シタの興味
シタの昔話が少し入ります。
シタと、彼の親友ティアーズの出会いのお話です。
シタがこの家にきてから、彼はいつも家の本を読み漁っていた。
まだ闇が足らない。そういう理由で、闇に慣らさせるため、監視をつけられたデューは、たびたび彼の動向を監視はしていたが。
彼は一日中本を読むだけだった。
たしかにこの家には本はたくさんある。よほどの読書家なのだろうかと思ったが、何度も何度も同じ本を繰り返し読んだり、それをノートに書き写したり、ただ読書をしているだけというより、何か勉強をしている風であった。
デューは、そんなシタに、少し興味をそそられた。
「シタの読書方法って面白いな。それくらいサッと読むものかと思ったが」
「……オレ本読むの遅いから、そんなに早く読めねえよ」
シタは顔をしかめ、そうぼやいた。
「へぇ。読書家って本読むの早いものかと思ったが……」
「別に読書家ってほど本は読まねえよ。うちは大して裕福じゃないから、本なんて数ヶ月に一回ようやく買えるから、本の量自体は少なかったし」
「へぇ。でもそんな経済力の中でも本を買うってことは、本は好きなんだろう?」
シタは、ペンを動かす右手の動きを止め、左手で開いていた本を静かにたたんだ。
「別に」
「いいよ、気にせず読めよ」
「話しながら読めるほど器用じゃないんだよ」
そういいながらシタに睨まれたデューは、肩をすくめて「わるいわるい」と軽く謝った。
「けどさ、つまらなくないか? この家にある本、こんなに大量にあるけど、全部黒魔術を扱ったけったいな本ばかりだぜ」
いくら本に飢えていたとはいえ……。
本棚に入ったタイトルを見渡してから、デューは申し訳なさそうにシタへ振り向いた。
瞬間、ぎょっとして後ずさった。
シタが、今までみたことのないような大きさに目を見開き、きらきら輝く瞳を存分に見せつけながら、後ずさったデューへ、距離を縮めるかのように一歩近づいた。
「何言ってんだよ! すげえ本ばかりじゃねえか! しかも、しかも今オレが読んでいるこの本なんて、前に古本屋で見つけたけど、一冊しか残っていなかった上、超プレミアついてて高くて、とうてい買えなかったお宝だし! その前に読んだ本も! まだ読んでいないあの本も! どれから読もうか凄い迷ったし悩んだんだぜ! つまらないなんてことぜんっぜんないから!」
「そ、そうか……」
凄い剣幕でまくし立てられて、デューは本棚のほうへ、じりじりと逃げていたが、それに気づいたのか無意識なのか、シタがじりじり距離をつめてくる。
目を輝かせて語り続けるシタの迫力に推されながらも、デューはつまらなそうに返した。
「オレはこんな本つまらないけどな」
「は?」
シタは目を丸くした。
「あぁ、きっとシタは勉強家なんだな。熱心に興味のあることに懸命になれるんだから。オレにとってこれは物心ついたころから学ばされた『教科書』のようなものだから、勉強なんてとくに好きじゃなかったオレからすれば、つまらないぜ」
うんざり、という感じで視線を返すデューを、シタは不思議そうに見返した。
「な、何?」
「ふぅん。つまんねーやつ」
「は?」
シタは、興味を失ったようにデューへ背を向けた。
「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよ、つまらないって!」
「何に対してもつまらないって言っている奴と話すだけ時間の無駄なんだよ」
「んだと!」
さすがにデューも腹がたった。怒りで、赤黒い髪が少し逆立っている。
歳はシタと対して変わらないから、少し見下していた部分もあった。闇の支配者となるべき者だといわれても、ただの人間で、体つきも自分と比べるとひょろひょろしている。
そんなものに喧嘩を売られると、頭に血が上る。プライドの問題だった。
「お前の仲間もそうなのか? こんなものは教科書みたいでつまらない、と」
「知らねえよ! それより、今の取り消せよ! たかが人間の分際で……!」
そこまで言ったとき、デューは口を塞いだ。
シタは、睨みをきかせているわけでもないのに、デューへ浴びせるその冷たい目つきは、どこか冷酷だった。
そして、デューの台詞から、「少なくともデューは人間ではない」という確固たる証拠を拾った。
それを拾ったところで、もううすうす気づいていたので気にしてはいないが、確証は得ておきたかったシタは、それだけを知ると、もう口を閉ざした。
もう喧嘩を売るつもりもなくし、デューに絡まれてもかかわらないつもりでいた。
デューとしては、それが居心地悪かった。しかしそこから動くことも出来ず、どうしたらいいかとオロオロしているうちに、頭に上っていた血が下がって、ようやく冷静にうろたえることができた。
そんな空気も鬱陶しいだろうはずなのに、シタはそれすらにも興味がないように、また本を読み続けていた。
シタは、今は自分のことだけを考えていた。
正直なところ、闇を掌握とか、支配者になるとかそういうことには興味はない。
自分が熱心に勉強している理由、それはすべて、ただの興味だった。
昔から、黒魔術や魔法などの子どもじみたオカルトが好きだった。
けれど、そういう類の古本はあまり見かけなかったし、先に言ったとおり、あったとしても、お金がなくて買えなかった。
読めた本は、ファンタジー要素たっぷりなうえ、あまり値段がかからないライトなコミックばかりだった。
それと、学校の教科書。
色々知りたい欲が強いシタは、それらの少ない本を、何度も、何度も読み返していた。
学校の授業では、満点を取れるほどの知識を得ていった。
だが満点を取ったことは一度もない。その理由は、いずれまた近いうちにお話することにしよう。
ともかく、何かを知れる権利を得たとばかりに、図書館へも通い、コミックや教科書はいまやボロボロで、知識を吸収することが楽しくて仕方がなかった。
それくらいにしか、興味を注げなかった。
何をしても寂しくて、つまらなくて、心にぽっかり穴が開いていた。
それを満たしてくれたのが、知識欲と、ティアーズという、ただ一人の、大事な親友だった。
ティアーズは、クラスでいじめの標的になっていた。そのクラスのリーダー格にいたシタからティアーズをいじめるよう指示したこともないし、そもそもシタはいじめが嫌いだった。
それでも、シタの命令でいじめている、といえば、クラス中が協力していた。
蚊帳の外なのは、シタだけだった。
だがティアーズは、いじめの主犯格はシタであると思い込んでいたため、シタが話しかけようとしても、おびえたように逃げるだけだった。
ある日、ティアーズがいじめに耐え切れず、授業をさぼって、体育館倉庫の中でうずくまって、声をひそめながら泣いていた。
その日、体育の授業はなく、体育館を訪れるものは誰もいないはずだった。
そのはずだった。
だが、カエルのおもちゃを女性教師の机にびっしり詰め込んで驚かせた罰として、シタが体育館の掃除を一人でやるように命じられたのだ。
その日は、いじめられなくてすむと思っていたティアーズにとって、主犯格のシタが来たことは、この上ない恐怖だった。
しかし、体育館倉庫の用具入れに身を潜めていたことが、逃げ道を塞いでいた。
今ここから出る道は一つしかないし、出ればシタに見つかる、出なくてもシタに見つかる。
ティアーズは、しかし好機ととらえた。
命令を下しているはずのシタをここで痛めつけてしまえば、シタの権威は失われるのではないか。そうしたらもういじめを命じないし、自分がいじめられることもないのではないだろうか。
そう、浅はかな考えをめぐらせ、用具要れの中に立てかけていたモップを、震える手でつかんだ。
「シタさえいなければ、シタが命令しなければ……」
ティアーズは震える手で、シタが用具要れの扉を開くのを、息をひそめ待っていた。
しかし、一向にシタが用具要れの扉を開ける気配がない。
もしかして、扉の開け方を忘れてしまったのだろうか。
ティアーズはおそるおそる、静かに、少しだけ扉を開いて外をうかがおうとした。
用具要れの扉の眼前に顔を近づけていたシタと、目が合った。
「ぎいいあああああああああ!」
逃げ場もない後ろに下がるスペースもない用具要れの中で、悲鳴をあげてひっくり返ったティアーズに、シタが慌てて扉を開いた。
「おい大丈夫か!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 助けて!」
「え、は? な、何?」
ティアーズは泣きじゃくりながら必死に助けを懇願した。その際、ずっと頭をさすっていたのを見たシタは、ズボンに入っていたウェットティッシュを取り出した。
「え?」
「頭ぶつけたんじゃね? これで冷やしておけよ。すぐ保健室連れて行くから」
「な、なんで?」
「なにが」
「だって、ボク、今、目の前にいるんだよ?」
「?」
シタは、何を言っているんだ? という目で、シタと同じブラウンの瞳をした丸い目を、これ以上丸くはならないだろうというほど丸くし、お互いしばらく見つめあっていた。
「け、蹴ったり殴ったりする、絶好のチャンス、だよ?」
「……保健室早く行ったほうがいんじゃね?」
シタはドン引きながら、その言葉の意味をとらえた。
「え? き、君はもしかして、人に命令を下すだけで、自分では手を汚さない卑怯者なのか!」
「……あの、本当に何を言っているんだよ、おまえ」
呆れた表情のシタに、本気で怒鳴りつけようと立ち上がったところで、ティアーズはまた座り込んだ。頭を両手で押さえつけていた。
そうしてうずくまったとき、すぐさまシタはティアーズを抱えて保健室へ走り出した。
「ちょ、やだ、やめてよ!」
羞恥というよりは、嫌悪といった声で拒否反応を見せるティアーズに、「バカ!」と一言怒鳴りつけ黙らせて、保健室に駆け込んだ。
保険の先生がそのときはいなかったので、シタが出来うる範囲で消毒液、脱脂綿、ぬらしたタオルなどをかき集めた。
「手馴れているな……」とティアーズは思った。
シタはそれらを用意すると、目と同じ色のブラウンのクシャクシャとくせになった髪を掻き分け、傷になっている部分を見つけ出し、ぬらしたタオルでやさしくぬぐった。
「い、いたっ、いたい!」
「少しだけ我慢しろ。じっとしてろ」
逆らったらもっとひどい目にあうかもしれない。そう思ったティアーズは、何も言えずじっとそれに耐えた。
消毒液を吹きかけた脱脂綿を軽く傷口に当てた。
それでもティアーズは耐えた。
そうこうしているうちに、気づけば傷口にガーゼを当てられ、その上を包帯でぐるぐると巻かれた。
「お、大げさ」
「バーカ。頭は大事にしろ。あと、簡単な応急処置だから。見たところコブは出来てないけど、さっきの大げさな痛み方と、変な発言が気になるから、病院いったほうが良いんじゃねえか? 今保健室の先生探してくるから、早退して……」
「卑怯者!」
ティアーズは、丸くしていた目をつりあげて、卑怯とシタを罵った。
意味はわからないが、ここまで介抱した相手にわけのわからない罵声を浴びせたティアーズに、シタは正直呆れていた。
「お前、思考回路とか大丈夫か? 早く病院行け。オレにかまわれるのがイヤならてめえで先生を探して勝手に帰れ。バカ」
シタはそういって保健室を出ようとしたとき、ティアーズが耐え切れず泣き出した。
突然、目の前の弱そうな少年が泣き出すものだから、シタはたじろいだ。
「もうヤダ! ボクもうイヤだよこんなの!」
「だ、だから、何?」
さすがに強気な姿勢で責める気にはなれないシタが、動揺しながら、ゆっくりティアーズをベッドの脇に座らせ、頭を優しく撫でてあげた。
すると、少し落ち着いたのか、ティアーズはようやく、泣くのをやめてくれた。
しばらくどちらも何も言わなかったけれど、ティアーズが口を開いた。
「なんで、こんなことするの?」
「なんでって、目の前でぶっ倒れて頭怪我して大泣きしているクラスメートを置いて逃げるほど最低になりたくないんで」
「そうじゃなくて。なんで、いつも、ボクをいじめる指示を、みんなに出すんだよ。ボクが何をしたっていうんだよ!」
「は?」
ティアーズはそれ以上言わず、シタを見上げるように睨んでいた。
シタは、そのティアーズの言葉を聴いて、ようやく合点がいった。
「お前、誰にいじめられていたんだ?」
「き、君でしょう! 君が、ボクをいじめろって、みんなに……」
「だから、そのみんなって誰だって言ってんだよ」
今度はシタがティアーズを見下すように睨んだ。その冷たい目の色に、ティアーズはすくみあがった。
「言わねえなら、あいつらに直接聞いてくるぞ」
「な、なにを?」
「いいから、早く言え。誰に、何をされた?」
シタの冷たい視線に身が凍る思いで、しかしたどたどしく、シタを除くクラス全員の名前があがった。
そして最後に、それを命令していた人物、シタの名前を言った。
「ほほーう。じゃあお前、見事クラス全員にいじめられていたのか。そっかー」
「くっ」
からかうように言われ、ティアーズは悔しくてまた涙が出た。
「じゃあ、今日からオレが直々にいじめてやるよ。あいつらにそんな面白いこと、させたくないし」
「お、面白い?」
「えっとなんだっけ。体操着に落書き、弁当の中身は全部ゴミ箱に捨てられ、トイレに入っていたら上から水をぶっ掛けられ、机の中には虫の死骸を入れられ、クラスの女子からは死ねって言葉が書き綴られた手紙をもらって……それだけだっけ?」
指折りながら一つ一つ確認していくシタ。ティアーズが早口で言ったすべてを、メモすることなく覚え、頭に定着させていった。
そんなことを知らないティアーズは視線をはずしながら、悔しそうに声を振り絞って答えた。
「もっとあるけど。ムカツクし情けないから、言わない」
「あ、そ。じゃあ、これからはオレがそれやるから」
「え?」
「それがイヤなら、オレのパシリになれ。朝は家まで向かえに来い。クラス移動も、飯のときもトイレのときも帰るまでオレの腰巾着になってパシられろ。そうしたらいじめないでいてやるよ」
「ほ、本当にいじめないで、くれるの?」
「おう。そのかわりパシリだけどな」
そういって笑って見せるシタに、ティアーズは耐え切れず、また泣き出した。
そして、途切れ途切れに「ありがとう」とお礼を言った。
「変な奴。パシリになれって言われてお礼言う奴はじめて見た」
「だって、だってもういじめないんでしょう? 本当に、いじめないんでしょう?」
「……あぁ。今日はパシリやらなくていいから、とりあえず帰って病院行って頭の傷看てもらえ」
「う、うん」
「保険の先生には伝えて置けよ。オレ体育館の掃除放り出してきちまったから、早く掃除しないとだしな」
面倒くさそうに言って笑みを見せるシタを見送って、ティアーズはその足で保険の先生を探しにその場を離れた。
ティアーズの気配を感じなくなったあたりで足を止め、シタは、自分の教室へと戻った。
「え、い、今、なんて?」
「クラスの女子どもに聞いたんだけどよ、おまえらオレ抜きでずいぶん面白いことしていたみたいじゃねえか。あ?」
クラスの中央に立つシタの目は、先ほどティアーズを睨みつけていたときのものより冷ややかであった。
「お、おい女子! だれだこいつにチクッたやつは……!」
「し、知らないよ! 私じゃない!」
女子たちは顔を見合わせながら慌てていた。クラス中がざわついたとき、シタが静かに口を開いた。
「オレはな、凄いむかついているんだよ。くだらない議論交わす余裕があるなら、そんな余裕ないほどいたぶってやってもいいんだぜ」
そういうと、ざわめきあっていたクラスの中がまた、しんと静まり返った。
「簡単な話だ。あいつはオレがいじめるから、お前らは手を出すな。ティアーズにはもう脅しているんだよ。お前らがやっていた遊びを、オレがあいつにするだけだ。ティアーズには、オレ以外にまだ手を出すやつがいたら、すぐオレに報告するように伝えてある。口止めさせても無駄だぜ。報復はちゃん考えているからな。体育着に落書きも、オレが書く前に汚くなっていたら、クラス全員の体育着に同じコトをするから、覚悟しておけよ」
それだけいうと、
「まだ体育館の掃除終わってないんだわ」
いつものような砕けた表情に戻り、緊張状態の抜けない教室を後にした。
これが、シタとティアーズの正式な出会い、という出来事であった。
この話はまた続きますが、それはまたいつか、またの機会に。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
何かご質問やご感想がありましたら、ぜひお送りいただけたらと思います。
次を書くモチベーションになります!