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第9話 蘇りと復讐

 辺りに人影はなかった。声のした距離から考えるに、先ほどの四人組のものではなかった。

 彰は心臓の音が高まるのを感じた。


 声の正体など今はどうでもよい。正体が何であれ、先ずは逃げることが最優先である。彰は気のせいだと心に言い聞かせ振り返った。

 その時、天井から何か粉末状の物が降り注いだ。

 彰が上を向いたとき目に飛び込んできたのは、上方から落下する巨大なコンクリート片と左右の壁が激しく崩れ落ちる瞬間であった。


「うお!」


 咄嗟に彰は後方に飛び退き尻餅をついた。

 目の前ではコンクリートが大きな音を立て砕け散り、砂埃を舞い上げた。

 危うく圧死するところであったと安堵したのも束の間、彰は恐る恐る振り返った。


「なんだアイツ――つかアブねー。目撃者いるじゃん」


 四人組はこちらを向いていた。

 彼らは彰の後ろの通路が塞がっていることに気が付くと、ヘラヘラと笑いながらゆっくりと歩み寄ってきた。


「覗き見はいけねえなあ、この餓鬼。そんな卑怯なことしてっから――ホラ、天罰が下ったんじゃん?」


 髭の男が崩れた通路を指さし笑った。

 彰はすぐさま立ち上ると、壁沿いに歩き彼らと距離を取り、転がっていた鉄パイプを拾い握りしめた。

 幸いにも出口はもう一つあった。だがそれは四人組を隔てた遠く反対側であった。

 鉄パイプを握り睨みつける彰を見て、四人組は可笑しそうにゲラゲラと笑った。


「あのさ、何してんのキミ? その顔、まさか俺らと殺り合おうっての? 泣いて土下座したほうが良いんじゃねえの?」


「まあどのみち許さねえんだけどさ。見ちゃったものはしょうがないし、こんなところにノコノコ来て、コソコソ覗き見して、そんで痛い目に合うのは自業自得だよなあ!」


 坊主頭の男を先頭に、四人組はジリジリと距離を詰めてきた。

 彰は必死に、どのように攻撃をかわしながら向こう側の出口まで行くのかを考えた。

 そろそろ互いに攻撃の間合いに入る。彰は鉄パイプを再びギュッと握り絞め、いつでも大声と共に突撃できるよう身構えた。


 だがその時、彰は彼ら四人の背後に白い光の柱がすーっと降りてくるのを見た。

 真っ暗であった辺り一帯がその光で優しく照らし出された。

 彰はその様子に思わず目を丸くし、鉄パイプを握りしめていた手が緩んだ。四人組もその光に気が付き、すぐさま振り返った。

 光の柱の中に人影が見えた。それは先ほど殺されたはずの浮浪者であった。


 彼は光の柱の中で両膝をつき、まるで天に祈るかのように上空を見上げていた。

 彼の頭部や顔から流れ出していた血液は綺麗さっぱり無くなっており、はっきりと見えるようになった彼の顔には、目立った外傷は見当たらなかった。

 皆が呆気にとられている中、光の柱は下方からすーっと消えていった。

 空を覆っていた雲が切れ満月が顔を覗かると、天井に空いた大穴から月光が差し込み、室内を照らし出した。


「ちっ、まだ生きてたのかよ。往生際の悪いゴミクズが」


 彰のことは後回しだとばかりに、四人組は浮浪者の方へと向き直り歩み寄っていった。

 その時、彰は浮浪者の姿に明らかな違和感を覚えた。

 体中に付着していた血液が綺麗さっぱり消えてしまっていることもそうだが、それ以上に、浮浪者の全身が灰色をしているように見えたのだ。

 血液が消えたことと、月明りが原因による見間違いだろうかと目を凝らすが、やはり灰色に見えた。

 そんなことはお構いなしに四人組の内、太った男が浮浪者に語りかけた。


「おう。ボケーッとしてるとこ悪いけどよ、もっぺん死んでくれや!」


 太った男は持っていた血まみれの金属バットを構えると、浮浪者の顔目掛けてフルスイングした。

 ブオン! と空気を振動させる音がその場に響いた。

 だが打撃音は無く、男は呆気にとられた様子で浮浪者に視線を戻した。

 確かに金属バットの軌道は浮浪者の顔を捉えていた。

 現に浮浪者の首から上は見当たらなかった。


 その頭が存在するはずの場所では、まるで黒色の煙のような物体が、風に吹かれたかのようにゆらゆらと揺れていた。

 現在の状況を飲み込めずにいた皆は、ただ静かにその煙の揺れる様子を見つめていた。


「あ? ああ? なん……だこれ」


 太った男が口を開いたと同時に、霧散していた黒色の物体は浮浪者の頭部のあった場所へと集まり、彼の頭部を再構築した。

 まるで何事もなかったかのように、未だ浮浪者はその場に膝を着いたままであった。

 太った男は混乱し後ずさった。

 やがて浮浪者はゆっくりと立ち上ると、ギョロリと目を向き、ゆらゆらと男に近づいたかと思うと突如男の右腕に噛みついた。


「うおぉ⁉ 離せクソが!」


 男は浮浪者を押しのけ尻餅をついた。カランと金属バットが転がった。

 噛まれたと思しき場所を手で押さえようとした男は、そこで違和感を覚え自身の右腕を見た。


 彼の肘から下側は、綺麗さっぱりと無くなっており、肘の切断部分は炭のように黒ずんでいた。

 男はひどく混乱した様子で肘の部分を手で押さえてもがき、声にならぬ悲鳴を上げ続けた。

 皆が呆然と見つめる中、浮浪者は男に馬乗りになると、何度も何度も男に噛みつき始めた。男は泣き喚きながら必死に振り払おうとするも、彼の腕は浮浪者の体をすり抜けるばかりであった。


 やがて悲鳴が聞こえなくなると、浮浪者は立ち上がり、皆の方へと向き直った。

 不思議なことに、男の倒れていたはずの場所に死体などは見当たらず、あるのは大量の黒い灰だけであった。


「ちょっ……調子に乗ってんじゃねえぞオラァ!」


 男がやられたという事実に、残された三人組はハッと我に返ると、鉄パイプを拾い、雄たけびを上げて浮浪者へと襲い掛かった。


 一方、彰は彼らに目もくれず、鉄パイプを握りしめたまま一目散に反対側の出口へと駈け出した。

 彼らの雄たけび、そして悲痛な叫び声が背後に響く中、彰は全力で走り、瓦礫に足を取られよろめきながらも建物を飛び出した。

 建物を出ると、そのまま速度を緩めることなく荒れた地面や雑踏をかき分け、息も絶え絶えになりながら元来た獣道を目指した。

 彼ら四人組の停めたバイクが視界に入った。


「くっそ! これに乗れればなあ!」


 もう直ぐ獣道に着き、それを抜ければ建物の立ち並ぶ地域に出られる。そこでならあの浮浪者を撒くことが出来る。心の中に幾ばくかの希望を感じたとき、上空から絶叫が響き渡った。

 彰はすぐさま振り返り、空を見上げた。満月に黒いシルエットが二つ見えた。

 そこには必死にもがく男、そしてその男を両腕でがっしりと掴み、大きな二枚の翼を広げた化け物の姿があった。


「なん……だよアレ」


 二つの影は勢いよくこちらへ飛んできたかと思うと、彰の頭上を越え、獣道の入口へと落下した。

 その瞬間、彰はその怪物の正体を見た。

 まるで天使のような翼を背中に生やした浮浪者が、髭の男の頭を握り地面へと叩きつけていたのであった。

 地面へと叩きつけられた男の体から、肉片や血液が飛び散った。

 だが、浮浪者は傷一つない様子であり、その場に立ち上がると、彰の方へと向き直りニヤリと笑った。

 浮浪者は死骸となった男の頭部を踏みつけた――と当時に死骸はみるみる内に大量の黒い灰へと変わり、風に煽られて消え去っていった。


「俺もこうなるって……そう言いたいのか? ……逆恨みもいいとこじゃねえか」


 彰は鉄パイプを握りしめて言った。

 この浮浪者はあの四人組のみならず、彰にも敵意を向けていた。何もせずただ見ているだけであった自分を恨み、そして殺そうとしているのだろうと彰は察した。


「俺を恨む気持ちはわからないではない。俺もすまないと思っている。だが、あれはどうすることも出来ないだろう? お前にだって、それはわかるはずだ。俺を殺そうというのは違うんじゃないか?」


 彰の台詞に浮浪者は答えることなく、ただニヤニヤと笑みを浮かべるだけであった。


「立場が変われば随分と強気じゃねえか……」


 彰は笑みを浮かべて強がった。

 だが膝は微かに震えており、鉄パイプを握りしめた手には冬にも関わらず汗が滲んでいた。

 彰は目を見開き、浮浪者を捉えたまま、じっと身構えた。

 浮浪者は笑みを崩さぬまま、一歩を踏み出した。


 その瞬間、彰は雄たけびを上げながら突進し距離を詰めると、浮浪者の頭部に狙いを澄ませ、全身を使って鉄パイプを上段から振り下ろした。

 鉄パイプは地面へと激しく打ち付けられ、彰の腕は反動で激しく痛んだ。

 彰はすぐさま後退し距離を取り、浮浪者の様子を注視した。


 確かに浮浪者の体は彰の攻撃により縦に真っ二つになっていた。だが浮浪者は体を半分にされてなお、笑みを浮かべたままこちらを見ていた。

 切断面は黒くもやがかかっており、彰はそれが直ぐに黒い灰であると気が付いた。

 彰が狼狽えている間に、浮浪者の体はすぐさま修復されていった。

 完全に元通りに体が修復されると、浮浪者は背中に生えた大きな二枚の翼を広げ、ふわりと一度垂直に浮かび上がった後、奇声を上げながら彰に目掛けて飛びかかってきた。


「く……そがああああアアアアアァァ!」


 彰も雄たけびを上げ、同じく前へと走り出した。

 両者がぶつかり合う手前で、彰は前方へと飛び込み、浮浪者の下側を滑り抜けた。

 すぐさま前転し後方に向き直ると、彰は落ちていた野球ボール大の石を拾い上げ、数メートル先でこちらに振り返る浮浪者目掛けて投げつけた。

 浮浪者に投げられた石は、彼の首元辺りに穴を開けすり抜けていった。

 穴はすぐさま塞がり、後方では石が地面に落下する音がむなしく鳴った。


――万策尽きた。


 敵の意識外の攻撃であればあるいはと考えていたが、先ほどの投擲が効かなかったことからその策も失敗だとわかった。

 彰は必死に思考を巡らし、浮浪者を退ける方法を考えた。

 だが、何をしようとも彰の攻撃は浮浪者の体をすり抜け、傷一つつけることはできないだろう。

 彰の脳裏に、死への恐怖が湧き上がってきた。しかし、それを振り払うように再度彰は雄たけびを上げると、笑みを浮かべ立つ浮浪者目掛けて駆け出し勢いを乗せて鉄パイプを全力で振るった。


 今度は鉄パイプが空を切ることはなかった。

 浮浪者が片手で鉄パイプを受け止めているのを見て、彰は声を失った。

 浮浪者は奇声を上げ、すさまじい力で彰ごと鉄パイプを振り回した。たまらず彰は手を放したが、そのまま勢いよく吹き飛び、地面へ転がった。

 彰はすぐさま立ち上がろうとした。

 だが、既に眼前には浮浪者が立っており、笑みを浮かべたまま彰を見下ろしていた。

 浮浪者は彰から奪い取った鉄パイプを前方に差し出したかと思うと、彰の眼前でそれを黒い灰へと変化させた。

 自身の体を灰へと変え、触れたものは鉄であろうとなんでろうと、すべて灰に変えてしまう。それがこの化け物の力であった。

 常人では理解の及ばぬ力を振るうこの化け物を相手に、もはや敵うはずがないと、彰は死を悟り戦うことを諦めた。鉄パイプの残骸である黒い灰を見て、彰は力なく頭を垂れた。


 だがその時、彰は視界の端に青の一閃を見た。浮浪者のけたたましい悲鳴と同時に、黒い灰が辺りに飛び散った。

 彰が顔を上げると、膝から下を失った浮浪者が二枚の翼を大きく羽ばたかせ、十数メートル程後退してくのが目に入った。

 彼は苦悶の表情を浮かべており、彰の後方を睨みつけていた。


 彰が振り返ると、数メートル先の木々の間に黒いローブを着た人物が立っているのが見えた。

 その人物はフードを被っており、顔こそハッキリとは見えなかったが、一瞬で彰は察した。その人物こそまさしく彰が追っていた人物であった。

 ローブを着た人物は右手に六十センチメートル程の黒く細長い棒を持っており、柄の部分から伸びた長い鋼線を手に巻きつけていた。そして、その細長い棒は木々の影にありながら、うっすらと青い光を放っているように見えた。

 フードの人物はその顔を浮浪者の方へと向けたまま、ゆっくりと彰の方へと歩いてきた。あっけにとられている彰を尻目に、そのフードの人物は口を利くことなく、彰の前方に立ち、浮浪者の前に立ちふさがった。


 浮浪者は両の翼で上空へと飛び上がり、苦々しい顔で様子を伺っていた。

 浮浪者の両足はどういうわけか再生することなく、切断されたままであった。しかしながら血液を流すといったことはなく、浮浪者の表情からも痛みを感じている様子はなかった。

 不意に、黒いローブを着た人物がケラケラと笑い出したかと思うと、首を傾け、小馬鹿にしたように言った。


「どうしました? さっきまでの威勢は」


 その声から、黒いローブの人物は若く、そして女性であるとわかった。

 小娘に馬鹿にされたとあって、浮浪者は歯を食いしばり睨みつけた。

 尚も笑みを浮かべ続ける彼女を見て、怒りに我を忘れたのか、翼を数度はためかせた後、奇声と共に彼女目掛けて急降下した。

 凄まじい速度で浮浪者が迫る中、彼女は落ち着き払った様子で腰を落とし、抜刀の構えのように半身に構えた。

 息を飲む間に両者の間合いが詰まった。その瞬間、彼女は短い気合と共に、その黒い棒を振るった。

 周囲に青白い閃光が走ったかと思うと、両者の攻撃の衝撃により、彼女らを中心に強い突風が吹いた。強風により吹き飛ばされた砂埃は辺り一面に飛び交い、彼女の後方にいた彰は思わず目を瞑り、両腕で顔の周辺を砂埃から遮るため覆った。


「なんだよ、これ!」


 先ほど見た青白い閃光は、浮浪者の両足が吹き飛ばされた時に見たものと同じものであった。

 彰は砂埃が飛び交う中、薄目を開けて彼女らの様子を捉えようと努めた。

 次の瞬間、彰が見たのは、彼女の前方に仰向けに飛ばされた浮浪者と思しき身体であった。

 大地を蹴り、全身のバネを使い振るわれた彼女の力強い一撃は凄まじい速度で飛びかかってきた浮浪者の身体を後方に退けたばかりか、その浮浪者の前方に突き出された両腕と頭部、そして上半身左側を綺麗さっぱりと消し飛ばしていた。

 彼女はすぐさま右足で地面を蹴りだし、仰向けになりながら地面へと倒れていく浮浪者の身体との距離を詰めた。そして続けざまに、その振り上げられた右腕を振り下ろし、浮浪者の残った右半身へと攻撃を叩き込んだ。

 彼女の振るった棒に沿って、浮浪者の身体は綺麗に分断され、そのまま地面へと舞い散った。


 浮浪者の分断された身体が音を立てて地に落ちた時、彰は危機が去ったのだと察し、ゆっくりと立ち上がり彼女を見た。

 彼女は浮浪者の身体から数歩程距離を取った後、尚もその顔を、地面へと転がった浮浪者の身体の方へと向けたまま、右手に持った棒を握りしめて身構えていた。

 浮浪者の身体はその切断面や末端から徐々に黒い灰へと変化していくのが見て取れた。それは浮浪者が生きており逃亡を図っているのではなく、彼の命が尽きたことを意味していた。


大型肉食恐竜型ハンター

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