イリス
俺は突然の事に驚いたが何とか着地する。
少女も問題なく着地したようだ。
上を見上げると先程までいた部屋が見える。
だが、よじ登るには少し高すぎる。
仕方なく辺りを見回してみる。
扉のあった方向とは逆の方にうっすらと光が見える。
「……どうしたもんかなぁ」
少女に意見を求めても返事はないし……。
結局、俺は先に進んでみることにした。
少女は無言で俺のあとに続く。
しかし、この空間は一体何なのだろう?
天然の洞窟にしてはやけに整えられている。
それにあの時聞こえた声はなんだったのだろうか?
声の主はこの先にいるのだろうか?
分からないことだらけだ。
少し好奇心にかられて短絡的に行動しすぎてしまった。
反省しないと……。
「ごめんな、巻き込んで」
少女に一応謝る。
間違いなくアンナの授業には遅刻だろう。
俺は真面目な少女を巻き込んだことに罪悪感を感じていた。
少女はやっぱり無言だった。
ただ何故か首をかしげていた。
まあ少女の行動がよく分からないのはいつもの事なので気にしないでおく。
そこは、今は使われていないらしい、地下牢だった。
明かりはそこの壁に掛かった松明のものだ。
いくつかの部屋があり古い鉄格子が嵌めてある。
その先には道がさらに続いているようだ。
そして、話し声の正体を発見した。
ボロボロのマントを纏った人が2人いた。
その2人は俺達が近づいてきたことに気づき、腰にさげた剣を抜きはなった。
が、俺たち2人の姿を見て訝しげな顔をする。
「……あ?何だこのガキども。どこから入ってきやがった?」
「あっち側って確か行き止まりだったよな?」
男達は俺達が子供と気づき油断しきって剣をおろしている。
あの二人が俺たちを殺そうという結論を出す前に逃げたいところだが……。
「まあ、殺しちまえばどうだっていいことだろう?」
そうはいかなかったようだ。
ってか殺す決断に迷いがなさすぎるだろ、こいつら。
剣を再び構えてこちらに向かってくる。
……仕方ない。
大人しく殺されるつもりはないし、抵抗させてもらうとしよう。
と思った矢先、少女が落ちていた白い棒を拾って構えた。
それ、骨じゃね?
ためらいなく握ってるけど、人骨じゃね?
倫理的にどうだろう――――
あ、そっか。
俺たち人間じゃなかったわ。
俺はとりあえず男達の片方にむかって闇属性魔法を圧縮した弾―――――闇弾を撃つ。
ちなみにこれは元々そういう名前で知られている基本的な魔法らしい。
男は少し驚いたような顔をしながら剣で闇弾を弾いた。
「おいおい、その年で魔術師かよ」
男達の目から油断が消えた。
やらかしたかもしれない。
と思っていたのだが……。
男の片方は剣を杖替わりに何とか立っている。
もう1人はその後ろでダウンしていた。
……やっぱりこの娘おかしい。
男は雄叫びをあげながら少女に切り掛るが少女は骨で剣を受け流して逆に顎を叩き上げた。
それで、何とか立っていた方の男もノックアウト。
ただそれで少女持っていた骨はへし折れてしまい、もう使えなくなってしまった。
まあ、代わりに倒した男達の剣を拾って弱体化どころか強化してるけど。
さて、ここまでは順調だった。
あの男が出てくるまでは。
少女が剣を拾った直後の事だ。
通路の先から足音が聞こえた。
見やると幽鬼のような男がこちらに歩いてきていた。
少女がすぐに俺と男の間に立ち剣を構える。
男はじっとこちらを見つめ……
俺はすごく嫌な予感がして、闇属性魔法の応用の結界――――暗黒障壁を少女と男の間に展開した。
直後、男が目にも止まらぬ早さで腰に下げていた刀をぬき放ち、暗黒障壁を切りつけた。
俺の暗黒障壁は少女の光属性魔法を纏わせた攻撃も完全に防ぐほど強力な結界だ。
しかし、暗黒障壁は男の攻撃を受けて一瞬で砕け散った。
男はそれで止まることなく、少女に切りかかる。
少女はなんとか防ぐが、剣をへし折られてしまった。
そしてそのまま男が返す刀で少女を切ろうとする。
俺は咄嗟に少女を抱きつくようにして、少女を庇った。
俺の背中が切られ、凄まじい焼けるような痛みがこみ上げる。
少女は戸惑うような目でこちらを見ている。
そして俺と共に倒れ込み……
そこで俺の記憶は途絶えた。
再び目覚めた時、俺達は牢屋の中にいた。
どうやら殺されずに監禁されたらしい。
少女は心配そうな顔で俺の顔をのぞき込んでいて、俺が目を覚ましたことに気付くとパァっと顔を明るくした。
……なんだ、その、すごい可愛い。
背中に手をやると少し痛むが血は止まっているようだ。
魔族の身体様様である。
まぁ、何とか生き延びれたようで良かった。
「な……んで?」
ん?何か聞こえたような気がする。
「なん…で私…を庇っ…た…の?」
声の主は少女だった。
「なんだ、喋れたのか?」
「質問に…答えて……!」
「なんでって言われてもなぁ。単純に体が勝手に動いたからだよ」
「……私…はあなた…の壁。あなたの身…に危険が迫っ…た時…に盾になるの…が私…の役目。それ…を守られ…るべきあな…たが守っ…てどう…する…の?」
「それは……そうだな、盾がすごく綺麗で傷をつけられたくなかったからだ」
「……変…なの。私…は貴方の…身を守…るため…の道…具。道…具に…愛…着を持つ…なん…て…」
「お前がただの道具ならともかく、お前は俺に剣術を教え、共にアンナの授業を受けて、アルフレッドの訓練をこなして、一緒に飯を食って、そして今はこうして喋ってるんだ。そういう奴は道具じゃなくて友達って言うんだよ」
「友…達…?」
「そう。友達だ。友達なら助け合うのが当然だろ?」
「そう…なの……?」
「そういう物なの。なあ、それよりさ。いつまでもお前って言い続けてるのもなんだし、名前を教えてくれないか?」
「……名前……ない…。……つけて」
……俺が名前をつけろと?
待て、そんな答えは考えてなかったぞ!?
そうだな……
「……イリス。今日からお前の名前はイリスだ」
「イリス……」
「気に入らなかったか?」
「……凄…くいい…名前……あり……がとう……」
どうやら気に入ってくれたらしい。
心なしか、少しイリスの顔は赤らんでいるようだ。
それほど喜んでくれるとこっちも嬉しくなるな。
こうして少女はイリスという名を手に入れたのだった。