第24話 スラムの円卓会議。
まだ夕方という時間ではないけれど、スラムの件の小屋の前には、ガラの悪いお兄ちゃん達とオッサン達がたむろしている。
ここに来る道中、特に誰にも絡まれてはないので、ある程度マキシムのオッサンさんがスラムの連中に釘を刺したのであろうと推測する。気持ち的にそう考えた方が都合がいいからね。
「どうも~」
間抜けな挨拶と笑顔を振りまきながら、小屋に近づく。マキシムさんだけが、こちらを見ながら、軽く手を挙げてあいさつを返してくれる。他の連中は無表情にこちらを見返すだけだ。
う~ん、また絡まれるのかな。念のためマキシムさんの横に位置取りをして、皆さんを見渡す。あ、これ、怒られている子供の顔だ。
「おい、まずイワンよ。アタールさんに謝罪と礼をせんか。」
マキシムさんがそう促すのは、気絶させられる前に僕に絡んできたガタイのいい兄ちゃんガラの悪いお兄ちゃん達は少しばつの悪い顔をしている。その中のひとりが『あの、ゴ、ゴメン。』と、大きな体を縮こまらせて一応の謝罪をしてくれた。まあ、許してやろう。
体は大きくても、顔は怖くても、この世界では成人していても、僕的にはまだ16歳の子供だ。身長は僕よりかなり高いけど、筋肉もモリモリだけど。んーと、子供だよね?
「おい、アタールさん服はどうしたんじゃ、もう一回言ってみい。」
僕の服は、職人地区で売り払ったそうで、もちろん売り払った金額で買いもどせるわけもなく、売って受け取った金だけでも弁償するというが、そこはもう気にしていないからと、イワンが僕の前に突き出してくる銀貨1枚を握った手をやんわりと止める。
逆にいくらなら買い戻せるか聞き出し、手の空いている大人の人に頼んで買い戻しに行ってもらった。販売価格は銀貨2枚だそうだが一応3枚渡しておいた。なにせ、セービングの魔法かけちゃっているから流通に乗った後問題起きたら困るし。
「お前らも謝らんか。」
マキシムさんの言葉に、ガラの悪いお兄ちゃんたち総勢6名も一斉に頭を下げながら『ゴメンでした?』と謝罪してくれたが、何で疑問符?よく聞くと、丁寧語が合っているか心配だったらとのこと。
そしてあのとき僕を気絶させたというローマン君が最も真摯に謝罪しれくれたので、なぜ攫ったのかを問い詰めると、今までカツアゲで人をケガさせたことはあっても、相手が気絶して倒れたことは無かったので、怖くなって隠ぺいを図ったとのこと。まったくもって、子供の発想だ。
ようするに後のことは何も考えずに、その場逃れの対策を講じたというわけだ。これでは誘拐の意味を推測すること自体不可能。というか、この世界の普段カツアゲされる子供より僕虚弱なんだ・・・。ふむ、謝罪のときって頭下げるのな。メモ事項増えたね。
謝罪の後は、通報しなかったことと、スラムのために服代を寄付した礼。まあそこは、イワン一味が礼を言うところではないのでといことで、また改めてということにしてもらった。
服を買い戻しに行った大人の人もちょうど戻ってきた。それらを受け取り確認し、革の鞄にしまう。お釣りはきっちりもらった。
あ、下着は無かった。下着にはセービングかけてないからいいか。デザインと素材は日本のボクサータイプだから、もしかしたら後ほど世間を騒がす可能性があるが、今は気にしないことにする。というか、下着も売ったの?
「ところで、昼の話も含めて、ほんと真面目にいろいろお話合いをしたいと思いまして、さっそく来ました。マキシムさん大人たちを含め、イワン君たち、そして他の方々も興味ある方は参加してくれませんか?ただし、秘密厳守です。」
「スラムは結束が固いから、秘密厳守は大丈夫じゃ。金で転ぶ奴らは勿論おるが、そこはきっちりワシらが管理する。ただな、まだ全面的にアタールさんを信用しているわけではないのじゃ。だから今日は、ここに居るものだけで話を聞くということでどうじゃろう。そうすれば話の秘密が漏れないように、信用できるものだけに伝えることもできよう。」
この提案を全面的に受け入れ、イワン一味の小屋で、話し合いをスタートする。皆で小屋に入り、テーブルを囲んで総勢12名が壊れかけた椅子着く。僕が壊した扉は、既に修理されている。なかなか仕事が早い。小屋の中が、むさいオッサンとガラの悪い兄ちゃんばかりなのが、残念過ぎる。
「まず自己紹介から行きましょう。僕のことはもうご存知だとおもいますが、駆け出し商人のアタールと申します。一応冒険者でもあります。」
と言いながら、それぞれのギルド証を提示する。ついでに、大金貨数枚をインベントリから取り出し、それも手のひらの上で提示する。信用していただくためでもあるし、財力を誇示するためでもある。
このまま再び拉致監禁となるリスクはあると思うが、今は防御系と強化系魔法を常時かけているので、気も大きくなっているのだ。反省はしていない。
「あと、僕は魔法使いです。」
と告げて、いったん起立してもらい、テーブルと椅子にリペアをそれぞれかけると、またたく間にそれらが新品となる。椅子のデザインがそれぞれ違うのは、ゴミから回収して修理したものだろう。新品になってもいびつなのは、自作したものかな。
ついでにデュプリケートした木のコップを人数分用意して、水袋からオレンジジュースを注ぎ、それぞれに回していってもらう。4枚複製した木皿には、クッキータイプの完全栄養食品をてんこ盛りに盛る。お茶ではないけれど、お茶会の始まりだ。
「まずは、この魔法が最初の秘密です。」
僕以外の方々は全員固まっている。いや、小さなお子様というかイワン一味のお兄ちゃんがひとりだけ早速、クッキータイプの完全栄養食品にかじりついている。おなか減ってたんだね。
それに気が付いたみんなも、各々手を付け始める。無言で目を見開く方、飲み干したオレンジジュースのコップの底を見つめる人、様々だ。
「すみません、聞いてます?とりあえず魔法や飲み物、菓子の感想とかはあとにして、自己紹介をお願いします。」
修復と、簡単な食べ物を出す魔法。それが無詠唱、かつ呪文無しで行われることに対して、大人たちは驚愕もしくは動揺し、態度が大きく変化した。
「まずワシはマキシム。スラムのまとめ役ということはすでにお伝えしたのぅ。元は冒険者じゃが、大きなケガをしたあと調子が戻らなくてのう、治療費がかさんで食って行けず、このスラムに住み着いた。もう何十年も前の話じゃがな。ここの住人は、税や家賃が払えなくなった元平民か、ここで生まれた者たちじゃ。賃金奴隷という選択もあったんじゃが、体がこれではな。」
と、マキシムさんは少しいびつに曲がった、足を叩いて示す。骨折後の処置不良だろうな。
「俺は、エフゲニー。同じくというかまとめ役の補佐をしている。俺はここの生まれだ。職人区で素材運びやごみ処理をしている。イワンたちの親方でもある。今回は子供たちが悪かった。」
「俺は、スタニラフ。――」・・・・・
着席準、時計回りでの自己紹介が始まった。順に紹介が行われるが、境遇は似たり寄ったり。平民からの賃金奴隷落ちを嫌がったり、単に食っていけなくなったり、もともとここで生まれたり。
共通項は、極貧。食う分にはなんとかできるが、家賃や税金を支払うことができない方々だ。だからけっこう、元病人やけが人で、今も体が不自由な方も多い。でも、子供作るバイタリティーはあるんだよなぁ。地球でも同じか。貧乏子だくさんっていうもんな。
「俺はイワン・・・です。エフゲニーさんの手伝いをてる。です。親は、居ない。です。」
ガタイのいいお兄ちゃんの無理やりの丁寧語が痛いけれど、これはきちんと反省しているとみるべきだろう。大人に比べて短いけど。親がいない理由なんかは、後で聞く。
「俺はローマン。イワンと同じ。です。」
同じだそうだ。
「僕はスベトラ。イワンと同じだけど、僕は今朝お兄さんを襲った時はいなかったよ。」
ふむ、先ほど真っ先にクッキータイプの完全栄養食に手を付けていた小さ目の子だ。襲撃犯ではないらしいけど、同じ一味ということか。
「朝はゴメンな。です。ウラドです。」・・・
ぐるっと一周回って、一応全員自己紹介終わったので、僕は今後のスラムについての話を続ける。
「僕はここの来る前に、役所に行ってきました。失礼に当たるかもしれませんが、まず事実確認から。このスラム地区に住んでいるのは約250人、基本的ゴミ処理場に隣接するこのエリアに勝手に家というか小屋を建てて住んでいる。大きな犯罪もなく、賃金の極端に安い労働力でもあるので、役所や領主も長年黙認している。これで間違いありませんか?」
大人たちは渋い顔をしながら『間違いない。』と返してくる。
農家であれば、人頭税と作物の収穫予測による徴税、街に住む平民の場合には、人頭税と収入からの天引き。家を持っている場合には、資産税なんかも取られるわけで、食べ物を買うくらいの収入しかない方々は、最終的に奴隷になるか、こうやってスラム住まいになる。
スラムは家賃なし、勝手にゴミ処理場に隣接する狭い地域を占拠している形だ。そこに250人程の人々がひしめき合って生活している。
ちなみに、スラムに住む人々は、平民としても認めらていない。いわゆる棄民だ。だから、一般的な従業員として職業に就くことも不可能で、小間使い程度の収入しか確保できず、悪循環に陥っている。
法も彼らを一切守らない。法を破れば、審問なしで、街を追放される。結局盗賊になるか、野垂れ死ぬかだ。ここでも唯一、冒険者になるという選択はあるが、登録料の支払いさえ満足にできないので、有能な若者にだけ、みんなでカンパを募って登録料を賄うことはあるという。
しかし冒険者になっても先立つものがなく、武器などもまともなものが買えないので、死亡率がとても高いという。
「スラムを全てなくす、とまでは今は言い切れません。しかし、もしスラムのみんなが僕のために働いてくれるのならば、まず子供以外のスラムの方々全員を冒険者として登録させようと思います。そしてまずは最低限、平民の地位を確保します。冒険者の子供は、平民になりますよね?登録料や装備、武器は僕が用意します。悪いけど住まいは今のままになりますけどね。ちなみに、スラム地区の土地についてですが、僕が正式に所有者となりました。さきほど、役所で手続きしてきました。この地区の開発は僕が自由にできることになりました。これがその証明です。」
役所で作ってもらった契約書を提示する。所有とはいっても、実際には購入ではない。領地の土地はすべて領主である貴族が国王から下賜されたているものだから、所有は国の許可によるか、戦争による収奪のみが認められている。今回は借地権のようなものだ。
役所からすれば今まではスラムの問題は役所の責任だったけど、これからは僕の責任にできるという、いい厄介払いのようで、値段も大金貨2枚と格安だった。商人ギルドの保証金より安い。
こんなに安いにも関わらず、スラムの地区として放置されてきたのは、もちろんゴミ処理場の存在。人のが住んだり、商売するような環境にないということ。
スラム地区の広さは利用できそうもないと考えられているところも含めて、約2ヘクタール。実質現状利用できているのは1ヘクタール未満。どれだけひしめき合って生きてきたかよくわかる。
小屋にさらにとまどいと驚愕が広がる。中には「奴隷にしようとしてんの?」とのつぶやきも聞こえる。若干不信感のこもった目で見られてしまうが、
「これは僕が皆さんと一蓮托生であるという証明と思ってください。この土地の税金は僕が払うことになりますが、今は家賃や地代をよこせとか、出ていけというようなことは言いません。今まで通りで結構です。むしろ、生活環境を向上させるための、施設を用意するためのお金を出しますし、仕事も用意して賃金もお支払いします。」
まだ胡散臭い物を見るような目で見られている。まあ、そんないい条件の提示なんて、普通は詐欺師しかしないか。
「う~ん、まだ信用していただくのは難しいですか。それでは、スラム出身で奴隷となっている方々、その方々を買い取って仕事を与えて開放しましょう。ますこそこからです。」
大人たちの顔が、パッっと輝いた気がする。話を聞くと、自衛はしているものの、たまに女や子供たちが攫われて奴隷にされるという。異世界、半端ないな。
それでも、奴隷の方が良い生活している可能性はあるので、密かに本人の意思は確認するということになった。まあ、主人が絶対手放さない場合も、無理だとはもうとは言伝えしておく。
それからも、色々な条件や頼みたいことなどを皆さんにお伝えするとともに、内容を説明していく。暗くなった小屋に魔法で明かりをともしながらの長時間の話し合いの末、様子見をしながらだが、前向きに進めるということでひとまず合意。
イワン一味をまず僕の小間使いとして働かせることを本人達も納得し、四角い机を囲んだ円卓会議は終了するのだった。お茶会じゃなかった?
帰り際、参加者全員の衣服にリペアの魔法をかける。これで街中にも出ていけるだろう。小屋にもリペアをかけるが、素材は新しくなったものの、建付けが残念なため、結局単なる掘立小屋だった。
そろそろみんなの驚く顔もそろそろ飽きたし、夜も更けたし家に帰って寝ますかね。宿への帰り道、誰も見ていない場所で回りを確認しつつ、日本の自宅に転移した。




