在りし陽だまりの日よ
─そこはある国に属する辺境の町。
その町は遠征の為軍人の留まる、所謂拠点のような場所。
その為田舎であるにも関わらず、物資と人の往来が多く、権力者の住まう屋敷や宮殿が近辺に建てられていた。
これは、そんな町の近く、小麦畑の村に住む一人の少女のお話。
たった一人、町へ向かう姉を見送った後、少女はバタバタと台所へ駆け込む。
弟や妹達が起き出すまでに彼らの朝食を用意しなければ──傷まないよう仕舞っていたパンを出し、簡単なポタージュを用意する。
毎日同じような品ではあるが、姉弟達は飽きずに美味しいと食べてくれる。料理好きの少女にとって、それはとても幸福なことであった。
彼女の名は、ルセートといった。
2人の弟と1人の妹に朝食を振る舞い、長年の付き合いである農家へ手伝いとして送り出す。その後彼女は早々と朝市へ繰り出し、食材を買い求めに行くのだ。
近所でも評判だった料理の腕を持つ母親は、よくルセートに料理を教えていた。
野菜の切り方、肉を保存する上で気を付けること、スパイスやハーブの組み合わせからあらゆることまで──
ルセートは母親の料理…特にラタトゥイユが大好きであった。
優しい、陽だまりのような母。そんな彼女は流行り病により数年前に亡くなっている。
「亡くなってしまったものはしょうがない、これからは私たち姉弟で一緒に生きていこう」
長女の発言からルセートは一切の家事を引き受け、他の姉弟は稼ぎに徹することにしたのだ。
決して豊かな生活ではないが、姉弟と共に美味しい食事を囲む生活はそれでいて幸せであったのだ。
…そんな彼女の元に、ある日1通の便りが届く。
「ルセート、今帰ったよ」
「おかえりなさい、すぐに夕食出すから座って待ってて」
「ありがとう。…そうだ、お前への手紙を預かっているよ。ほら」
「誰からの手紙?町に知り合いなんていないけど」
「なんと近くの宮殿のお方からだ。ニコラ様、だな」
以前は国の中心地で政治に関わっていたが、現在はこの辺境の地で暮らし、外国遠征の指揮を執る貴族──ダンピエール家。ニコラはその子息である。
彼は宮殿近辺にある町にしか足を運ばないが、頻繁に市民と交流することを心掛けており、民衆からの支持は高い。
「ニコラ様からわざわざ私に?何も悪いことをした心当たりは無いのだけれど…それに私個人に手紙だなんて」
「中身を見ればわかるでしょう、後でゆっくり読むといいさ」
「なんだか怖いわ、逮捕状だったらどうしよう」
そう言いながら夕食のスープを注ぎ、食卓へと配膳していく。湯気の昇る光景に姉は待ちきれない様子だった。
緊張を覚え封を開く。中身はたった1枚の手紙、整った丁寧な文書であった。
「何て書いてあるの」
「姉さん、私簡単な字しか読めません」
「あらあら」
姉は笑いながら手紙を受け取り手紙を読み上げる。
『──拝啓ルセート殿。貴方の料理の腕前は町でよく噂として伺います。…そこで私は貴方の料理を是非とも食してみたいと思い、今こうして貴方宛の手紙を書いています。2日後の10時、ダンピエールの宮殿にてお待ちしております』
「たったそれだけ…?」
「そうみたいね」
姉は呆れたような顔になる。
「いくらニコラ様とはいえ余りに身勝手だ。たまたま私の商売仲間が町にいたからいいものの、今日中にお前の元に届かなければどうするつもりだったのだろう」
「いいじゃない、結局今ここにあるわけだし。…何よりニコラ様の耳に私の噂が入るだけでも光栄なのに、私の料理が食べたいだなんて」
ルセートは露骨に頬を緩ませる。
「それで、私は明後日この手紙を持ってお屋敷に行けばいいのかしら?」
「そうなるだろうな」
「ああ楽しみ、まさか宮殿のキッチンで料理できるなんて!」
「気をつけて行くといい、しっかり頑張るんだぞ」
「いよいよ今日だわ姉さん、下の子達に朝食を食べさせたらすぐに家を出るわ」
いつも通り早めに朝食を済ませてある二人は、庭で洗濯をしながら談笑していた。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないのか?早く着いて時間を持て余したらどうする」
「違うの、私この村を出たことがないから隣町に行って市に行きたいの。見たことない香辛料も沢山あるだろうし、いろいろ見ておきたいと思って」
「なんだそういうことか。私はお前みたいにハーブがどうこうなどわからないからな。市に連れていってやろう、町からは一人で大丈夫?」
「ええ。ありがとう、助かるわ」
二人は村を出た後、姉の商売場所でもある町へと向かう。
朝の市には徐々に人通りと華やぎが増え、一日の目覚めを予感させる。
「姉さんは毎日こんなところで商売をしているのね」
「ああそうだ、辺境の町だが宮殿や軍の拠点があるお陰でかなり人がいるからな。商売するにはもってこいだ」
町の中心地に辿り着くと、姉はルセートにいくらかの金銭を渡す。
「ちょっと少ないがこれで欲しいものを買うといい。私はこれから仕事に行くけど、ちゃんと迷わず行くんだぞ。手紙も忘れずにな」
「わかってるわ、私頑張るから」
姉妹は別れ際に拳を軽くぶつけ合う。可愛い妹への姉なりのエールである。
仕事に向かう姉は雑踏に紛れ、しばらくすると頼もしい背中はもう見えなくなっていた。
露店を眺めると、村には流通してこないような食材が所狭しと陳列されている。
初めて見る食材はルセートの目にまるで宝石の如く映るのであった。
「楽しくっていろいろ見ちゃったわ」
食材の詰まった袋を抱え、姉と別れた広場で腰を下ろしていた。
おもむろに例の手紙を取り出し、眺める。
ダンピエールの宮殿は…ここからどう向かうのだろう?身なりの良い人に聞けば分かるだろうか。
広場を見渡し、髭を蓄えた貴族と思しき出で立ちの男性に声を掛ける。
「すみません、少しお伺いしたいのですが」
「何かね?」
「ダンピエール家の宮殿に行きたいのですが…場所が分からなくて。ご存知でしょうか?」
手紙を差し出し、肩をすぼめる。失礼でなかっただろうか…
男性は蝋封を見た途端に合点がいったようで、ルセートに微笑み掛ける。
「ダンピエール家の跡継ぎ息子なら、この町で見かけたよ。誰か探してた様子だったが、君のことだね。少し待ちたまえ、従者に探させて来よう」
「お知り合いでしたか」
「ニコラは私の甥だよ、お嬢さん」
「まぁ!」
「叔父上」
慌てた様子でやって来る青年を男性は可笑しげに眺めている。
「やあ、ニコラ。では私はこれで失礼するよ」
「…ありがとうございます、ごきげんよう」
男性を見送り、金髪の青年は改めてルセートの方へ向き直る。
…噂に違わず整った顔立ちである。手入れされ結われた髪は男性のそれとは思えぬほどに長く、美しい。
「町までお迎えに上がったのですが見つけられず仕舞で、すみません。…初めまして、私がニコラです」
「初めまして、私ルセートと申します」
安堵の表情を浮かべるニコラ。
…町中を歩き回っていたのだろうか。
「あの、私は今日、ニコラ様や宮殿の方の昼食を作らせていただけるんでしょうか」
ニコラは首を傾げ、あれ?と口にする。しばらく間をおき、彼女ににっこりと笑いかけた。
「…手紙に書きそびれていたのかもしれませんね。詳しくは着いてからお話しましょう。町の外に馬を留めていますので、どうぞこちらに」
「こんなに広い厨房、ほんとに使ってもいいんですか…?」
「もちろんですよ、シェフはまた別の厨房を使うので」
宮殿に着き、真っ先に訪れたのは建物の一番奥の方にある、普段は使われない少し寂れた厨房であった。日光が満足に入らず薄暗い部屋ではあったが、それでもルセートのキッチンよりは随分広い。
「それで、私が貴方だけに、というのはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味です。私は貴方の料理を頂きたい。けど父上や他の者は…提案したのですが、宮殿の料理人以外の者が作ったものをお召しになろうとはしない。叔父だけは肯定も否定もせずでしたが」
ばつが悪そうに視線を逸らす。恐らく今回の件は誰にも話していないのだろう。そうとなれば彼の叔父の様子にも納得がいく。
「貴方の噂は町の方から聞いていました。お姉さんがよく貴方の話をしているようで…身勝手な頼みで連れてきてしまいすみません。引き受けてくださいますか?」
ここまで来ておいて断る道理などないでしょう!
しかし…こんなことをしてまで片田舎の少女の手料理が食べたいだなんて。それに「ルセートの料理は美味しい」という情報はたかが噂によるものだけである。
確かに料理に自信はあったが、妹思いの姉が情報の出所となれば、誇張された噂が一人歩きしている可能性だって十分にある。
…ああまずい。期待を裏切ってしまったらどうしようか。
「……わかりました。貴殿のご期待に沿えるよう、尽力致します」
言ってしまった。
「あれからもう1年も経っているのねぇ」
ルセートは近所の住民から貰った小麦でパンを作ろうとしていた。パン屋の主人が窯を使わせてくれるというのだ。
「まぁ良かったじゃない。ニコラ様はお前の料理を絶賛されたし、お前は広いキッチンで料理することができたんだから」
「いい体験だったわ。あそこの厨房に入れるなんてもう一生無いだろうし」
ちょっと古そうな厨房だったけど、と付け加えぐにぐにと生地を練りながら窓の外を見る。日は先ほど昇りはじめたところだ。
「それにしてもいかんせんニコラ様は少し常識外れなところがおありだ。あの内容から察するにろくに手紙の出し方も知らないなんて」
「噂の本人に手紙を届けるにはあれが精一杯でしょう?2日後、という書き方は…ふふ」
「以前は国の中心地にいたようなお方だからね、ここみたいな辺境の地とは勝手が違うのだろう。
…ああ、これは想像だが…いくら上流階級とはいえあのような立場の方が手紙を出す機会なんて無いんじゃないか?侯爵になれば手紙塗れになるんだろうけど」
「ましてや私みたいに町より遠い村娘だと尚更だわ」
「私も同じようにするかも」
額の汗を拭い、ルセートは生地を退け朝食の準備に取りかかる。弟妹達はしばらく農家へ泊まり込みである。今日は姉と町の市へ行こうと前々から話していたのだ。
「そうそう、最近はいつにも増してニコラ様が町にお出でなさる。今日もまたお見えになるかもしれないな」
「そうね。家事を片付けたら行こう、今日のスープは玉ねぎと人参入りよ」
「それは楽しみだ」
眼前に広がる黄金色の絨毯に弟妹を思い浮かべる。頭を垂れる小麦を横目に二人は町へと繰り出した。
「久し振り、相変わらず賑やかね」
「軍の遠征も頻度が増したから、ますます人の往来が増えたの。お陰で売上もいい感じ」
「以前より羊肉が手に入りやすくなったわね、食卓が鮮やかになるわ」
「こんなご時世にお肉が食べられるなんて!」
二人は町の広場へと向かっている。今日は肉の卸売りがあるらしく、見物に行くのである。
「さすがに鳥肉は高くて手が出せないが、見に行くだけでも価値はあると思う」
「競りなんて初めてだわ!」
「あれ、ニコラ様かしら?」
広場の隅、二人の騎士を従えるニコラの姿があった。競りに興味を示す様子もなく、ただ往来する人々を見つめ佇んでいる。
「ここのところ町に来てもあんな感じでぼーっとしてらっしゃるよ。お付きの兵士も暇そうにしてる…そら、大あくびだ」
「何かあったのかしら?…ところで姉さん、競りまでまだ時間が」
「…ルセート殿!」
姉妹は驚いて顔を見合わせ、振り返る。
さっきまで上の空であったニコラが、慌てた様子で駆け寄ってきていた。
「ああ、会えてよかった、ルセート殿、…また貴方に会えて…」
息を切らせた彼はルセートの手を取り顔を綻ばせる。子供らしく笑う彼に市場は一瞬ざわつくも、お馴染みの貴族の嬉々とした様子に群衆はまた各々の日常へと戻っていく。
「実は貴方にお願いがありまして」
彼は彼女を町にいる姉の元へ送り届けた後、しばらく外出を禁止されていた、という切り出しである。
"町で食事をするなどと法螺を吹き、挙げ句村娘に食事を作らせるとは!"とのことである。
叔父が仲裁していなかったらどうなっていたか、と苦笑する。
「それで、…恥ずかしながら、私…昔からあまり我が無いというか臆病というか、少々消極的でして、友人と出かけることも無かったものですから…あの件であまりにも私が行動的だったことを不思議に思っていたらしく、後日父上が貴方の料理のことを聞いてきたんです。そしたら、是非とも食べてみたいと…」
ニコラは申し訳なさそうに肩をすぼめ、よろしいですか?と訊ねる。
「…もう一度宮殿でお料理出来るんですか?」
「貴方がよろしければ、是非とも」
「姉さん、私行きたい!」
その言葉を聞き、姉は頷いた。
「食事なら弟達はまだしばらく農家にいるし、私は町で適当に済ませておくよ。行っておいで」
「ところで、どうして手紙を使わなかったんですか?」
「ああ、そのことですか」
馬車に揺られ宮殿へと向かう道中、ルセートはふと訊ねる。
「父上に叱られてしまいまして。手紙だとすぐに返事ができない上、お前からのものだと断れないだろう、と。父上は貴方の料理が食べたいと仰いましたが、村に住む両親のいない貴方を無理矢理連れてくるのは憚られたのでしょう、命令として仰ることはありませんでした。それに貴方には複数人の姉弟がいる」
是非父上にも召し上がってほしい、と半ば彼の独断であるという。そんなに気に入ってもらっていたのか、と面食らってしまう。
「なので私が町に下り、貴方に会った時にお願いしようと思ったんです。都合が悪ければその場で断れば済みますから。…昨年の無礼は失礼しました。事情を知らなかったとはいえ半ば強制的に来させることになってしまって」
俯く顔に藍色の瞳が揺れる。
この数ヶ月、ずっと自分を待っていたのかと思うと、ルセートも申し訳なさを抱かずにはいられない。…そんな事情は知る由も無かったのだが。
「きっと身勝手な私に失望したでしょう、常識もあなたの都合だって弁えずに噂話にいてもたってもいられず、本当にすみませんでした…でも私はこうしてまた貴方の料理が食べられると思うと本当に嬉しいんです」
「恐縮です、ああ、でも…私だって、また貴方に会えてこんなにも嬉しいんですもの」
…あれからどれ程の月日が経ったか。
「ルセート、今日の夕飯は何だ?」
「ごきげんようニコラ様。先日新しく輸入肉が入ってきましたのでそれを使おうかと思っております」
彼女が宮廷料理人となり、しばらくの時が流れていた。
ニコラの父親である総督が彼女の料理を気に入り、料理人へと大抜擢したのである。
彼女が家を出る代わりに、総督は彼女の姉弟達の生活を補助する、という条件付きである。
「ニコラ様のお陰でこうやって料理長までさせてもらえて…私、何てお礼を言えばいいのか。姉や弟達のことまで配慮してくださって…本当に、ありがとうございます」
「いや…あれはただの私の我が儘だ。貴方はなるべくして料理長になったんだ、世間知らずの私を許してほしい」
「そんな、私こそ」
深々と頭を下げ彼女は再び厨房へと入っていった。日の光が充分に差し込み、明るく清潔な厨房である。
──「隣国の暗殺者がこの地にいる」
そんな噂が流れ出したのはつい最近のことである。
外国遠征で成果を挙げますます重要拠点となったこの辺境の地に、隣国からの暗殺者がいる、という話である。狙いは勿論総督だろう、と宮殿内には不穏な空気が流れていた。
その影響で食卓に並ぶ料理のチェックがより一層厳しくなってしまっていた。
今では複数人による毒味が行われ、実際に総督やニコラが口にする時には既に料理が冷めてしまっているのである。
「なんとか冷めても美味しい料理をお出ししたいのですが、中々上手くいきませんね」
ニコラが買い与えてくれたメモ帳にレシピを書き足している彼女は、何かいい案は無いかとページを繰っていく。
「君の料理は充分美味しいよ。それより私が心配なのは例の暗殺者のことだ」
「そんなことなら大丈夫ですよ、料理は私が責任を持ってお作りします」
「いや…毒味を一番最初にするのは料理長である君だろう。私は貴方が…万が一宮殿にスパイがいたとして、貴方の毒味の前に毒が盛られることを考えると心配で仕方がないんだ」
「大丈夫ですよ、ニコラ様。それが私の仕事ですし…それでニコラ様を守れるのなら、私は本当に幸せ者です」
ルセートは不安そうな顔をした彼の手をとり、優しく微笑んだ。
彼女は料理を乗せたワゴンを押し、総督達のいる広間へと向かっていた。
廊下の両側には召し使いや兵士がずらりと並ぶ。
彼女はこの廊下を歩く時、胸を張り堂々と歩く。
決して騒々しい音を立てず、しかし戦場を闊歩する軍人のように誇らしく、勇ましく、凛と歩くのであった。
広間に入り、一連の祈りを終え、毒味の時がやってくる。
彼女は母親に習った一番お気に入りの品…赤い色をした料理を口に運ぶのだ。
──いったい誰が、どこで
朦朧とする意識の中、彼女はぼんやりと考えていた。
厨房から広間に入るまでに毒を盛るタイミングは、無い。
まさか本当にスパイがいたなんて。
ああ、そういえば、ごく最近配属された従者が一人いたっけ。
私、ヘッドシェフなのに、気付けなかったな…
鮮血を吐き出した彼女に広間は大混乱に陥る。
兵士や召し使いは騒然と、総督は血相を変え何かを叫ぶ。
手足は痺れ、割れるように軋む頭を抱えることもできない。
荒れる呼吸は苦しさを促すばかり。
垂れ流しになる涙とは相反し、異様に乾く喉はどうしようもなく、爼上の魚の如く水分を欲する。
真っ白であった制服が、朱に染まっていく様子を、身動きも出来ぬまま、胡乱な目で見つめる他ない。
存外、呆気ないな、私。
誰かが近づく気配がした。微かに私の名を呼ぶ声が聞こえる。僅かに瞼を開けど、その目は信号を脳へ送る機能を失っている。
ごめんなさい、私、もう、あまり聞こえないし、見えてないの…
取り乱した彼は彼女を抱き起こし、必死に語りかける。眼から粒を垂らしながら。呼び戻すように。
泣き叫ぶその姿は──最愛の人を失った者のそれに等しい。
いつの間にか静寂の戻った豪華絢爛な広間で、二人の最期を邪魔する者は一人としていない。
…きっとニコラ様だろう。彼を守ることができて本当に良かった。
私がここで死ぬことで彼の命を救うことができたのだ。そうだ、まさしくこれは天命なのだ!
そんなに必死に叫ばないでください、涙を流さないでください、私のために愛しい貴方のお顔が歪んでしまうではありませんか。
私は今、とても幸せなのです。
自分の、亡き母の一番の料理を食べて死ぬことができるということ、
こうして貴方に心配していただいていること、
最期を貴方の腕に抱かれながら迎えられること。
私にはこれ以上の幸せがありません。
私は少しだけ早く、お休みを頂きます。
心残りは………そう、貴方が時折何か言いたそうにしていることが、結局聞けませんでしたね。
─ああ、そんなに悲しそうな顔をしないでください。私まで、なんだか悲しくなってしまうじゃありませんか。
「─最期の時まで、貴方を愛していました」
閲覧ありがとうございました。
いつか日常編も書きたいなと思いつつ放置してた問題作です。私の書き物にしてはとにかく長い:(
中世フランスと言いつつあまり時代背景は調べてません。ので設定はガバガバです。ラタトゥイユだけ調べました。あれはフランス料理です。
最後のセリフはどちらのものかはご想像にお任せします~:)