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シタ  作者: air
3/5

デューの葛藤

「闇など気持ちのいいものではなかった。光のもとで、オレはオレの望む姿を追いたかった。けれど、それはオレじゃなかった。それは、唯一オレが心を許せていた、いじめられっこの親友だった。嫉妬、憎悪の念が抑えきれない。そんな感情が、ゆっくりとオレを闇の奥へ奥へと、引きずりこんでいっていた」

「……」

 デューは、珍しく朝に目を覚ました。

 昼夜逆転をして、今では朝に眠るシタの寝姿を見つめ、デューはつらい心境だった。

 昨晩、シタは自分に心を許し始めていた。それはとても嬉しい感情だった。

 自分の用意した紅茶と買い置きのチョコをつまみ、そのブラウンの瞳を揺らめかせ、柔らかい表情を浮かべるシタを、自分が、闇に染めなくてはいけなかったのだ。

 デューは、音を立てないようシタの寝室に入り、静かにドアを閉めた。

 部屋の中で、厚みのあるカーテンの隙間からのぞく一筋の光が、シタの寝顔を照らしていた。

 デューは、赤い瞳を苦々しげに細め、足音を立てず、カーテンの隙間を塞ごうとした。

 だが、光を受けたシタが、あまりにもまぶしく、そして幸せそうに微笑みながら眠っていたのを見て、その手が止まった。

 シタは、どのような夢を見ているのだろうか。

 まるで陽のように明るい黄金色の髪の毛が、外の光に答えるように輝いていた。

 デューはそれと、自分の赤黒い髪をつまみ、比較するかのように見てから、また赤い目を細めた。

「オレは、お前を闇に引きずり込まなくてはいけない。いままで、どのような短い人生を歩んできたのかは、知らないが。知ったところで、何も変わるわけではないし、興味もない。だが、光のある世界を歩んできたことだけは、わかる。こんなにも……」

 デューは、耐え切れずカーテンの隙間を閉じた。

 シタにはまだ受け入れられる太陽の光も、デューには耐え難いものだったからだ。

光が照らすことをなくしたシタの黄金色を、なぐさめるように撫で、デューは表情をゆがめた。

自分は、シタにどういう感情を抱いているのか、自分でも分からなかった。

同情? 憧れ? 安心?

感情がぐるぐると混同しはじめ、自分ではわからなくなっていた。

「こんなにもまだ、まぶしく笑えるんだな、お前は……」

 デューは、色白の、柔らかいシタの肌を、優しく撫でた。

「どうしてお前ではなかったのだろうな。お前の望む道にすすむことが出来たものが」

 それは、間違いなく同情だった。

 だが、そこに芽生える安堵感。

 もし光がシタを選んでいたら、ここにいるのはシタではなかった。

 デューは、ここにいるのがシタでなかったら、こんなにも、忘れていた感情が再び芽生えることなど、なかったであろう。

「……シタにだけなら、許されるはずだ。こんな感情は」

 それは、闇の住人が持つにふさわしくないものだった。

 いずれ、シタも、自分たちの世界に溶け込み、世界を絶望へと追い込むものになるだろう。

 そして、その闇を掌握する存在へとなるであろう。

 悲しくも、シタは、自分の望むものと真逆の性質を持っていた。

「今お前は光にあらず」

 友人を憎み始めたその日から、その頭角を現すことになったお前は、もう完全に、我らの世界の住人だった。

「そしていつか、我らの頂点に……」

 デューは、自分の漆黒に染まった右手を見やり、その親指に傷を入れた。

 そこから滴る、自分の髪の色と同じ血を、シタの口に垂らし、飲み込ませた。

「ん……」

 それを飲み込んだシタは、喉に抵抗があったのか、一瞬身じろいだ。

 起きたものかと思ったが、まだシタの意識は夢の中のようだ。

「……シタ」

 そんなシタの寝顔を見て、デューはまた、心がかき乱された。

 もう一歩、シタへ近づいたとき、シタが表情を緩め、言葉を漏らした。

「ティアーズ……」

 その名前に、デューは歩める足を止めた。

「……シタ」

「バカだなぁ、ティアーズ……」

「なぜ、だ」

「すぅ…………」

 シタの寝言はもうこぼれず、変わりに寝息が響いた。

 デューの身体は、血が逆流したかのような錯覚に襲われた。

「何故、お前を裏切った友人の名前を、そんなに幸せそうな顔で呼べるんだ、シタ!」

 気がつけば、デューは大声で叫んでいた。

 その声に驚いて起きたのか、シタは寝ぼけた眼をこすりながら身を起こした。

「ん、んん? なんだ? どした?」

 起こされたのが不快だったシタだが、陽を通さない部屋の中で、涙を流し自分を睨むデューの姿に気圧され、シタはベッドの上で後ずさった。

「な、何々?」

「……幸せな夢を見ていたようだな、シタ」

 優しい表情を浮かべることなど、デューには出来なかった。

「夢? オレ夢なんて見ていたっけ?」

 シタはつむじをかきながら、気だるそうに答えた。

 言うべきではなかったかもしれない。だが、まだシタの中に無自覚にいる、「友人だった存在」を完全に抹消するために、デューは冷たく言い放った。

「嬉しそうな顔で、お前は、ティアーズ、と言っていたぞ。何度も、な」

 シタが、寝ぼけた表情を緊張させ、デューをにらみつけた。

「言っていない」

「言った」

「そんなこと言うはずがねえ」

「言った、もしまだお前の心に、ティアーズのもとへ帰りたい意思があるのなら、オレもそこまで悪魔ではない。お前をもといた場所に戻すことも……」

 デューの言葉が断ち切られたのは、シタが、枕元においてあった本をデューの顔面めがけ投げつけたからだった。

 それを交わすことはデューにとってたやすいことだが、それでも、一旦言葉を切る必要があった。

「消えろ」

 冷酷に命令するシタに、デューは無表情で頭を下げ、音を立てずに部屋を出た。


 陽の指さない暗い部屋に取り残されたシタは、自分の身体を抱きしめるようにして、ベッドの上でうずくまった。

「もう、戻れねえんだよ。あの日々には」

 そういって、シタはベッドの掛け布団を思い切り殴った。


 部屋の外に出たデューの耳に、シタの零した言葉は入ってきた。

 シタは、どのような気持ちでその言葉を漏らしたのかは、デューにはわからない。

 だが、コレでよかったのだ。

 これで、無自覚な意識に、ティアーズを思い出してはいけない、恨みの対象として以外の意識を、思い出させてはいけないと言い聞かせることが出来たであろう。

 デューは、そう自分に言い聞かせながら、うなだれた。

「……シタを起こしてしまった、な」

 気分を落ち着かせまた寝てもらうためにも、デューは、おぼつかない足取りで、シタに飲ませるカモミールティーを作りに、キッチンへと向かった。

 我ながら、自分の本当の心など、わからないもので。


誰もが、自分の心地の良い場所を求めるものだ。

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