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19話 『式神召喚』


「『式神召喚』!」


 地面に描かれた五芒星からそれを囲う外側の円へと、一筆書きをするように順々と石が光ってゆく。最後の一つが光った時、一斉に光がドーム状に立ち上がり、俺を閉じ込める光の結界が出来上がった。


 結界の完成を待っていましたとばかりに、足元の陰陽太極図(いんようたいきょくず)が高速回転を始める。そして地面を滑るように俺の前方2メートルほどの場所へと移動し、こちらに面を見せるように空中へと浮かび上がった。


「マキビさんが言っていたのはこれか」


 俺が持っている石を投げることで目の前の陰陽太極図は完成し、待ちに待った式神が召喚されるということだろう。しかしこの光景、昔のバラエティー番組を思い出すね。


「パ●ェロ! パジ●ロ!」


 ダーツのように親指と人差し指で石を摘まみ、よく狙いを定めて……放つ!



 夢と希望と輝かしい未来への願いを乗せて放たれた石は――――。



 綺麗な軌道を描き――――。



 陰陽太極図の遥か上を通り過ぎていった!



「オー! ノォー!」


 イメージトレーニングはバッチリだったのに!


 変にカッコつけずに普通に投げればよかった……って頭を抱えている場合ではない。早く拾ってまた投げないと。


「――危ェ!」


 前方より何かが飛来してきて、咄嗟(とっさ)にしゃがんだ頭の上でUターン。そのまま陰陽太極図へと飛んでいき、音もなく衝突した。しばらくして陰陽太極図の回転が止まり、白い魚の目にあたる場所に俺の投げた石が張り付いていた。


 これは、あれか。どれだけ()頓狂(とんきょう)なところに投げても当たるやつ。まあ、ノーコンが陰陽師になったら永遠に召喚できなくなっちゃうしね。仕方ないけど、なんか悔しい!


 敗北感に打ちひしがれている俺を余所(よそ)に、石の目を獲得した白い魚が光り輝き、その(あふ)れ出る光が『陽』という文字を作り出す。しばらくパチンコのアタリ演出のごとく『陽』に当たりましたよアピールをした後、文字は収束して光り輝く球状となり、陰陽太極図の黒い魚の目の部分へと()まった。これで陰陽太極図は完成だ。


 さあ、ここからが勝負!


「俺が望むのは、遠距離支援&魔法攻撃が得意で稲荷寿司が好きな式神! つまり『妖狐』ちゃん! 1万年と2千年前から愛してます!」


 俺が結界の中心で愛を叫んだタイミングに合わせて、陰陽太極図が色の境目から内扉のようにゆっくりと開かれてゆく。



 ――扉の向こうに見えるのは、この世界のどこかであろう景色。



 鬱蒼(うっそう)とした竹林が視界いっぱい広がる中で、不思議そうにこちらを見つめている白い子狐の姿があった。子狐モードのハクによく似ていることから、あれが式神召喚に応じようとしている妖狐だろう。


「妖狐キター!」


 あの妖狐が門をくぐってきた後、スキル『式神契約』を使用し、相手がそれを受け入れれば式神契約は完了である。


 向こうからはこちらが見えていないようで、必死においでおいでをしている俺にまるで気づく様子はない。先ほどからこちらを不思議そうに見つめながら、時折アクビをしている。きゃわいい。


 ここであの妖狐から門をくぐる意志が完全になくなれば召喚失敗、最初からやり直しとなる。しかし、次もまた妖狐が出てくるとは限らない。ここは何としてもあの子と契約したい……お願いします、母さん! 俺に力を貸してくれ!


 そんな俺の女神(母さん)への祈りが通じたのか、門の向こうの妖狐は短い足でチョコチョコと近寄ってきた。ああ、やっぱり母さんは勝利の女神だったんだ……ありがとう母さん愛してる!


 そのまま妖狐は迷うことなく門へと近づき、くぐろうとした。



 その刹那――――。



 インベントリに保管していた『ナニカ』が暴れ出した。



「え……?」


 その『ナニカ』――『紅葉石』はイベントリから勢いよく飛び出し、そのままの勢いで陰陽太極図へと一直線に飛んでいく。


 そして今まさに門をくぐろうとしていた妖狐へと激突し、思い切り門の向こうへと吹き飛ばしたタイミングで――――。


 陰陽太極図の門が閉じられてしまった。



 光のドーム内を静寂が支配する。



 これ……どうすればいいの……?



 しばらく茫然としていると、俺を囲んでいた結界の光が静かに消失し、ガラスみたいな結界へと変化した。陰陽太極図も足元に戻ってきている。『式神召喚』が自動的に解除されたのかな?


 遠目には、いまだにこちらの様子を伺っている村人達の姿が見える。いや……口をだらしなく開いてなぜか唖然(あぜん)としている?


「晴明さん!」


 呼ばれて振り返ると、召喚陣のすぐそばに立つマキビさんがいた。その顔にいつもの温和な色はなく、とても焦っているようだ。


「すぐに召喚陣から出てください! このままではいけない!」


「ど、どういうことですか?」


「話は後です。早く出てきなさい!」


 その言い方だと、俺が拗ねて召喚陣に閉じこもった子供みたいじゃないか!


 なんて冗談を言っている暇ではなさそうだ。マキビさんの目は、力づくでも言う事を聞かせるような威圧感を宿していた。


 まあ、『式神召喚』は失敗してしまったことだし、いったん仕切り直しをしないとな。俺は渋々と召喚陣から出てい――――こうとして、足が動かないことに気がつく。(すね)から下を大きな手で掴まれているような感覚があり、どれだけ力を込めて踏み出そうにも一歩も動けなかったのだ。


「いったいどうなって……」


 微動だにしない足に不信感を抱き、視線を自分の足元に移す。


 すると、地面に転がる『紅葉石』から噴き出した黒い煙が集まって大きな手を作り出し、俺の膝から下をガッチリと掴んでいるのが見えた。ついでに言えば、ギリギリやミシミシという決して人体からは鳴ってはいけない音まで聞こえる。


「な、な、な、なんじゃこりゃァ!」


 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!


 俺の嫌いなものベスト3はトマトとピーマンとホラーである。確かに陰陽師と言えば『オニ』とか『オンリョウ』とか出てくるものだけど、さすがに心の準備ができていない。さっきまで楽しい召喚タイムだったのに、どうしてこうなった!?


「た、たすけてぇ! マキビマーン!」


 なりふり構ってなどいられない。ここはスーパー陰陽師のマキビマンにどうにかしてもらうしかない!


「★朱雀の印★」


 俺の情けない叫びに答えるように、なにか呪文のようなものを呟くマキビさん。その声にあわせて、立てた右手の人差指と中指の先から赤い炎が噴き上がった。


「★紅雨(こうう)★」


 指の先から(ほとばし)る炎で『紅雨』の文字を描くと、その文字が収束して美しい火の鳥へと変化した。全身が炎で作られたその鳥は、大きく一鳴きした後、火の粉を散らしながら大空へと羽ばたいていく。


 そして俺を包む結界の上へと辿り着くと、一気に弾け飛び、火のゲリラ豪雨を結界へと降らせた。


「ギャアアアアアアアアアア」


 爪で黒板をひっかいた時の音を数万倍くらいに増幅したような、不快な音が結界中に鳴り響いた。拳大の火が止めどなく降り注ぐ、まさに天変地異とでも言うべき光景が目の前に広がる。


 というか、アレ完全に俺を諸共(もろとも)に消し去ろうとしていない!? ロリコン陰陽師とか思っててすみませんでした!


「やはり、これくらいではダメですか……」


 しばらく頭を抱えて(うずくま)っていると、不快な音が止んだ。どうやら耐えきったようだ……ってそうじゃない!


「ちょ、ちょっとマキビさん!? 全然だめじゃないですか!」


 そう。足元には依然として黒い手がご存命であり、ガッシリと俺の足を掴んだままだ。ガラスのような結界にもヒビすらできていない。


「結界が強力になっています。生半可な攻撃では破れませんね……ハク!」


「わかってる」


 いつのまにか昼寝をしていたハクが美少女モードになり、マキビさんの隣に立っていた。いつもの寝惚けた顔ではなく、真剣な表情で俺の足元を見つめている。


「晴明、それは危険な妖怪。『式神召喚』を介して、顕現(けんげん)するつもり」


 なるほど。それで召喚されようとしていた妖狐を押しのけて妨害し、無理矢理に召還を失敗させたのか。しかし、この『紅葉石』が意志を持っているということか? 石だけに?


「つまんないこと言わない。絶対に、『式神召喚』をしないで」


 冗談も言えないこんな世の中じゃポイズン。


「ん……? いまなんて言った?」


「絶対に『式神召喚』をしちゃダメ」


「絶対に?」


「絶対に! 絶対に『式神召喚』はしないで!」


 そこまで言われたら……。


「了解! 『式神召喚』!」


 しろってことじゃないか!


「バカ晴明! ダメって言ったでしょ!」


「そ、そんなこと言われても! 出来心だったんです!」


 ダチョウメソッドは、日本人なら誰しもDNAに刻みこまれているんだ。特に友達のいなかった俺にとって、テレビこそが唯一の友達だった。いつかやりたかったこの流れ、まさかゲームの中で実現するとは……。


 ちょっと待てよ……俺は鬼門に向かって『式神召喚』をしていたが、失敗した。それからマキビさんに声をかけられて、振り返って話をしていたよな?



 つまり、いまは鬼門の反対……()()()なんじゃないか?



「裏鬼門で『式神召喚』してしまった! そんなバナナァ!」


「晴明さん、召喚の解除を!」


「そ、そそそそうですね!」


 そういえば、マキビさんは召喚を任意で解除することができるといっていた。すぐに解除しないと。


 俺は心で強く召喚の解除を念じ……。


「……で、できません」


 どれだけ解除しようと念じても、まるで止まる気配がない。


 話が違うじゃないか!


「マキビ! もう止められない!」


「晴明さん、ここから先は貴方次第です! 私には出来なかった、裏鬼門の召還を――」


 足を掴んでいた黒い煙。それと同じ煙が『紅葉石』から一気に噴き出し、結界を内側から覆っていく。さっきまでの光の結界とは正反対、闇の結界とも言うべき、禍々(まがまが)しいドーム状の黒い結界が完成してしまった。


 マキビさんの言葉は最後まで聞くことができなかったが、どうやらここからはタイマンのようだ。それも、マキビさんでさえ断念した裏鬼門から召喚される妖怪。レベル1の俺が勝てる訳がない……けど。


「マキビさんは『貴方次第』と言った。つまり、不可能ではないってことだ」


 スーパー陰陽師のマキビさんが不可能じゃないと言えば不可能じゃない。たしか事前の説明の中で、「術者のレベルに応じた妖怪が召喚される」とも言っていた。ここら辺に勝機があるかもしれない。


 レベル1の俺が召喚するということは、レベル1の妖怪が召喚されるはず!


 鬼門を向いていた時とは逆、上の黒い魚が白い魚を飲み込もうとしているような、まるで印象の変わった裏鬼門の陰陽太極図。それが高速に回りだす。


 先ほどの召還と同じように目の前に浮かぶと、足元に転がっていた『紅葉石』がひとりでに浮き上がり、そして陰陽太極図に向かって飛んで行った。


 『紅葉石』は陰陽太極図に音もなく黒い魚へと衝突し、当然のように『陰』の文字が浮き上がる。『陰』の文字が集まって黒い光の玉となり、白い魚の目を作り上げると、ついに裏鬼門の陰陽太極図が完成した。


 ゆっくりと、色の境目から内扉のように開いていく。


 その先には、闇の結界の中にいても(なお)、濃く深い闇が広がっていた。


「鬼が出るか、悪魔が出るか……」


 どっちにしろヤバイことには変わりない。ことわざとしては破綻しているが、まさに俺の気分はこんな感じ。ここまで来たらどうしようもないし、逆にワクワクしてきたぜ。


 陰陽太極図に埋め込まれていた『紅葉石』が、扉の中へと吸い込まれていく。


「ちょっ、俺の『紅葉石』が――――」



 ――――さらさらと、闇の結界の中を深紅の風が吹き抜けた。



 発生源は、陰陽太極図の扉の向こう。


 真っ白な川に影絵のようにかかった黒い太鼓橋。それを天蓋(てんがい)のように囲む真っ赤な紅葉が、不気味ながらもこの世のモノとは思えない美しさを演出している。言うなれば黄泉の国。死んだ先で初めて見ることのできるような、異質で神聖な景色がそこにあった。


「ここは一体……」


 視界いっぱいに広がる赤色に圧倒されて、奥から橋を渡ってくる『ナニカ』に気がつかなかった。いや、あまりにも自然にそこに在るために、気が付けなかったというべきかもしれない。


 その『ナニカ』は、ゆっくりと橋の中央まで歩くと……。


 ――弾かれたように加速して、扉をひとっ飛びに(くぐ)り抜けてきた。


「えっ……?」


 俺がそれを避けることができたのは偶然だ。


 突然なにかが迫ってきたことにビビり、腰が抜けてへたり込んでしまった。その頭上を高速でナニカが通り過ぎたことに、遅れて聞こえた風切り音で気付く。


 その場に置いていかれていた髪の毛先が、切り離されてはらりと宙に舞った。


「――うわあああああああ!」


 棒のように固まってしまった足を全力で動かし、無様に転がりながらも結界の端へと逃げる。


 動悸(どうき)が激しい。生まれて初めて、命の危険というものを間近に感じた。


 避けることができたのは偶然だが、殺気を感じたからこそ、本能で避けることができたのかもしれない。全身を氷水に漬けたかのように、頭のてっぺんからつま先まで鳥肌が立っている。


 これは(プレイヤー)にとってはゲームだが、(キャラクター)にとっては現実だ。


 俺は、死がそこまで手を伸ばしてきていることを、確かに実感したのだ。


「な、にが」


 まず目に飛び込んできたのが、浮世離れした『美』。


 (あで)やかな黒髪を腰まで伸ばし、新雪のように白く透き通った肌との対比が芸術的な美しさを作り出している。何より目を奪われたのが、ルビーのように輝く深紅の瞳だ。透き通っているのに、色濃く、深い深い瞳。見ているだけで吸い込まれていくような錯覚さえ覚えた。


 年の頃は20代前半ほど。さっき見た紅葉と同じ鮮烈な赤に色付く和服と、袖の先を血に(ひた)したような黒と赤のグラデーションになった羽織に身を包んだ美女は、俺の髪の毛を切断したナニカ――2メートルほどの大きな刀を振りぬいた姿勢で、時が止まったかのように動かずにいた。


 『逃げなければ』。


 本能が警鐘(けいしょう)を鳴らしている。分かっている。分かってはいるが、体が金縛りにあったように動かなくなってしまった。仮に動けたとしても、この闇の結界(牢獄)からは抜け出せない。


 俺がここを脱出するためには……『殺るか殺られるか』しかないのだ。


 あくまでもこれは『式神召喚』の儀式。俺があの妖怪(美女)を屈服させ、契約することができれば、『式神召喚』は完了して結界も解かれるはず。逆に俺が敗れれば『式神召喚』は失敗し、俺の命以外のすべてが元に戻って、これまた結界は解かれるだろう。


「やって、やろうじゃねぇか……」


 もはやヤケクソだ。レベル1で丸腰の上、このゲームで初めての戦闘。相手はどっからどう見ても格上で、メチャクチャ強そうな武器まで装備してやがる。


 誰が見たって勝つ可能性は万に一つもないだろう。


 それでも!


「ゲームの中まで逃げちゃ、カッコがつかねぇよな」


 逃げて、逃げて、逃げ続けて辿り着いたのが……ゲームだった。


 俺が俺でいることができる、最後の居場所。


 ここから逃げて、俺はどうするんだ?


 俺のためにゲームを買ってくれた母さん、応援してくれたネッ友達にどんな顔をすればいい?


 腹は決まった。つべこべ考えるのは、もうやめだ。


「いくぜ、妖怪。絶対に俺が調伏(オト)してやる!」



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