17話 白髪の美少女はいずこ
「おや……起きましたか」
ログインすると目の間にはこちらを覗き込むマキビさんの顔があった。そして頭の下には、どこか柔らかくも皮骨ばった感触と加齢臭……これは……。
「爺さんの膝枕って誰得!?」
慌てて背筋をフル稼働させて起き上がる。想像していた通り、やはり俺はマキビさんに膝枕されていたらしい……罰ゲームかな?
どうせ膝枕されるならかわいい女の子がよかった……。
「そういえば、あの笛を吹いていた白髪の美少女は?」
周りを見渡すが、この部屋には俺とマキビさんしかいない。ジジイもいつのまにかいないが、それはどうでもいい。問題はあの美少女がどこにもいないことだ。
真剣な表情をして笛を吹く姿は美しく、何者にも犯しがたい神聖な雰囲気を醸し出していた。今まで出会ってきた中でもトップクラスに顔も整っていたし、簡単に言ってしまえば、軽く一目惚れしてしまったかもしれない。是非ともメールアドレスを教えて欲しい。この世界にメールは無さそうだけど。
「体は大丈夫そうですね。白髪の……ああ、ハクならそこにいます」
マキビさんが指さす先には、座布団の上で丸まっている白い子狐が一匹。どこにも追い求めている美少女の姿はない。最近の老眼は幻覚を見せるのだろうか?
「どこにもいませんけど……」
俺をからかっているのか? それとも、俺があの美少女に惚れていることに気がついて隠そうとしている?
――ハッ! もしかしてあの美少女はマキビさんの愛人!?
男という生き物は、若いメスを求める。マキビさんは見た目からして還暦は越えているし、奥さんもきっと同じくらいの年を重ねているはずだ。つまり、失礼な話であることは重々承知しているが、生殖能力はとうの昔に失ってしまっているだろう。
男が若い女を求める心理は、生物の本来持つ生存本能ともいうべきものである。若いメスの遺伝子は老いた遺伝子よりも良質であり、先天的な病気等をもたらす可能性が低いし、何よりも若いメスは体力がある。
つまり、子孫を残すためには若いメスと交配した方がいい。オスの遺伝子にはこの情報が生まれつきインプットされているため、この世の男共は往々にして若いメスを求めるようにできているのだ。
きっとマキビさんも自分が持つオスに負けてしまったのだろう。最初は出来心だったのかもしれない。『今回だけ』『もう二度としない』と心では思っていても、自らの奥底に飼っている獣を御することができなかったに違いない。
しかし、俺はマキビさんを軽蔑しない。
しょうがないじゃん、男ってそういう生き物だから。
ロリは正義!
「何を考えているのかは分かりかねますが……きっと、晴明さんの考えていることは間違っていますよ」
俺が共感とちょっぴりの羨望の眼差しで見つめていると、困った顔をしてマキビさんがやんわりと否定する。別に恥ずかしがらなくてもいいのに……。
「まだ紹介していませんでしたね……ハク、こちらへおいで」
マキビさんが部屋の隅に声をかけると、座布団で寝ていた子狐が徐に起き上がり、短い手足を懸命に動かしてチョコチョコと歩いてくる。かわいい。
そして突然大きく飛び上がり、華麗な前宙を披露して二本の足で着地――――。
――――二本の足?
「マキビ。呼んだ?」
真っ白な巫女服と、それに負けず劣らずの白い髪をふわりと揺らし、不思議そうに小首を傾げる少女。それは紛れもなく、儀式のときに龍笛を吹いていた少女だった。
あ、あれれー? おかしいぞー?
白い子狐が消えて、突然白髪の美少女が出現したよ?
「ええええええええええええええええええ!?」
あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!
『おれは白い子狐を見ていると思ったらいつのまにか美少女になっていた』。
な……何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……。
催眠術だとか幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
「マキビ、このコオニの石像、なに?」
「驚いて変な顔をしたまま固まっていますが、私の新しい友人ですよ。晴明さんです」
マキビさんと美少女が何か言っているが、俺はそれどころではない。ちょっと考える時間が欲しい。一度、整理しよう。
美少女=白い子狐
白い子狐=マキビさんのペット
美少女=マキビさんのペット
つまり……。
「マキビさんのペット(意味深)だったのか!」
「む……ペットちがう。式神」
そう言ってまた白い子狐の姿に戻り、マキビさんの正座の上にスッポリと納まる美少女。その姿はどこからどう見てもペットである。あ、またアゴを撫でられてゴロゴロ言ってる。かわいい。
しかし、式神だったとは。
陰陽師といえば式神みたいなところもあるし、ペット(意味深)でも愛人でも肉●隷でもなく、マキビさんの式神だったというわけか。
ん? ということは、俺は式神に一目惚れしたのか? しかも子狐の?
…………。
むしろアリ!
何を隠そう俺は、二足歩行していれば性的対象として見ることができる高レベルのケモナーだ!
「マキビ、あいつキモイ」
「あぁん! そんな蔑んだ目で見つめながら罵らないで!」
狐に罵られるなんて新体験……なんだか人間としての尊厳を踏みにじられている感覚……悔しいけど感じちゃう!
ゴミを見るような目から汚物を見る目にグレードアップしているが気にしない。我々の業界ではご褒美です!
「晴明さん、あまりハクをいじめないでくださいね?」
「いじめていません! 愛しています!」
「……やっぱり、キモイ」
いじめるだなんて滅相もない。心の底からアイラブユー。なんかめっちゃ威嚇されてるけど。どうしてだろう。俺はこんなに愛しているのに!
「どうやらハクに懸想されているようですが、私のパートナーですので残念ながら譲れません。しかし、先ほども言ったように、貴方が望めばこの子の仲間たちが力を貸してくれるかもしれませんよ」
あ! そういえば!
「ちょ、ちょっとすみません……ステータス!」
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:1
種 族:人間族(天風人)
職 業:陰陽師
H P:27
S P:18
M P:25
攻撃力:15
守備力:9
魔攻力:12
魔守力:9
敏 捷:10
器 用:12
運命力:23
スキル:式神召喚
式神契約(0/1)
魔 法:なし
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ステータスめちゃくちゃ上がってる!?
種族が微妙に変わってる!?
ジョブが『陰陽師』になっている!?
スキルに式神召喚が追加されている!?
驚く場所が多すぎて、どこから驚いていいか分からなくなっている!?
「『陰陽師』になったことでスキル『式神召喚』を覚えた……これを使ってハクの仲間を呼び出して、『式神契約』で俺の式神にするってことですか?」
スキル『式神契約』の横に数字の記載があり、分母が1で分子が0の状態……分母が契約できる最大数で、分子が契約している数という意味だと推測できる。もしかしたら分母も増えていくのかもしれないが、現状は式神を1体契約できるということだろう。
「そうです。対象がいれば調伏……懲らしめてから『式神契約』することで、自らの式神とすることができます。『式神召喚』は召喚される対象を選ぶことができませんが、方向性を定めることで、ある程度は望んだ能力の式神を召喚することができるでしょう」
ハクを撫でながらマキビさんの式神講座が始まった。
基本的に式神召喚は、対象を選んで召喚することができないらしい。しかし、『方向性』は選ぶことはできる。
例えば、自分の戦闘タイプが後衛の場合、やはり式神は前衛を張れる魔物の方が好ましいだろう。他にも『人型』がいいのか『獣型』がいいのか、はたまた『無機物型』がいいのか。小さいほうがいいのか、大きい方がいいのかなどなど。
なにはともあれ、自分の中に『こんな感じの召喚獣が欲しい!』という方向性さえ固まっていれば、ランダムとはいえ、全く望まない式神が召喚されることはないだろう。
「ハクは『妖狐』という妖怪です。特性としては相手に状態異常を付与したり、火を使った魔法攻撃を得意としています」
「あと、いなりずし、すき」
妖怪と魔物は違うのかな? またあとで時間があるときにでも聞こう。今は召喚のことで頭がおっぱいである。いや、いっぱいである。
ひとまず、遠距離支援&魔法攻撃が得意で稲荷寿司が好きな式神を望めばいいわけだ。
なんだそりゃ。
「そうですね。油揚げがあれば、もう少し方向性を固めることができます」
「え? 式神ってそんなエサで釣れる感じなの?」
「好物というのもありますが……式神の召還時に『縁物』と呼ばれる、式神と縁の深い物を媒体とすることで、より方向性を固めることができるのです」
「『縁物』ですか?」
特定のアイテムさえあれば、望んだ召喚獣を召喚できるということなのか?
「『妖狐』は妖怪ですが、神からの遣いとも呼ばれる神聖な生き物です。田畑を荒らしまわり、人間が近づくと畑を焼き払って逃げる『火鼠』という妖怪の天敵で、『火鼠』のドロップ品である『油揚げ』をよく咥えていることがありました。それを見た農民が『妖狐』を土地に根付かせようとして、『油揚げ』をお供え物としてよく用いたことから、『妖狐』と『油揚げ』は縁が深く刻まれているのです」
「『油揚げ』は『火鼠』のドロップ品? あ、あの……ここら辺に『火鼠』っていたりとかは……」
はは、そんなまさかね? ここまで煽っておいてね?
「そういえば、見たことがないですね」
「オーマイガッ!」
なんということだ! これでは『妖狐』ちゃんが呼べないじゃないか! もう既に『妖狐』ちゃんを仲間にしてモフモフするところまで未来が見えていたというのに!
全く関係ないけど、『ヨウコチャン』ってなんか女の子の名前みたいで緊張しちゃう。
「『縁物』は必ずしも必要なものではありませんから。最初の式神ですし、あまり気にせずに召喚してみませんか?」
ハクをモフモフしながら言われても、煽られているようにしか感じないんですけど。ほぼ確実に『妖狐』を呼び出す方法が分かっているのに、アイテムがないばかりに運頼りとは……しかし、逆にこうも考えられる。
「つまり、あとは俺の運ってことですね」
俺は商店街のくじ引きで、1等賞から3等賞まで総なめした実績を持つ男だぞ? 運には多大なる自信がある。担当したオジサンの死人のような顔は、今でも寝る前に思い出すメシウマ案件だ。さすがに悪いと思った母さんが、1等賞以外は返しちゃったんだけどね。母さんマジ天使。
「そうなりますかね?」
「マキビ、晴明じゃむり」
あの狐、鼻を鳴らして馬鹿にするように言い放ちやがった。フフッ、嫉妬か? カワイイ奴め。すぐに俺の召還する『妖狐』と一緒に乱モフパーティーを開催してやるぜ。
「それでは、外に出て『式神召喚』をしてみましょうか」




