脱出2
あちこち入り組んだ道をアンナは迷いなく進む。
時折、盗賊に見つかったりしたが即座にアンナが気絶させる。
……アンナ、強すぎねぇか?
もしかしたらアルフレッドより強いかもしれない。
まぁアルフレッドの本気も見たことがないからハッキリとは分からないけど。
順調に俺達は地下牢を進む。
だが、不意にアンナが進む速さを落とした。
「アンナ、どうしたんだ?」
「……少し下がっていてください」
言われた通り、イリスを連れて後ろに下がる。
ところで、イリス、なぜ君はそんなにがっしり俺の手に掴まっているんだ?
掴むどころか抱きしめるの領域だぞ?
まあそんなことは今はいいか。
正面からあの幽鬼のような男が現れたのだ。
今回は男はいきなり切りかかることはなく、何故か立ち止まって名乗った。
「さぞかし名のある猛者とお見受けする。我は鬼人のソンクウ。貴殿に決闘を申し込みたい」
それに対してアンナは、
「魔王ヘルミオネ様配下、メイド長兼レクサ様の教育係を拝命しております、アンナと申します。貴方の決闘を受けてたちましょう」
母さんの名前初めて知ったわ。
あの人、いつも陛下としか呼ばれてないんだよな。
「貴殿があの【死神】か。相手にとって不足なし!」
アンナって有名人なの?
死神とかメイドについていていい2つ名じゃないぞ?
まあ、それはさておき、ソンクウとアンナは互いに睨み合っている。
俺とかが迂闊に間に入ったりすると1発で切り捨てられそうな雰囲気だ。
先に動いたのはソンクウだった。
走り込みながら刀を抜き、アンナに斬りかかる。
アンナは苦もなく鎌で受け止める。
そして弾き、横薙に斬る。
しかし、男もそれを素早く避ける。
素早い剣戟。
俺ではその攻防の詳細がわからない。
その凄まじさは到底今の俺では及ぶことが出来ないものだ。
俺はその戦いに見入った。
イリスも俺と同じく戦いに見入っている。
男の刀を振るう速さ、剣の軌跡の鋭さ。
そしてそれを難なく捌くアンナの大鎌。
アンナの大鎌の方が長くソンクウの刀よりも重いはずなのに同等の速さで斬りあっている。
いや、アンナの方が上か。
ソンクウは時折浅く斬られているが、アンナは傷一つ負っていない。
完璧にソンクウの攻撃を防ぎきりながら、更にアンナはソンクウに少しずつ傷を負わせている。
戦いの決着は唐突だった。
ソンクウが焦りからか少し大振りに剣を振るったのだ。
アンナはその攻撃を冷静に避けて、とてつもない速さで切りつけた。
ようやく俺は気づいた。
さっきまでの戦いはアンナは本気ではなかったのだ。
本気を見せたのは、最後の一撃のみだった。
ソンクウは胸から血を吹き出した。
「見事……。最期に【死神】の絶技を受けることが出来るとは……。我が生涯最高の名誉……だ……」
そしてそのまま、どうと倒れ伏した。
「すげぇ……」
俺もイリスもその光景を呆然と見つめた。
「さあ、レクサ様、イリス。先を急ぎましょう」
「なあ、その前に聞きたいことがあるんだけど……【死神】って?」
「……昔、陛下に拾われる以前、辻斬りをしていた頃につけられた渾名です」
「そ、そうか」
なんでも、強い敵と戦うことを求めてあちこちで強者を襲って、斬りあっていたらしい。
ずっと無敗で、ついた渾名が【死神】。
唯一かつ、初めての敗北を喫した相手が母さんらしい。
それ以来、母さんのメイドをしているらしい。
料理、掃除、どんな雑用も難なくこなす完璧超人アンナにそんな過去があったとは……。
さて、その後は特に強敵に会うことはなく、俺達が落ちてきたあの部屋までやってきた。
アンナの言っていた通り、ハシゴがかかっていて、部屋の入口にアルフレッドがいた。
俺達は梯子を登り何とか地下から脱出したのだった。
その後、俺は大号泣する母さんに抱きしめられた。
心配していたのはわかるのだが、こんな泣き方をしていては、魔王の威厳も形無しである。
まあ、この人の威厳ある姿なんて俺は見たことないけど。
甘々のデレデレで魔王らしさの欠片もない。
唯一魔王らしい所を見たのがあのヤバい馬鹿力を見た時だ。
大丈夫なのかこの人。
まあ、母さんは凄い美人だし、その豊満な胸の感触を楽しめるので気分は悪くない。
何故かイリスがこちらをじっと見ているが……。
羨ましいのだろうか?
翌日、母さんは盗賊の一掃を行った。
俺の背中の傷を見て怒り狂っての行動だ。
それ以来この周辺に盗賊が出没することはなくなった。
俺とイリスはアルフレッドとアンナにこってり絞られた。
反省文と、今後、怪しいものを見つけたら何より先に2人に報告をするという誓約書を書かされた。
更にその翌日から、俺達の訓練と授業は以前より更に厳しくなり、徹底的に叩き込まれるようになった。
この事件で起こった変化はこれぐらいかな?
ああ、そうそう。
イリスは俺と2人の時だけは話しかけてくれるようになった。
口数は少ないけど、会話してくれるだけでもかなり嬉しい。
ただ、何故俺以外に誰かいると話しかけなくなるのか聞いたら、何も答えてくれなかった。
なんでや。
まあ、そんな感じで月日は流れていくのだった。