第112話 待ち構えていたから邂逅ではない。
手を振り返してきているわけではないけれど、オークたちは一瞬こちらに注目したあと、立ち止まってなにかを話しているようだ。そのあいだに遠目に4人のオークを観察する。雄2と雌2の混成のようだ。やはり予想通り、オークは雌雄関係なく狩りやその他の仕事に就いているようだね。
あの集落で最初に200くらいの魔石を探知したのは間違いなかったのかも。残りの300はおそらく集落の外でお仕事中なんだろう。オークさん達の食生活は知らないけれど、まあかなり食べそうだもんな。体もでかいし。
また近接で対峙しているわけではないから、にじり寄ってくるという表現が正しいのかどうかは分からないけれども、じりじりと近づいてくる様は、そう表現したい。僕の方は張った結界のギリギリ内側にいるので、警戒感もなくオークたちを眺めている。
再び手を振ってみるけども、オークたちが警戒を緩める様子がないので、次は声をかけてみる。
「何か御用ですか?」
もう距離も10m程なので、そんなに大きな声を出さなくても聞こえるはずだ。オークの事を豚って呼んでたけど、僕に敵意は無いですよ。若そうなオークは良く見ると豚というよりイノブタって感じだし。ちいさな子供はウリボウみたいに可愛いのかもしれない。
「・・・。」
うん、特に返事はない。言語のせいかな?意識してオーク語を話しているつもりなんだけど。まあ、感覚的なものであって、これがファガ国語、これがオーク語っていう感じではないけれど。どの言葉も今の僕には脳内で日本語に変換されてしまうからね。
もう一度声をかけてみるか・・・。
「あの・・・何か御用ですか?」
こんどは敵意がないことを示すために、両手を開いて付きだし手に何も持っていないことを示してみた。ん?オークたちもみすぼらしい槍をこちらに向けるのをやめたようだ。
「お前は何者だ?」
オークがしゃべった!
まあもう話すことは知ってたけど。話しかけられるとさらに衝撃だよね。ほんと何故この方々が魔物に分類されているだろうか。やはりかなり攻撃的で人を無差別に襲うのだろうか。囚われた人間は奴隷・・・?でもなぁ、あの集落の柵の中にいた方々は奴隷という感じでもなかったんだよなぁ。
「僕は最近ここにやってきたファガ王国の人間です。」
「この台地はなんなのだ?」
「これは僕が魔法で作った家を建てるための基礎ですよ。ちょっと大きく作り過ぎてしままいましたけど。」
「基礎?それは何だ?家とは何なのだ?」
「えっと・・・基礎は家を建てるための土台です。そして家とは、後ろに見えている小屋のようなものです。とにかく僕にはあなたたちに対する害意はありませんから安心してください。」
「あの小屋が家というのかそういえば村長が小屋のことを家と呼んでた・・・。土台・・・。害意とはなんだ?」
え?そこからですか・・・。魔法が適時翻訳してるんじゃないのか・・・。オークの語学能力はもしかしてかなり低いというか語彙が少ないのか。
「害意というのは、あなたたちを傷つけることはないし、戦わないということです。」
もし敵対しても、どうせ結界で動きを封じてインベントリで収納するだけだから、傷つけないし戦わないもんね。そう考えると最初に魔法の実験台になったモンスター・ボアには悪いことをした気がする。彼らはオークの遠い親戚のようなものかもしれないし。DNAを調べ科学力が僕にあれば調べてみたい気がする。細胞を地球へ持ち帰って調べてもらうのは・・・いろいろな意味でやめた方がいよね・・・。
オークたちも警戒はしているけど僕に対しての害意はないようなので、周辺の結界オークたちが透過可能に設定し直す。考えてみれば太陽光発電システムもログハウスも壊されても<リペア>で修理できるし、僕自身には結界張ってるし最初から必要なかったかも。
地面に埋まった魔物の中に念のためオークの魔石がないか探索してみたけど、大丈夫のようだ。うん。まだオークと敵対する要素はない。
オークたちは顔を見合わせて何かを話している。かなり小声で何を話しているのかわからない。あいつら耳も良いんだなぁ。
「人間の雄よ、俺にはお前の言っていることの半分も解からない。村長なら人間のいうことも解かるだろうから、村長に会いに行くぞ。心配ない。人間もたくさんいる。」
向こうから色々話してくれるのならば付いて行こうかな。もともとそれが狙いだし。というか強引なのか言葉足らずなのか、僕が行く事前提の話し方だよね。
僕もオークたちもお互いに警戒しながらも一緒に集落に向かう。別に捕縛されているわけでもないが、オークたちが僕を取り囲むように配置している。これは人間は弱いからということで警護されているのだ。リーダーっぽいオークがそう言ってた。
結構な時間歩いてやっとオークの集落へとやってきた。途中オーク以外の魔物に遭遇するかなと思ったのだけどそういうこともない。魔物の山とはどういう山なのだろう。生態系とか本当に気になる。そもそもファガ王国のように結界で守らなければいけないくらいの数の魔物が本当に今も居るんだろうか。僕の島は確かにものすごい密度で魔物が居たけれども。
集落の中心部に向かう僕たちを集落のオークたちが眺めている。オークたちのひそひそ話は耳がいいのだろう、人のひそひそ話より声が小さいので結構近い距離でも聞き取れないから、何を話しているのかわからないし、表情も読めない。もともと豚がどんな感情の時にどんな表情するのか知らないし。
「村長、戻りました。異変のあった地から、この人間を攫ってきました。」
え?僕攫われたの?いやいや、普通に交渉に応じて付いて来ただけですよ。攫うというのはイワン一味のような所業を言うのであって、これは攫うではなく誘うくらいの表現のはず。もしかして、言語の単語自体に齟齬があるのか・・・。
「人間、わざわざすまない。若いオークから草原に異変があると聞いて、調査に向かってもらったのだが、あなたは異変の事を知っておるのかのう?」
なんか魔物っぽくないよね。ここは何て答えようか。まあ相手は魔物だから、国とか関係ないし、僕の魔法について知られてもかまわないか。
「人間、そなたはこのワシらが話す人間の言葉は分かりづらいかの?」
ん?人間の言葉?ええええっ?オークさん達が話しているのはオーク語ではなかったの?普通に人が話す言葉なの?わかりづらくないし、普通に会話できると思うよ。
「あ、あの、あなた方の言葉はオーク語ではないのですか?」
「何を言っているのか人間、オークに言葉などない。はるか昔から今まで攫った人間から少しづつ教えてもらい、今ではこの村のオークは言葉というものを普通に使えるようになったのだ。」
オーク語じゃなかった。これじゃぁ、ファガ国語とかわらないということだよね。だって、サムワ王国でも・・・そうか、<トランスレート>の弊害で、相手がどんな言語使っているのかまるで僕にはわからないのか。複数の人を並べて同時に話してもらい、それぞれ意思の疎通ができているか試すしか、何国語で話しているのか今の僕にはわからないわけだ・・・。今度ボイスレコーダー用意して、録音した後にエレナとかに聞いてもらって判断してみよう・・・。
「お名前が分からないので、オークさんと呼んでいいですか?」
「うん、かまわん。」
「あなた方の言葉は理解できます。まず草原の変異ですが、僕が家を建てるために、魔法で整地しました。申し訳ないですが、そのせいで少し地形が変わってしまいました。」
どの程度の単語が通じるかは分からないけれど、簡単に説明する。オークさんは『そうか』とだけ返して、特に問題視はしていないようだ。
「強大な魔物のせいでなければかまわない。ワシらは今はここを縄張りにしておるが、今までは数十年ごとに強大な魔物に縄張りを追われて移動してきておった。ここはまだ数年しか滞在しておらんから移動するとなるとまた大変なことになるところだったわい。また人里に下りて、村づくりをのために人間にお願いして人手を募らなれけばならない所だった。」
人里まで下りて人を募ってるの?じゃぁなんで攫うとか言うのだろう。やっぱ単語間違って覚えてるよね、このオークたち。
「あの、『攫う』ってどういう意味ですか?」
「何を言っている人間、『攫う』というのは、話をして一緒に来てもらうことだ。」
ほら、間違ってる。それは『誘う』です。どう聞いてもそれ勧誘ですから。今まで攫われた人間は訂正しなかったのだろうか・・・。
まあいい、この魔物の山で長い間生活してきた村のオークさん達、そして柵の中にいる人間たち、この方々に色々聞いてみたいことがあるし、今のところまったくと言って良いほど平和的に進んでいるから、ここはじっくりとお互いに情報交換することにしよう。魔物としての人里側に居るオークとこの村のオークの違いももう直接本人・・・本オークに聞いた方が早い気がするし。




