20話 ファーストキス
「ごめんなさいでしたぁぁぁ!」
横っ飛びに身体を投げて緊急回避する。花火の尺玉を地面で爆発させたような破裂音とともに、数秒前まで俺の体があった場所に大きなクレーターが出来上がった。
モグラさんもビックリな大穴をブチ開けたのは、刀を振り下ろした姿勢で静止する妖怪だ。あの細腕でどうやっているのか、発泡スチロールみたいに軽々と刀を振り回している。ただし、威力は100トンハンマー。この世界の物理法則がブッ壊れていることは理解した。
……っていうか無理! だって俺が丸腰なのに相手は刀を持ってるんだよ!?
カッコつけて「調伏してやる!」とか言ってみたけど、どう考えても無理だわ。まずリーチが違うもん。あんな鉄の扇風機みたいなものを突破できるわけがない。
「ほわぁぁぁぁ!」
またまた横っ飛びに身体を投げて緊急回避する。そして聞こえる破裂音と増えるクレーター。
かれこれ片手で数えられない攻撃を緊急回避している。もはや地面は平らな部分を探す方が難しいレベルに凸凹だ。ここまで避けることができたのも、偏に直線的な攻撃が多いからである。150キロの爆速ストレートをバットに当てることは難しくても、当たらないように避けるなら素人でも難しくはない。
それにしても……。
「マキビさんのウソツキィィィ!」
なにが「術者のレベルに応じた妖怪が召喚されるので、そこまで危険はありません」だよ! あれどう見てもオーバースペックだろ!
その証拠に、俺が地面を思い切り殴ったところでマカロンくらいの穴しか開かない。あの武器が特殊な可能性も無きにしも非ずだが、あの目で追えない速さは武器とは関係ないだろう。つまりはステータスが全体的にダンチってヤツだ。レベル1で勝てるビジョンが見えない。
「チョァァァ!」
もう何度目かもわからない緊急回避。今回も何とか間に合ったようで、全身を打ちつけながらもダンゴムシのように転がり、距離を開けることに成功した。
しかし……。
「グッ……SPが、無くなってきやがった……」
どうにかタイミングを計り、躱す瞬間だけSPを使用するようにして節約していたが、さすがに限界が近づいてきた。あと2回も避ければSPは切れてしまうだろう。
このまま避けているだけでは、ただ座して死を待つのと同じだ。それに一発も入れずに負けては、あまりにもカッコがつかない。俺はやるべき時はやる男。
「かかってこいやオラァ!」
今こそ、前に一歩踏み出す勇気!
「やっぱ無理ァァァ!」
一歩踏み出した分、少し避けるのが遅れてしまった。刀は当たらなかったものの、爆風をモロに食らって煤まみれになりながら地面を転がる。
だが、いまので分かった。やはり避けるだけなら難しいことはない。反応が遅れても避けることができたのがその証明である。そして大振りの刀という性質上、懐に飛び込む隙は十分にありそうだ。
避けられるのは、たぶんあと一回。勝負をかけるならココしかない。
やることは単純で、相手が刀を振り上げたタイミングで懐に飛び込み、どうにかして動きを止めて倒す。我ながらほとんどノープランだ。ゾクゾクするね。
ただ刀を振り下ろすマシンの様に、 妖怪の顔には相変わらず何の感情も浮かんでいない。人形のように整った顔をしているだけに、余計に冷たい印象を受ける。その澄ました顔、驚きに歪ませてやるぜ!
そして、その時はやってきた。
妖怪は感情のない深紅の瞳でこちらを見つめながら、緩慢とした動作で刀を振り上げ――――。
「――ここだ!」
残ったすべてのSPを使い切る勢いで妖怪へと全力ダッシュ。
しかし、ここで相手の行動パターンが変化した。今までは瞬間移動のような速さで近づき、慣性と体重を最大限に乗せた一撃を放つスタイルだったが、今回は俺から近づいたからか、タイミングを合わせて振り下ろす姿勢だ。このまま突っ込めば、左半身と右半身が永久にオサラバしてしまうだろう。
だけど俺だってもう止まれない。止まれば向こうから近づいてきて斬られるだけだし、運よくその一撃を避けることができたとしても、SP切れでゲームオーバーだ。
距離がどんどん縮まっていく。
最初からプログラミングされていたかのように、俺の頭をカチ割るベストなタイミングで、妖怪が上段に構えた刀を振り下ろす。
「間に合えぇぇぇ!」
少しでもタイミングをずらすため、ダイビングヘッドの要領で身体ごと妖怪に向かって飛び込む。
俺の決死の突進に、妖怪の目が驚きで見開かれるのが見えた。
してやったり!
ダイビングヘッドでタイミングがズレた。完全には躱しきることができず、右肩から先が切り離されたようだが、斬られたということは刀が振り下ろされたということ! この一撃にすべてを懸ける!
「うおおおおおおおお!」
残った左腕を伸ばし、思い切り妖怪を突き飛ばす!
ふよよん。
「ん?」
ちょっとイメージと違う。思い切り突き飛ばすために伸ばした左手が、柔らかい何かに包まれる感覚。
なんだろう? この気持ちいいマシュマロみたいな物体は?
もみもみもみもみ。
「……んっ」
そのマシュマロのような物体の正体を確かめようと手を動かしてみる。すると、目の前の妖怪……美女から艶めかしい声が聞こえた。
これってもしかしなくても……。
おっぱい!?
ここで再度の補足となるが、俺の母さんはGカップだ。洗濯籠を漁って確認をしたことは、以前報告した通りである。そして俺は、幼少期に揉み倒した記憶と感触を、今でも鮮明に思い出すことができる。手の平から広がる温かさと、マシュマロのような柔らかさ、この世の全てを包み込むような大いなる母性。あれには子供ながら感動したものだ。
しかし、このデカさと感触は母さんに負けずとも劣らない……ま、まさか……こいつもGなのか!?
こりゃぁ、辛抱たまらん!
は、は、は、晴明、いきま――――す!
そんなおっぱいに思考停止へと追い込まれる俺。しかし状況は待ってくれず、飛び込んだ勢いのまま、美女に身体ごとぶつかって押し倒してしまう。
そして重力に導かれるままに俺の体も落下し、目の前に美女の顔がどんどん近づいて――――。
ちゅっ。
「~~~~~!?」
目の前の深紅の瞳が、さっき意表を突いた時よりも大きく見開かれるのが見える。それから遅れてやってきた、唇に柔らかいモノが触れる感触と鼻孔をくすぐる金木犀のような甘い香り。
(び、Bを体験してから、Aも体験してしまったぁ!?)
これ、あれですよね。チュー。キス。口づけ。接吻。マウストゥーマウス。
カランと、刀が地面に転がった音がした。
唇の間から漏れる熱い吐息は、俺のモノか美女のモノか。きっと両方だろう。あまりの気持ちよさに、脳ミソがとろけてしまいそうだ。心臓がドキンドキンと跳ねまわって仕方ない。その深く紅い瞳と見つめあう度、お互いの呼吸を交換し合う度に、鼓動が早くなっていく。このままでは、心臓が飛び出してブレイクダンスをはじめそうだ。
気がつけば目の前にある美女の瞳は焦点が合っておらず、頬もほんのりと桃色に染まり、とろんとした表情をしていた。
これは……いける!
AもBも経験したからには、この勢いでCまでヤっちゃうしかない。
これがゲームだとか、そもそもシステム上できるのかとか、そんなことはもう関係がないのだ。ヤるか、ヤらないか。それだけである。そして俺は、ヤる時はヤる男なのだ。
母さん、貴女の息子は――――これから真の漢になります。
本能に導かれるように、大ぶりの桃が二つ実る桃源郷へと和服の衿から手を滑りこませ――――。
「何をしておるか、たわけェ――――ッ!」
「おごォッ!」
股間を思い切り蹴り上げられた! 痛覚はないはずなのに、昼休みにサッカーボールが当たった時の数万倍の痛みがッ! 息が、できないッ!
「のぅ、うつけ。そちは何をしようとしたのかのぅ?」
「ち、ちがうんです! 誤解でヴォッ!」
弁解しようとして再度蹴られる股間。
あ、ダメ。子孫を残せない身体になっちゃう!
さっきまでは人形のように無表情・無言・無慈悲の3M状態だったのが、急に流暢にしゃべり始めた。それも害虫を見るような冷たい視線付きだ。
「何をしようとしたのか、聞いておる」
「おほぉ! ぐふっ! らめぇ!」
そ、そんな、股間をグリグリしちゃ、新しい扉が! 開いてはいけない扉が!
俺の興奮パラメータとは対照的に、どんどんと深紅の瞳の温度が下がっていく。暖色なのに絶対零度ってどういうこと?
「そ、そのぉ……エロイことを……」
「ほぅ? エロイこと?」
「おっぱいを、こうモミモミっとヴェッ!」
あ、あかん……下駄の底でグリグリされる痛みが……快楽へと変わってきている。このままでは、SMクラブでしか本当の愛を感じることのできない痛覚と愛の探究者へとクラスアップしてしまう!
「なにゆえじゃ?」
「ふぇえ?」
「なにゆえ、妾にエロいことをしようとした?」
嗜虐的な視線で見下ろす美女。あれは確実に『どういたぶってやろうか』と考えてる目だね。イジメ被害歴6年のプロが言うのだから間違いない。その証拠に下駄の底が股間のすぐ傍で待機しており、俺がもしも変なことを言えば、すぐにでもミンチ●コの完成だ。下手なことは言えない。
本当は「グヘヘ、嬢ちゃんもホントはコレが欲しいんだろう?(ボロン)」とかやってみたいけど、いろいろな意味で終わる気がする。コンプライアンス的にも一発アウトだ。
しかし、この状況で何を言えば正解なんだ? 学校で修羅場の乗り切り方なんて教えてもらってないよ?
「か、かわいいと思って。俺の式神にしてしまいたく……なってしまいまして」
結局は正直に答えるしかない。ここでどんだけ嘘をついたり冗談でごまかしたりしたとして、後悔するのはきっと自分だ。さすがの俺でも、ふざけていい場面といけない場面の分別くらいできるさ。
俺の真摯な気持ちが伝わったのか、さっきみたいに股間を踏み潰されることはなかった。しかし、依然として危機は脱していない。美女はなにかを考えているそぶりだし、股間のすぐ傍にカッチカチの下駄がステンバーイしてることに変わりはないのだ。
「のぅ、うつけ?」
ふと呼ばれたので意識を戻すと、いつのまにか美女の手には刀があった。その抜身の刃に舌を這わせ、妖艶に微笑みながら見下ろしてくる美女。命の危険がすぐそこまでスキップしてきていることを感じながらも、『傾国の美女』と称するに足りる、妖艶な美に見惚れてしまっていた。
「辞世の句はできたかのぅ?」
首元に冷たいモノが当たる感触。少し力を入れるだけで、俺の首は簡単に落ちることだろう。SPもほとんど切れてしまった俺には、抵抗することもままならない。ここまで来ればもはや是非はなしだ。
「俺は死なないから辞世の句なんぞ詠まねぇ! 何度でも蘇って、いつかお前を俺の式神にしてやる!」
きっとこれが、本当の一目惚れというヤツなんだろう。
事故とはいえ、ファーストキスだった。
ゲームの中の出来事をここまで真剣に考えている俺は、傍から見たら馬鹿らしく思われるのかもしれない。しかも、その相手は俗に言う『モンスター』ってヤツだ。この世界の人間にしてみても異常だろう。
それでも、あの柔らかい唇の感触、甘い吐息、交わした視線と言葉は本物だった。俺の奪われた心も、本物だった。
俺の渾身の叫びを聞いた美女は「おもしろいうつけじゃ」とクツクツ笑い、それからそっと顔を近づけてきて、唇にちょこんとキスをする。
「これ以上は、おあずけじゃ」
唇を指でなぞって頬を赤らめる美女は、とても美しく、そしてとても可愛らしかった。不思議と死への恐怖は無くなっており、冬の寒い日に熱い湯船につかっている時のような、体の芯から心地よくなっていく感覚を覚える。触れ合った唇は焼きゴテを当てられたみたいに熱く、それが更に俺の心を熱くさせた。
「またいつか、のぅ」
彼女は刀を振り上げ――――。
「安倍晴明よ」
俺の首にめがけて一直線に振り下ろした。
自分に迫る刀と、その向こうで楽しそうに微笑む彼女。
その光景を最後に、俺の意識は途絶えた。
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:1
種 族:人間族(天風人)
職 業:陰陽師
H P:27
S P:18
M P:25
攻撃力:15
守備力:9
魔攻力:12
魔守力:9
敏 捷:10
器 用:12
運命力:23
スキル:式神召喚(不可)
式神契約(1/1)
魔 法:なし
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