18話 召喚準備
「『妖狐』のように、神聖な属性を持つ妖怪を召喚するのであれば、日の出ている内が望ましいです。反対に邪悪な属性を持つ妖怪を召喚する場合、日が沈んでから召喚の議を執り行うとよろしいでしょう」
そう言いながら、地面に石を並べていくマキビさん。
今は神社の外に出て、村の中心にある広場にまできていた。大きさはちょっと大きな校庭くらいで、村の中心にポッカリと開いた穴のような立地になっており、普段は村人達の憩いの場になっているらしい。
遠目にこちらを眺める獣人がチラホラと見えるが、いまだに警戒しているのか話しかけてくる気配はない。そんな衆人環視に晒されながら、俺も手の平サイズの石を地面に並べる。
一方ハクは、子狐姿のまま遠くの木陰でお昼寝中だ。あ、お鼻にちょうちょさんがとまってりゅぅ。きゃわいいよぉ。ボクもちょうちょさんになって、ハクちゃんのかわいらしいオハナにとまりたいなぁ。
「晴明さん、貴方の式神を召喚する準備をしているのですから、集中してくださいね? 次からは一人ですべてやるのですよ?」
「うっ、すみません」
マキビさんに叱られると、すごく居心地が悪くて素直に従ってしまう。なんだか調子が狂うな。ジジイだったらドロップキックの一つでもお見舞いしてやるのに。
とはいえ、マキビさんの言う通りである。次の召還は俺が一人でやらなければいけないだろう。召喚の仕方を忘れて式神を増やせないなんてことになれば、とても笑い話では済まされない。
ここは集中して覚えなければ! 家族の中で神経衰弱が3番目に強い俺に不可能はない!
「まあ、これは作法のようなもので、スキルを使うだけでも『式神召喚』は可能なんですけれどね」
「ズコーッ!」
つい声に出してズッコケてしまった。数秒前の俺の決意を返して欲しい。
「作法のようなものとは言いましたが、手間暇をかけてやることは大事です。これはあくまで私の経験ですが、こうしてきちんと召喚陣を組んでやった方が『良い子』を呼ぶことができます」
「マキビさんはこの召喚陣? を使わないで召喚をしたことがあるということですか?」
「はい。その時は、とんだじゃじゃ馬がやってきて困りました」
口元を袖で隠しながら優雅に笑い、「すぐに『良い子』に教育しましたが」と補足するマキビさん。『良い子』って響きがとても恐ろしく聞こえるのは俺の気のせいですか? 非人道的な教育(物理)じゃないですよね?
「さて、あとは真ん中に陰陽太極図を描けば完成です」
黙々と石を並べていると、半径5メートルほどの大きな円の中に描かれた五芒星が出来上がっていた。
それからマキビさんは2つの巾着を懐から取り出す。片方には白い粉が、もう片方には黒い粉がずっしりと入っていた。
えっ、これ大丈夫ですよね? 合法的なヤツですよね? 接種したら幻覚が見えたり、ブッ飛んだりしないですよね?
「こちらの白い粉が、動物の骨や貝殻をすり潰した物。そして黒い粉が、魔物の骨をすり潰した物です」
よかった。どうやら合法の白い粉みたい。
すべてがそうではないらしいが、魔に染まった魔物の骨は黒くなることが多いのだそうだ。マキビさんは自分ですり潰しているらしいが、大きな町ではどちらも取り扱っている道具屋が存在するという。錬金術や鍛冶で使用されたりするらしい。はじまりの町にはなさそうだけど、もう少し大きな町に行った時にでも探してみよう。
「まずは五芒星の中心に黒い粉で円を縁取り、その円の上半分には白で塗りつぶした円、下半分には黒で塗りつぶした円を縦に並ぶように描きます」
「これって手順通り綺麗に描かないと失敗したりするんですか?」
まあ、俺は超絶器用だから問題ないけどね? 完璧にできる自信はあるけどね? 念のためだよ念のため。
「いえ、大体の配置が合っていれば召喚は可能です。ただ、やはり丁寧に描いてあげた方が、やってくる子達は嬉しいのではないでしょうか」
「それもそうですね」
突然召喚されて最初に目に入るのが、子供の落書きだったらそりゃテンション下がるだろう。俺は小学校低学年の頃、『崩壊する世界とグレイ型宇宙人』という抽象画でコンクールの金賞を取ったほどの画力の持ち主である。何の問題もないだろう。一つ懸念点を上げるとすれば、俺がその時に書いたテーマは、『咲き乱れる花畑で遊ぶボクとお父さんとお母さん』であったことくらいだ。
「白い円から左へ尾を引くように白で塗りつぶし、逆に黒い円からは右へ尾を引くように塗りつぶして完成です」
白い魚と黒い魚がお互いの尾を追いかけるように絡み合う、カンフー映画とかでよくみるあの図形が出来上がっていた。あれ、でも……。
「魚の目みたいな、小さい丸がありませんでしたっけ?」
小さな白い丸と黒い丸が、それぞれ中心線上に存在したはず。少林サ●カーを何度も見たから覚えてるんだ。おうちでお米を研ぐ時、陰陽太極図を描く真似をしたのは俺だけではないはず。
「よくご存じでしたね。本来であれば、それぞれ反対の色で目のような丸を描くのですが……『式神召喚』の場合はこれでいいのです。儀式の最中に『仕上げ』の作業がありますから」
そう言いながら石を渡してくるマキビさん。
「儀式の途中で陰陽太極図が目の前に浮かび上がります。そうしたらこの石を投げてください。それで完成します」
「えっ……この石を投げても、まだ目が一つ足りませんけど」
「もう片方は自然と浮かび上がってきます。そういうものです」
「そういうものですか……」
釈然としないが、マキビさんがそういうならそうなのだろう。俺には正解なんて分からないわけだから、気にしたって仕方ない。
「今回は関係ありませんが、縁物がある場合、この陰陽太極図の上に置くことで効果を発揮します。持っているだけでは意味がないので注意してください。あとは召喚陣の中心に立ち、鬼門の方角に向けてスキルを使用するだけです」
ふむふむ。意外と覚えることが多いな……いかに天才の俺でも、そろそろ覚えていられるか心配になってきたぞ。紙とかペンがないからメモもできないし……うぅん、ログアウトしてからどっかにメモしておいた方がいいかもしれない。
「それでは、ここまでの手順を記したものを渡しましょう」
「いや手順書があるんかーい」
めちゃくちゃ親切設計だった。それじゃあ必死こいて覚えようとしなくてもよかったじゃん!
マキビさんが懐から取り出したのは古めかしい巻物。アイテム名は『猿でもわかる! マキビの召還術』とある。なめてんのか?
肝心の中身はというと、いまさっき作り上げた召喚陣の手順について、挿絵付きで分かりやすく解説したものであった。ところどころに『★マキビの一口メモ★』と称してプチ情報も載っている。確かにこれをみれば猿でも召喚陣を作れそうだ。
かなりポップに書かれてるんだけど、マキビさんって実はオチャメな人なのか?
「これは私の弟子が作成したものです。『こっちの方が初心者にはとっつきやすい!』と押しきられまして……断じて私の趣味ではありません。よろしいですね?」
「ア、ソウデスカ」
なんか念押しまでされてしまった。マキビさんにとってはちょっとした黒歴史なのかもしれない。
俺だって中学生の頃に『この世界の真実~神様の箱庭論~』という内容の作文を国語の授業で提出し、危うく精神科にブチこまれそうになった経験がある。中二病は万人が罹患してしまう難病なのだ。変に藪をつつくこともないだろう。
「それでは……こちらを向けばちょうど鬼門ですね。ここでスキルを使ってみてください」
「あの、鬼門ってなんですか?」
マキビさんは方位磁石もないのに迷いなくある方角を向いて立っている。風水かなにかで名前を聞いたことはあるけど、あまりよくない方角みたいなイメージしかない。
「鬼門とは妖怪達の通る門を意味します。我々の国では、大昔より鬼門は災いを呼び寄せる方位と忌み嫌われていますが、召還術ではこの災いを呼び寄せる性質を利用し、より強力な妖怪を召喚するために鬼門に向かって呼びかけるのです」
「なるほど……方角は?」
「『艮』……こちらの言い方ですと、『北東』が鬼門になります。昼は太陽のある方向、夜は星の位置から導き出すことが可能です。詳しいことは手順書の中に書いてありますので、その都度で確認してみてください」
『猿でもわかる! マキビの召還術』の一番後ろに一覧表が乗っていた。季節と時間帯がマトリクスになっており、一目で鬼門が割り出せるようになている。
『我々の国』というワードがとても気になるが……今は召喚に集中しないとまた怒られちゃうし、とりあえずはスルー。
「この、裏鬼門と言うのは?」
巻物の最後に太い赤字で『裏鬼門には注意!』と書かれている。書いてある通り、裏鬼門を向いて『式神召喚』を使わない方がいいということだろうけど。
「裏鬼門は、方位でいえば鬼門の反対側ですね。こちらの言い方では『南西』になります」
そう言いながら方角を指さしつつ、マキビさんは説明を続ける。
「裏鬼門には『理から外された者達』が集まっています。裏鬼門で『式神召喚』をすれば、より強力な妖怪が召喚されますが……あの者達は人間の手に負える存在ではありません」
「だから、裏鬼門では『式神召喚』をしないようにということですか」
「ええ。私でも成功したことがないので、最低でも実力で私を追い越してからの方がいいでしょうね」
そう言って冗談交じりに笑うマキビさんだが、目は笑っていないことに気がつく。これは本当に危険なのかもしれない。追い越してからと言われても、レベルを教えてくれないからなあ……まあ、成長したらいつか試してみよう。
「そういえば、召喚した妖怪って暴れたりしないんですか? 邪悪な妖怪が出てきたりするんですよね?」
俺はレベル1である。召喚した式神にペロリといただかれる未来しか見えない。
「召喚陣は結界の役割もあります。陣内は世界から隔離された一種の異空間となっており、外から干渉されることもなければ、内から漏れ出ることもありません」
「ちょっと待ってください。それって強制タイマンコースってことじゃ……」
「式神契約の失敗または成功に伴って、召喚陣で作り出された異空間は正常化……つまり、元の状態へと強制的に戻ります。そのため、邪悪な妖怪が暴れだして内部がどれほど悲惨な状況になったとしても問題ありません」
「中は悲惨な状況になるってことですか!?」
「晴明さんなら大丈夫です!」
めちゃくちゃイイ笑顔でサムズアップされた。心の優しい老人だと思っていたが、さてはジジイと同類だな? 実はタヌ耳が付いてて、ジジイとグルで俺を嵌めてるんだろ? 出るとこ出てやるぞオラァ!
「ふふっ、意地悪をするのはこれくらいにしておきましょうか。基本的には術者のレベルに応じた妖怪が召喚されるので、そこまで危険はありません。それに式神召喚は任意で解除することができます。もしも自分の手に負えない妖怪が召喚されてしまった場合、解除するように念じてしまえば大丈夫ですよ」
「驚かせないでくださいよ……」
「先ほどは召喚陣の外からの干渉はされないと言いましたが、高レベルの陰陽師になると結界へ干渉する技を持っています。万が一でも危険はありませんよ」
マキビさんは結界内部にも何かしら干渉できるということか。それなら危険はなさそうだ。それにしても、外からの干渉を受け付けない結界を突破できるなんて、分かってはいたがマキビさんはかなり高レベルの陰陽師なんだな。
「召喚に成功したら、あとは自分を認めさせることです。力で捻じ伏せるも良し、言葉で説得するも良し……スキル『式神契約』を相手が拒まなければ成功です」
「分かりました。それでは、召喚します!」
五芒星の中心に描かれた陰陽太極図の中心に立って呼吸を整える。
これが初めての式神召喚だ。
狙うは、『妖狐』。
俺はこれから始まるモフモフ陰陽師ライフを想像しながら、鬼門と呼ばれている方位に向かってスキル名を唱えた。
「『式神召喚』!」
マキビ式召還とスキルのみの召還は、ソシャゲのガチャの演出ありと演出スキップがイメージしやすいかもしれません。
パズ●ラだと「ドラゴンの頭を撫でてから引くとイイのが出やすい!」なんて迷信があったと思いますが、AFOではそれが迷信ではなく実際に有効みたいな。
ブックマークが50件を越えました!
とても投稿を続けるモチベーションになっています。
本当にありがとうございますm(__)m




