少年は闇に誘われる
これは少年が生きていた時の、お話。
世界をほろぼせる『不思議な力』を持った男がいた。
『××。お前には世界を掌握する力がある。素質がある。我々の主になってくれ』
黒いマントに身を包んだ男が言った。
“オレ”は、そいつを嘲笑うように言ってやった。
「興味ないね。オレは、オレの楽しいものに忠実に生きる。ただそれだけだ。世界を掌握? そんな力を持っていても、お前らに指図されるいわれはないね」
『指図は我々がするのではない。お前がするのだ。我々だけではない。世界の者どもにも。お前にはそれが出来る』
ぎりぃっ。
オレは歯をくいしばった。
「オレが、いつ、誰に指図出来るような人間であった? 誰にも求められない! 誰にも必要とされない! 誰にも、見向きもされない! そんなオレが、どうやってこの世界の、やつらに、指図なんて出来るんだよ!」
体中の酸素を吐ききるように叫んだあとは、肩で息をした。
静かに呼吸を整えながら、オレは吐き捨てた。
「正直。お前らなんて胡散臭い宗教団体にしか見えないんだよ」
捨て吐いた言葉を残し、踵を返そうとした。
だが、目の前が真っ暗な闇に覆われた。
鳥目なオレは、闇目が効かない。舌打ちをして、文句を言おうと再びそいつらに顔を向けた、つもりだったが、すでにそこにそいつらの姿はなく、オレは暗闇に飲み込まれた。
「おい! ふざけんなよ! っ、ここはどこだよ!」
『お前が望めば、この闇はすぐに取り払われる。さぁ。我々にその力を見せてくれ』
視覚を奪われたうえ、暗闇から聞こえる声さえどこから聞こえてくるのか分からない、感覚のマヒを起こした。
「……ありえねー……」
オレは脱力したようにその場に座り込んだ。
そりゃ、オレが望めばこの闇は取り払われる。だってこの闇は、どう考えてもさっきの黒マントの奴らが作り出したもので、オレが望めばそれと引き換えに奴らがこの闇をなんとかしてくれる。いわば、ただの交換条件だ。
いや、単なる脅しだ。
それにむかって力を見せろだのなんだの。ただのおかしい連中にしか見えない。
そんなやつらに絡まれてたまるかっつの。
ここは、なあなあに話に乗っかって、適当なところで逃げ出すしか手はないけれど。
こんな闇に引きずり込む。奇天烈なことを起こすやつらが本当に『人間ではなかったら』?
きっと逃げ出すことは出来ない。
どうしたら逃げ出すことが出来るだろうか。
どうやったら、こいつらの目を欺いて逃げることが出来るだろうか?
そのことばかりを考えていて、すっかり時間が経つのを忘れていた。
『主よ。我らに力を貸す気は出来たか?』
「黙ってろ! 誰が主だ勝手に話を進めるな!」
『あいわかった。もう少し待とう』
「何がもう少しだ……」
『もう少し待っても承諾してもらえないようなら。お前にはこの暗闇と共に、消滅してもらうことになる』
「……は?」
先ほどまで持ち上げていた奴の声が、ワントーン低くなるのと同時に、感覚がぐねりとうねり出した。
ちょ、マジで? マジ、マジで消す気か?
『最後のチャンスだ。一分時間をやろう』
「一分! カップラーメンも作れないじゃねえか!」
『冗談を言っている間にも闇がお前と共に消滅しようとしているぞ』
「き、きたねえ! 大人ってくそきたねえ!」
これじゃ取引もなにもない。強制的にこいつらの味方にならないと死ぬと、端的な脅しだ!
だが、それがただの脅しでないことは、感覚的に分かった。
き、消える……!
背筋に、ぞわっとした冷たい感触が伝わった。
『残念だ。お前が望めばすぐにでも助かるというのに』
黒マントの声が、どんどん冷ややかなものになっていき、それがオレの冷静さを欠いた。
ぐねりと身体全体が曲がったのを感じた瞬間、オレは、絞り出した声で、助けを求めていた。
次の瞬間、闇は消え去っていた。
いつもの見知った路地裏で、オレは黒マントの男の前で座り込んでいた。
『賢明な判断だ』
勝ち誇ったような黒マントの男の顔を横目で見て、そしてまた自分の両手の平を見た。
その手で、体中をぺたぺたと触った。
どこも、おかしい所はないと思う。
感覚が戻った実感が、まだ湧かない。
自分が何を言ったのかも、実感が湧かない。
『お前は、われわれの力になってくれるんだろう』
黒マントの男が優しくそう言った。優しい言葉のはずなのに、優しい声のトーンのはずなのに。
先ほどの低く冷たい声より強い恐怖を感じていた。
『ようこそわが主。この世界を、破滅へ導く王よ』
これが、オレの人生を狂わせる、ただのプロローグ。
これから先、誰も想像だにしない未来を歩むことになることを、当然オレは知らない。
不安と、言い知れぬ絶望に落ち込む日々はもうすぐ終わり、新たな人生を歩むことを。
まだ誰も知らない。
書ける範囲で書いていきます。