ちょっとかわいいかも。よしよし」
ほら見ろ、全国の非モテ男子の諸君。これが俺と君達とのチガイってヤツさ。
モテる男の条件とは何か?
イケメン?
否!
高身長?
否!
お金持ち?
否!
街を歩いているカップルを見て欲しい。不細工でも彼女と歩いてるヤツはいるし、チビでアイドルになってるヤツもいる。ワンコインで食べれるようなファミリーレストランに行けば、店内は家族連れだらけだ。お金だって関係ないだろう。
女にモテる秘訣とは、いかに『ハマるか』である。RPGと同じだ。物理攻撃に弱い敵には物理攻撃をするし、魔法攻撃に弱い敵には魔法を使うだろう。相手の弱点を見抜き、的確に突いていくだけで、女はオチる。
俺の高度な分析によると……ハクの弱点は、『カワイイ系男子』だ。
つまり、このまま攻めればオチる!
「ママ~、おなかがすいたでちゅ~。おっぱいのみたいでちゅ~」
「キモイ」
あれ? おかしいな?
「マ、ママ~? だいちゅきでちゅ~」
「ふん」
「ギャァアアア!」
両目を指で潰され、サッカーボールのように思い切り頭を蹴り上げられた。間違いなく殺人コンボだ。
うわぁ、フリーキックで蹴られたボールってこんな感じなんだぁ! このまま鳥になって飛んでいけそうだぁ! でもボクには羽がないから飛べないぞぉ!
「――ホゲェッ」
生まれて初めて自分の体からグシャッって音を聞いた。
え、これ大丈夫だよね? 臓器が何個か潰れてたりしないよね? 村の中だからダメージは0だが、精神的なダメージはクリティカルだ。
蹴った本人は「もう関係ありません」とばかりに、背中を向けて長い白髪を揺らしながら去っていった。クソッ、薄情なロリ狐め!
しかし見た目がロリっぽいハクと赤ちゃんプレイとか、冷静に考えるとヤバイな。俺だったら即行で警察に通報する。我ながら、あの気持ち悪いしゃべり方は黒歴史確定だ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「人体から鳴ってはいけない音がしましたけど……」
いろいろな意味での衝撃で蹲っていると、白くて細い2本の手が伸びてきた。
「ありがとうございます……なんとか生きています……」
「よ、よかったです」
その手を借りて立ち上がる。目の前では、獣人の女性2人が心配そうにこちらを見ていた。
はて? どこかで会ったかな?
「ああ……私たちは、あの子達の母親です」
「あの子達と遊んでくれて、ありがとうございました」
「いえいえ。遊んであげたというか、遊ばれたというか……」
なるほど、二人とも猫耳が付いている。餌付けした4人組の母親だったというわけか。こっちは耳が黒いからクロで、こっちはトラ柄だから双子かな?
「しかし、いいんですか? てっきり、ウチの子に近づくなと言われるとばかり」
「ええ……私達も、最初はそうしようと思ったのですけれど……」
「ふふっ、あんなに楽しそうにオニゴッコをしているのを見たら、そんなこと言えるわけないですよね」
グッ、お母さん方にも見られていたらしい。
2桁にもならない年の我が子にぶっちぎられる男……こりゃ明日には村中に噂が広がるだろうな。女という生き物はどうしてあんなに世間話が好きなのか。チャック全開だということに気がつかず、社会の窓からパオーンがコンニチハした状態で登校したことが、次の日にはご近所中に広まっていた幼少期の苦い思い出が蘇ってきた。あの日はおねしょしてノーパンだったんだから仕方ないじゃん!
「あ、あの~」
「ハッ!」
ついぞ下校までパオってることに気がつかず、通りがかった全裸の痴女に誘っていると勘違いされ、路上で強姦されそうになったところまで思い出すところだった。あの時の俺は性の目覚めを済ませていなかったために、徐にコートの前を開いた痴女の裸体にビックリしてしまい、全力ダッシュで家に逃げ帰ってしまったのだ。クソッ! なんというもったいないことを! すごく巨乳で美人だったのに!
「大丈夫ですか……?」
「ハッ! だ、大丈夫です!」
「そ、そうですか」
「よかったらまた遊んであげてくださいね」
急に前屈みになった俺を怪訝そうに眺めつつ、子供達の方へ歩いていくお母さん方。よく見たら12時頃になってるし、そろそろお昼ご飯の時間かな?
「晴明さま~またね~」
「のろまさま! つぎまでにれんしゅーしとけよな!」
「「のろまたね~」」
「うるせえ! 次はみんな捕まえてやる!」
全身を使って大きく手を振る4人組に手を振り返すと、我先にとおそらく家がある方に走っていった。あれだけ走ってもまだ体力があるのか……子供は元気だな……。
お母さん方も一度こちらに一礼し、子供達の方へと歩き去っていった。
「いっぱいあそんだのじゃ!」
「よかったな」
モミジがトテトテと歩き寄ってきて足に抱き着いたので、頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めて笑った。「わらわは、2かいつかまえたのじゃ!」とか「ころんでつかまったのはくやしかったのじゃ~」とか「みんなすごくきのぼりがじょうずなのじゃ!」とかいろいろな報告をしてくるので、しばらく相槌を打ちながら聞いてやっているとウトウトし始める。
遊び疲れと話し疲れだろうか。抱き上げてやると、すぐにスヤスヤと夢の国へと旅立ってしまった。なんとも父性本能をくすぐられるあどけない寝顔だ。高校生にしてパパになった気分だぜ。
「まったく、仕方ないやつだ」
たぶん口元はニヤけているだろう。モミジを見ていると本当に飽きない。
俺達を遠巻きに眺めている村人にも、否定的な感情は見えなくなった。みんなかわいいモミジに夢中のようだ。わかる、わかるぞ。このあどけない寝顔はたまらないよな。
きっと4人組と遊んだことも大きいのだろう。怪我の功名とも言うべきか、獣人の子供達と無心に遊ぶ姿から、俺達に敵意がないことが伝わったようだ。一部、「どうせあいつに襲われても余裕でぶっちぎれるし」みたいな視線が混ざっている気がするが、警戒が解けたのであれば問題ない。問題ないと言ったら、問題ない。
「とりあえず、マキビさんの神社に行くか」
暖かい視線7割、生暖かい視線3割に見送られながら、俺は神社の方へと足を進めるのであった。ちょっと小走りで。




