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第8話 好奇心の先に見る死

 その日の放課後、彰は一人で駅前のゲームセンターにいた。

 格闘ゲームの筐体にコインを積み、黙々とコンピュータ相手にプレーをしていた。


「そういえば最近、東高の寺岡がいなくなったそうじゃん」


「マジで? ハハッ、まあヤバいことにいろいろ首突っ込んでたみたいだし、ヤクザに沈められたか、恨み買いすぎて消されたかじゃねえの? ま、自業自得だな」


 彰の後ろをガラの悪そうな男二人が笑いながら通り過ぎた。

 彰は相変わらず無言でゲームに没頭するも、次第に操作が粗っぽくなっていった。

 何度もコインを入れながら、そして時折、舌打ちしながらガチャガチャと操作をしていた。


「YOU LOSE!」


 本日何度目か。既に聞き飽きた音声が筐体から再生された。


「面白くねえ……」


 彰は疲れたように息を吐くと、コインを財布に戻して立ち上がり店を出た。

 気が付けば日は落ち込んでおり、時計を見ると夜の十時を回ろうとしていた。

 彰の両親、そして冬休み中の姉は今朝から二泊三日の温泉旅行に行っていた。懸賞で当てたペアチケットに姉一人分の料金を足して計画されていた旅行であり、彰は学校や塾があるからと一人自宅で留守番をすることになっていた。

 仕方がないとはいえ、薄情さを感じずにはいられないこの状況であったが、留守番中の食事代にと渡された金額に彰は満足していた。


 彰は適当なチェーン店で遅い夕食を済ませると、少し遠回りをして家に帰ることにした。

 特にこれといった理由があるわけではなかった。ただ夜風に当たりながら普段通らない道を眺め、ふらふらと歩きたかったのだった。

 次第に周囲から人の姿は消え、街灯が広い間隔でポツポツとあるだけの寂しい道を歩いていた。

 辺りに民家の影は少なく、さび付いたガードレールや荒れ果てた空き地、そして今も使われているのか定かではない大きな倉庫がいくつか見えるだけであった。


 不意に、遠くの街灯の下に照らされた黒い何かが見えた。

 あれはなんだ? と彰は足を止め、目を凝らして様子を伺った。動いている黒い物体。やがてそれは上方へと細く伸び、人ほどの大きさとなった。

 数秒程見つめたところで、彰はその物体の正体に気が付いた。


――人? 黒いローブの、フードを被った……


 彰の脳裏に、かつて見た自転車や黒い灰の記憶が鮮明に蘇った。

 あのときの人物と同じ、全身を黒い服で覆いフードを被った人物が街灯の下に照らし出されていた。

 彰はすぐさま引き返すと逃げるように近くにあった曲がり角を曲がり、そして走り出した。

 何か嫌な予感がする。そう彰の直感は告げていた。

 なるべく音を立てないように静かに走らなくては――と頭では分かっていたものの、体が言うことを聞かず、そのまま息が切れるまで走り続けていた。


 やがて十分に遠ざかったところで彰は地面に座り込むと、息を整えながら考えた。

 確かに以前見た人物と同じ服装をしていた。そして翌日、同場所に警察がいたと聞いた。だが――

 彰は息を落ち着かせると、笑みを浮かべた。

――だが、それがどうしたというのか。あの場にいた人物だというのならば、これは真相に近づく手掛かりになるではないか。仮に噂の渦中にいる人物でなくとも、それが聞ければあの日の謎が解けるではないか。そして何より、どうせ現実では大したことなど起きはしない、これはただの思い過ごしでしかないのだ。

 朝からもやもやとした気分で過ごし、夕方からは多少苛立ってもいた彰の気は次第に大きくなっていた。


「アイツがなんなのか、確かめてやるよ」


 自らの士気を高めるべくドスの効かせた声で一人呟くと、立ち上り、先ほど走ってきた道を引き返した。

 先ほどの街灯のもとへたどり着くもそこには既に誰もいなかった。

 辺りを見回せども人影はなく、足元の道路にも変わったものは見当たらなかった。

 吐き出す白い息を満月が明るく照らす中、彰は周辺をしばらく歩き回ったが、フードの人物はおろか、通行人や民家の明かりすら見つけることはできなかった。


「どこへ行きやがった、あの野郎」


 ムキになっているだけだというのは自分でも分かっていた。自身の抱えたこの正体のハッキリとしない不満をただぶつける対象が欲しかった。

 数分は歩き回っただろうか、先ほどの街灯からは随分と離れた場所に彰は来てしまっていた。

 先ほどと相も変わらず人はおらず、建物すらほとんど見当たらない。ただ違うところは、いつの間にか道の両脇に木々が生い茂っているということと、雲が出てきたために月明りが無くなり、辺りが一層暗く感じられるということであった。

 先に進むにつれて道は次第に細くなっていき、舗装もされていないものとなっていった。


――そろそろ、引き返すしかないか。


 彰が諦めかけていたその時、不意に木々の向こうに何か大きなものを見つけた。

 両脇に茂る雑草をかき分け舗装のされていない獣道を抜け近づいていくと、それは寂れた工場のような建物であることが分かった。

 木々や雑草に覆われるようにして立つその建物は随分と大きなものであり、ところどころ崩れたコンクリートの壁や錆ついた配管がその異様な雰囲気を引き立てていた。

 彰はその建物の異様な雰囲気を前に暫し呆気にとられていたが、建物内部から軽い金属音が響くのを聞き我に返ると、足音を殺し、腰を低くしながら入口へと向かった。

 入り口付近は雑草もなく開けた場所となっており、大型のバイクが三台、端に寄せることなく、そして綺麗に並べることもなくまるで見せびらかすかのように堂々と停められていた。ヘルメットが四つバイクの横に掛けられていることから、建物の中には少なくとも四人の人間がいると分かった。


 工場の中はコンクリートがむき出しであり、窓ガラスや物が何もないことからひどくがらんどうとした印象を受けた。

 時折奥の方から聞こえてくる大人の男性のものと思われる話声や笑い声、そして聞き覚えのある金属音――バットの頭をコツコツと地面に打ち付ける音が深夜の廃墟の中に響き渡っていた。

 どう考えても中にいるのは不良グループとしか思えなかった。だがここまで来た以上、フードの人物に関する手がかりが何か得られるという可能性があるのならば、少し覗き見るくらいどうということはないだろう。

 彰はそう考えそのまま細い道を行き、広い空間の広がる少し手前の曲がり角にしゃがみ込むと、息を殺して向こう側の様子を伺った。


「おぅら!」


 怒声のような気合と共に、男がうずくまった人物を蹴り飛ばしていた。

 大柄で体格の良い、髭を生やした若い男であった。うずくまっている人は、服装や白髪交じりの長髪の小汚さから浮浪者と思われた。奥の方に布団や段ボール、そして多数のゴミが散らばっていることから、ここに住みついていたのではないかと想像された。


「フゥーゥ、良いのが入ったねぇー」


「おうおうおう、まだ死ぬんじゃねえぞおい!」


「ハハハッ、よくやるよ。マジ服汚れんじゃん」


 髭の男、そして浮浪者を取り囲むようにして三人の男が立ち、彼の行為をはやし立ていた。耳にピアスをいくつも付けた、細身で坊主頭の男、髭の男と同様体格の良いオールバックの男、そして、先ほどから何度も地面に金属バットを打ち鳴らす太った男である。

 四人の男たちは律儀にも順番に浮浪者に対し暴行を加えているようであった。

 浮浪者の男の顔は真っ赤に染まっているのが見て取れた。遠目からなので定かではなかったが、地面にもいくつか赤く染まった箇所が見られたことから、ひどく流血しているのであろう。彼は暴行を受けるたび小さくうめき声を漏らしていたが、抵抗を示す様子はなく、もはや虫の息であることが想像された。


 彰は暴行の様子を遠目に見ながらも、彼らを止め浮浪者を救うことが出来ずにいた。

 恐怖に足が竦んでいたわけではなく、浮浪者を救う手段が思いつかなかったのである。

 彼ら一人一人と比較しても、彰の体格が劣っていることは明らかであった。また、こちらの人数に対してあちらは四人である。

 その他にも警察に通報することも考えたが、到着には時間がかかることは容易に想像がついた。それに携帯電話から発せられる光や音により自身の存在に気付かれてしまう恐れがあることから実行は出来なかった。


 彰は彼らの行為を、ひとまず黙って見過ごす他なかった。

 この場から立ち去り、そして警察へ連絡することを決断すると、音を立てぬようゆっくりと腰を上げ、元来た道へ帰るべく振り返った。

 未だ彼らの楽しそうな声は響いていた。


「案外死なねえもんだなぁ、人間ってえのは」


「ゴキブリみてえなもんだな。ゴミ掃除のボランティアも楽じゃねえや」


 彼らの言動に、彰の一歩目の足が止まった。


「税金も納めねえ、誰からも必要とされねえ。こんな糞みてえな人間を誰が産んだって話だよ。早く死んだ方が街は綺麗になるし、お前も楽になるだろう? なんでそれが分かんねえんだ? 最期まで人様に迷惑かけてんじゃねえぞ!」


 よくある台詞ではないか。今更取り立てて腹を立てるようなことでもない。

 彰は心でそう言い聞かせながらも、頭に血が上っていくのを感じた。

 何故腹が立つのかはわからなかった。だが、今すぐ飛びかかってぶん殴ってやりたかった。

 彰は湧き上がる衝動を抑えつつも息が荒くなった。

 逃げることを優先すべきだと、頭では分かっていた。だから彰は考えることを止め、歩き出そうとした。


「もう飽きたなぁ……」


 声を荒げ暴行を加えていた三人とは異なり、坊主頭の男は落ち着いたトーンで呟いた。その言葉を聞き、彰は振り返った。

 彼らが暴行を止めて帰るのかと多少なり期待する気持ちはあったが、それ以上に背筋が寒くなるのを感じた。

 彼の何気ない一言で、彰はこの先起こることを直感し、そして悟った。彼らは不良などではない。人を痛めつけ、楽しんでいる異常者なのだと。

 坊主頭の男は平然とした様子で太った男のもとへと歩み寄ると、彼の持っていた金属バットをサッと手に取り、浮浪者の男を見下ろした。

 彼はそのままスムーズに金属バットを頭上に振り被ると、表情を変えることなく、浮浪者の頭へと振り下ろした。


 不良者の頭から飛び出た血が、彼の頬を赤くした。

 浮浪者の体はピクピクと痙攣を続け、それに合わせて彼の体内の血液がリズムよく放出されていった。

 あまりにもスムーズな一連の動きに、彰は呆気にとられ、茫然とその場に立ちすくんだ。

 地面に打ち付けられた浮浪者の顔は彰の方へと向いていた。まるで助けを求めているかのように感じられるその光景を前に、彰は眼を背けることが出来なかった。

 坊主頭の男は二度、三度と全身を使ってバットを打ち付けると、満足した様子でバットを太った男に投げ返した。


「本当に……殺りやがった。人を……簡単に」


 彰は声にならぬ声で呟いた。

 人殺しの瞬間に出会うのは初めてであった。

 普通の生活を送っていたためか、テレビや漫画の中だけの出来事だと錯覚していた出来事が、今まさに目の前で起こったのである。

 そして彼らの常軌を逸した行為を見たことで、道徳によるブレーキを知らぬ人間の存在を認識し、心の底から恐怖した。

 彼らはつい先ほど殺人を犯したというのに、平然とした様子で立ち話を続けていた。

 もはや彰の耳に会話は届いてこなかった。


 震える足を抑え急いで振り返り駈け出そうとしたその時、耳元で突如、何者かがしわがれた声で囁いた。


「ニガサヌゾ……」


 彰は目を見開き、素早く辺りを見回した。


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