チョコっとした話
前回からだいぶ日数が経った、番外編です。
シリーズ物ですが、どれも番外編になる予定です。お気をつけください。
前回の暗い話とは違い、明るい話です。お気をつけください。
デューは皿を洗っていた。
赤黒い長髪を後ろで一本にしばり、その長身に似合う黒のエプロンを身にまとい、黙々と皿を洗っていた。
だが、皿を洗い終わると一つのため息とともに、「主」に話しかけた。
「シタよ。我らに命令はしないのか?」
「べつに?」
シタと呼ばれた少年は、デューほどではないにしても、少し伸びた黄金色の髪を、横たわらせているベッドにだらしなく広げ、寝そべっていた。
そしてそのまま、おざなりに返事を返した。
返事を返されたデューは不服そうに、しかし黙り込んだ。
「お前には、野望はないのか?」
「ねぇよ。今いいところなんだから邪魔すんな」
シタがページを読み進める。その表情は至って真剣そのものだ。
だが、時々垂れてくる黄金色のさらさらした髪を鬱陶しそうにしながら、乱暴に書き上げていく。
デューへの返事もいい加減なものだった。
「あ、そんなに命令が欲しいなら、そうだな、あー、じゃあ近くのコンビニで冬季限定チョコ一箱と、アイスのストレートティー買ってきて。お前の金で」
目を合わせることもなく、本を読みながら淡々と答えるシタに、赤い瞳の色を、やや曇らせながら、デューは困ったように問いかけた。
「それはたしかに命令だが、それは世界とは関係のないことでは?」
「関係ないが、オレには関係ある。腹が満ちるか否かの大事な問題だ」
そういってまた一ページ、シタは本をめくる。
デューはあきれ果てたように、再びため息をつき、キッチンへと向かった。
「腹が満ちたりないのなら食事を作ろう。何がいい?」
「いらねぇ。チョコ買ってこいよ」
「……紅茶も茶葉があったな。アイスが良いんだな。少し待っていてくれ」
「聴く気がねえなら最初から問いかけるなよ」
ぼそりとつぶやき、シタは本を読んだ。
時計の針が、夜中の11時をさした。
部屋の中では、時計の針の音、時々ページのめくれる音、お湯が沸騰する音が混ざり合っていた。
その中でまず、お湯が沸騰する音が消えた。
そして、お湯が継ぎ足される音が、シュワシュワと響く。
カップに注ぎいれたのであろう、カップの中をスプーンでお湯をかき混ぜる音が響く。
そして。
「シタ。ホットレモンティーが出来たぞ。飲め」
「何一つオレの意見なんか取り入れる気ねえんだなてめえは!!!」
思わず突っ込みを入れてシタは叫んでいたが、デューは気に留める様子でもなく、紅茶に添えて、数枚のビターチョコレートの包みが入った小さな容器をテーブルに置いた。
「冬季限定はどこいった」
「買い置きで悪かったな。ほら、お前の命令どおり、茶と茶菓子は用意したぞ」
「何一つ要求に沿えてねえじゃねえか」
ぶつぶつ文句を言いながら、シタはそれでも本を閉じ、テーブルに座った。
デューは少し嬉しそうに微笑んだ。
「んだよ、ニタニタ気持ち悪い」
「いや。食べてくれるんだなと、少し嬉しかっただけだ」
「うるせぇ」
シタは、四角く紙に包まれていた包みをはがし、表面に描かれた模様を少しだけ見てから、それを一口で食べた。
バリボリと口の中で音を立てながら、何回も咀嚼した。
「……冬季限定のチョコってどんな味がするんだろうな」
シタは咀嚼したチョコを飲み込むと、ぽつりとつぶやいた。
「そんなに食べたかったのか?」
デューの返事に、ホットレモンティーの入ったティーカップに伸ばしかけた手を、引っ込めた。
「別に」
「そんなに気になるなら明日買って……」
「保護者面はすんなって、前に言ったよな」
「……過保護になりすぎたか?」
デューが、寂しそうに眉を下げ、しかし無理に微笑んだ表情を作った。
「なりすぎだ。オレに媚びようとするのだけはやめろ。反吐がでる」
「媚びられるのが嫌いなのか?」
「大嫌いだね」
「……そうか」
デューはそういうと、また嬉しそうに微笑んだ。
「んだよ、またニタニタと。なんなんだ? さっきから」
「いや、べつに」
今度は、その笑みの理由を答えようとはしなかった。
デューは、少し嬉しかったのだ。
シタがおざなりとは言え、出した要求をデューが聞き入れ、要求されたものをテーブルに出していたら、シタはそれに手をつけることもなく、今もベッドの上に寝転がり、本を読み続けていただろう。
シタが本当に欲しかったものを与えることが出来て、デューは嬉しかったのだ。
シタがどうして自分の要求どおりに動くものが嫌いなのか、その理由はわからないし、きっと、シタは教えてくれないだろう。
だがしかし、それでもよかったし、理由はデューにもどうでもよかった。
ただ少しだけ、シタのことを知ることができた気がして、嬉しかったから。
ホモエロ書きたい。