1話 母の手紙は突然に
カタカタとパソコンのキーボードを打つ音と、カチカチッとマウスをクリックする音。ヘッドホンから大音量で漏れるゲーム音と時折混じる大きな舌打ち。
この部屋に存在する音は、この4種類だけだ。
高校の入学式当日から不登校をぶちかまし、引きこもりライフを初めて早3か月が経ったくらいだろうか?
時間の感覚など、既に存在しない。俺にとって世界はこの部屋の中だけであり、外界で今日が何月の何日だろうと全く関係ないからだ。
俺が不登校になった理由は、それこそよくある話。小学校4年生のある日から中学校3年生の卒業式のその日まで、イジメられ続けたことが原因である。
キッカケは夏休みの心霊特集ウィークに放映されたレトロ映画だ。俺と同じ名前(厳密には違うが)の主人公が幽霊と戦う昔の映画が放映されたのだが、その主人公は少し男色の気があったらしい。
映画を見た一人のクラスメイトが俺を男色に関する綽名で呼び始め、やがて学校中に広がっていき、それが飽きずに6年間も続いたのだ。もちろん先生にも相談したが、曖昧な笑顔を浮かべながら「きっとすぐみんな飽きるさ」と、毛ほども役に立たないありがたい助言を賜っただけで、ついぞ助けてくれることはなかった。
それでもなんとか6年間を耐え抜き、県内でもトップクラスの進学校に合格した俺は、ようやく解放された気持ちで高校の登校初日を迎えたわけだが……過去のトラウマから『学校に行く』という行為を身体が拒絶し、玄関から一歩も踏み出すことができなかった。両親はそんな俺をそっと抱き、震える声で「いかなくていい」と言った。
6年間も抗い続けた俺が最終的に選んだ道は、『逃げる』こと。すべては名前の所為。他人の所為。世の中の所為。国の所為。なんでもいい。とにかく理由をつけて、なにもかもから逃げようと思った。
こうして俺はすべてを拒絶して、絶賛引きこもり中というわけである。
最初は自分の不運や世の中を恨んだり、焦燥感と喪失感とその他様々な感情がない交ぜになって情緒不安定になり、廃人の如く虚空を見つめる日々を送ったりもした。何度自殺を考えたか覚えていないほどである。
ただ、人間というものは意外と逞しい生き物のようで。1週間を過ぎたあたりには、「ヤベエ、暇だ」と感じるようになっていた。
だからといって、部屋の外に出ようとも思えない。それほど心の傷も浅くはない。
さて、どうしようか。この部屋にあるものは限られている。そうしてふと考えたときに、真っ先に目についたのはパソコンである。
高校の入学祝いで買ってもらった、最新機種のパソコン。パソコンには無限の可能性がある。
Y●uTubeで無限に動画を見れるし、XVI●EOでエッチな動画だって見れる。まだ18歳になっていないから本当はダメだけれど、この部屋は治外法権。俺がルールだ。そう、俺が決めた。
意気揚々とパソコンを開き、検索サイトで情報の海にダイビングをかまそうとした時、表示される直近の検索履歴の列。
《簡単 死ぬ方法》
《痛くない 自殺》
《うま…かゆ…》
俺はもう3日寝込んだ。
そんな紆余曲折(?)がありつつも、「そういえばネットゲームよくやってたな」と思い出した俺は、中学時代にハマっていたゲームをパソコンにインストールし直してネットゲーム三昧の生活を送っているのだった。
「チッ、またレアドロなしかよ……」
プレイしているのは『ロブスターハンター』。核戦争によって文明が崩壊した世界で、大繁殖と巨大化と凶暴化を果たしたロブスター。そのロブスターを狩り尽くし、人間の世界を取り戻すというストーリーの狩猟ゲームである。クセの強く壮大な世界観と、圧倒的に勿体無い美麗なビジュアルが人気であり、発売から2年が経った今でもプレイ人口が日本一の神ゲーだ。
学校に友達がいなかったために発売当初から毎日プレイし、引きこもってからはさらに一日20時間の廃人プレイを続けたことによって、俺は『ロブハン』界隈でも一角の人物となっていた。
『不屈のアルベルト』とは俺のことだ!
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アルベルト:02
美波:おつかれ~!
腰振り大明神:乙阿弥陀仏。
KAITO:おつ!
†サタン†:フッ、余裕だな
アルベルト:レアドロなかったわ
KAITO:いや、2落ちしたやつがレアドロしたら殺意わくから
美波:まあまあwアルのマジックなかったらヤバかったしさ!
腰振り大明神:せやな
KAITO:マジック上手いんだから、グレートソードじゃなくてステッキ使ってろよ
†サタン†:我は皇帝高足海老の紅玉を手に入れた
アルベルト:グレートソードで脳筋プレイしたいんだよ~頼むよ~
†サタン†:やはり我は選ばれし者……愚者共の羨望の眼差しは至上の悦楽よ
KAITO:まあなんだかんだ勝ってるからいいけどさ
KAITO:なぜか3落ちは絶対しねえし
美波:2落ちして追いつめられた時の回避能力だけはピカイチなのよね~
アルベルト:3回死んだらクエスト失敗するんだから当然だろ
KAITO:そう思うなら2落ちしてんじゃねえよ!
美波:どうする? もう1戦いっとく?
腰振り大明神:拙者、腹ペコピーナッツで早漏
美波:あ、もうお昼か
KAITO:そうだな。昼飯を食ってからまたやろうぜ!
†サタン†:ねえ虫しないで
†サタン†:無視しないで
美波:わかった~
美波:引っ越しの準備あるから遅くなるかも~
アルベルト:おk
†サタン†:ごめんなさい
美波:またあとで~
~LOGOUT 美波~
KAITO:おつ~
~LOGOUT KAITO~
~LOGOUT 腰振り大明神~
†サタン†: :_(
アルベルト:さっき回復ありがとな。助かったよ
アルベルト:お前もさっさと飯食ってこい
†サタン†:!!!
アルベルト:また後でな
~LOGOUT アルベルト~
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「さて……」
ゲームを終了してパソコンを閉じ、猫背で凝り固まった全身をほぐすように大きく伸びをする。言われるまで気が付かなかったけど、もう12時になっていた。そりゃお腹も空くはずだわ。
「今日のご飯はなんじゃろな~」
部屋の外に用意してあるはずのお昼ご飯を入手するため、ドアノブへと手をかける。
「おっと、その前に」
床に耳を当て、階下の様子を探る。それから扉にも耳を当て、今度は扉の向こう。両親は共働きのため、この時間に家にいることはありえないが、念には念を入れるのが引きこもりマスターの流儀だ。
両親がいないことを確認し、本日のお昼ごはんを招き入れる。しかし、そこにはお昼ご飯が乗っているお盆と、朝は存在しなかった母さんからの手紙と、お盆の下敷きにするように置かれた大きなダンボールがあった。
「なんだこれ……」
ダンボールはけっこう大きくて重い。何が入っているかちょっと気になるが……腹の虫が大声で抗議してくるため、ひとまずお昼ごはんを食べることにした。
俺はこの冷めたお昼ごはんが好きだ。仕事のある母さんは、俺の朝と昼のごはんを扉の外に毎朝置いていく。朝ごはんは作りたてで温かいが、作ってしばらく経ったお昼ごはんは当然冷めている。
しかし、この冷めたお昼ごはんにこそ、母さんの思いやりが詰まっているのだ。部屋の外に出ない俺に、なるべく3食きちんと食べさせてやりたい。それも出来合いのものではなく手作りで、少しでも食欲がわくように冷めてもおいしいメニューを考えて。そんな深い深い思いやりが。
塞ぎ込んでいた最初の頃なんかは飯が喉を通らなかったものだ。3食まったく手を付けない日もあった。それでも母さんは、毎日3食を作り続けてくれた。
初めてすべて完食した日なんかは、お盆を取りに来た母さんが声を震わせて咽び泣いていたものだ。その母さんの泣き声を扉越しに聞きつつ、俺も号泣しながら近親相姦物のエロゲーで母親キャラを攻略した。
なんだか親子の絆がグッと深まった気がした。
そういうわけで、俺はこの冷めたお昼ごはんが大好きなのである。
そんな誰に向けてか分からない主張をしながら、今日も完食して綺麗になった食器をお盆に乗せて元の位置に戻し、誰もいない廊下に向かって手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いてから、そっと扉を閉じて鍵を閉めた。
やはり母さんのご飯は世界一ウマイ。ミシュ●ン星三つの高級イタリアンと母さんの手作りハンバーグ、どちらを選ぶかと聞かれたら俺は食い気味に母さんの手作りハンバーグって即答するね。
ここで勘違いして欲しくないのは、俺はマザコンではないということだ。母親を性的な目で見ていいのは二次元だけ。イエス母親、ノータッチ。安心して欲しい、俺は社会のルールには詳しいんだ。
ふと、部屋に大きなダンボールがあることに気が付いた。そういえば、まだ母さんからの手紙も読んでいないし、もちろんダンボールの開封もしていない。
条件反射的にゲームを起動しようとする身体を強い意志で抑え込み、母さんからの手紙を手に取った。普段は手紙なんて無いからちょっと読むのが怖いが……むむ、意外と長いぞ。
教科書以外では久しぶりに読む活字に頭痛を覚えつつも、かわいい丸文字でチラシの裏2ページに渡ってビッシリと書き込まれている手紙を読み進めていった。
そして。
俺はこの日、人生を変えるゲームに出会うことになったのである。
初投稿作品になります。
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