21話 ものすっごい、どすけべだから!
「いつから、気づいていたのですか?」
マキビは木陰で昼寝を再開しようとした白狐へと声をかける。その声は硬く、珍しく憤りも混じっているように感じた。
「さいしょから。でも、絶対じゃなかった」
「私では察知できませんでした……」
マキビ達がいる数メートル先には、ドス黒い煙で覆われたドーム状の結界がある。裏鬼門の式神召喚によって晴明が作り上げたものだ。
あれから結界を破壊しようと何度も攻撃したものの、強力に張りなおされた闇の結界を破ることができずにいた。これは何十年も陰陽師として生きてきたマキビをもってして、初めての経験であった。
本来であれば1回目のように光の結界が出来るはず。しかし、晴明は裏鬼門に向けて式神召喚を発動し、さらに悪いことに、裏鬼門の妖怪と縁を持つ縁物を所持していた。
裏鬼門を向いていたからと言って、必ずしも『理から外された者達』が召喚されるわけではない。
『理から外された者達』は、その強力さ故、式神召喚を力ずくで拒絶することができるのだ。召喚に応じる確率は0.1パーセントにも満たないレベルだろう。だからこそ、マキビは油断していた。
「あれは、すごい怨念をかかえてた。ハクは鼻がイイ。だから分かった」
「分かっていたのなら、教えてくれてもよかったじゃありませんか?」
「さいしょにいった。『晴明じゃむり』って」
おそらく、「晴明では妖狐の召還は無理だ」と言った時のことだろう。マキビは頭を抱えてしまう。それだけで、晴明が危ない縁物を持っていると分かるはずがない。昔からこの白狐はそうなのだ。言葉足らずが原因で苦労した経験は、まず両手では足りないだろう。
「マキビ。晴明は『神からの遣い』とかいうやつ。だから、死なない」
「それはそうですが……身体は死ななくても、心が死んでしまうことはあります」
マキビは『神からの遣い』をよく知らない。おとぎ話で聞いたことがあるレベルである。それでも、その不死性は噂で聞いていたし、晴明が『神からの遣い』であることもダグラスから聞いている。
モンスターに敗れて死んだはずの若者が、数分後には『はじまりの町』の酒場で酒を飲んでいたなんて話も聞いた。確かに『神からの遣い』は不死なのだろう。召喚した妖怪に晴明が殺されてしまっても、すぐに何事もなかったかのように復活するのかもしれない。
しかし、晴明と話していく中で確信したこともある。
心は普通の人間と同じということだ。
戦いとは、命だけではなく心も削るもの。さらに『理から外された者達』との戦いは、命よりもむしろ心を摩耗させる。
通常の戦いすら経験していない晴明が、『理から外された者達』との戦いで生き残るのは不可能に近いだろう。心が死んでしまって二度とこの世界に戻ってくることはないかもしれない。
マキビは『貴方次第です』なんて激励まで飛ばしてしまった。自分がかつて失敗し、そして二度と発現すらしなくなった裏鬼門の召還……夢にまで見た光景が目に飛び込んできたことで、我を失っていたのだろう。そんな自分の無責任な言葉を信じ、勝てるはずのない戦いで魂を削り続けているかもしれない。そう考えただけで、胸が張り裂けるような思いであった。
「晴明は、だいじょうぶ」
「どうしてそう能天気でいられるのですか!」
いつもなら微笑ましく思うハクの能天気さが、今はとにかく恨めしかった。
どうしてそうのんびりとしていられるのか。この白狐も、いままで身近な存在の死を何度も経験してきている。凄惨な光景に立ち会ったことだって一度や二度ではないのだ。知り合ったのが昨日や今日とは言え、言葉を交わして友好を深め、後継者として『輪廻転生』までした人間が窮地に立たされている。
だというのに大きな欠伸をしてのんびりとしている白狐に、マキビは憤りを感じずにはいられなかった。
「んー、なんとなくわかる。晴明は、だいじょうぶ。なにより晴明は……」
「……?」
ハクは途中で言葉を切り、何かを感じたように結界を見た。つられてマキビも視線を向けると、晴明を閉じ込めている闇の結界に亀裂が走ったのが見えた。亀裂はどんどん増えていき、やがては全体へと広がる。そして――――。
――――ガラスを叩き割ったような破砕音が響き、闇の結界が弾け飛んだ。
「ものすっごい、どすけべだから!」
空中で一回転して人間へと変身すると、そう言いながらマキビへとウインクを一つして、召喚陣の中心で仰向けに倒れる晴明へと駆け寄っていった。
しばらく茫然としていたマキビであったが、よいしょよいしょと一生懸命に晴明を持ち上げようとして断念し、諦めて足で転がしはじめるハクを見て自然と笑みがこぼれる。
「ふふっ、ハクはすごいですね。そして晴明君も……」
きっと心から信用できていなかったのだろう。晴明を見つけてきたダグラスを、大丈夫だと断言したハクを、そして陰陽師へと転職させたマキビ自身でさえも。
「私も、まだまだ修行が足りませんね」
そうマキビはひとりごちて、運ぶのを手伝うためにハクの方へと歩いていくのであった。




