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シタ  作者: air
5/5

シャワー借りたいだけだったのに

人の話をあまり聞かないデューと、めったに怒らないシタが怒る話

「あのさぁ」

 シタが読んでいた雑誌をベッドに放り、ぼさぼさになっている小金色の髪を掻きながらデューのほうへ駆け寄った。

「なんだ?」

 デューはいつものようにコーヒーを飲みながら、テーブルの傍でゲームをいじっていた。

 ゲーム画面を見ながら応対するデューにお構いなしに、シタが文句を言う。

「シャワーってこの家にないの? 来たばかりのときからそれどころじゃなくて、言いそびれていたし忘れかけてたけれど、そろそろ風呂にも入れなくてストレスたまるんだけど」

「女子じゃあるまいに。入る必要があるのか?」

「あるに決まってるだろ! なんで男子は入っちゃいけない話になってんの? 風呂とトイレは、男女分けられているが、男子のシャワー室だけないなんて、男女差別以前に人種差別に近いぞ!」

 そう噛み付かれるように訴えを受けたデューは、ゲームをテーブルの上に置き、シタを睨んだ。

「シタは、まだ自分を人間だと思っているのか?」

「……は?」

 不可解という表情を見せながら、シタはデューを睨み返した。

「闇に見初められたものは、人間ではない。人間の血が、徐々に闇へと染まっていき、やがて人としての意識も失っていく。それがオレたちという存在だ」

「……それが、オレがシャワー求めている問いになんの関係があんの?」

「いいかシタ。そのうち、味覚も変わるし、感覚も変わってくる。お前も、もともとあるべき姿に戻っていく。その姿は、人間ではないんだ」

「……そうか。その話はおいおい聴くとして、この家にシャワーは……」

 デューが一旦言葉を切ったので、すかさずシタが本題に戻そうとしたが、さらに畳み掛けるようにデューは話し出した。

「自覚をしろ、シタ! オレたちは人間ではない! そしてお前は、そのオレたちを掌握する存在になるんだ!」

「……」

 終始話に耳を傾けているが、虎視眈々とシャワーへと話を戻すための流れを探っているだけだったシタは、また会話が少し途切れたのを見計らって口を開いた。

「シャワ……」

「大丈夫だシタ。そのうちお前も闇に慣れれば、この程度のこと気にもならない」

「あぁ、もういいや。わかったわかった。もういい。ありがとな」

 適当に相槌を打ち、心にもない礼を言って話を止めたシタに、デューは満足そうに頷き、ゲーム画面に視線を戻した。

 その様子を見て、シタはため息をひとつ吐いた。

「ちょっと、キッチン借りるな……」

「あぁ」

 ゲームに夢中になりながら、適当に返事をするデューの脇をすり抜け、シタはキッチンに立った。

(仕方ねえか)

 キッチンの前で上着をぬぎ、水がかからないように服をたたんで床に置いた。

 シタはキッチンに置かれていた洗剤を手に少量とり、それをシャンプーと同じ要領で髪を揉み解し洗っていた。

 蛇口から出るお湯の温度を調節してから、蛇口に頭を近づけ、その湯で髪を洗い流した。

 髪が痛んでいくのは分かったが、洗わない不快感より、洗った爽快感のほうが断然いいに決まっている。

 シタはさっぱりした気持ちで、濡れた髪と顔を優しくタオルでぬぐい、そのタオルをお湯で濡らして身体も拭いた。

 ようやく心の垢も落とせた気がして、シタは気分がよかった。

 あとは髪を自然乾燥で乾かすだけだが、部屋に帰ろうと後ろを振り向いたとき、デューが、信じられないという目で見てきた。

「シタ、何をしているんだ?」

「あ? シャワー入れない応急処置だよ。オレはまだ人間である部分もあるだろうし、その闇ってのに慣れるまではシャワーくらい浴びたいのは当然の心理だろ?」

「? シャワー浴びてくればいいじゃないか」

「……は?」

「トイレ奥の壁がドアになっているから、そこを押せばシャワールームに通じているぞ。そこで髪なり顔なり洗うんじゃだめなのか?」

「…………は?」

会話がかみ合わない。

沈黙が二人を包んだ。

「……もう、いい」

 怒りを静めるために深く息を吐き、シタはタオルで乱暴に髪をふき、それを洗濯機の中に、バスケットボールをリングに叩きつけるように投げ入れた。

「寝る!!」

 まだ深夜だが、と止めるデューを無視して部屋へ戻る。

「おいシタ、髪を乾かすならドライヤー……」

「入ってくんな! もうしばらくお前とは話はしない!!」

「え?」

 突然のシタのキレ方に困惑しながらも、シタの部屋のドアが閉まるのを、ただ見守っていた。

「?」

 デューは首をかしげ、シタが何を怒っているのか分からずにいるが、キッチンで沸かしていたヤカンの中のお湯が沸騰したのを知らせる音で、慌ててその場を離れた。


 自棄になって髪を乾かさず眠ったシタは次の日、風邪をひいたが、その話はまた別の機会でお話いたします。


耳が痛い

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