第20話 治世と治安は別物。
ガクブルしながらも、ポケットに手を突っ込んで、中に入っている小銭入れ、スマホ、コンデジなどをインベントリに収納する。カツアゲされても無一文ならば、なんとかなるよね?ちょっと飛んでみろといわれて飛んでも、お金の音しないし。
「お、お金持ってないです。ちょっと散歩していただけなので・・・。」
「ふ~ん、お前いい服着てるじゃん、その服と俺の服、交換してくれよ。」
何とかならなかった。お金持っていないことはすぐに納得したくせに。こういう輩はとにかく無茶を押し付けてくるというのを失念していた。
まあ、服くらい交換しても、インベントリ内にデュプリケートした着替えがあるから良いのだけれど、ここで脱げって?それは文明人的にありえないお話ですよ。
今まで数度パニックになっているからといって、毎回そういうわけじゃない。周りは明らかな敵だけの状況だけど、僕は透明化と転移という明確な逃亡手段を持っている。こういうときの僕はとても冷静なのだ。ガクブルとパニックは違うのだ。
「おいおい、何黙って下向いてんだよ。こっちは丁寧にお願いしてるだろ。」
丁寧だそうだ。でもさ、サイズ合わないと思うんだけど。まあ、魔法でサイズ合わせできるとは思うけど、今はそんなオプションサービスをつけてあげるつもりはない。
さて、逃亡するかこのまま会話するか。逃亡時の問題は、後々にスラム界隈で『忽然と消えた青年』という噂が立つことか。しばしの間、対応手段に考えを巡らせていると、『ガツっ!』と頭部に衝撃が走り、直後僕は気を失った。
気を失うとか、手術前の全身麻酔くらいしか経験ないです。
気がついて目を開いても辺りが暗いのは、目隠しされているから。言葉が『モゴモゴ』としか発せないのは、猿轡されてるから。手足を動かせないのは、縛られているから。うん。現状は把握できた。恐らく僕は攫われてるよね。
面目無い、日本人ならではの平和ボケだった。未知の地の危険度は、コンビニ前にたむろする不良ごときではなかったようだ。
ニュースとかで、海外旅行中の日本人が、強盗にあったとか、殺されたとか言ってても『ほーん、海外は怖いね〜』と、ポテトチップスを齧りながらお気に入りの清涼飲料水を飲んで眺めている小市民な僕が、当事者になるとは思ってもみなかった。
海外はおろか、異世界だもんね。ちょっと異世界舐めてた。それでも命があっただけでもありがたいと感じる。殺されていたらまさしく一巻の終わりだったよ。
まず、手を縛られてる縄のようなものをインベントリに収納する。続いて目隠し、猿轡、手以外を縛っている縄のようなもの。次々とインベントリにイン。触れてればなんでも入れることができるんだよね。超便利。ちなみに裸に剥かれていたので、衣服はインベントリから取り出して着る。
目が見えるようになったので、周りを見渡してみる。どこか小屋のような場所だ。室内には僕だけ。見つからないうちに方針を決める。まずは、セキュリティ対策。日本人的平和主義が全く通用しないのは理解した。だから、想像上、戦地であるくらいの気持ちで対策する。
まず、襲われたときに流血したであろう頭部を治療してみる。おそらく呪文や詠唱はいらないだろうけど、気分的に「ヒール」と言いながら患部が治るイメージで気合を入れる。
患部だったところを触ってみると、傷口やタンコブはなくなっている。血はクリーンできれいに。今朝は使いどころがわからないって言ってごめん。
念のため体全体の修復をイメージして「ハイヒール」も唱えてみる。これは、あまりどうなったかは分からない。一応念のためということで。もちろん外に聞こえないように、小声だ。
次に魔法的な防御といえば、まずはバリアだろう。空気だけは通すイメージで防御幕張ってみる。イメージは、体から2cm程度足裏は1mm。体は自由に動かせるけど、ショックをすべて吸収するイメージ。エネルギー保存の法則は無視。空気は通すけど、毒ガスは通さないようにイメージした。バリアはなんとなく呪文が子供っぽくて恥ずかしいので、心の中で唱えてみた。
実際どう効いているのかはわかないので、自分の頭を小屋にあるテーブルの角に軽くぶつけてみる。問題ない。もう少し強くぶつけてみる。問題ない。もっと強くぶつけてみる。問題ない。バリアはちゃんと機能しているようだ。
でもこれ、もの掴んだりできなくなるんじゃない?と思い、そこいらの石ころをつかんでみるけど、やはり掴めない。最初のバリアの魔法イメージでは、防御のみに特化しすぎて、使いづらかった。
あれこれ試行錯誤の上、手足および口に関しては、バリア機能ではなく硬化および強化、掴む、食べる作業時には、一時解除できるように、また万が一の攻撃時にも手足は硬化・強化する方向で、改良を重ねる。
もちろん継続魔法としたので、この状態が常時維持される。最終テストは、強化・硬化した拳で頭を殴ってみることで合格とした。ちなみに、どの程度の強度であるかはまだ正確に把握していない。後日正式な実験が必要であろう。
準備ができたので、策を練って、小屋を出ることにする。おそらく外には見張りくらいいるだろうけど、セキュリティ対策済みなので、普通に出ていこうと扉に手を掛けたら、吹っ飛んだ・・・。えっと、ある程度手加減する方向で、瞬時に魔法を修正する。
もちろん、大きな音を立ててしまったので、ガヤガヤと人が集まってきた。